【6】
ユリエルさんからデートのお誘いを受けた後、何とか気持ちを落ち着けてゲームからログアウトしたのですが、リアルに戻って来てからも時間が経つごとにドキドキが強くなってしまい、意味もなくその場でクルクルと歩き回ってしまいました。
「どどどどうしようっ!?え、これってやっぱりデートですよね?って、ううっ、うううううっ!!」
恥ずかしさと緊張とよくわからないドキドキで意味もなくピョンピョン跳びはねてみたりしたのですが、とにかく現実のユリエルさんに会いたいかどうかと聞かれたら「会いたいけど会いたくない」という複雑な気持ちで、そもそも人前に出る事すら緊張してしまう私がリアルで人と会うというのは土台無理な話であって、それでもユリエルさんに会えるというのは嬉しくて、でも万が一、そう万が一でも現実のユリエルさんが化け物のような見た目の人だったらどうしましょう!?
まあ別にユリエルさんの見た目だけが好きな訳ではないのですが、それでもありえない程ブサイクな人だったり生理的に受け付けない人だという可能性もある訳で、その場合はどうなるかと言うと……私の愛が試されているような気がしますっ!
「ううううっっ!!」
とにかく一旦落ち着こうと深呼吸をしてみたのですが、やっぱり今からでもお断りをしようかと考えていると、そんな逃げ道を塞ぐようにユリエルさんから移動費の振り込みがありました。
正確にはスコルさんからのお小遣いらしいのですが、ここまでされて「やっぱり行きません」なんていう勇気がなくて、そもそもこれを突き返したらメルクリウス号の試乗会に行けなくなると考えると、色々な葛藤に目の前がグルグルと回り始めます。
「はー…はー…」
やや過呼吸気味になり息苦しくなりましたし、これも私のコミュニケーション能力の向上の為の試練だと前向きに考えようと思うのですが、試乗会当日以外にも色々と乗り越えないといけないハードルが多数ありました。
(着ていく服とか、どうしよう)
千葉県在住なのでメガフロートへの移動は問題ないのですが、引きこもりすぎているせいか髪の毛は寝癖でボサボサで、服はお母さんに買ってもらった子供っぽい物しか持っていません。
しかもどれも外出着と言うよりゆったりした部屋着という感じの物ばかりで、そんな姿でユリエルさんの前に出るというのは……流石の私でも厳しいという事くらいはわかります。
だからと言ってちゃんとした服を買うには今月のお小遣いでは少し心もとないですし、こういう時こそユリエルさんから貰った交通費を準備費用として使うべきなのかもしれませんが、交通費として貰った物を別の事に使い込むのは何か気が引けますし、そもそもこのお金に手を付けてしまうと「すみません急用が」という最終奥義を使用する事が出来なくなります。
だって考えてみてください、万が一「来ないのならお金を返してください」とユリエルさんに言われた時に「いやーすみません、使い込んじゃいました」なんて言えますか!?言えませんよね?少なからず私は口が裂けても言えません!
「髪も…」
それより問題なのが意図的に目が隠れるように伸ばしているボサボサの髪で、服の方はネットショッピングで何とかなるとしても、髪の方に関してはお店まで切りに行かないといけません。
それが嫌で自分で切ろうとした事もあるのですが……あんな髪型で外出しなければいけなくなるのなら、死んだ方がマシです!
(落ち着け、落ち着こう…)
私は元気よく両手を上げたり下げたりしながら深呼吸をしつつ脳に酸素を送りながら考えるのですが、とにかく服を買うためにもお小遣いの前借りを頼まないといけませんし、髪の毛に関しても両親共に手先が器用なので切ってもらうという事も出来るかもしれません。
「あ、あの…お母さん、お小遣いの前借って出来るかな?その……げっ、ゲームで知り合った人と今度あ…遊びに行くんだけど、服とかっ、買いたくて…」
ただでさえ色々と買ってもらった後なので前借を申し込むのはドキドキしたのですが、遠隔ロボットによる現場管理業務の合間、一息入れるためにリビングまで降りてきていたお母さんにデートの件を話してみる事にしました。
「あ、あと、お母さんのサングラスも、借りて…良いかな?」
いくらユリエルさんでも目の事は黙っているつもりなのですが、1回しか使わない物をわざわざ買うのも勿体ないですし、借りれる物は借りようと思います。
それを言うのなら服もお母さんの物を借りられたらよかったのですが……流石にサイズが合わないので諦めました。
「……構わないけど」
私のお願いに対してお母さんは一瞬驚いたように目を見開いたのですが、その後泣きそうな顔をして、それを打ち消す様にフワリと笑います。
「そう、服を……それならこのボサボサの髪も切らないといけないわね」
そう言いながら、寝ぐせで爆発しているような私の髪を撫でるお母さんの笑顔を見て本当に心配をかけているのだと思い胸が苦しくなり、その晩両親がコッソリと泣いていたのを見てこちらまで泣いてしまったのですが、これで「行かない」という選択肢が無くなったような気がします。
とにかくお小遣いの前借には成功して、服に関してはAI対応のネットショッピングで体型スキャンをした後に色々と設定して『おすすめ』を押せば何とかなったものの、ボサボサの髪に関してはお母さん行きつけの美容院を予約する事になりました。
「折角ならきちんと整えないとね」
との事なのですが、物凄くいらない気づかいだと思います!
