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マリーゴールド

作者: ぽてえび

初めての短編小説です。

誤字脱字等があるかと思いますが何卒よろしくお願い致します。



長期休暇、学生ならほとんどが喜ぶであろう言葉。


俺もその喜ぶ学生の内の一人である…が季節がダメだ。


「暑い」つい口にしてしまうほどのこの暑さ。夏は嫌いだ。


特に体育館での集会とかの蒸し蒸しとした感じだったり登校するだけで元々汗っかきなのもあって汗がダラダラ垂れきてストレスになったりすることだ。


けど夏が好きだというやつを俺は一人知っている。




「明日から夏休みだー!」




終業式終わりのクラスメイトのほとんどが部活に行ったか帰宅したかで空っぽの教室の中よく響く声。


〝姫紅 百合〟(ひめこう ゆり)中学の時は関わりがほとんど無かったが高校生になってから何かと話すようになった小説とかでよくいる明るく人気のある可愛らしい人だ。なんというか一年中開花している花みたいな人だ。それくらい元気があるってことだろう。




「夏休みに入るからってはしゃぎ過ぎ、俺ら3年は受験があるんだから遊んでる暇ないと思うぞ。」




「うるさいなぁ〜勉強一筋と見せかけてゲームしかしてないヲタク野郎には言われたくありませーん」




「shut up」




「…なにそれ英語得意アピール?」




「うるさい」




「図星か、まったく、これだから陰キャボーイは、今年で高校最後の夏休みだっていうのに…もったいないぞ少年」




今年で高校最後の夏休み、夏休みと言っても普段誰かと遊ぶことがない俺は涼しく快適な家でゲームをするだけで毎年の夏休みを終えている。友人がいないわけではない。わざわざ暑い外に出掛ける気が無いだけだ。もし仮に、俺にひまわりほどの暑さに耐えれる力があればきっと今頃、部活という青春に勤しんでいただろう。


でも実際の俺にはひまわりほど暑さに耐えられる力なんてない。


まぁだからこうして終業式で早く学校が終わったにもかかわらず教室に残っているわけだが。




「ねえ、今年の夏休みはさ二人でどっか行こうよ!」




百合が唐突にそんな事を言ってきた。




「すまんな、わざわざ暑い外を出歩けるほど気力と体力がないのだ俺には、それに夏は嫌いなんでね」




「めんどくさいだけでしょ?」




「....うるさい、こんな暑い中出かけるほど俺は馬鹿じゃないんだよ」




「君は猫か何かなの?」




「そうだな、あえて言うなら僕はアイビーかな」




「アイビー?」




「観葉植物の一種で直射日光に当たると葉焼けしちゃう植物」




「君って自虐ネタ好きなの?」




「そういうわけじゃない、あえて何かに例えるならって言ったでしょ」




俺がアイビーについて軽く説明すると百合はあきれたような顔をしながら俺の横の席に座る。かすかに花の甘い香りがする。きっと柔軟剤の香りだろう。




「どうしてもだめなの?」




百合はどうしても諦めたくないというような目で訴えかけてくる。




「さっきも言ったろ、俺は暑いところにわざわざ出たくない」




「ケチくそー、そんなんだから友達の一人や二人すらも作れないんだよ」




「うるさい、出かけるのと友達がいないことは関係ないだろ、それにどこか行きたいって言ってたけどどこに行くつもりなの?




「あはは、図星かな?そうだなぁ~、あ!」




あざとらしく考えるしぐさをした後、何かひらめいたように顔を明るくして俺のほうに体を向けて小学生が自信ありげに手を挙げるみたいに百合は手を挙げた。




「はい、百合さん」




だから俺もそれに合わせて百合を名指した。




「君が前に行ってみたいって言ってた水族館なんでどうかな?君をこの夏が似合う女、〝姫紅 百合〟が夏嫌いから大好きにさせてあげようではないか!!」




夏が似合う女ってなんだよ。小学生というよりかは調子のいい中学生に思える。


まぁ、普段の百合の授業態度もさっきのと大して変わらないくらいだからあまり気にしない。それに、これが彼女の個性であり、魅力でもある。


それにしても水族館か。


うろ覚えで会話の具体的な内容までは思い出せないけど前に百合と水族館について話していた気がする。


俺は水族館という場所を結構気に入っている。独特の閑散とした雰囲気やずっと見ていると吸い込まれそうになる水槽、優雅に泳ぐ魚達の姿など水族館でしか味わえない魅力がある。


仕方ないあの雰囲気をしばらく味わっていなかったし高校生最後の夏休みだ、百合に付き合ってあげよう。




「…仕方ない。行くか」




「やったー!」




嬉しさのあまり百合はぴょんぴょん飛び跳ね始める。百合から微かに女の子らしいとも言えるような花の甘い香りがさっきよりもより漂い少しだけ俺は戸惑った。


学校を出て俺たちは帰り道にあるファミレスに寄って早速水族館に行く計画を立てることにした。先に店員にポテトとドリンクバーを頼んだあと計画についてきいた。




「行くとしてもいつ行くの?」




「うーん、なるべく早めに行っときたいよね、八月の七日、八日とか?」




八月七日、百合には教えてないがその日はちょうど俺の誕生日でもある。




「良いんじゃない?八月七日で」




誕生日と言っても特に何かあるわけじゃないからどうせならと適当に返した。




「じゃあ八月七日で決まりね!忘れないでね?」




日程を決めドリンクバーを取りに行き席に戻った頃ちょうどよくおそらく大学生のアルバイトであろう人がさっき頼んだポテトを持ってきた。


百合はそのポテトを食べながら念を推して


「忘れないでね!」と念を押して言ってきた。


俺は軽く頷いておいた。


計画といっても日程を決めてどうやって行くかをてきとうに決めただけでその後のほとんどは他愛のない雑談で終わった。


ファミレスを出たあとは特に用もなかったからそのまま「じゃ」とだけお互いに言い合って解散した。


家に帰り風呂に入り歯を磨きゲームのデイリータスクを終わらせ一人ベットにつき仰向けになって天井を見つめる。


明日から夏休みが始まる。


ただ百合と水族館に行く約束をしただけ、それでけなのに今までの夏休みとは一味も二味も違った夏休みが始まるそんな気がした。


眠気が来て、俺は目を瞑る。意識が遠のいていく中、微かに花の香りがした。


俺の部屋に花なんてないのに。





夏休み初日、俺は朝…と言ってもほとんど昼に起きて二階の自分の部屋から出て一階の洗面所に向かい顔を洗いまた自分の部屋に戻り早々にゲームを始める。


まだ頭がボーっとするが別に対戦ゲームをやるわけではないから大丈夫である。


オープンワールドRPG、このジャンルのゲームが俺は結構好きだ。誰かと競い合うのではなくただ自分が行きたいところに行きやりたいことをし、ストーリーを楽しんだり各キャラとの交流を楽しんだりと自由度がかなり高いからだ。百合と話すようになったのもこのジャンルのゲームが好きと言う共通点があったからでもある。


だけど百合はホラーゲームやサスペンスなストーリーのゲームのほうが好きらしい。


彼女曰く、「この世に絶対ないしありえないけど本当にありそうな恐怖がリアルに感じられて感動する」とのことらしい。俺はそれを初めて聞いた時も今であっても全く理解ができない。それにリアルに感じられて感動するのは百合だけだと思う。


けどその会話がきっかけで最近はホラーゲームは俺自身得意ではないもののあの有名猫実況者や主にホラーゲームをメインとするゆっくり実況などを観るようになった。


不思議と他人がやっているゲームプレイは苦手なはずなのに最後まで見ることができた。きっとこれは実況者が面白いからなのだろう。実際、見ていてもホラーゲームのはずなのにフッと笑ってしまうシーンなどがある。


彼らに届くことはないと思うけど感謝の念を飛ばしておこう。


ありがたや~、ありがたや~。


どこにいるかもわからない彼らに手を合わせていたら昨日の夜から充電したまま放置していたスマホから連絡が入ってきた。百合からだ。




[起きてる?ニート、水族館行くの来週の金曜日だからね?]




まったく、失礼なやつだもうとっくに起きてるぞ。2時間前に起きたばっかだけど。




[ニートじゃない、水族館行くことちゃんと覚えてるよ。わざわざ連絡どうも。]




百合からすぐに返信が来る。




[起きてたんだ良かった。それでさ明日暇?明後日でもいいよ!]




[唐突だな、なんで?]




[あんたどうせ服ろくに持ってないでしょ、それに前いいお店見つけてそこで新しい服買いたいんだ!]




活気に満ちた顔文字とともに送られるメッセージに俺は少し動揺する。


俺が服をろくに持ってないことをなぜ知っている。この百合ってjkは怖い、いやjkの百合だから怖いのか?…どっちだっていい。


てか、なんだその疑問は、まだ頭が回っていないのかもしれない。




[なぜ服をろくに持ってないことを知っている。恐るべし]




[え、図星?笑、じゃあ行こうよ]




[わかったじゃあ明後日でもいいか?]




