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第九話 亜人と只人

第二章がまるで進んでいないので挿絵は無しです。

後々入れられそうなら描いて入れておきます。


 ガチャッ――空き部屋……。

 ガチャッ――また空き部屋……。

 ガチャッ――ここも空き部屋……。


「空き部屋ばっかりじゃねえか……!」


 扉の先にあった廊下、その廊下の左右に並んでいた扉をいくつか開いたが全て空き部屋だった。


「この屋敷……広いわりに使われてない部屋が多いんだよな」


 こっちの道に進んだのは間違いだったかもしれないと思いながら俺は廊下を進んで次の曲がり角に差し掛かった。進んだ先は正面への道が少しズレている十字路になっており、右の道は扉が二つある行き止まり、左の道は廊下が続いている――のだが。


「あれ、あの扉って……」


 見たことのある扉があったので正面の通路と右の行き止まりは後回しにして、左の通路へ進んで覗いてみる。

 見覚えのあるその扉の正体は――。


「やっぱり――キッチンだ……」


 俺が一番初めに紫乃から隠れた時、玄関から急いで入ったキッチンだった。


「ここに戻ってくるのか……」


 方向的にそうかもしれないとは考えていたが、俺はどうやら縁側→長い廊下→その廊下の真ん中から延びる廊下、をぐるっと回って戻ってきてしまったらしい。


「はぁ……もう一回来たってキッチンには何も無いし……ん?」


 キッチンの中を何の気なしに眺めていると昨日は無かった物が机の上に見えた。


「調理器具、が……いくつか並んでるな」


 昨日俺が調べた時、机の上には林檎しか無かった……はずだが今は包丁やおろし金などの調理器具が置かれていた。もしかして俺を見つける前に誰かに料理でも作ろうとしていたのか。


(まさか……俺に? いやいや、そんな訳ないか……)


 そんなことを今考えても仕方がない。

 それよりも通って来た道を整理しないと、と思って屋敷の間取りを頭の中で思い描いてみる。


「さっきの十字路を正面に進めば縁側に出て…………で、こっちには玄関があるんだよな……」


 そう言って玄関の方へ行き、もう一度扉を確認してみる。


「まあ開いてないか……」


 もしかしたらとも考えたが、玄関のロックはかかったままだった。


「分かってはいたが……とりあえず靴は持っていこう」


 そう、俺が玄関まで来たのはこの靴を取りに来たという目的もある。もし外に出られても靴が無ければ碌に歩くことも出来ない。


「…………」


 俺は少し考えた後、靴をリュックに仕舞った。

 逃げる為には恐らく家の中であろうと履いておいた方がいいのだろう……だが、紫乃が昨日俺を招き入れた後の様子――外に出てきた事で土がついた蛇体を綺麗に拭いている姿を思い出してしまい、ここで靴を履く気にはなれなかった。


「ん……?」


 玄関の脇に何やら革で作られた長い筒状のような物が折り畳まれている。


「これは……もしかして、あいつの靴みたいなものか?」


 この穴に通るような大きさの物など紫乃の蛇体以外に思いつかなかったので、そう推測する。玄関に置かれている事や少し土がついている事を見ても、これを履いて外を歩くのだろう。

 なら昨日俺がここに来た時……これを使わずに外へ出てきて、汚れた足を拭いていたのは――。


「俺を心配して急いで出てきた、ってこと……なのか?」


 普通の靴とは違い、これを履くためには数分程度の時間を要するだろう。

 だからいち早く、こんな山奥に突然現れたボロボロの男の安否を確かめるために……裸足で出てきた――。

 そう考えると色々と腑に落ちたが、同時に昨日の俺の態度を思い出して少しだけ胸が締め付けられた。


「はぁ……」


 ストックホルム症候群、に似ているのだろうか……自分を監禁している相手だというのに、紫乃への感情がふらふらと定まらない。同情……というよりは罪悪感だろうか。紫乃の様な亜人が街で忌避され、こんな山奥に住むことになった原因の一端を俺も担いでいる。


(因果応報……とまでは思わないが、これからは亜人との関わり方も見直さないとな)