そうして私の女子力では髪型を維持する事なんてできないので、出来れば当日セットして欲しかったのですが……移動時間や集合時間の関係で数日前に切って貰う事になり、初日はキラキラした美容院の佇まいに尻込みしてドタキャンし、2回目はドアの前でウロウロして、デート前日に予約を入れ直した3回目で、何かもう後が無いという事で「えいや!」とドアをくぐる事が出来ました。
たぶんお母さんは私が一回で入れない事をわかっていたから数日前から予約を入れ続けていたのだと思いますが、そのおかげで何とかちゃんとした美容院で髪を切ってもらう事が出来ました。
「楓ちゃんは目が奇麗ね、やっぱりお父さんの血かな?」
そうして最初からややこしい子だという事をお母さんから聞いていたのか、対応してくれた美容師さんはにこやかな笑顔を浮かべていたのですが、本心ではどんな事を考えているのかはわかりません。
ただ話しかけて来た美容師さんは生まれて初めて星彩を見たのか驚いたような顔をしていて……触れられたくない話題に私は硬直してしまいました。
「っ……」
どうやら両親の事を知っているっぽいこの人はお父さんがルナリアンである事も知っているようなのですが、私を見る目には奇妙な物を見たという異質な物に対する忌避感のようなものが滲んでいて、その奇妙なモノを見るような目が怖くて言葉が喉から出てこなくなり、子供の頃に「化け物」と罵られた事を思い出して気分が悪くなります。
それからは脂汗をダラダラ流しながらも何とかコクコクと頷いて、言われるがままにカットされる事になったのですが……やっぱり私の目は普通の人からすると奇妙な物に見えるようで「綺麗ね」と言う言葉の裏には「私達とは違う」という言葉が潜んでいるようで、頭の中がぐちゃぐちゃになって、もう殆ど途中から意識があるのかないのかわからなくなって、途中で一度トイレで吐いたりしながらもユリエルさんとメルクリウス号の為に頑張って髪を切ってもらいました。
そうして折角伸ばしているのだからという事で前髪を切り揃えた後は全体を整えただけというナチュラルヘアーで落ち着き、オマケで軽く編み込みを入れてくれました。
その髪型はどことなく狸顔の和風グレースという感じで少しだけ気分が上昇したのですが、この髪型を維持できるとは思えませんし、言われるがままに頷いていたので前髪がバッサリと切られてしまいました。
その事に気が付いた時には時すでに遅く、とにかく私はお金を払ってそそくさと帰宅したのですが、前髪が切られた事で視界が良くなりすぎたようで、目が回ります。
まるで道行く人達が私の事を見ているような脅迫概念に陥って気持ちが悪くなり、その日の精神的な体力が枯渇してしまい折角セットしてもらった髪型とかそんな事を気にする余裕もなく、家に辿り着いたらそのまま倒れるようにベッドにダイブする事になりました。
こんな事で明日のデートに耐えられるのかと心配になってきたのですが、その日の出来事はまだ終わりではありませんでした。
「お婆ちゃん達からの小包?」
「ええ、楓が開けるようにってメモがついていたからまだ中身は見ていないんだけど……何かお婆ちゃん達に頼んでいたの?」
との事で、少し休んでからヨロヨロと水分を取りにリビングに降りると月に居るお婆ちゃん達から速達が届いていると告げられたのですが、何が届いたのでしょう?
(わざわざ速達でって…何だろう?ゲームソフトとかかな?)
今時のゲームはダウンロード販売が主流なのですが、IDのわからない相手へのプレゼントとしてダウンロードコードをパッケージ化して送るという事もあるみたいですし、ゲームをしたいと言ったらFDカプセルを買ってくれたお婆ちゃん達ですからね、何かしらのおすすめゲームでも送ってくれたのかもしれません。
そう思ったのですが、月面から地球までの速達ですし、料金もそれなりにかかるのでわざわざゲームソフトだけを送るというのも変な話なのですが……まあお婆ちゃん達ならそれくらいの金額は楽々と払えるのかもしれませんし、とにかくよくわからないままリビングに行くと30センチ四方の箱があって、私は早速中身を確認してみる事にしました。
「ッ!?」
そしてすぐにパタンと蓋を閉じました。
(な、な、な…なんでこんな物を送ってきているんですかっ!!?)
というのもその中身と言うのが、その……女の子同士でイチャイチャするための道具で、しかも最新式で、そんなものがゴチャっと詰め込まれて、本当に、もうお婆ちゃん達は何を考えているんですか!?
(え、ユリエルさんとデートに行くから?ちがっ、私とユリエルさんはそんなんじゃ…!?)
多分両親のどちらかがデートの事を報告したのだと思いますが、それが回り回ってどういう風に伝わったのかはわかりませんが、流石に色々と気が早すぎます!といいますか、とんでもない物を送り付けて来たものですね!!
「ねえ、2人からは何が送られてきたの?」
「な、なんでもない!って、えっと、頑張れよっていう応援!!」
何かもう頭が茹で上がるような感じで、リビングでダンダンと足踏みをしているとお母さんが顔を覗かせたのですが、私はあまりの恥ずかしさから返事もそこそこに箱を抱えて自分の部屋に逃げ帰る事にしました。
そしてお婆ちゃん達から送られて来た箱は両親に見つからないように押入れの奥深くに封印する事にしたのですが、それからは別の意味でモンモンとする事になり憂鬱な気持ちや悩みなんかは吹っ飛んでしまって、やっぱりお婆ちゃん達は色々考えているのだと思いながらその日は寝落ちしてしまい、デート当日の朝は意外とスッキリとした気持ちで起きる事が出来ました。
※スタートダッシュ期間終了につき、明日からは1日1話、朝8時の投稿となります。更新頻度は下がりますが、これからもグレースさんの物語をよろしくお願いいたします。