[了解!じゃあ明後日の朝10時に駅で集合ね!寝坊するなよ?ニート君]




誰がニートだ。




[誰がニートだ、了解。]




明日は特に何も無いがいくら仲のいい女の子といったって二人で出かけるのにも勇気がいる。その勇気を明日丸一日をかけて作るのだ。と言ってもゲームがしたいだけだが。


百合と二人で出掛けるのは珍しく無い。学校の放課後にゲームセンターに行ったり互いの家に行ったりがよくある。…しかしこれはデートになるのだろうか、このお出掛けが第三者からしてデートと言えるのであればデートになるのだろう。


ま、どうでもいいかゲームに戻ろう。


どうやら頭はまだ目を覚ましてなかったようだ。




デート前日に控えた今日は特に何事もなくいつものようにゲームをした。


ただ頭の片隅にはデート(仮)の当日のことが張り付いていた。


早めに寝ようと思ってもなかなか寝付けないでいる。


別に意識するような間柄でもないはずなのにこの日は異様に寝付けなかった。


深夜二時ごろを回った頃、ようやく眠気が来て眠ることができた。


意識が遠のく直前、また花の甘い香りがした。




デート(仮)当日の今日、天気は良く夏の暑さをこれでもかってくらい感じる気温。


暑い…百合めこんな炎天下の外に自宅警備委員を連れ出すとは。ひたいに汗をかいては拭い、かいては拭いを繰り返しながらしばらく歩いて駅に着くと百合は涼し気な色のワンピースを着て俺が来るのを待っていた。


悔しいが可愛いと思ってしまう。




「ごめん待った?百合」




「いーや待ってないよ、ちょうど来たところっていうか遅刻しないで来れたんだね寝坊助くん」




百合は涼しげな顔をしてそう言いながら待っている間に買ったのであろうソフトクリームを食べる。食べ方が女の子って感じがして服装も相まって可愛いと思ってしまう。罪な女だ。




「どうしたの?」




俺が黙っていることに百合は首をかしげる。




「いや、何でもないただ百合の鼻の上に白いものがついてて後で食べるのかなと」




「えっ」




百合は慌てた様子でスマホで自分の顔を見る。




「うわっアイスが鼻にくっついてる!」




「ねぇこれとって!」




とってと言われたので俺はスマホをカバンから出して百合の写真を撮った。




「ちょっと!そっちの撮ってじゃない!鼻についたアイスをティッシュかなんかで取ってっていったの!もう!」




百合がさっきの涼し気な顔とは逆に顔を赤くし頬を膨らませながらそう言うと「もういい自分で取る!」と言いながら自分のティッシュで鼻についたアイスを取った。




「悪い悪い可愛いから写真撮ってほしかったのかと思った」




実際可愛かったし。




「可愛いからって撮るなよ〜」




俺の腕を叩きながら百合は言った。痛くはなかったから本気で怒っているわけではないのだろう。




「で、今日は服を買いに行くんだろ?百合が行きたいって言ってた服屋ってどこにあるんだ?」




百合はアイスの残りを食べて自信ありげな顔で俺の方を振り向く。




「ふっふっふ、私にぴったりなお店を見つけたのだよ盗撮くん」




「盗撮というほどか?んで、どこ?」




「ついてきたまえ」




百合はやや強引に俺の腕を引っ張り電車に乗り二駅ほど過ぎたあたりで電車を降りた。電車を降りたあとも百合は俺の腕を引っ張り楽しそうに鼻歌を歌いながら百合にぴったりだというお店を目指した。




「到着〜」




駅から徒歩10分ほどでついたそのお店は一見服屋ではなく花屋の様な外見をしていた。


「マリーゴールド…」店の名前が花屋を言っている感がある。(個人的にだ)




「そう!ふふん私にぴったりでしょ?」




確かにマリーゴールドの花言葉のいい意味では生命の輝きとか健康という意味がある。そういう意味では百合は健康的で明るいから合っている。




「確かに百合らしい」




俺がそう言うと百合はへへと照れくさそうに笑った。お店の中に入ると微かに花の甘すぎない季節を感じさせる匂いがした。


ここはやはり花屋なのか?と思ってしまう。と同時にどこか嗅いだことのある懐かしい香りなきがした。どこで嗅いだことがあるのかまでは思い出せない。


思い出せないことをずっと考えていても意味がないからお店の中で百合と一緒に水族館に向けたコーディネートを考える。俺はシンプルなデザインを好むため汗をかいても目立たない黒Tシャツに胸辺りに花のワンポイントが刺繍されている服を買った。


買った服からも微かに花のいい香りがする。


対して百合はオレンジ色のワンピースを買っていた。今更ながらなぜ水族館に行くのにオレンジ色?と思ってしまった。口にはしないでおいた。


花のいい香りが漂うお店を出て空を見上げると空の向こう側に油絵で描いたような積乱雲が見えた。




「今日、午後から雨なんだって」




「昨日の天気予報ではそんなこと言ってなかったけど?」




俺がそう言うと百合は空に手をかざした。




「夏の空は気分屋なんだよ、気分屋だから忘れることもある」




手をかざしたまま言う百合の言葉が俺には理解できなかった。




「忘れるものって?」




「さぁ、それは空にしかわからないよ」




「さ、そろそろ帰ろっか、雨に降られてせっかく買った服が濡れるのは嫌だしね」




「結局選択するから変わらないと思うけど」




「それとこれとはまた別でしょ!」




そう言いながらニッと笑う百合の瞳が少し揺らいで見えた。




「じゃあまた」




帰路の分かれ道で俺がそう言うと百合は「ちょっと待って、」と言って俺の腕を掴んできた。




「ん?」




「あのさ、まだ全然時間あるし家寄ってかない?ゲームしよ!」




なんだこいつ…急に誘われることは時々あるが「ゲームしよ」と誘われる時はたいていホラーゲームをやるときだ。


前に一度百合の家にいった時無理やりホラーゲームをやらされて半分泣きながらプレイしたのを覚えている。もちろんバカにされた。




「百合、まさかまたホラーゲームやらせる気じゃないだろうな?」




「無理だぞホラーゲームは、やらんぞ絶対に」




俺がそう言うと百合はニヤニヤしながら俺の腕を指で突いてきた。




「え〜?まだホラーゲームへの耐性ついてないの?ビビりくん」




「そんな事を言わずにホラーゲームで暑い夏を吹き飛ばそうじゃないか」




何が暑い夏を吹き飛ばそうだ、それにさっきの積乱雲がより色濃くなってきている。」今日はもう帰ることにしようそう思い百合に「no」とだけ行って背中を向けた。


すると急に背中に衝撃がきてかすかに女の子らしい匂いと今日行ったお店の花の懐かしくいい香りがした。百合が抱きついてきたのだった。




「百合、どうしたの?」




「ねぇ、お願い家に来て?今日親がいないから家にいても寂しい。」




唐突すぎる。百合はいつも唐突に言ってくるから反応に困る。俺も今日は親がいないし仕方ない行ってあげるか…




「しょうがないな、いいよ。俺の親も今日帰ってこないし」




そう言い百合の方を向くと百合は一瞬ポカンとした顔を見せたあと満面の笑みで


「やったー!ありがとう!」といいさらに俺に抱きついてきた。ちょっと痛い。


三年近くいて今日、今更分かったこと、百合は寂しがり屋なのかもしれない。


俺と百合は二人並んで百合の家に行くことにした。


百合の家には何度か行ったことがある。それこそホラーゲームをやらされて半分泣いたり、普通に某人気格闘ゲームを一緒にやったりしたこともある。




「何度来ても思うけど、百合の家って広いよな」




「そう?普通くらいだと思うけど、そんなことより早く入ろうよ雨降ってきそうだしさ」




百合がそう急かすと俺の腕を掴んで家に入る。


「お邪魔します。」一応言っておく。家に入ると爽やかで優しい感じの花の香りがした。前に一度百合のお母さんと会った時に母と娘2人して花の香りが好きだと言っていた。だからなのだろう、暑い季節にはぴったりな香りだ。普段ならリビングでゲームをしているがなぜか今日はそのまま百合に百合の部屋に招待された。部屋からは百合の甘い花の香りが息を吸うたびに漂ってきて初めて女子部屋にはいるというのもあって少し気まずくなり、手からは緊張からか汗が出てきた。




「そ、そういえば今日は百合のお母さんはどこに行ったんだ?」




「今日ママは出張だよだから明日の夕方くらいまで帰ってこない。」




「だからか……」百合は小さい頃に父を亡くし母子家庭で育ってきた。今日家に俺を誘ったのは普段一緒にいる母さんがいなくて寂しいからなのだろう。


やはり百合は寂しがり屋だ。




「だからって何が?」




百合が不思議そうに俺を見て首を傾げる。


不意に目と目が合ってしまって思わず反射的に目をそらしてしまう。




「いや、なんでもない」




おかしい、百合の部屋に入るのは初めてだけど家にお邪魔するのは何も今日が初めてというわけじゃない。なのになぜか今日は変に百合のことを意識してしまう。


この部屋の香りのせいだろうか。この甘く、どこか嗅いだことのある花の香りのせいなのだろうか。俺は平常を装うために会話をすることにした。




「んで、何するの?百合」




「そうだね~、夜はまだ来ないからレースゲームとかでもやろう!」




夜はまだ来ない…なんだかとても嫌な予感がする。




「百合、なんだか嫌な予感がするんだけど、まさかホラーゲームはやらないよな?」




「それにいいのか?夜までいても」




「ホラーゲームはやらないよ、それに言ったでしょ今日ママは出張で明日まで帰ってこないって、それにほら、雨降ってきちゃったし」




百合は少し寂しそうな顔をしたあとすぐにいつもの華やかな笑顔に戻った。


百合が開けたカーテンの窓の外を見ると確かに雨がぽつぽつとだけど降ってきていた。雨音を聞く限りすぐにはやみそうにない雰囲気の雨音だった。


ホラーゲームをやらないならそれでいいか。




「じゃあ、気を取り直してレースで勝負だ!少年!」




「望むところだflower girl」




「なにそれ」




ふふっと百合は笑いながらゲームを起動させる。俺は大きめのソファに座りながら百合の部屋を見渡す。やはりというべきかなんというかThe jkって感じの可愛らしい部屋だ。まぁ百合の部屋以外に女の子の部屋なんて入ったことないけど。