 紫乃と会って俺の中の意識が何か大きく変わった気がした。

 だからと言って、このままこの屋敷に監禁されるのはたまったものでは無い。


「感傷に浸っている場合じゃない。今にもあいつが起きてくるかもしれないんだ……」


 自分の考え方についてはここを出てから整理しよう……そう思って探索を再開することにした。


「ぐるっと回って玄関まで戻ってきたということは……やっぱり奥に行くしかないな」


 俺が初めに通された居間のさらに奥、玄関とは反対側の方面。ここまで何も無かった以上はその方向に行くほかない。


「でも不気味なんだよな……この奥」


 なぜ俺がこんなに奥へ行くのを躊躇っているのかというと……この屋敷、ただ単純に暗いのだ。

 電気が点いていない事もあるが、屋敷の奥から日の光が全然差してこない。今日が曇りという事などは無く、今も背中側にある縁側からの日光が屋敷の廊下を照らしている。

 なのに、俺がこれから進もうとしている奥の方からは日の光が全く見えない。


「窓はこっち側にしか無いのか……?」


 そう言えば、先程のとんでもなく長い廊下でも窓から日の光は入ってこなかった。窓の向こうにはもう一つの廊下があり、その間取りを不思議に思った記憶がある。


「いったい何なんだ、この屋敷……」


 しかし、そんな不気味さがあろうと先へは進まなくてはいけない。


「とりあえず……さっきの行き止まりから調べてみるか」


 キッチンの反対側にあった行き止まりをまだ調べていない。

 俺は来た道を戻って十字路の中心に立ち、光……おそらく日光が差す方向へ顔を向ける。


「こっちは縁側だから……行かない方がいいな」


 縁側ではまだ紫乃が寝ているだろう。下手に近づいて起こす訳にはいかない。

 俺は正面にある行き止まりへと集中することにした。


「部屋が二つ、か。どうせ空き部屋だろうけど……」


 それでもここから出るために鍵を探さなければいけない。

 先ずは手前の扉から開けてみる。


 キィッ――。


 木製の扉が軋む音をたてながら開く。


「これはまた……広い部屋だな」


 扉の先は二十畳程はありそうな大きな部屋だった。

 室内には箪笥やクローゼット、冬物のコート類が掛けてあるハンガーラック等がある。


「衣装部屋か……」


 俺は中へと足を進め……ようとしたが――。


「置いてあるのが服なら鍵は無いか……」


 無駄な時間を使う訳にはいかないと扉を閉めた。


「さっさと次を調べないと」


 そして行き止まりの奥へと進み、突き当りにある扉へ手をかける。

 扉は先程と同じように木材が軋む音をたてながら開いた。


キィッ――。


「ここは……物置?」


 物置……と言っても先程見つけた物置とは少し違った。

 薄暗い部屋中にいくつも段ボールが置いてある。


「何が入ってるんだ……?」


 こんな所に鍵なんてあるはずも無いのに、何故か段ボールの中身が気になった俺は部屋に入ると電気を点けた。


 パチッ――。


 室内が明るくなり、段ボールの側面に書いてある文字が読めるようになる。そこには【小学生】【中学生】や【手紙】等の文字が書いてあった。


「……思い出ってところか」


 おそらく紫乃が子供の頃に使っていた道具や写真などがあるのだろう。俺は近くにあった【手紙】と書いてある段ボールを開き、中の便せんを一つ手に取って目を通してみた。



 "

 紫乃へ


 お元気ですか?

 先月の旅行、とても楽しかった様で何よりです。

 恋人だからと言ってタカシくんに迷惑かけてはいませんか?

 一方的に甘えてばかりではいけませんよ。

 あなたは独占欲が強いきらいがあるので少し心配です。


 お母さんも是非タカシくんに会ってみたいです。

 紫乃がタカシくんとお付き合いしてもう二年近く経っているのに、まだ挨拶も出来ていないのは母親として何だか申し訳ないです。

 都合が良ければ次の連休にでも帰ってきてはどうでしょうか?

