星降る夜の夜想曲
「えっ、ちょま……、いや、今日もレイファス様が尊いぃ……」
大学生のメイは今日もいつものようにソファーに寝転がってスマホゲームの『恋する楽譜』をしていた。
『恋する楽譜』とは、楽譜を集めて数人の登場人物の戦力を上げて歴史的名作の音楽を無かったものにしようとする破壊者と戦い、阻止するゲームだ。レイファスはこのゲームの夜想曲をイメージした腰まで伸びた少し癖のある青みがかった黒色の髪で、同じく長い前髪を左右に分けた髪型をしている、金色の瞳をした青年のキャラであり、大人びた見た目に反した幼気な声のギャップが人気のキャラだ。
ふとホーム画面の中心に佇むレイファスから視線をずらすと、ゲーム内の通知が来ていることに気づいた。慌ててその通知マークのついた封筒型のアイコンをタップした。
すると、そこにはメイの最推しのレイファスの新衣装が1日限定でガチャに実装されたことを知らせるものだった。
「えっ!? ガチャ実装されたの!? 明日じゃなかったっけ?」
そして、ふと部屋の時計に視線を移した。時計の針は両方とも『12』の部分から少し右に動いたところにあった。
「えっ、いつの間にこんな時間に!? やっぱりレイファス様はかっこいいし、かわいくて、ほんっとに尊いからしょうがないよね。CV.もあの村田鮎夢だし……」
そう言いながら、八分音符型のガチャアイコンをタップする。10連ガチャをしようとして、溜息とともに心の声が漏れ出した。
「……えっ、無料ガチャコイン、1回分しかないの?? …………あぁ、そう言えば前回のニューイヤーガチャで、天井まで回してやっと出たもんね……。今回の星降る夜の衣装も欲しかったなぁ……。 流石に1回じゃあのレイファス様が来てくれることはないからなぁ。まぁ、その1回に賭けてやるんだけどね」
そして、1回だけ回す方のボタンを押すと、画面の斜め上から下に流れる星のエフェクトが流れた。そして、CV.村田鮎夢のあのレイファスの声が流れてきた。
メイは驚きすぎてスマホを顔の上に落としてしまった。
「ぎゃ、1回で来た!? ……スマホが落ちてきて痛かったってことは現実よね!? もしかして、わたしとレイファス様って両想いだったりして!?」
と、あり得ないことまで言いながらスマホを拾い上げ、腕を曲げ伸ばししてスマホに表示された星降る夜衣装のレイファスのイラストを眺めていた。
しかし、数分後には疲れていたのかソファーで寝てしまっていた。寝言で星降る夜衣装のレイファス様と一緒に流星群が見たいな、と言いながら……。
──────おはよう、今日は何が訪れるのだろうか? 寝坊助さん、早く起きて──────
メイはソファーで寝たまま、朝を迎えた。もちろん、レイファスが目の前に現れる、などということは無く、いつも通りの朝であった。
「そういえば、ゲーム内で流星群イベがあるけど、実際も今日流星群あるよね……」
今日は学校が休みだったので、何時間もゲーム内の新イベント『星降る夜はゆっくりと』というイベントの周回をすることにした。周回をする中でレイファスのボイスもスチルもすべて回収し、過去のイベントで得たアイテムも使い、レベルもカンストさせていた。もうやることがなくなった、と思ったメイは少しお腹が空いていたことに気付き、スマホを机の上に置いてキッチンの冷蔵庫に軽く食べられるものを取りに行く。
キッチンからポテチとジュースを持って帰って来ると、驚くべき光景が目の前に広がっている。
なんと、さっきまでメイが座っていたソファーに、いつも画面越しに見ている少し癖のある青みがかった黒色の長い髪の青年が座っている。
「わぁ、レイファス様みたいなきれいな顔だなぁ。…………って不法侵入!? 警察呼びますよ!」
「スマホがここにあるのにどうやって通報すると言うんだい? そもそも僕は君が願ったからここに現れたのに……」
ソファーに座りながらメイのスマホを手に取り、それを反対の手で指差しながら不思議そうに話す。
まだ現状を理解できずにメイは無言で自分のスマホを持ったレイファスと思われる人を見つめた。レイファスはゲームのイラストと全く同じ笑みをメイに向けながら説明をする。
「ほら、『星降る夜はゆっくりと』というイベントを規定回数以上してくれたし、僕のレベルだって上限まで上げてくれた。今日寝てるときのメイの願いを聞いていたから出てきたんだよ。その名も最速クリア特別サービスってね、多分最初で最後になるけど、あはは」
