歪な平穏
「それじゃあ今度の日曜日にみんなで登山に行くか!」
会社の休憩時間……部長がそんなことを言い出した。
どういった話の流れでそうなったのかは覚えていない。テレビの登山特集がどうとか、若い女性社員が登山用の靴を買ったからだとか……そんな話だったと思う。
「俺は全然いいですよ」
「僕も大丈夫です」
「俺は……あっ、すみません。その日はちょっと無理っす」
「私は行けます! 登山って一回やってみたかったんで!」
「私も……行ってみようかな」
その場にいた社員が次々にそう言って参加の可否を口にしていく。
ウチの会社はこういうノリの良い人が多い。飲み会も頻繁にあり、休日に皆で遊ぶのもこれが初めてじゃない。
【色々な人】がいるのに社内の連帯感が強い……のは良い事なのだろう。
そうして一通り意見が出た後――。
「お前はどうするんだ?」
俺の直属の上司である先輩男性社員がこっちを向いて聞いてきた。
「あー、俺は……」
正直に言うと面倒だと思った。休みの日は家でゆっくりしたいし、登山にも大して興味は無い。
それでも『行きません』とすぐに言わなかった……いや、言えなかった理由は――。
「実は登山って初めてなんだよな」
「私も私もっ」
少し離れた位置、ワイワイとはしゃいでいる集団に視線を向ける。
休日にまで【あの人たち】と一緒にいたくないな、という気持ちをあからさまに出してはいけないと躊躇したからだ。
(流石に距離取り過ぎか……いくら【あの人たち】が苦手だからと言って避けすぎは良くないよな)
「はぁ……」
少し離れた所で談笑する【あの人たち】を見ながら俺はため息を吐いた。
「答也君……来ないの?」
「先輩も行きましょうよっ!」
社内で比較的仲の良い先輩と後輩……二人の女性社員が黙っている俺の顔を覗き込んでくる。
「みんなで行ったらきっと楽しいと思うよ?」
「そうですよっ、せっかくなんですから先輩も行きましょうっ!」
説得される様にそう言われ、俺は覚悟を決める。
「そうっすね……じゃ俺も参加で」
これを機にちょっとは克服しないとな……と、そんな思いを少しだけ抱きながら俺は参加の意を表明した。
「よし、これで全員――あっ、……まだあの子がいたな」
先輩が目を向けたのは隅のデスク、そこにポツンと小さく座って持参の弁当を食べている女性社員。
「おい、おまえちょっと聞いてこいよ」
先輩が俺を肘で突いて言ってくる。
「あ、いや……俺は、ちょっと……」
【あの子】が苦手な俺は言葉を濁して拒絶の意思を見せる。
「ったく、お前は……じゃあ俺が聞いてくる」
そうやって先輩があの子の所に向かおうとしたところで――。
「あ、あの人は来ないと思いますよ。休みの日はいつも用事があるとかで……」
先輩が聞きに行く前に、後輩の女性社員が答えた。
「そうか、まぁでも一応聞いてみるよ」
先輩がそう言いながら【あの子】へ近づき、参加するかを聞きに行く。
「――れで――って――――だけど」
「――なさいっ、――――で」
うっすらと聞こえてくる会話を聞く感じ、どうやら不参加らしい。
確認が終わった先輩は部長の下へ行き、参加人数を報告した。
「答也先輩も来るんですよねっ! やったぁ!」
後輩女性社員がそう言いながら腕を絡めてくる。
「ふふっ、相変わらずモテるわねぇ」
「ははっ……」
この後輩は入社してすぐの頃に仕事でミスをして泣きそうになっている所をフォローして以来、こうやって度々アプローチして来る。
何度か告白っぽい事もされたが、毎回やんわりと断っている。
学生時代――その時付き合ってた彼女との別れ方がトラウマになり、恋愛と言うものに奥手になってしまった。
それ以来ずっと恋人と呼べるような人はいない。
「先輩彼女いないんですよね? なら私と付き合ってくださいよっ」
「あー、今はちょっと仕事に集中したくてな……悪い」
積極的な後輩のアプローチをぬるりと受け流す。
「えー、だったら他の人に告白されても同じって事ですよね?」
「そう、だな……」
「じゃあ良かったっ……あの人も先輩のこと好きっぽいし」
「あの人……?」
誰の事を言っているのかと目の前の後輩に向き直る。
「あの人ですよ、ほら」
そう言って彼女が指さした先にいたのは……。
「うっ……」
先程の【あの子】だった。思わず嫌悪を含んだ声が漏れてしまう。
「うわっ、先輩それは酷いですよ」
後輩がジトッとした目で避難してくる。
「あぁいや、違う違う……ちょっと驚いて……」
今の反応は不味いと思い、慌てて言い訳する。
「そうですか……? まぁでも、あの人が先輩を好きなのは多分当たってると思いますよ。結構先輩のこと見てますし」
「そう、だったのか……」
そんなこと初めて知った。出来るだけあの子の方は見ない様にしていたから。
「とりあえずっ、あの人に告白されて『ノリで付き合っちゃた~』なんてやめて下さいよっ!」
後輩がそう言って顔を近づけてくる。
「あ、あぁ。もちろん……」
言われなくてもそんな事はしない。
目が合わない様、【あの子】をまた視界から外す。
頼まれても【あの人たち】に自分から関わろうとは考えない。
俺にとって未だにトラウマなのだから……。
「山登り楽しみですね、先輩!」
「そうだな」
そうして、俺は休日に会社のみんなで登山へ行くことになった――。