【7】
とうとうユリエルさんとのデデデートの日になってしまったのですが、短時間でもグッと眠れたのが良かったのか、何だかんだ言って外が薄暗いうちから目が冴えてしまった割にはスッキリと目を覚ます事ができました。
(お婆ちゃん、私に勇気をください)
そうして月に居るお婆ちゃん達へのお祈りも済ませてから朝食を……と思ったんですが、緊張しすぎているせいで胃が受け付けてくれなくて、結局野菜ジュースだけ飲んでおきます。
それだけでも結構きつかったのですが、それから、えっと……一旦今日の予定をおさらいするのですが、まずメルクリウス号の試乗会は10時発と13時発と16時発の3便あって、私達が乗るのは第一便の10時発のものとなります。
内容としてはメルクリウス号の内部見学と技術的な説明、それから実際の乗り心地を確かめるために月を一周して戻って来るというもので、併設された会場ではICS社主催のイベントや物販も行われているのですが、そちらも見て回るかは実際に行ってみてから判断しようという感じでした。
後は試乗会を終えた頃には良い時間になっていますし、折角スコルさんからお小遣いを貰っている訳ですしと、余ったお金でお昼ご飯にしましょうというのが1日の流れで、それからの事は実際に会ってみないと分からない事も多いので詳細はまあその時にといった感じです。
(大丈夫、大丈夫…)
半日だけなら気合で乗り切れると心の中で何度か唱えておいたのですが、何か粗相をしてしまわないかと今から緊張しっぱなしで落ち着かず、出発時間を確認しようと時計を確認したのですが……さっき時間を確認した時から全然秒針が進んでいませんでした。
時計が壊れているのかと思って別の時計も確認してみたのですが……勿論壊れている訳ではないですし、とにかく時間があるのなら忘れ物が無いかもう一度確かめてみる事にしましょう。
因みに待ち合わせ時間はメルクリウス号の出発時間から逆算して決められており、宇宙港での諸々の手続きを考えると最低でも30分前行動は必須条件で、出来たら1時間前に行動をするべきだと言われていました。
そして軌道エレベーターの昇降時間を引いた待ち合わせ時間はエレベーター下西口広場前の時計台前に7時30分集合となり、そこへなら私の住んでいる所からバスで30分もかからない距離で、色々なトラブルがあったとしても6時過ぎに家を出たら十分に間に合うだろうという計算になります。
その時間に身支度の時間を足したのが私の起床時間となるのですが、世間一般の人達はこんな朝早くから活動をしているのでしょうか?
何か自分がとんでもない社会不適合者になっているような気がするのですが、まあ今はそれよりユリエルさんの事が心配で、遠い場所に住んでいるのだとしたら移動してくるだけで一苦労だと思うのですが……まあ待ち合わせ時間を決めたのはユリエルさんですし、その辺りは大丈夫だと信じる事にしましょう。
そうして一通り準備を終えてから、なんとなく感情を持て余して何度も何度も洗面所の鏡の前で自分の姿を確認して、前髪の無い髪型が落ち着かなくて弄って、新品の服に皺がよっていないかとか糸くずがついていないかを確認して、そしてメルクリウス号の事も気になりネットで情報を確認して、勿論これからユリエルさんに会うのだという事にもドキドキして緊張してきてしまいます。
性格が大きく違うという事は無いと思いますが、やっぱりユリエルさんがどんな人なのかとか気になりますし、夢を壊すくらいなら今から急に交通事情が悪くなって行けなくなったり、急病になってキャンセルできないかと切実に思うのですが……。
「……折角可愛らしい服を着ているんだから、そんなに暴れていたら皺がつくわよ?」
「ち、ちが、これ…!?」
そして洗面台の前でバタバタと足踏みをしながら百面相をしていると、その姿をおもいっきりお母さんに見られてしまいました。
「楓はそのままでも可愛いから大丈夫…なんだけど、流石に少し華が無いわね。高校生になったんだから、少しくらいお化粧してもいいんじゃない?何なら今からでもお母さんのを使ってみる?」
「い、いいいい…」
そしていきなりとんでもない事を言うお母さんに対してブンブンとおもいっきり手と首を振っておいたのですが、そもそも純日本人顔に銀色の瞳をしているという私がどうお化粧をしても奇妙なキメラしか生まれないですし、惨めになるだけです。
或いは髪の毛を銀色に染めたりしてヴィジュアル系みたいなファッションにしたら化学反応が起きて私の星彩も格好良くなるのかもしれませんが、流石にそこまではっちゃける勇気はないですし、そんな私の姿を想像するだけでも何か恥ずかしくなってきて、頬が熱くなります。