「よし、少年勝負だ」百合はそう言って俺の横にポンッと効果音がつきそうな感じで座る。


……緊張で手汗がまたでてくる。いくら百合でも俺は童貞なので耐えられそうにない。だからちょっとだけ横にズレた。




「ちょっと、何でずれるの?」




「.......。」俺は黙る。




「え?もしかして緊張してるの〜?」




「……うるさい」




「図星かよ!ふ~ん意識しちゃってるんだね」




百合が近づいてくる。




「仕方ないだろ男子高校生なんだから、いいから勝負するぞ」




レース開始のカウントダウンが始まる三、二、一。




「えいっ」




「ちょ!?」レースが始まった途端に百合が思いっきり俺の方に寄ってきた。


緊張で鼓動が激しくなり顔が赤くなっているのを自分でも感じる。


熱い、クーラーは効いているのに熱い。百合はというとニコニコしながらレースで独走している。俺はビリ。


何とか追いつこうとするも緊張で手が震え思うように操作ができない。


結局、百合は終始俺にくっついたままでレースは百合の独走で圧勝に終わった。


俺は呆気なく終わった。


少しぼーっとしていると俺にくっついたままの百合が物申してきた。




「雑魚な少年よ勝者には褒美が必要とは思わんかね?」




「雑魚ってそれは百合がくっついてきたからだろ、まぁいいや、で何が欲しいんですかチャンピオン」




百合は少し俯いて両膝で顔を隠すようにして答えた。




「器が大きい少年よ、今日うちに泊まりなさい。」




「は?」




一瞬理解ができず反射的に反応してしまった。




「い、嫌なら良いんだけどね?強制はしないよ、器の大きい少年に免じて……。」




百合はそう言って俺の胸に潜り込む。きっと赤くなってる顔を隠すためだろう。...百合は寂しがり屋、でも良いのか?俺達は仲はいいが付き合っているわけではない恋人ではないのだ。




「いやではないよ、ただ好きでもないただの友達、しかも異性の高校生が泊まっても百合はいいのか?」




同性の友達同士ならまだしも異性とは良いのだろうか?




「別に気にしない。それに君となら構わないし、君以外の異性に対してこんなことしない。それに....それに君と今夜だけでいいから一緒にいたい…ダメ?」




百合は俯いていた目を俺の方に向け若干上目遣いになる。俺は慌てて目を逸らし顔を隠す。ズルい。


可愛いって思ってしまうじゃないか、そんな言い方されたら断れなくなっちまうだろ。自分の心臓の鼓動が速くなっているのがよくわかる。


「わかった。俺の親も今日帰ってこないしいいよっ!?」いいよと言った途端に百合がギュウっと効果音がつくほどの勢いでハグをしてきた。痛い、けど優しく柔らかい感触があった。「寂しがり屋め」そう言って俺もハグをし返した。なんだか一輪の花を大事に大事に枯れないよう折れないよう失くさないように忘れないようにしている気分だった。


たぶん百合の部屋や百合から感じるふんわりとした雰囲気、懐かしく感じる甘い花の香りがあるからだろう。


たとえそれらがなくても俺は一輪の花を愛するように百合のことを大事にしたいと思う。俺は一体なにを考えているのだろう。


一輪の花を大事にしたい、愛したい?


今まで俺は百合のことを可愛いとは思っていたが好きとか恋愛的感情はなかったはずだ。いや、もしかするとあったのかもしれない。


ただ俺がこの感情に気づいていなかっただけかもしれない。


いや、〝気付かない〟わけない自分のことだ。


〝気付かないようにしていた〟これが答えだろう。


でも気付いてしまった。それはもう芽が出ないと思っていた花の芽が知らない間にゆっくりと咲くべき時じゃない時に土から出てきたことのように。


今更目を背けることはできない。俺はこの芽を見捨てることはできない。




「百合」




「なに?」




百合の顔が至近距離にある。快晴の日の外に漂う花のような香りがほんのりとする。胸の鼓動が百合に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい高鳴っている。


もう百合には伝わっているのかもしれない。


それでも良い今は百合にすべてを伝えたい。




「百合、俺は君の香りが好きだ。花のような甘い香り、雨の日でも曇りでも今日みたいな気分屋な天気でも変わらず君から漂う日光を浴びて喜んでいるかのようなっどこか懐かしいような花の香りが。俺に言われてキモいかもしれないし不快に思うだろうけどけどこれだけは言わせてくれ、


                一輪の花を愛するように君を愛したい…」




自分で言って恥ずかしくなった。たぶん赤いバラよりも俺の顔は赤い。


今のこの例えでさえも恥ずかしく感じる。俺は痛い奴だ。


でも百合から目線はそらさないようにできるだけ頑張った。


百合はというと




「一輪の花を愛するように私を愛したい....」




と顔を俺の胸元で隠しながら俺がさっき言ったことを復唱していた。


……恥ずかしい。




「私も、私も緋衣(ひいい)くんのことを一輪の花のように愛したい…です」




百合は俺の右手をつかみ返事をくれた。人生初めての告白が成功するとは思わず百合に抱きつきそうになるがぐっとこらえた。




「あ、ありがとう百合でも、恥ずかしいからあんまり言わないでくれ、その、俺が言った言葉」




「え〜緋衣くんが言ったんじゃん」




〝緋衣〟なんだか初めて呼ばれた気がする。


そういえば百合と出会ってから今までなんて呼ばれてたっけ。


もう覚えてないし今はどうだっていい。


それに苗字だけど少し嬉しかった。




「ふふっ一輪の花ね良い例え方するね」




「だからやめろって」




「や〜だね、この可愛いお花を黙らせることなんてできないよ〜」




ニヤニヤと何かを期待するように百合は言う。それに対して俺は答えようと思った。俺は百合の体をぐっと自分の方に近づけさせ、「なら仕方ない、強硬手段だ」そう言って俺は百合の顎を花びらに触れるように優しく持ち自分の顔に近づけ、自分の唇と百合の丹花な唇を重ね合わせた。柔らかい、そして花蜜のようにほんのりあまずっぱい。数秒たって少し百合から離れた。初めてのキス、たった数秒が長く感じた。


「……緋衣くんズルい」百合はそう言って俺の肩に両腕を回しグイッと顔を近づけ唇を重ね合わせてきた。一瞬うろたえたがそのまま俺と百合は何度も唇を重ね合わせ合った。キスを通じてわかったことがあることがある。


俺が本当はずっと百合のことが好きだったように百合も俺のことが好きだったんだ。


そう思うとこの時間が、百合との時間がもっと続いてほしいと心の底から思った。




「緋衣くん好きだよ」




「俺もだ百合」




好きと言い合える関係、この関係に恋人なんて言葉じゃ足りないもっと他に良い言い回しがあるはずだ。そう考えていると百合が笑みを浮かべて言ってきた。




「緋衣くん、なんか私たち花に例えるなら二人とも赤いサルビアみたいだね」




赤いサルビア。花言葉は何だったけか確か恋愛感情の強い意味合いがあった気がする。後で調べてみよう。「たしかに」と俺は返事を返した。百合は小さく微笑んだ。


しばらく大きめのソファで二人で談笑して少し落ち着いた頃にはもう日は沈んでいた。けどまだ雨は降ったままだ。


俺が予想していた通りすぐには止まず逆に雨は強まっていた。




「ねえ、緋衣くんホラーゲームはやらないけどホラー映画一緒に観ない?」




ヤダと即座に断りたいところだがあざとらしい表情の上目遣いでこちらを見てきたので了承せざるおえなかった。罪な女だ。




「いいよ、けど何でまたホラー映画を?」




「緋衣くん、夏と言ったらホラーでしょ!」




「怖さで暑い夏を吹きとばそうじゃないか!」




なんとなくそうだろうなとは思った。けど今の俺達にはちょうどいいのかもしれない。意識していなくとも分かるくらい自分の顔が熱いとお互い認識している。




「そうだな。で、どんなホラー映画を観るんだ?」




ホラー映画と言ってもジャンルはたくさんある。


心霊、サイコ、SF、などなど。百合は考えるしぐさをして「よし」と言いDVDが陳列している棚から一つ取り出してきた。百合が言うには取り出してきた映画は花を題材にしたサイコホラーらしい。百合は映画を観るようにと一度飲み物や菓子類を持ってくるためにリビングに行った。俺はその間部屋を暗くしたりDVDをすぐ見れるように準備したりとなるべく映画館風になるようにした。


しばらくして百合が戻ってきたので映画を見始めることにした。


〝一輪の夢幻〟タイトルから意味深でとても興味深い。


約4時間ほどの長い映画が始まる。すぐ隣に座っている百合を観るとなんだか少し眠そうにしていた。「寝るなよ?」とだけ言っておいた。「寝ないよ」と言いながら百合は俺の腕に寄りかかった感じに座った。


映画の内容は主人公はある日突然音信不通になった幼馴染を探しに行くという物語だった。


主人公は幼馴染との思い出の場所を探し回り、半ば諦めた状態で最終的に行き着いた場所は小さい頃に幼馴染と一緒に行ったもう閉園した遊園地だった。


主人公は園内を隈無く探し回ったが結局、幼馴染を見つけることができなかった。


諦めかけたときふと主人公が何かに気づき前を向くとそこには昔、幼馴染が一番好きだと言っていた花が一輪、美しく儚く咲いていていた。


そこで主人公は気付かされることになる。


そう、探していたはずの幼馴染はもうとっくに亡くなっていた。主人公はその事実に気づいたとき一輪の花に向かって「あー、ここにいたんだ。」とだけ言い最後には咲いていた一輪の花の花弁から一滴の雫がしたたるところで映画は終わった。


観終わったあと百合の方に顔を向けると百合は目を閉じていた。




「寝ないよ、なんて言ってたくせに。」




と俺が独り言のように小声で言うと百合は目を開け俺の方を潤った目で見つめてきた。




「寝てないよ。ちゃんと最後まで観た、目が熱くなって緋衣くんみたいに涙が出そうになったから目を瞑ってただけ。それと緋衣くんを感じたかったってのもある。」




「え?」つい反射的に反応してしまった。自分の左頬に触れてみてようやく気づく。俺は泣いていた。映画を観て涙が出るのは初めての経験だった 。


自分の左頬に触れながらボーとしていると右頬を百合が触れてきた。俺も自分の左頬を触っていた手を百合の右頬に触れる。百合は目を瞑り微笑み、一滴の涙を頬に滴らせていた。俺は流れ落ちる一滴の涙を親指で受け止め百合に軽くキスをした。