 お父さんも紫乃に会いたがっていますよ。

 連絡を来れればご馳走を用意して待っています。


 シェアハウスの友達とも仲良くね。


                    母より


 追伸

 

 今まで一度も写真を送ってくれていませんが、旅行の写真くらいはお母さんも見てみたいです。

 "



「…………」


 手紙を読み終えて、俺は言葉を詰まらせる。


「…………」


 当然だが、紫乃にも親がいて……離れた娘を心配していることが手紙越しにも分かる。


「…………」


 亜人と言えど一人の人間には違いなくて……。


「…………」


 人の心に亜人も只人も無いのだと今更ながらに実感した。


「…………」


 だがそれ以上に――。


(あいつ、親に嘘吐いてやがる……)


 紫乃に彼氏なんている筈が無い。

 初対面の俺に対してあれだけ迫ってきた必死さや、こんな山奥に住んでいる事からも容易に分かる。


(処女だったしな……)


 おそらく親に見栄を張るために脳内彼氏を創造してしまったのだろう。


(哀れな……)


 母親からの手紙を読んだ後だと尚のこと切なくなる。

 紫乃の事を心配して手紙を送っているのにその本人が嘘を吐いているのだから。


「…………見なかった事にしよう」


 俺は手紙を段ボールの中に戻すと他の箱にも目を向けた。


「……ん?」


 段ボールの上にアルバムが一つ乗っており、手書きで【紫乃】というタイトルが表紙に書いてある。

 何の気なしに手に取ってそれを開いた。


「これは……」


 ぺらっ――。


 初めのページには赤ん坊の写真が貼ってあった。表紙に書いてある通り、赤ちゃんの頃の紫乃だろう。

 そのままページを捲っていく。


 ぺらっ――。


 「…………」


 ページが進む毎に写真の中の紫乃は成長して行き……本人も、一緒に写っている家族や友人も笑顔に溢れている。まさに幸せな一般家庭といった感じだ。

 今の紫乃からは考えられない元気で活発な笑顔。


 ぺらっ――。


 だが、ある時から徐々に様子が変わっていく……。


「亜人症……」


 小学生の紫乃――ランドセルを背負った女の子の足に鱗の様なものが見える。この頃から亜人症が発症し始めたのだろう。


(でも……そんなに気にして無さそうだな)


 小学生の紫乃は足に鱗が浮かんでいても朗らかに笑っており、自身の体が変わっていく事に対する不安と言ったものは感じられない。


「まあ、子供だしな……」


 ぺらっ――。


 だが、その笑顔も数ページで陰りを見せる。


 ぺらっ――。


 鱗の面積が日に日に広がって行き、たった数ページで脚の半分以上が爬虫類のようになっていた。


 ぺらっ――。


 そして、ある時を境にスカートを穿かなくなり、長いズボンを穿いた写真ばかりになる。

 写真の中の紫乃は遠慮がちな笑顔を浮かべており、すっかり内気で気の弱い女の子といった感じだった。


「…………」


 俺は何とも言えない気持ちになる。


 ぺらっ――。


 そして、またページを捲ると紫乃の様子に変化が見える。

 止めたと思っていたスカートをまた穿きだしたのだ。

 スカートの裾からは蛇の体が伸びていた。


(完全に蛇になったのか……)


 両足がくっついて蛇体に変わり、ズボンが穿けなくなったのだろう。見せたくも無い足をスカートから覗かせている紫乃の顔に笑顔は全く無かった……。


「はぁ……」


 ぱたん――。


 俺はアルバムを閉じた。


「…………」


 紫乃はどんな人間なのだろうか――。

 今更、そんな事を思い始めた。

 初対面の人間に毒を飲ませて監禁するヤバい奴、それが俺の印象だった。


 ……

 …………

 ………………


(いや、ヤバい奴なのは変わらないか……)


 改めて考えてもやってる事がヤバいのはその通りだった。

 それでも、紫乃がヤバい奴になってしまったのは周りの目……社会や、俺の様な亜人嫌いな人間が原因だろう。

 昨日の俺の態度を思い返して見ても、紫乃を一方的に責める気にはなれなかった。


「…………」


 ほんの少しだけ、『もし俺がこの屋敷に残ったら、アイツは救われるんだろうか……?』なんて事を考えてしまう。


「……いやっ」

(何を同情してるんだ、俺は……)

 

 きっと、紫乃に同情することで【あの時】の罪滅ぼしをした気になっているだけだ。

 頭を振って正気に戻る。


(色々考えるのはこの屋敷を出てからだ)


