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【9】

 周回する人工衛星や大気循環用のリング(特殊フィルター製造機)が見えるくらいに澄み渡った夏の日差しと、嫌になるくらいの人混み。


 静止軌道上(36.000km)に存在する第一宇宙港からキラキラとした光を放ちながら宇宙船が出発して行く光景を見上げながら、私は額に浮かぶ汗を軽く拭いました。


 各種商業施設が入り乱れ、科学の粋を集めたアミューズメントパークになっている第一宇宙港なのですが、当初は単純な貨物用の宇宙ステーションとして建造されており、第一次改装で宇宙の事をもっと知ってもらおうと科学館的な物が増設されて一般公開が開始し、それから本格的な宇宙船の発着場としての機能を盛り込んだ第二次改装、老朽化に伴い大幅な建て直しをおこなった第三次改装と、その姿は建設当時とは大きく姿を変えていました。


 今では訪れる観光客も多く、土日・祝日ともなれば単純な交通機関として利用する人以外もやって来るような観光名所になっていたのですが、そんな場所に個人的な用事で誰かと一緒に来る機会があるなんてと感慨深くなっていたのですが……引きこもりがひーこら頑張って足早で歩いていた事や、色々な緊張に汗をかいてしまった事もあり軽い眩暈がして、えずくような感じに呼吸を整えていると目の前が一瞬暗くなったような感じがして、汗がドッと流れます。


(これは、本格的に不味いような気が…)

 常日頃から全然動いていない事も影響しているのだと思いますが、若干の寝不足と朝食を食べて来なかった事がボディーブローのようにジワジワ効いてきた感じで、油断すると疲労と睡眠不足が押し寄せて来てクラクラしてしまいます。


「…大丈夫ですか?何ならそこの売店で飲み物でも買ってきましょうか?」

 そうしてフラフラしていると、軌道エレベーターに乗る為の手続きをして来てくれたユリエルさんが心配して声をかけてくれたのですが、これ以上迷惑をかける訳にはいかないと私は慌てて笑顔を作ると、首を振ります。


「だ、だだいじょうぶで…っ」

 おもいっきり最後の方を噛んでしまいましたし、全然大丈夫そうに見えない私を見ながらユリエルさんはその流麗な眉毛をハの字に寄せたのですが、迷惑ばかりかけていると嫌われるかもしれないという脅迫概念がムクムクしてきて、私は慌てて言葉を紡ぎます。


「あー…えっと、その…ステーションの方で飲みたい物が…最初に飲むのはそれが良い…と、思いまして?」

 引きつったような笑みを浮かべる私の口から飛び出してきたのはそれこそとってつけたような言い訳だったのですが、飲みたい物があるというのは本当で、私からするとそれは一種の憧れにも似たとてつもなく意味のある物でした。


「……そういえば、(宇宙側)にも新しいお店が入ったみたいですね」

 ユリエルさんは少し考えるような素振りを見せてから「有名なカフェがオープンしたみたいですね」と言ったのですが、言われてから初めてそんなお店がオープンしていた事を思い出しました。


「すみま…せ、そういうのじゃ、ないんですけど…その……裏メニュー的な、ただのイオンドリンクなんですけど…」

 人見知りをする私がそんなお洒落空間(カフェ)に入れる訳がないので最初から調べてすらおらず、ユリエルさんの言っているお店の事はよくわかりません。


「その、昔……お婆ちゃん達が一緒に飲んだ事があるっていう物で…私もずっと飲みたいなって、思っていて」

 私が飲みたいというのはこの宇宙港が開設された当時(一世紀近く前)から売られている由緒ある飲み物で、流石に年代物すぎるという事で裏メニュー(頼めば出て来る)的な感じになっている知る人ぞ知る飲料水でした。


 なんでもお婆ちゃん達が初めて出会った時に一緒に飲んだという記念品的な物で、そんな物が裏メニューとして残っているのなら是非ユリエルさんと一緒に飲みたいなと思った事をワタワタと説明するのですが……華やかさもSNS映えもしないただのチューブパック飲料ですし、お婆ちゃん達が初めて一緒に飲んだなんて事をほぼ初対面の人に言ったら引かれるんじゃないかと思ってその部分はゴニョゴニョと誤魔化しておいたのですが、ユリエルさんは私の不明瞭な言葉をしっかりと聞き終えると「なるほど」というように頷きました。


「お婆様の大切な記念品を最初に飲みたい、という訳なのですね……それはわかりましたが、本当に大丈夫なんですか?凄い汗ですし」


「だ、だだ大丈夫です!エレベーターに乗っていたらすぐですし!」

 心配そうにユリエルさんが私のおでこに手を当ててくるのですが、触れた部分が熱を持ったように力が漲って来て、腕をブンブンと振ってしまい驚かれたのですが、とにかくそういう訳で今何か飲むのは遠慮したいと思います。


「すぐ…というには少し時間がかかりますが…」

 そう言いながらユリエルさんが眩しそうに目を細めながら静止軌道上にある宇宙港を見上げるのですが、確かに上にあがるまでの所要時間は既存の技術をフルに使ったとしても1時間切りが精一杯で、これは北海道から沖縄までの移動時間より長い(ハイパーループ換算で)という計算で、下手をすれば国内の何処に移動するより移動時間がかかってしまう事になります。