百合はまた嬉しそうに微笑み「仕返し」と言って俺に軽くキスをした。


そのまま俺と百合は一緒に寝た。眠るときまたあの花の香りがした。






ーーーー見慣れない天井、百合の部屋でも俺の部屋でもない。ここはどこだ。ふと横に目をやると左側には窓があり、右側には学校の保健室にかけてあるようなカーテンがあった。病院だろうか。


窓の外を見てみると夕陽に照らされた一本の木が目の前にあってその木は春が来るまで眠っているようだった。その木を見つめているとやがて看護師らしき人が来た。




「緋衣さん今日は起きているんですね、おはようございます。」




見覚えがある看護師、思い出せない。




「看護師さんあなたのことを見たことがあるような気がします。」




突然何も意識しないで自分が話しだした。




「そりゃあ毎日緋衣さんの介護させていただいてますから。」




「ところで緋衣さん、なぜ涙を流しているんですか?」




言われて気づいた。いつから流していたんだろう。




「悪い夢でも見たんですか?」




「夢は見た気がするんですけど覚えてないです、でも少なくとも悪い夢ではなかったと思います。」




また口が勝手に動いた。




「そうなんですね、悪い夢でないのなら良かったです。」




「はい。」口が返事をした。


看護師と話しているうちに睡魔が襲ってきたらしく俺は看護師に「眠気がきました」とだけ言って勝手に眠ってしまった。


意識が遠のく中花の香りがした。


ーーーー





眠る直前看護師が何かつぶやいていた気がするが聞こえなかった。暗闇の中、微かに懐かしい香りがした。その香りが何なのか俺は知っている百合の香りだ。


腕に重力を感じ、目を覚ますと百合が俺の腕を枕代わりにして寝ていた。俺は無意識に花を撫でるように百合を撫でた。ずっと撫でていると百合は目を覚ましたのか微かに微笑み眠気眼で俺の方に視線を向けた。


「おはよう。」と俺が言うと「.....おはよう。」と百合は少し間を開けて言った。




「......緋衣くん怖い夢でも見たの?」




百合が突然目を見開いて聞いてくる。


なぜ聞いてきたのかわからなかった。「どうして?」と聞くと


「涙がでてるよ」と百合が教えてくれた。


まただ、昨日も気づかずに泣いていた 。


夢、夢はみた気がするがどんな内容だったか忘れた。


ただ目が覚めた時には少し花が枯れてしまった時のような損失感がたしかにあった。だから俺は無意識に百合の頭を撫でたんだろう。




「夢は見たと思う、ただどんな夢かは忘れた」




「でも少なくとも怖い夢ではなかったと思うよ」




俺がそう言うと百合は「そっかなら良かった」とだけ言い笑ってみせた。


百合が今日は午後から予定があると言っていたから俺たちは百合の家で解散した。


解散したあとは特に何もなくただ暑い日が過ぎていった。


何かあるとしたら今日八月六日に、百合から[あした私を見ても倒れないでね?]とだけ連絡があったくらいだ。


俺は適当に返信をしてゲームをして一日を潰した。


8月7日、今日は百合と約束した水族館に行く日だ。天気は快晴。集合場所は前に待ち合わせをした駅にしたが早く着きすぎてしまった。


集合1時間前か、さすがに早すぎたな。


恋人になってからの初デートでもあり初顔合わせ。普段通りに接すればいいのだが昨日の百合からのメッセージもあって少し花が咲く瞬間を見守る時のようにドキドキしている。


しかし昨日のメッセージは何だったのだろう、まぁいいや百合が来ればわかることだ。


時間まで暇だから駅のすぐ近くの公園の周りを歩いた。30分くらい散歩して、以前百合が食べていた駅前に売っているアイスを買って食べた。


アイスの上には食べられる花が乗っている。


食べられる花のことを食用花、エディブルフラワーというらしい。種類はいくつかあってバラやパンジー、マリーゴールドなどがある。


ちなみに俺が今食べているアイスに乗っているのはマリーゴールド。味は花畑にいるみたいな味がする。




「おはよう!ごめんね待たせちゃった」




アイスを食べていると後ろから声がした。振り向くとそこにはオレンジ色のワンピースを着て、ロングヘアからショートボブヘアになった百合が俺を見つけたときに走ってきたのか少し疲れた様子で膝を少し曲げて立っていた。一瞬誰だかわからなかったことは墓まで持っていくことにしよう。オレンジ色のワンピースとショートボブになった髪が一輪のオレンジ色の花がそこに咲いていると思ってしまうほど綺麗で可愛いくてよく似合っている。夏にだけ現れる少女みたいだ。




「そんなに待ってないよ、てか来るの早いねまだ30分前だよ」




「緋衣くんこそ私より早くここに来てたじゃん」




「それよりさ、どう?新しい私は」




「オレンジ色の花が咲いているみたいでよく似合っているよ。」


と素直に答えると


「オレンジ色の花…」と百合は少し考え、




「それってオレンジ色のマリーゴールドみたいってことでしょ!」




と目を見開いて初めて咲いた花のような満面の笑みで俺の方を見る。




「正解、ご褒美にアイスを買ってあげよう」




と俺が言うと「子供じゃないんですけど〜」と百合は笑いながら言った。それでも結局は暑いし走って疲れただろうからと言ってアイスを買ってあげた。


電車が来る時間になるまで俺たちは公園のベンチに座ってアイスを食べたり途中飲み物も買ったりして花みたいに日光浴をすることにした。公園には夏に咲く花々が花壇からきれいに彩り良く咲いていて俺は風に乗って漂うその花たちの香りを百合と一緒に楽しむ。


あぁこんなに平和な日があって良いのだろうか、


まるで自分が花壇に咲いている花の一つになった気分。心地良い風、世界を照らす太陽、そして隣には愛おしくてたまらない一輪の花に見える百合がいる。俺はこの瞬間を例え枯れた花のような老人になっても絶対に忘れない事を心のなかで密かに誓う。


百合と二人で楽しんでいるとちょうど良い時間帯になったから駅に戻ることにした。


駅に戻る途中百合は俺と手をつなぎながら上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていた。


花が歌っているみたいだった。電車に乗り以前、電車に乗って降りた駅よりも二駅進んだところで降り、乗り換えをして県外に出たあと俺たちは電車から降りた。


電車から降りると駅からは海が良く見え海の潮風とともに海の独特な匂いがした。




「ん~~~意外と距離あったな〜」




電車から降りてきた百合はそう言いながら背伸びをした。俺も百合につられて背伸びをして、しばらく一緒に海を眺めて、また手をつないで駅から出た。


夏の映画のワンシーンでも撮っているかのようだった。


駅から出たあと10分ほどバスに乗って少し歩いたところでようやく目的地の水族館についた。水族館に着くと外にはたくさんの白い花と青い花が咲いていた。


水族館の中に入ると今日は平日だからか人はそんなに多くない。


人が多いところが苦手な俺には幸運なことだ。


二人分のチケットを買いゲートを抜ける。


少し歩いたところで、まず最初に普段は人間に食べられているであろう鯛やアジなどその他小さな魚達が円柱型の水槽から歓迎してくれる。


百合はぼそっと小さな声で「美味しそう」と言っていた。


みんな逃げろこいつに食われるぞ、と一応魚達に心の中で呼びかけとく。


呼びかけが聞こえたのか百合が水槽に近づくと魚達は逃げるように泳ぎ始めた。


百合はというと魚の泳ぎに目を輝かせ感心しているようだった。


いや、あの目はただ生きのいい魚として見ているのかもしれない。


どっちにしろ百合が楽しんでいるのならそれでいいか。


百合と一緒に水族館の奥の方へ進んでいでくと水槽がアーチ型になっている道の前に来た。その道を通ると上にはウミガメが空を飛んでいるかのように優雅に泳いでいた。百合は瞬きを忘れるくらいに夢中になっている。


ここに来たのは初めてじゃないはずなのにまるで初めて水族館に来た子供みたいだ。


水族館で一番大きな水槽があるエリアに着いた。


ここだ。


俺が水族館を好きな理由に当てはまる場所は。


ずっと見ていると吸い込まれてしまような大きい水槽、どんな人が見ても必ず魅了され黙り込んで見つめ続けてしまう。俺は少し水槽から離れた長椅子に座り水槽を眺め続ける。百合はと言うと水槽の近くによってまた目を輝かせながら水槽を眺めてた。


オレンジ色のワンピースを着た百合がなんだか太陽にも見えたし青空の下に咲くマリーゴールドみたいだった。


「うまそう、食えるかなあいつ」と聞こえたのはきっと幻聴だろう。大きい水槽エリアをしばらく堪能した後俺と百合はさらに奥にあるクラゲエリアに行くことにした。途中にタツノオトシゴや小さいカニ、チンアナゴがいるエリアを通り百合は可愛いを連呼していた。「たしかに可愛いな」とだけ言っておいた。クラゲエリアは俺のお気に入りのエリアでもある。クラゲの展示には独特な演出がされていて水族館の中で一番独特な雰囲気を放っている気がする。個人的にだ。


クラゲエリアに着きクラゲを百合と眺めていると百合が「お花みたいで可愛いくて綺麗」と言っていた。確かにライトによって照らされたクラゲは花みたいで綺麗だった。クラゲエリアを見終えると百合が「お腹空いた」と言ってきたから昼食をとることにした。もしかしたらさっきから百合が魚を見るたびにおいしそうと言っていたのはこれが理由だったのかもしれない。


長距離の移動でおなかが空いていたのだろうか 。昼食は館内にあるバーガー店で食べることにした。好きな人と食べているのもあってかなかなかに美味しい。


百合は「美味しい!」と言いながら頬張っていた。あざとく食べないのが百合らしくて可愛かった。午後からはイルカショーではなくシャチのショーがやるらしいから百合と一緒に見に行くことにする。開演までは時間があったから待ち時間の間俺たちは水族館の歴史みたいなのを知れる資料館にいることにした。水族館について書かれた資料があったから俺はそれを読むことにした。どうやらこの水族館は一度閉館しているらしい。閉館した詳細は水質の管理不足でストレスや環境に適応できなくて多くの魚達が死んでしまったらしい。


けどその後新しい館長が水質の問題、魚達への環境配慮に徹底したおかげで閉館から3年後に再開館することができたらしい。


たった3年で再開するのは偉業すぎじゃないか?


