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《 第四章 》こんがらがって、溶けた答え(2)

 正兄と美樹が付き合っていることに関して、時也は個人の自由だと言った。教師と生徒が結婚まで辿り着いた話だっていくらでもあることはわたしも知っている。

 帰り道、白い息を吐いて、この日はお菓子でもアイスでもなく肉まんを食べていた。縁石にぴったりと隣り合わせで座るわたしたちと美樹たちはどう違うのだろう。ふとそんなことを思った。ぴったりとくっついていることだけは同じなのだ。

 わたしはあれから、色々なものに対して多面性というものに目を凝らしはじめていた。人間だけじゃなくて、物や言葉や感情、それこそ天気まで。

「ねえ、時也」

「うん?」

「時也ってわたしといる時も誰といる時も同じに見える」

 そう言ったら、時也はけらけら笑って、「嫉妬?」と悪戯な感じで言った。わたしは真剣なのに、時也の反応に怒りや落胆を覚えはしなかった。時也はいつだってあっけらかんとしている。あっけらかんとしているくせに、とてもよくわたしのことをわかってくれる。実際に、そのあと「今度はなにがあったのー?」と尋ねてくれた。

「どうしてわかるの?」

 わたしがそう聞くと、時也は優しくくすくす笑って「この間も言ったじゃん」と頭を撫でてくれた。

「学校にいる時はそうかもしれないけどさ、家じゃ俺だって違うと思うなあ。あ。それにさ、双葉の家に遊びに行く時。これでも彼氏としてしっかりとしてるとこ見せなきゃって緊張してんだぜー」

 時也はきっと、のんびりな気質であっけらかんとしながらいろんなことを考えているのだとわたしは思った。肉まんを食べ終わって、ぎゅっとわたしの手を取った時也の手の温もりはまるでいつもと同じ。そう、いつも同じ。

「わたしも、そうなのかなあ……」

 不安げにそう言うと、「もちろん、いろんな双葉がいるし、当たり前なんだよ」と言った。

「双葉なんてさ、すごいわかりやすい。みんなと居る時と小野川といる時、全然違うもん」

「……言われてみれば」

 それから時也が照れくさそうに言った。

「それと、俺と居る時もね」

 わたしもなんだか照れくさかった。嬉しいから余計だ。

 照れくさついでだろうか。時也はそのあと、ときめくような言葉をくれた。

「ずうーと双葉がこうしていられるようにって、俺さ、最近いつも考えてる」

「え?」

「そろそろ進路のこと考えなきゃいけないじゃん」

「うん」

「俺は俺と居る時の双葉らしさがすごく好き。だからさ、この先も双葉が笑ったり落ち込んだりしてもそばにいてくれたらなあって。進路より先のことまで考えちゃう」

 わたしだって大好きな時也がずっとそばに居てくれたらと願っている。けれども、どうしたらそうに在れるか考えたことはなかった。真剣に時也が好きだ。わたしの理想は目の前のことを追いかけることだったと今知った。これまでのわたしは必死だった。必死な自分が好きだった。だからごにゃごにゃする。なんとなく、どうしてごにゃごにゃするのか、今わかった気がする。

 そのあと、わたしはわんわん泣いてしまった。肩を竦める時也の横で。時々けらけら笑う時也のとなりで。コンビニの縁石で。コンビニに出入りする人はぎょっとしたことだろう。それでもわんわん泣いてなかなか止められなかった。



 美樹がどうしてわたしのことを尖った目で見ていた時があったのか。時也がどうして正兄に嫉妬していたのか。少しずつだけれども、わたしはわかるようになってきた。それは当たり前のことなのかもしれないと。簡単なこと、簡単なことだった。わたしが正兄に王子様でいてほしいと願っていたことと同じなんだ、きっと。

 わたしはまっすぐにしか他人を見ていなくて、自分がまっすぐいたいように誰もがまっすぐにいるべきだと決めつけていた。それが当然だというように思い込んでいた。

 お母さんが年中「わたしはバカだから」と笑う時、最近のわたしは羨ましく感じる。本当はお母さんだっていろんなごにゃごにゃを抱えながら過ごしてきたのだろう。今だってきっと。

 今、わたしの一番の楽しみは物事をいろんな角度から見つめてみることだ。お気に入りのお菓子に出会った時すら、味わったあとでどうしてこんなに美味しいのかを考えてみてはあれこれ言って、時也までそんな研究をはじめてしまい、きりがない。

 もちろん、自分の内面や他人に見せる顔がどんなかも探しはじめている。わたしはまだひとつの自分しか知らないから。周りには色々に見えていても、自分のことなのにわたしは知らないから。