(それに、見た目だけ変えても中身は変わりませんし)
幾ら姿形を変えても私の頑固な引きこもり気質と人見知りが治らない事はゲームをプレイしてみて分かりましたし、お化粧をするというのも無駄な努力のようにしか思えません。
「そう?楓がそう言うのならいいけど……じゃあお化粧したくなったら言ってね、って、そうそう、それより本当に食べなくても大丈夫なの?少しでもお腹に入れておかないとお昼までもたないわよ?」
「う、うん…だ、大…丈……」
今食べたら移動中に吐く自信がありますし、途中でお腹が痛くなってきたら大変です。そう思って首を振ると私の引っ込み思案な性格を知っているお母さんはそのまま引いてくれたんだけど、予想外の事を言われて頭がぐちゃぐちゃになっていて、ドキドキする心臓を手で押さえました。
たぶんお母さんはお母さんで私の事が心配だから顔を見せに来てくれたのだと思いますし、物陰からお父さんもチラチラと窺ってきていてと……過保護だなーと思う反面、心配されている事にちょっとだけ申し訳ない気持ちになってしまいます。
足手まとい。
迷惑をかけているという事実に気持ちがへこんでいき、何気なく横を見ると辛気臭い顔をした奇妙な女の子が映っていました。
(化け物…か)
そこに映るのは真っ黒な長髪とそれとは正反対に全然焼けていない青白い肌を持つ不気味な女の子で、その目は白い瞳孔に淡く光る銀色の虹彩と、まるで呪いの市松人形のような姿をしています。
夜中に突然現れたら子供が泣くような見た目だと自分でも思うのですが、前髪を切られた後なのでもうその銀色の瞳を前髪で隠すという事は出来ません。
もうこうなったら勇気を振り絞るしかないと思うのですが、こみ上げてくる吐き気と震えに耐えきれなくなって、少しでも気分を上げるためにこの日の為に買った新しい服に視線を向けるのですが……こちらは私の容姿が純和風という事でレトロ寄りに纏めており、ボタンつき膝丈カットソーのワンピースをメッシュベルトで締めてとかなりシンプルな感じです。
そして下はこれから行く場所が宇宙港と考えるとズボンの方が良いのですが、なんとなくデートと言うとスカートは外せないような気がして下に短パンを履いて誤魔化す事にしたのですが……かなり苦肉の策味を感じる奇妙な恰好ですね。
似合っているか似合っていないかと聞かれたら絶妙に似合っていないですし、ゲームの中の私は結構身長を伸ばしていたので少しでもその差を誤魔化す為に踵の高い厚底のローファーを履く予定ですし、後はお父さんから借りたボディーバックと色々とチグハグな印象を受けるコーディネートとなります。
(酷い恰好)
鏡を見ていると、はりきって準備してもこの程度だと1人で落ち込んでしまったのですが……私が自爆気味にへこみかけていると、お母さんはポンと手を叩き「そうそう忘れていたわ」というように、頼んでいたサングラスを持ってきてくれました。
「頼まれていたサングラスだけど……本当にこれでいいの?今時の物もあるけど、横から見えない形で一番色が濃いのとなるとこれしかないのよね」
そう言いながらお母さんが持ってきてくれたのは、9100規格の宇宙線にも耐えられるという触れ込みのかなり古い型のサングラスで、形状的には横一直線のラップアラウンドサングラスという少し前に流行った古めかしい型の物でした。
そしてお母さんが何とも言えない顔をしているのは、実はこのサングラスがお父さんの所属していたチームと宇宙に上がった時に購入した骨董品だからで「流石に型が古くないかしら?」と言う事だったのですが、これをかけていると両親の力が借りられるような気がして、少しだけ気持ちが上向いたような気がします。
「うんん、これで…これがいい……って、もうこんな時間!?」
サングラスは少しだけサイズが合わなくてブカブカしたのですが、外れる程でもないですし……とアチコチ見回していると時計が目に入ったのですが、あんなに早く起きたというのにバタバタしている内に時間は瞬く間に過ぎてしまっていて、余裕を持って出発しようと決めていた時間になっていた事にビックリしました。
「じゃ、じゃあ、えっと、行ってきます!!」
私はお母さんにサングラスのお礼を言いながら手荷物の最終確認をして、容赦なく進む時計の秒針とバスの出発時刻に追い立てられるように家を出発する事になりました。
※ここからは1日1話投稿となり、次話は明日の8時投稿予定です。宜しければそちらも評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。