ちなみに閉館前の水族館の名前はピーマンというらしい。読んでいてつい笑ってしまいそうになるのをぐっと飲み込んで抑える。


ピーマンと言う名前の由来についても一応詳細が書かれていた。どうやらピーマンの花言葉が海の恵みらしい。


だからといってストレートにピーマンと名付けるだろうか。


再開館した方の名前では閉館前のピーマンにならったのか現館長の偉業を称えて花言葉が成功のネモフィラが名前になっている。どちらもストレートすぎで少し笑ってしまう。もう少し花の名前から発展して考えたりしなかったのだろうか。


でもネモフィラは海の色のような花の色をしているからまぁギリギリ納得はできる。あ、だから水族館の外には白い花と青い花が咲いていたのか。


資料を読んでいると百合が「そろそろ時間だから行こう」と声をかけてきた。


百合は「前の方に座りたい」と言ったが俺は帰りのことを考えて「後ろの観客席の方に座ろう」と言い渋がる百合の手をとって後ろの方に座る。


ショーの始まりまで百合はずっと拗ねていたけどショーが始まった途端にさっきまでの事が無かったかのようにショーを楽しみだした。ほんと子供みたいで可愛い。俺は夢中になっている百合を写真に収めた。盗撮と言われても仕方ないけど百合は気づいていなさそうだ。俺も写真を撮った後は百合と一緒にショーを楽しんだ。前の方の観客席にいた人は大雨に降られたのかってぐらいビショビショになっていた。


百合は前の観客席にいた人たちを見て「前の観客席じゃなくてよかった、ありゃ流石にやべぇ」と言っていた。俺は思わず「ぶっ」と吹いてしまった。それを見て百合は「笑うなー」と言って俺の腕をポコポコ叩く。


ショーを見終えたあとまだ観れていないエリアを観に行ってもう一周館内を回った。一周回り終えても時間には余裕があった。だけど帰りの電車を考え少し早めに水族館を出ることにした。来た時に乗ったバスに乗り駅に着くとちょうど夕焼け色に海が染まっていた。駅から海を眺めている百合を俺は「百合」と言って「ん?」と振り向いた百合を撮った。「こら~また勝手に撮って」百合は笑いながら言った。「ごめんごめん」と一応謝罪をして百合と一緒に夕陽を眺める。


こんな時間がずっと続けば良い、来年再来年もその先もずっとこうして百合と一緒にいたい。百合もそう思ってくれているだろうか。「緋衣くん」百合に呼ばれたから「何?」と百合の方を向くと「仕返し!」と言って百合は俺の事を写真に収めた。


瞬間、百合が驚いたような顔で俺を見た。




「緋衣くん写真撮られるの嫌だった?」




「何で?撮るくせに撮られると嫌だっていうのはおかしいだろ。」




「それに嫌じゃないよ俺は」




「じゃあ何で緋衣くん何で、なんで泣いてるの?」




「え?」




泣いていると言われてようやく気づいた。まただ、また気付かないで泣いている。「あれなんでだろう」止めようと思っても涙は止まってくれないこれが何の涙かわからない。




「なんか止めようと思っても止まんない、ごめん百合」俺は謝る。




「大丈夫だよ、何があったのかは私にはわからない。けど私はずっと緋衣くんのそばにいるよ。」




そう言い百合は俺の背中に手を回し優しくハグをしてくれた。俺も百合の背中に手をまわしハグをする。




「俺、泣いてる理由がわからないんだ、でも俺は百合と一緒にこうしていられることが嬉しいし、一番幸せを感じてる。」




「ふふっありがとう、私もだよ。」




百合はそう言って俺と目を合わせてから軽くキスをし、にまっと微笑む。


海の匂いと風、百合の優しい花の香りが心地よかった。


けど、泣いてしまったからなのか少し悲しかった。


それになんだか懐かしい気がする、でもそれは多分気のせいだろう。


それからは二人でぼーっと駅から見える夕陽に染まった海を眺めていた。


しばらくすると電車が来て俺と百合はその電車に乗って帰ることにした。


電車に乗っている間、百合はずっと俺の手を握ってくれていた。


見知った駅を降りると暗くなっていたから百合を家まで送ってそのまま帰ることにする。百合の家に着くとちょうど百合のお母さんが帰ってきた。




「ママお帰り」




「ただいまぁ百合」




「あら、緋衣くんじゃない久しぶりねぇ」




「お久しぶりです、百合のお母さん」




「えぇ、元気そうでよかったわ。」




「ねぇママ今日はもう遅いし夜ご飯緋衣くんも一緒に良いかな」




百合が唐突に言ってきた。




「百合、俺は別に大丈夫だよ」俺がそう言って遠慮すると百合のお母さんは首を傾げて百合と俺の方を見る。




「ん?元々そのつもりよ、百合が緋衣くんと水族館デート行く!なんて言ってたから帰りが遅くなるんじゃないかと思って。」





まじか、今日はそのまま帰る予定だったのに。


断りづらくなってしまった。




「じゃあ、お邪魔してもいいですか?」




「えぇ、もちろん」




「やったー!緋衣くんとご飯!ご飯!」




まったく能天気なもんだ百合は。




「お邪魔します」




「どうぞ~」




「ご飯ができるまで少し待ってね」




「緋衣くん、ほら私の部屋に行こ」




「お、おう」俺は百合に連れられ百合の部屋に行った。部屋に入ると以前に入った時と同じ香りがした。安心する心地良い香りだ。


安心する香りに酔っていると「緋衣くん、」百合はドアを閉め俺に近づき後ろから俺を抱きしめ耳元で囁いてきた。


百合の声が耳から全身にわたって地面に染みた雨水のように伝う。


自然と肩があがってしまう。


どうすればいいかわからない。だから俺は百合の次の言葉を待つ。




「ねぇ、緋衣くん君今日は何の日だかしってる?」




何の日か。一つだけ思い当たるところがあるが百合には教えていない。だからか百合は知らないはず。俺はまた次の言葉を待つ。「今日八月七日は…」耳元で囁いていた言葉は途中で止まった。


代わりに耳が今まで感じたことのない生暖かい感触に包まれた。反射的に離れようとしたが百合が後ろから強く離すまいとハグをしてくる。


い、痛い痛い無理やり百合を離そうとするが足を絡められて離れることができない。


「逃げちゃだめ」と舐められ、甘噛みをされながら囁かられると言う初めての体験の中、俺は思い出す。水族館にいた水槽の外に出てしまったら百合に食べられてしまうであろう魚達の事を。そして自らが魚達へ心の中で逃げろと忠告していたことを。


魚達よこれが家という水槽から出た魚の末路だ。


だから決して水槽から出るなよ。しばらく右耳を食べられ続け、ようやく終わったかと思いきや「反対も、いただきます」と言って食べだした。


こいつ完全に捕食者になってるな。俺は逆に人生で初めての捕食される側になっている。食べられている間俺は逃げるのを諦めた小動物のようにただ静かに終わるのをまった。その間百合は舐めたり噛んだりチュウチュウと吸ったりと俺の両耳を堪能していた。


「ふ~ごちそうさま」


やっと食事が終わったのか耳元で少し息を荒くして百合は言った。




「百合、俺は今日初めて捕食される側の体験をしたよ、てか唐突すぎだ」




「まぁまぁ、急にやるのは申し訳ないと思うけど、顔に気持ちよかったって書いてあるからいいじゃん」




正直気持ちよかった…なんて言えないし言いたくないし認めたくない。


けど顔には出てしまっていたらしい。ポーカーフェイスは俺には無理なようだ。




「うるさい」




「図星?」百合はふっと笑う。




「じゃあデザートも頂こうかな」そう言って百合は俺の肩を服からさらけ出し食べだした。首すじから肩、二の腕とゆっくり舐め吸って噛んでと俺をじっくりと百合はサルビアの蜜を吸うように味わう。


もう百合のするがままになってしまっている。


ここいらで止めておかないと後々後悔しそうなので百合が右腕に夢中になっている中もう片方の腕で百合の動きを止める。




「百合もう勘弁してくれこれ以上は持たない。」




顔を覗くと百合の顔は溶けてしまっているアイスのようにとろんとした表情をしていた。理性が飛んで逆に俺が捕食者になってしまいそうになるが、下の階には百合のお母さんがいる事を思い出し、


野生の心を深く息を吸い抑える。代わりに軽くキスをした。




「今日はありがとう。緋衣くん」




そう言って安心してこのまま眠ってしまうんじゃないかと思うくらいにさっきとは違って後ろから優しく俺を抱きしめる。俺は理性を保つのに必死なのに呑気に抱きしめたまま横にゆらゆらと鼻歌を歌いながら揺れ始めた。


鼻歌を聞いているとだんだん聞き覚えない歌から聞き覚えのある歌に変わっていった。おかしいな百合には教えていないはずなのに。


ハッピーバースデーの曲を百合は歌っていた。




「お誕生日おめでとう、緋衣くん」




百合は歌い終わりにお祝いをしてくれた。




「ありがとう百合。でも俺誕生日教えてたっけ?」




「緋衣くんからは教えてもらってないよ、数少ない緋衣くんの友達に教えてもらいました。と言っても私、誰かにプレゼントを渡すのって苦手だからさ、今年は緋衣くんに初めての体験をしてもらおうと思って」