 正兄の、誰とも同じようにわたしにも多面性があるという言葉。あの時は雷に打た気分だったのに、驚くどころか悲しみが襲った。けれども今は周りにいる人たちをいろんな角度から見つめてみることを覚えて、自分もそうだということに納得がいっている。そう考えると、やっぱり正兄がどんな顔を持っていても、これからはがっかりなどしないに違いない。やっぱり、どんな正兄もわたしの憧れる王子様なのだ。いつだか、王子様だって完璧じゃないんだよと言われた気がする。そう思うと、いろんな正兄が知りたくなった。

 なんだか日々が楽だ。時也じゃないけれど、あっけらかんと一緒に、すっきりとした気分でいろんな日常を楽しんでいる。

 今の悩みは進路だ。教師になると決めていたけれど、もっと自分の可能性を知りたくなって悩んでいる。けれども、ごにゃごにゃしたものは現れなくなった。今までのわたしは、まっすぐ一直線の未来しかないと思っていた。そうじゃないと知った。

 美樹はわたしが楽しそうだったりご機嫌だったりすると素敵な微笑みを絶やさない。淑やかに柔らかく、穏やかで温かい。そんな美樹がある日、「やっと納得できたのね」と言った。どのことに対してだろうと思い当たることが多過ぎるけれど、美樹はわかっている。どうしてわたしがごにゃごにゃしていたか。だから久しぶりにこの微笑みを見た。やっぱり、美樹は素敵だ。憧れる。

「あいつのこと、少しは認めてあげるわ」と時也のことを言った時、まるで拗ねているような口調で、わたしはくすくす笑ってしまった。

 家で正兄に進路の相談をする時に、正兄は今までわたしが知らなかった出来事や一面を話してくれるようになった。それがわたしは嬉しい。正兄も嬉しそうに話してくれる。完璧だと思い込んでいた正兄の学生時代の可笑しな話や教師になってからの間抜けな失敗談など、いつもわたしは笑ってしまう。そうすると正兄は安心したような顔をする。一度尋ねてみたら、「俺はずっと双葉の王子様でいたいんだよ」と照れくさそうだった。



 時也と居る時はいつだっていつも通り。すっきりとした笑顔を浮かべた拍子に、「よしよし」と言って頭を撫でてくれる。それから頰にキスをくれる。

「双葉は双葉とかさ、双葉らしいってみんなが言うのってさ」

「うん」

「要するにそういうことだったんだよー」

 と、時也がいつものように明るい調子で何気なく言った。なんだか恥ずかしくてくすぐったくて、まだ多少感じていた不安が吹っ飛んだ。

 わたしは自分や物事を一直線で捉えなきゃいけないと必死だった。けれども、一直線なものもあれば、歪んだ湾曲やねじれた線、長さの違うもの、たくさんのそういうものが絡み合いわたしの形を作る。その形は絶対に歪になるにちがいない。綺麗な四角や丸になったなら、それは仙人のようになってしまうだろう。到底無理だ。

 ひとつずつ、わたしは色んな自分を見つけて行こうと思う。

 まずは進路だ。進路を決めるために必要な自分を探さないといけない。

 なんだろう、楽しいけれども不思議な気分だ。

 みんなが言う「双葉らしい」という言葉の意味、わたしはまるで飲め込めていなかった。一直線に走りつづけるだけが全てじゃないのだ。そう言いたかったんだと思うことにした。

 大丈夫。大丈夫だ。

 わたしはこれからいろんなわたしを見つけていく。

 それはきっと終わりなどない。

 ごにゃごにゃすることはきっとある。けれども、最適な答えを見出していけるような気がする。

 身近な誰もが背中を押しつづけてくれて、やっとわたしは自分探しのスタート地点までたどり着けた。

 これからはきっと、そのスタート地点から今までのように必死に走りつづけることはないだろう。だって、わたしらしさなんてすぐに全部を見つけられるわけないがないから。

 どうやら、まっすぐが好きだったわたしは、かなり鈍感なのだろう。鈍感なりに、ゆっくりだとしても、自分を探すことはできるはずだ。

 歪んだ形の中にある全てをばらばらに分解してひとつずつ確かめていったら、まず外側にあった歪な形、わたしという人間が一度なくなってしまう。元に戻せるかもわからない。     

 その形の中になにがあるかを探していくこと、それが一番自分探しに最適だと思う。

 双葉は双葉、わたしはわたし。

 時也がよく口にするその言葉が、今のわたしの励みだ。


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