「そんな事ありません!昔より圧倒的に速くなりましたし、中で座っていたら良いだけですし、それにお婆ちゃん達の時代だったら丸1日、建設当時なら8日近く(積み込み作業時間含む)かかっていた昇り降り(片道)の時間が重力素子の発見とキャンセラー(重力制御装置)の発明によって劇的なスピードアップを果たして現在では驚異の1時間切り!その科学の進歩を噛みしめられる1時間なんですよ!」

 安全基準を守りながらこの1時間ぎりをするのにどれだけの人達が頑張ったのかを熱弁してしまったのですが、たった1時間我慢するだけでユリエルさんと一緒にお婆ちゃん達が飲んだという記念品を一緒に飲む事が出来ますし、もうこうなったら建造した人達の頑張りと熱意に感謝しながら私も気合を入れて我慢するしかありません!


「そ、うですか…グレースさんが大丈夫なのでしたら、そうしましょうか」

 やや私の勢いに押されたというように苦笑いを浮かべるユリエルさんの困り顔を見ていると変にテンションが上がってしまった自分が恥ずかしくなるのですが……その笑みには私への侮蔑感は無く「仕方がないですね」といったような肯定的な慈愛の色が浮かんでいて、私の想いや熱意を理解してくれたような反応が嬉しくてキュンキュンしっぱなしで、何かもう顔から火を噴きそうな勢いでした。


「すみま…その…」

 いつも一人で舞い上がって輪を乱していたので、冷静になるとまたやっちゃったかと不安になってきたのですが、ユリエルさんはさも当然のように受け入れてくれて、笑みをこぼします。


「グレースさんはこういう事(宇宙関連)に興味があるのですね」

 ユリエルさんからするとただ話題を変えようとしてくれただけなのかもしれませんが、当然というような顔で話を合わせてくれた事に私はホッと息を吐きました。


「は、はい…お婆ちゃんが技術者だったので、できたら、その…私も…」

 出来たらそっち方面に進みたいなーとは思っているのですが、今の私の学力だと夢のまた夢で、全然駄目で、将来の事を考えるとだんだんと気持ちが落ち込んでいくのですが、そんな風に一人で落ち込んでいるとユリエルさんは私の手を少しだけ強くギュッと握ってくれて、何となくその手のひらからは「大丈夫ですよ」という思いが伝わってきたような気がしたり、手汗が急に気になってきたりして、何かもう情緒が不安定になってきて心臓がドキドキしてしまいます。


中でも(エレベーターの)話しは出来ますし、とりあえず日陰のある場所に行きましょうか」

 百面相をしている私を見ながらユリエルさんはクスクスと笑い、そのまま手を引くように軌道エレベーターに乗り込むのですが……名前にはエレベーターとついているのですが、昇り降りに1時間近くかかるので休憩所や売店やトイレなどは完備されており、いざと言う時(事故や災害時)は万単位の人を宇宙港から下ろさないといけなくなるので内部はちょっとした公園と言ってもいいような広さがあり、この時も何百人もエレベーターに乗っていたのですが、内部密度はまだまだスカスカです。


 因みに軌道エレベーター全体の構造としては、保護用の外装(透明な膜)の内側に一般客用のエレベーターが6本配置されており、その内側に物資運搬用の業務用エレベーターが3本、そして一番中心に巨大物運搬用にも使えるメインの支柱が一本建てられているという合計10本のエレベーターで構成されていて、一般客用のエレベーターの出発間隔は20分毎……実はこのエレベーターには今回のメルクリウス号の航行技術の応用も検討されていて、その転用が実用化すれば昇降時間が脅威の25秒での到着が可能になるという、今回の試乗会はかなり重要な位置づけのものだったりします。


 そして登り切るまで時間があったので、軌道エレベーターの中にあるベンチに座りながらそんな事をユリエルさんに話しているとテンションが上がって来てしまい、そのまま宇宙港の成り立ちやら軌道エレベーターを作った人達の苦労話みたいな雑談をしていました。


「あ、ほら、もうすぐ中間点ですよ中間点……わかりました?」


「ゾワリとしたような?」


「ですよねですよね!凄いですよね!体感誤差イレブンナイン!!でも一昔前は重力キャンセラーなんて無いですから天井を低くして重力逆転に備えたり、エレベーターを直接ひっくり返したりグルグル回して人工重力を作り出したりとか色々と試行錯誤があったみたいなんですが…」

 こうして技術的な話が出来る知り合いがスコルさん以外にいなかったので何かもう色々と新鮮で捲し立てるように話し続けてしまったのですが、ユリエルさんは私が欲しいと思うタイミングで適度な相槌をうってくれる聞き上手で、何かもうずっと喋っていたような気がします。


「到着したみたいですね」

 そんな他愛の無い話をしている時間が本当に楽しくて、ユリエルさんの言葉にもう宇宙港に到着してしまったのかと驚いてしまったのですが……そうしてエレベーター内と宇宙港内の重力値が調整された瞬間、私達の体は重力から解き放たれたように軽くなり、何かもう色々なモノから自由になったような気がしたのですが、そんなフワフワと浮ついた心をギュッと繋ぎ止めるように、ユリエルさんが私の手を取ってくれるのでした。

※次話は明日の8時投稿予定です。宜しければそちらも評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。

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