そう言って百合はあどけなく笑う。なんだそれとつい俺も笑ってしまう。




「唐突すぎでびっくりした」




「ごめん、でも初めての体験よかったでしょ?」




俺が小さく頷くと百合がニヤニヤしながら


「君は分かりやすいな」と言って俺にキスをした。


「ねぇ…」百合が何かを言いかけた時、


ちょうどご飯のお知らせが遮るように入ってきた。


百合のお母さんが作ってくれた夕飯はオムライスだった。


店に出せるんじゃないかってぐらい美味しかった。


食事中、百合のお母さんには百合とお付き合いをさせていただいていることを話すと百合のお母さんは嬉しそうに「緋衣くんなら安心ね」と言って納得してくれていた。その後は今日行った水族館や学校での出来事など何ら他愛も無い会話をして食事を楽しんだ。食後は少しゆっくりさせてもらって帰ることにする。


帰り際に祭りが来週末にあるということなので百合と行く約束をした。


家について風呂に入って今日の出来事を脳内で何回も再生しながら俺はベットに行き深い眠りについた。

今日もまたあの花の香りがした。







「おはようございます」




「あぁおはよう今日は良い天気だ。看護師さん今日は**かね」




「緋衣さん今日は****で****あなたの****の****ですよ」




「そうかぁ****になるのか。」




「そうですよおめでとうございます。

緋衣さん毎年この日だけは必ず起きるんですよね」




「そうだっけね」




見覚えのある夢、夢にしてはリアルすぎて夢じゃないんじゃないかと思ってしまう。けどさっきからずっと俺の口が勝手にしゃべり続けているから夢だということがわかる。





「緋衣さん今度はどんな夢を見ていたんですか?」




「はっきりとは覚えていないんだけどね******の夢を見たよ」




自分が話しているはずなのに夢の内容がなぜか聞こえない。




「******の夢ですか」看護師の言葉も濁される。




「そう、とてもリアルで懐かしかったよ」


懐かしかった。


懐かしかったってことはこの老人は過去の事を夢に見たってことなのか?


けどこれは所詮夢だ。


目覚めたら八月八日の現実に戻る。


看護師と老人の会話を聞いていると老人が眠くなったと言って勝手に眠ってしまった。


暗闇にのまれる中「いつまで********か緋衣さん」と重要であろう部分が隠されてしまった看護師の声が聞こえた。そしてまたあの花の香りがした。







目を覚ます。まだ若干眠気が取れないでいる目でスマホの画面を見る。




「は?」




スマホの日付を見て不意にも声が出てしまった。訳が分からない。


見間違えかと思って目を擦りもう一度スマホの日付を見る。どうやら見間違えではないようだ。


五日が経っていた。


でも俺が寝たのは八月七日なのになぜ今日が八月十二日になってるんだ?


俺は五日間も寝てたってことか?


あり得ないだろ、そんなの。


困惑したままベットに座って考えているとスマホの通知が鳴った。


百合からだ。




[もしもーし五日間も返信ないけど生きてる?

明日お祭りあるけど緋衣くん行けるの?]




スマホの画面上に出てた百合からのメッセージをタップして百合とのメッセージ画面を見ると五日間分の百合からの生きてるかメッセージが届いていた。


俺は本当に五日間も寝ていたのか。




[ごめんちょっと用事があって返信できなかった、

明日は問題なく行けるよ]




[そっかわかったじゃあ明日の夕方に私の家集合ね!

遅れないでね~]




[了解。楽しみにしてる]




[私も楽しみにしてる!]




百合に少し申し訳なかったけど言ったところで信じてはくれないと思うので言わないでおいた。


百合とのやり取りが終わりまた考え始める。


確かに寝たのは八月七日で起きたのは八月十二日。寝ているとき夢を見ていた気がする。でもどんな夢だったっけ。思い出そうとしても思い出せない。


なんかデジャブを感じる。


前は確か百合の家に泊まりに行った時だっけ、映画を見てなぜか泣いていて百合も泣いて一緒にそのまま寝て、起きたら少し寂しい気持ちになっていて


なぜかまた泣いていた。あれ、思い出している時に気づいた、また俺泣いてね?


あれなんでだろう涙が止まらない。止めようと思っても激しくなる一方で植木鉢から染み出る水のように止まらなかった。


なんで、なんで?わからない、どうすることもできない。


次第に嗚咽までも出て呼吸が苦しくなる。


気持ち悪くもなってきてもがいているとインターホンが鳴った。


今日は誰かを招待したつもりも記憶もない、だから無視をして涙を抑えようと抗っていると声が聞こえた。




「緋衣くん!いないの?」




聞き慣れた安心する花のようなふんわりした声。俺は枯れかけの花がまたきれいに咲けるように根を強く張る植物みたいに足に力を入れ百合のいる玄関まで歩く。


鍵を開けドアを開く。百合を視認したと同時に視界が切れた。




「緋衣くん緋衣くん緋衣聖朱(ひいい せいしゅ)君」




「ん」頭には柔らかい感触あって安心するあの花の香りがしてくる。


目を開けると百合が顔を上から覗いていた。




「聖朱くん大丈夫?心配で家に行ったら急に倒れちゃってびっくりしたよ」




「ごめん」反射的に謝る。




「ううん、聖朱くんが無事ならよかった。

 でも何があったの?辛いことでもあった?」




優しく声をかけてくれる百合に思わず俺は抱きついてしまった。


この際正直に言ったほうが良いのだろうか、でも言ってしまったら何かが変わってしまうような気がして言えない。




「聖朱くん何があったのかは分からないけど私はここにいるよ」




そう言って百合は俺の心に指をさす。




「百合、信じてもらえないだろうけど聞いてくれないか?」




百合はコクンと頷いた。正直に話そう、なぜかそう決心できた。




「俺さ眠ってたんだ。」




「うん」




「寝たはずだったんだよ八月七日、百合と水族館に行って百合の家でご飯食べて家に帰って風呂に入って。」




「うん」




「馬鹿みたいだって思うかもしれないけどさ俺」




深く息を吸って目が熱くなるのを抑える。




「俺起きたのが今日なんだよ」




百合に抱きついたまま話していたから百合の表情はわからない。けど百合は優しく花を愛でるみたいに俺の頭を「そっか」と言いながら撫でてくれた。


どういう気持ちでそうしてくれているのかわからない。


でも百合の優しさは撫でてくれている手から温かさと共に伝わってきた。




「聖朱くん、」声が震えている。




「きっと聖朱くんは長い夢を見てるんだよ、どんな夢かはわからないでも悪い夢じゃないと思う。五日間も寝ちゃうくらいにいい夢だった、大事な夢だったんじゃないかな」




百合の方を見ると百合は雨上がりに花から水滴が垂れるかのように頬に涙を流しながらそっと微笑んでいた。涙が百合の頬を伝い顎に伝いやがて俺へと落ちる。俺はその涙を糧に何の夢を見たのかを思い出すため目を瞑る。暗闇の中、映画のフィルムのように場面場面が徐々に瞼裏に映し出され始める。


夢を見た。その夢は夢と言うにはあまりにもリアルすぎる夢。自分は病院のベットにいて体は老いている。夢の中で目覚めるたびに見たことがないはずなのに見覚えがある看護師が必ず俺に挨拶をしてくる。会話をするうちに老いた俺は眠くなって暗闇に包まれ現実に戻される。


起きたときは必ず涙が出ていて、だけど自覚はない。




「それは本当に夢?」




百合に思い出せた夢を伝えるとそう疑問が帰ってきた。




「寝てるから夢じゃないのか?正夢みたいな。」




でもなぜ今夢の内容を思い出せたのかが分からない。




「正夢か…本当にそうなのかな。」




百合はあまり納得していないような感じで答える。


正夢じゃなかったらこの夢は一体何なのか、が答えが出ない。




「でも、聖朱くんが夢って思えるならまだいいんじゃないかな」




百合は萎れてしまいそうな花みたいな表情を一瞬見せたけど俺と目が合うとすぐにいつもの柔らかい花みたいな笑顔でそっと微笑んだ。




「そういえば何で百合は家に来たんだ?何か用事があったんじゃないか?」




今日は誰も家に招待はしていないからふと疑問に


思った。




「なんでだろうね、行かなきゃって思ったんだ。理屈は分からないけど聖朱くんのところに行かなきゃって思ったらいつの間にか体が勝手に動いて気づいたら君の家の前にいた。で、インターホンを鳴らしてもでなくて心配になってきてやっと出てきたと思ったら急に倒れちゃって」




「ごめん」また反射的に謝る。




「それとありがとう百合が来てくれて本当に安心した。ありがとう。」




百合は照れくさそうに笑って「良かった」と言って優しく抱きしめてくれた。


気持ちが落ち着いてその後は百合と一緒にリビングでゲームをして二人で一日を過ごした。百合が帰る頃になると俺は百合を家まで送って行くことにした。




「今日は心配かけてごめんそれとありがとう」




「ううん、大丈夫だよ。聖朱くん何か悩み事があったら私に相談してね。」




ありがとう。そう言って百合の家の前で解散し家に帰る。帰路につき若干トラウマを抱えたまま寝床につく。明日は百合と祭りに行く。


その事へ胸の高鳴りと今日と先日で続いた謎の現象のトラウマが、半々で睡眠の邪魔をする。


けど泣きつかれていたのか案外すぐに眠ってしまった。


暗い世界の中アラームの音がやけにうるさく感じ、目を開ける。


スマホの日付を見る。




「八月十三日」




思わず口に出してしまった。


良かった本当に良かったから。安堵からなのかつい涙がこぼれそうになる。


実感できる涙がなんだか久しく感じた。安心したことに酔っているとスマホの通知がなった。見ると百合から起きれているかの確認と今日の祭りの集合時間についてのメッセージだった。起きれた報告と十七時頃に行くと返信した。


送信後直ぐにわかったと花が笑っているスタンプと共に返信が来た。


現在時刻十時三十七分、時間まで暇だ。ゲームでもするか。自腹で買ったゲーミングチェアに座りプレステの電源を入れる。ピッと言う起動音と共にモニターが明るくなりホーム画面が映し出される。