「よ、要するに、きょ、今日は私のためにレイファス様は来てくれた、そ、そして、一緒に流星群を見るってこと??」
「そうそう。ただし、日付が変わったら強制的に終了、ってなると思うけどね。後で他の奴らも来るって言ってた。イベントト同じことをメイの家でやろう、ってなってね?」
冷静になってきたメイはレイファスがなぜ自分の名前を知っているのか不思議に思ったが、ゲームもメイのまま登録していたことを思い出して本当に彼がレイファスなのだと確信した。
すると、どこからか間抜けそうなお腹がなる音がしてきた。
「えっと、僕に何か食べるものをくれないか? どうやらメイのいる世界では僕らの世界よりもお腹がすきやすくなるようにできているようだ」
メイは手に持っていたポテチとジュースを無言で差し出し、部屋の入口まで静かに、だが、速く戻って立っていた。レイファスは自分の右側のソファーの空いたスペースをぽんぽんと軽く叩きながら
「隣空いてるんだから座ればいいじゃないか? ほら」
とメイに声をかけた。メイはおそるおそる近付き隣りに座った。
「レ、レイファス様、ポテチ、お口に合いましたか?」
レイファス深く、ゆっくりと頷くとにっこり、と笑ってメイの方を向き、
「1回だけの貴重な機会なんだから楽しもう? ほら、もうすぐ星が降るんだよ」
そう言って窓の外に指先を向けた。すると、細い光の筋がつー、っと窓の外に線を引いた。
「ほら、流れ始めた。綺麗だね。願い事は流れている間3回唱えたら叶うんだってよ」
レイファスとメイの視線が合う。メイが何か言おうとした時、スマホの画面が強い光を放ち、4人の見目麗しい男性が立っていた。
「俺と美しい夜の歌を奏でないか?」
と言った、小夜曲をモチーフとした深い緑色の肩にあたるくらいの髪を低い位置で束ねたミゲル。
「我と信じられない程の思い出を作らないか?」
と言った、幻想曲をモチーフとした流れる澄んだ水のような色の髪をハーフアップにしたリベラローザ。
「ボクと小説みたいな恋をしない?」
と言った、小戯曲をモチーフとした子供みたいな笑みを浮かべた綺麗な白銀のマッシュヘアのメリーベル。
「オレと視線を釘付けにするような舞を舞おう」
と言った、円舞曲をモチーフとした燃えるような赤い短髪のジェーン。
初めてキャラを手に入れたときに言う台詞を言い終わった4人を代表するようにミゲルは、メイに聞く。
「俺らの中で誰と一緒に思い出を作りたい? ……って聞くまでもなくメイはレイファスが好きだもんな。俺らは、程々に流星群を楽しんだら先にスマホに戻って2人の時間作ってあげたほうが良いよね?」
それを聞いたリベラローザ、メリーベル、ジェーンは頷いた。メイの周りの空気は『恋する楽譜』のイベントと同じものとなった。
楽しい時間程速く過ぎ去るものは無い。気付くと星が一番流れる時間になっていた。日付が変わるまであと3分となっていた。レイファス以外はもう皆スマホの中に帰っていた。そしてらスマホからは、レイファスのモチーフとなった夜想曲のひとつがリベラローザによって流されていた。音楽の力というのは素晴らしいもので、その音楽に背中を押されたメイはレイファスに言いそびれていたことを伝える。
「私はあなたに出会ったことで人生が様々な色で彩られ、美しい音で溢れるようになったの。今日のことは一生忘れないからね。レイファス、ありがとう。これからも応援してるよ」
その言葉を聞いてレイファスはメイに微笑みかけた。そしてその直後、一際明るい星が流れたかと思ったら目の前からレイファスは消えていた。夢のようだった時間が夢ではないことを空になったポテチの袋とペットボトルが証明していた。メイは星に祈る。今日のことを何があっても忘れないように、と。
──────あれから一度もスマホからレイファスたちが出てくることはなかった。しかし、『恋する楽譜』は『星降る夜はゆっくりと』というイベントをきっかけに大ヒットし、5周年を迎えていた。メイはあの日の思い出を胸に、なんとか『恋する楽譜』のスタッフになり、ゲームのために一生懸命に働いている。5周年記念はメイが提案した『恋する楽譜』の舞台化が実現されることとなった。ここからの話はまた別の話である。
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ではまた次回お会いしましょう!