 結局この部屋には鍵を含め、外に出るための手掛かりは何も無かった。

 俺は再び鍵を探すために部屋を出た。 

 そして音をたてない様に廊下を歩きながら、キッチンの近くにある曲がり角へと戻って来る。

 そこは屋敷の奥へと続く通路だ。


「…………」


 この通路を奥に行けば、紫乃と初めて交わった居間へ続いている。


 一度通った道だったのでそのくらいは覚えていた。


 「やっぱり奥に行くしかないか……」


 玄関や縁側があるこちら側からは外に出られず、鍵も見つからなかった。

 なら、まだ調べていない奥を調べるしかないと考え、昨日居間から玄関まで歩いた道を逆に進んだ。


「とりあえず居間から調べるか……」



 ◇



「ふーっ……」


 居間に着いた俺は肩の力を抜くために大きく息を吐く。

 俺が一番初めに通された場所……この部屋だけ電気が点いていて少しだけ安心感を覚える。


「ここは普段から使ってるんだよな……?」


 そう呟きながら中に入る。

 半日ぶりに入った居間は俺が出て行った時のままだった。


「そりゃそうか」


 おそらく目が覚めてからすぐに俺を探しに行ったのだろう。

 炬燵の上にある空のカップや部屋に籠ったむせ返るような匂い、絨毯の乱れ――それに付いた血の痕さえもそのままだった。


「……っ」


 その光景を見ていると何故かムクムクと自分の中の欲望が起き上がってくるのを感じた。


「まだ毒が残ってるんじゃないだろうな……」


 昨日の夕方と夜、たった二回の情事で数日分くらいの生命を吐き出している。

 それなのに未だ精力が枯渇していない理由などあの毒以外には考えられない。

 そう考え始めると、まだ自分の中には催淫毒が残っていて、早くこの毒を吐き出さなければ――なんて考えに至りそうになる……。


「ダメだっ……! 鍵を探すのに集中しないと……」


 考えれば考える程そういった感情が大きくなっていき、終いには紫乃の所まで戻って情けなく腰を振ってしまうかもしれない。

 俺は頭を振って気を取り直し、居間の奥へと進む。


「相変わらずデカい居間だな……」


 昨日も思ったが居間と言うよりは宴会場に見え、真ん中にポツンとある炬燵が寂しく感じる。会社の一チームがここで全員参加の宴会をするくらいには広い。


「というか……その為の場所なのか?」


 その為――というのは宴会をしたい会社にここを貸し出す……という意味では無く、ここに住む住人全員で集まるための場所……なのではないだろうか。


「この屋敷がこんなに広いのもそれくらい大勢が住むことを想定しているから……だとすれば説明がつく」


 だったらこの屋敷にはいったい何人の住人がいると言うのか――それを考えると少し怖くなってくる。


「いや、実際にはそんなにいないか……部屋は空室ばかりだったし」


 というより、あの長い廊下であった足音の一件以外は未だに紫乃以外の痕跡が無い。

 だとするならこの屋敷は【大勢が住めるように巨大に建てた――が、今はまだそこまで住人がいない】という事だろう。おそらく紫乃と同じような街に居辛くなった亜人を迎えるためにそうしたのかもしれない。


(元々亜人である自分たちの為に建てたって言ってたしな……)


 そんなことを考えながら何か見つからないかと部屋を見渡してみると……。


「あ……」


 部屋の壁際にある大きなテレビ――の横にある金庫が目に入った。


「そういえば……あいつ、あの時……」


 ここで待っていた俺に紫乃が紅茶を持って来た時……。


「そうだ……! 思い出した!」


 その後の怒涛の展開ですっかり忘れていたが、紫乃はこの金庫に何かを入れていた。


「もしかして、鍵はこの中なんじゃ……!」


 もしかして――とは言ったが、十中八九そうだろう。でなければあのタイミングで金庫をさわる理由が無い。


「くそっ、どうにか開けられないか……?」


 金庫に飛びつき、ガチャガチャと音をたてて開かないか試してみる。


「っ……!」


 それだけでは当然開かないのでリュックの中に使えるものが無いかガサガサと漁ってみた。

 しかし金庫を開けられそうな物は無い――。


「駄目だ……」


 金庫は頑丈でしっかりと鍵がかかっており、決まったパスワードを入力しなければ開かない仕様だった。せっかく手掛かりを見つけても手が届かなければ何の意味も無い。


「はぁ……」


 そうしてため息を吐く俺に――。


「昨日から、ため息ばかりですね……」


 ぎゅっ――。


 後ろから柔らかい感触が抱き着いてきた。


「そんなに……私と暮らすのは嫌ですか?」

「…………」


 二度目のタイムリミットは、不思議と何の焦りも無かった……。


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