オープンワールド物のゲームのアイコンを選択して夢の世界に入るようにロード画面を挟んでその世界に入る。世界を自由に冒険しているとあったという間に時間が過ぎていってしまった。スマホの時間を確認すると十六時になっていた。


さすがに没頭し過ぎたな。


若干反省しつつゲームの世界から帰還し百合の家に行く仕度をする。


髪を整え、父さんからもう履けないからと言って貰ったジーパンを履き、百合と一緒に買った花のワンポイントが刺繍された黒のTシャツを着てスニーカーを履いて家を出る。外に出ると夏だからかまだ外は明るかった。百合の家を目指して歩いて行く。歩いていると暑さを感じさせる蝉の鳴き声だったりヒマワリの花の香りだったりが漂ってきてこれから人生初めての好きな人との夏祭りを体験する俺の心を表しているかのようだった。百合の家の前まで着て時間を確認するとちょうど良い時間だったので玄関前まで行きインターホンを鳴らした。


玄関のドアはすぐに開かれ出迎えてくれたのは百合のお母さんだった。




「あら、いらっしゃい。時間ぴったりね、けどあとすこーしだけ待っててくれる?すぐに百合は来るから」




そう言って百合のお母さんは俺が返事をする隙もなくドアを閉めて家の中に戻っていってしまった。二,三分待つと再びドアが開かれた。




「お待たせしましたー」そう言いながらお母さんが出てくる。




その後ろには夏を象徴するような花柄の赤色の浴衣を着て恥ずかしそうにこちらを見ている女の子がいた。




「お待たせ」




「お、おう」




「お、おう。じゃないでしょ緋衣くん。ちゃんと可愛いって言ってあげなさいな。」




「可愛いです。はい。」普段の百合とはまた違って少し大人びた様な姿に固まってしまって上手く言葉が出せない。


「なんで敬語なのよ」お母さんが笑いながらそう言うと百合もクスっと微笑んだ。


俺がどういう反応をしたらいいのか分からずに戸惑っているといつの間にかお母さんの後ろにいた百合が俺の前に来ていた。胸の鼓動を鼓膜で感じながら固まっていると右手をそっと柔らかくて優しい手が添えられた。




「聖朱くんがこんなに戸惑うなんてなんか面白い」




「仕方ないだろ」




「なんで?」




わざとらしく聞き返してくる。




「なんでって、似合ってるからだよ」




「あ~、逃げたな」




「うるさい」




「へへっ」




センター分けにセットされた俺のおでこを百合は指でトンしながら言った。




「図星〜」




にこっと笑うその笑顔が愛おしくてつい抱きしめたくなるがニヤニヤとこちらを見る目線に気が付いたのでやめておいた。


「そろそろ行ったら?」ニヤニヤを抑えようとしているのか手で口を隠しながら言うお母さんに言われ俺たちは祭りに行くことにした。


目の端で僅かに気のせいかもしれないけれど家の中に入る百合のお母さんが下を向いているような気がした。




「百合のお母さんて体調悪かったりする?」




祭りに行く道中なんとなく聞いてみた。「なんで?」と首を傾げたあと百合は「まぁ少し夏風邪?みたいな感じかな」とすんなり答えてくれた。


頭の中でさっきのお母さんの様子を勝手に納得して会話を続ける。




「そうだったんだ、大丈夫かな」




「大丈夫だよ。お母さん体は丈夫だし」笑いながら言う百合に俺も連れて笑う。歩いているとだんだんお祭りの賑やか雰囲気が漂ってきた。


手を堅く繋ぎはぐれないようにして人混みの中に入る。このお祭りは最後に花火が打ち上がるらしくそれまで歩いたり何か買ったりすることにした。


リンゴ餌、綿あめ、エディブルフラワーの乗ったアイス、ポテトなど色々買ったり後は一匹も取れる気配のない金魚掬いをしたりと花火の時間まで二人で一緒に楽しんだ。日が暮れ夜のお祭りムードがだんだんと冷えてくる中、花火がもうすぐに始まるというアナウンスが掛かった。人の流れにつられて花火が見えるところまで行こうとすると百合が食べていたポテトを飲み込み声をかけてきた。




「花火がよく見える隠れスポット知ってるからたこ焼きと焼きそば買ってからそこ行かない?」




「いいねそうしよう」




二人でたこ焼きと焼きそばを買い百合に隠れスポットだと言う場所に案内をしてもらう。数分歩いて階段を登り着いたそこは周りは木々で隠れているが振り返ると町全体が見回せそうな神社だった。地面には不思議なことに夏に咲くはずのない花たちが咲いていた。




「なぁ百合なんでここは季節外れの花が咲いてるんだ?」




「さぁ何でだろうね私もよくわからない」




百合も知らないのか、でも不気味というわけではない。なんならきれいに咲いている花が俺たち2人だけの空間を彩らせているみたいで心地良い。「あっ」百合が声を出したあと夏のメインイベントとも言える花火が咲いた。花火の光が地面に咲いている花々を照らし、横にいる誰よりも愛しい人を照らす。二人で花火を見ていると最後の大きな花火が咲いた今まで見てきた中で一番大きっかったと思う。不意に横に目をやる。俺はこの瞬間を多分忘れないだろう。百合がたった一粒だけ花びらから水滴が落ちるようにゆっくりと涙を流していたことを。こちらの視線に気づいたのか百合がこっちに顔を向ける。


流れている涙に気づいていないのか満開の笑顔だ。




「聖朱くん、夏はまだ嫌い?」




最後の大きい花火が咲く時間が異様に長く感じたゆっくりとスローモーションみたいな。




「ううん、百合のおかげで好きになった。

ありがとう」




「いえいえ」




照れくさそうに笑うその姿は少しだけ儚くて胸が締め付けられてるような気がした。


花火の打ち上げが終わり、祭りの終わりを知らせるアナウンスが流れる。




「じゃ、帰ろっか」




「うん」そう言って百合の家を目指して歩く。夜道誰もいないことを確認して軽くキスをした。いけないことをしてるみたいで面白かった。家に着くと百合のお母さんが玄関で待っていた。




「お帰り」




「ただいま〜」




「ただいまです」軽くあいさつをして中に招かれたのでそのまま家にお邪魔する。リビングに行くと軽食が置いてあって「どうぞ」と言われたので百合と一緒にいただくことにした。3人で会話をしていると時間はさっきとは違いあっという間に十一時を回っていた。「そろそろお暇します」そう言うと「玄関まで見送る」と言って二人もついてきた。靴を履き替え「お邪魔しました」と言って軽く手を振り玄関のドアを開け家を出る。三歩目を出したあと後ろから玄関のドアが開かれる音がした。


忘れ物を自分がしたのかと思い振り返ると百合のお母さんが何かを決心したようにたたずんでいた。「どうしました?」俺が何気ない感じで聞くとお母さんが深く息を吸って言葉を出す。




「緋衣くん、緋衣 聖朱くん。」




「はい?」なぜ二回名前と呼ばれたんだろう。




「あなたいつまで*****?」




「え?」




「あなたもうわかってるはずでしょうそれでもあなたは気づかないふりをしている。」




いきなりなにを言い出すんだ?いつまでの後が聞こえなかったし。気づかないふりってなんだ?何に?そもそもこういうふうに考えてる時点で気づかないふりどうこうじゃないと思うんだけど。




「そう、まだなのね。ならいいわ。ごめんなさい、気をつけて帰ってね」




まだって何が?意味が分からない。




「どういうことですか?」




そう問いただすとお母さんは目を見開いたあと顔を暗い夜空に向け大きく息を吸う。




「もう帰っていいわ」冷たくではなく優しく発せられた言葉と同時にお母さんは振り返って家の中に戻っていってしまった。帰り道、ずっと百合のお母さんに言われたことを考えているといつの間にか家に着いていたいつものように風呂に入って歯を磨き少しだけゲームをした。寝る前までずっと百合のお母さんに言われたことが頭に引っ付いていた。けど歩き疲れていたのか案外すぐに寝むくなって寝た。


また夢、見るのかな。花の香りがする。






毎年八月七日に必ず起きてそれ以降は全く起きなくなる老患者が最近はよく起きてることが多くなった。けど起きると彼は必ず涙を流していて最初はあまり気にしていなかったけど起きる頻度が多くなってるのに比例して涙を流すことが多くなっていったから一度だけ前に聞いてみたことがある。でも彼は涙を流している自覚が今までなかったようだ。




「今日ね幸せな夢を見たんだ。」




目を覚ました彼はそう言い私の方を向く。驚いた。別にそこまで驚く必要はないのだけど普段起きた時には涙を流しているはずの彼は今日は満面の笑みだった。




「顔に出てますよ。」




「あれそうかな」




そう言い彼は優しく微笑む。




「どんな夢を見たか聞いてもいいですか?」




私がそう尋ねると嬉しそうに夢の内容を話してくれた。




「***に行ったんだ。二人で歩いて**を回って***の雰囲気にのまれながらはぐれないよう手を固く繋いで二人で歩く。」




妙に現実的な夢だな。人によって夢は変わるけど大体の人の夢ってこう、なんというかファンタジー?ミステリアス?な夢を見るんじゃないの?色々と考えていたら鼻をすする音がして彼の方を見ると泣いていた。




「ど、どうしたんですか?」




「いやぁごめんね。つい思い出しちゃって」




思い出して?




「夢が*の出来事だったってことですか?」







朝、珍しく休みなのに早く起きた。目をこすってぼやける視界をだんだんとはっきりさせスマホの時間を見る。午前八時。二度寝しようと思ったけどせっかく起きたので、一階に行き顔を洗いブラックコーヒーを飲んで頭を起こす。


コーヒの香りに朝から酔いながらふと寝ている時に見た夢を思い出した。


自分が夢について話していてそれを聞いて涙ぐんでいる人がいた。けど話していたことは前みたいに自分でも分からない。なぜ似たような夢を見続けるのか考え込んでる中、昨日帰り際に百合のお母さんに言われたことを思い出す。




「気づかないふりをしている」




気づかないふりをしてるってなんなんだよ。そういえば水族館デートをした後百合の家に行ったとき百合が何か言いかけてたっけな。聞いてみるか。スマホのメッセージ欄を開いて百合に午後会えないか連絡をする。返信は意外にも早く来て今からでも会えるとのことだったので駅近くの公園に集合することにした。




「学校でもないのに早く起きてるなんて珍しいね」




後ろから声がして振り向くとそこには百合が白いワンピースを着て笑顔を咲かせながら立っていた。


「聖朱くん今日はどうしたの?」百合が首を傾げて聞いてくる。俺は百合に座って話そうと提案しあの日座ったベンチに座る。公園を見渡すと子供たちが朝から鬼ごっこをしたりブランコを漕いだりして遊んでいる。花壇の方を見ると満開に咲いた花々が風に合わせて揺れている。そして風に乗って花の良い香りが漂ってくる。日光もそこまで熱く照らしているわけでもなく心地良くらいだった。


「気持ちいねぇ」百合はそう言って俺の肩に頭を乗せてくる。「だね」俺はそう言って百合の頭を撫でる。百合は目を瞑りながら嬉しそうに微笑む。


可愛いな。ほんと罪な彼女だよ。




「それで、聖朱くん今日はどうしたの?」




少し深く息を吸い百合の問いに問いで返す。




「前に、水族館行ったときの帰りに百合の家に行ったろ?」




「うん」




「その時百合が何か言いかけていた気がしてさ、それが少し気になって」




「それだけ?」




「それだけって?」聞きたいことはもう一つあるけどこれを聞いてしまってもいいのだろうか。聞いてしまったら何かが変わってしまう気がして勇気が出ない。悩んでるのがバレたのか、




「何かあるんだね?図星だ、聞かせてよ聖朱くんの悩み。 私はいつもあなたのそばにいるよ。」



と言って俺の心に指を指し微笑む。

なんかデジャブを感じる。

俺はもう一度さっきよりも深く息を吸い込んで悩みを打ち明けた。




「気づかないふりをしているって言われたんだ、それで少し悩んでて…」




「そっか」




とだけ言って百合は一つ目の問いに答え出した。




「最初に聞かれた質問なんだけどねあの後私は*********って言おうとしたの」




「え?」




「だから私は聖朱くんに*********って言おうとしたの」




「ごめん、なんか聞き取れない」




百合の方を見てそう言うと百合は驚く様子もなく落ち着いた様子で優しく微笑んでいた。




「もう無理しないで、気づかないふりをし続けるのはつらいよ?」


そう言って俺の手を優しく握ってくれた手を俺は振りほどいた。




「百合もかよ、なんなんだよ気づかないふりをしているって本人が気づいてないもんは気づかないふりをしているってことにはならないだろっ!」




つい怒りで声が大きくなってしまった。反省しつつ百合に謝ろうと声を出した。

けど思っていた言葉とは逆の言葉を口が勝手に発していた。




「お前もお前の母親も意味分かんないこと言うし、夢を見ては泣いてみては泣いてを繰り返してもう気持ち悪くて仕方がない。嫌なんだよ。」




勝手に動く口がようやく止まると百合は俺のほうに近づいて俺の口を塞いだ。

サルビアの蜜みたいに少し甘酸っぱい感じが懐かしかった。




「この口、悪い子だから特別に塞いであげたよ。」




声が震えている。




「私ねいつも見てたんだよ。いつもって言っても中学三年生のときたまたま君と同じクラスになったときからだけどね。」




クスっと笑っている百合は泣くのを我慢しているようにしか見えなかった。




「初めて君を見たときにね頭良さそうだな〜とか本好きなのかな?って思ってた。

人生そういうのに費やしてるのかな〜って。でも実際の君は普通だった。」




「普通って」




「ごめんごめん」




「でもね普通に見えても少し違って見えたの。なんというかさ」




百合は少し間をあけ深く行きを吸って吐いてを繰り返す。もう限界なんだろう。




「聖朱くんはさ過去にとらわれてる人に見えたんだ」




瞬間、目がぼやけて頬に濡れた感覚があった。百合は続ける。




「でも現実ではそんなことはなくって高校生になって初めて話してみるとゲーム好きってなだけの男の子で可愛いなって思っちゃったんだ。」




「高校生になって話すようになって友達になって恋人になることができて本当に良かったよ」




もう我慢の限界だったんだろう、百合は涙を流す。




「ごめん、泣くはずじゃなかったのに。」




百合は謝り、話しを続ける。俺はただ黙って聞いてるだけだった。




「恋人になって買い物に行って水族館に行って夏祭りにも行った。聖朱くんも楽しそうにしてくれてた。」




「でも、聖朱くんは夏休み最終日に交通事故に遭ったんだ」




「え?どういうこと?」




「トラックの居眠り運転が原因でね」




百合は俺の質問には答えず続ける。




「奇跡的に命は助かったんだよ。でもね起きなくなっちゃったんだ。病院の先生に聞いても何で起きないのかが分からないって言われて、ただ待つしかなくって」




俺がトラックに跳ねられたと言う衝撃となぜ未来の話をしているのかと言うよくわからない状況に困惑して少し頭の中を整理しようと考える。百合はなぜ急にこんな話をしだしたんだ?百合はなぜ過去のことのように話しているんだ?


考え込む中、百合が俺の方に体を向け手を優しく握ってくれる。


今度は振りほどかない。




「ある日ねずっと寝ていた聖朱くんが起きたの、病院の先生も私もみんな驚いて急いで聖朱くんの部屋に行ったら聖朱くんはボーっとして抜け殻みたいに窓の外を眺めてるだけだった。呼びかけても反応がなくて怖かった。でも起きれることが分かってうれしかった。」




百合は泣きながら少し微笑む。




「それから何十年も自分の誕生日には必ず起きてはみんなを期待させてた。」




「なんだそれ」




ついおかしくって笑ってしまう百合もつられて笑う。




「ねぇ聖朱くん、もう気づいたでしょ?それとも気づかないふりをする?」




百合は強制する言い方ではなく花みたいに優しく俺に聞いた。


俺はもう気づかないふりなんてしない。


百合に好きだと伝えたときから目を離さないようにしてきた。




「百合、ありがとう。」




「ううん、聖朱もありがとう」




そう言って百合は俺の肩に頭を乗せて目を瞑った俺もその上に頭を軽く乗せ目を瞑る。




「ねぇ、百合」




「なぁに聖朱。」




「一輪の花を愛するように君をずっと愛し続けたい。」




「私も聖朱を一輪の花を愛するように愛したい。」




微笑む声を最後に世界が遠のいていく。

あの花の香りがする。


遠くなっていく中、今までの事が映画のフィルムの様になってになって思い出す。夏休み前に夏嫌いな俺を百合が水族館に誘って終業式終の放課後、ファミレスで計画を立てて、服を買いに行くと言って花屋みたいな服屋に行って、百合の家に行き一緒に映画を見た。そういえばあの映画は結局ホラー映画ではなかったな。映画を見た後は一緒に泣いてそのまま寝ちゃったっけな。


水族館に行って二人で海が見える駅で写真を撮ったり撮り合ったりして夏祭り前に俺が変な体験をしてその時に百合が慰めてくれて、夏祭りでは屋台を回って、百合の秘密の場所で花火を見た。楽しかったなぁ。でもこれは夢だ。俺はもうずっと寝ていた。それを百合は気付かせてくれたもう目は背けないよ。




目が覚める。もう見慣れた天井。驚くことはない。




「おはようございます。緋衣さん」




「おはよう、今日の日付を聞いてもいいかい?」




「今日は十月二日ですよ」




「そうか、ありがとう」




十月二日、夢の中で祝うことができなかったな、百合の誕生日。ふと横に目をやる。




「そうか、そうか、ずっとそこにいたんだな、おはよう百合、ありがとう百合、そしてお誕生日おめでとう百合」




懐かしい花のいい香りがした。










彼は今日も寝ているだろう。そう思いながら彼の部屋に向かう。彼というのは緋衣 聖朱と言うちょっと特殊なケースの患者さんだ。


彼は高校生のとき夏祭りの帰りに居眠り運転をしていたトラックに当時付き合っていた彼女さんと一緒にはねられてしまったらしい。緋衣さんは奇跡的に回復したものの彼女さんの方は意識不明の重体でそのまま帰らぬ人となってしまったそうだ。


緋衣さんは順調に回復していったけど当時のバカ医者が彼女さんが助からなかったことをストレートにかつ緋衣さんを責めるような口調で伝えたため緋衣さんは精神が安定しなくなり今の状態のように眠っては不定期に1日だけ起きる。と言う状態になってしまった。その起きた日には緋衣さんはなぜか必ず泣いていた。本人にはその自覚はないらしい。


緋衣さんのいる部屋の前に立ち少し大きく息を吸って吐いてからドアを開ける。私は目を見開いた。


そこにはこの間の満面の笑みとは違い、何かに区切りをつけたもしくは何かをやりきった様などこか清々しい表情をした彼がいた。いつものように彼は日付けを聞いてくる。私はなるべくいつものように答えると彼は言った。




「今日はね彼女の誕生日なんだ、でも結局祝うことは一度もできなかった。」




寂しそうな表情をする彼を見て胸が少し痛くなる。ふと彼は横に目やった。すると彼は何か納得したように「百合」と当時の彼女であったろう名前を呼んで微笑んでいた。私は彼の目線の先を追いかけた。そこにはたった一輪の花、どの花にも劣らないようなまるで太陽のような綺麗な橙色をしたマリーゴールドが満面の笑みで咲いていた。



読んでくださりありがとうございます。

面白かった、面白くなかったとしても最後まで読んでくださったことに感謝しかありません。

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ヨキカナ
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