【5】
(終わった…んですよね?)
スコルさんに言われるがまま怪我人に【ヒール】を唱えていると、いつの間にか討伐イベントが終わっていました。
それが間違いでは無いというようにロックゴーレムが倒された事を告げるアナウンスが入り、ドロップアイテムが分配されると辺りには一段落したような弛んだ空気が流れて歓喜が爆発していたのですが、あまりこういう事に慣れていない私はこの後どうすればいいのかよくわからなくて、はしゃぐ人達を見ながら無意味にキョロキョロしてしまいます。
それにしても何か途轍もなく大事な場面を見逃したような気がするのですが、とにかく皆さんは打ち合わせをしていた訳でも無いのに自然と集まっていたり、そそくさと帰り支度をしている人がいたり、中には何故か喧嘩をしている人が居たのですが……あそこで喧嘩をしているのは最初の方に突撃していた大剣持ちの人達ですよね?
何故かそういうプレイヤー同士で鬼気迫る戦いが繰り広げられていたのですが、そういう争いごとが苦手な私はそういう場所からは距離をとる事にしました。
そうして困った時はイベントの主催者にどうすればいいのか聞けばいいのかもしれませんが、そういう人達の近くにはこれから祝賀会だとでも言わんばかりに人が集まっていて、そんな集団の中に混じっていけるようなメンタルがあるのなら私は引きこもりになんてなっていません。
(どうしましょう?もう少しで【ヒール】のレベルが上がりそうなのですが)
帰る人が居るので私もその流れに乗るだけでいいのですが、後1回くらい【ヒール】を使えばスキルのレベルが上がるという中途半端な状態である事や、いっぱいいっぱいながらもイベントをクリアしたという高揚感や充実感に満たされている名残惜しさみたいなものを感じていて、何かこの場所を去りがたい気持ちになっていました。
なのでもう少しだけ頑張ろうと自分に言い聞かせて良い感じの怪我人を探す事にしたのですが……結局誰にも話しかけられないまま人のいない方へ人のいない方へと足が向いてしまいます。
それでも何か奇妙な予感めいたものに突き動かされるようにウロウロしていたのですが、気が付けば自然とピンク髪の人を探していました。
(会ってどうする…という事はないんですけど)
私の方から話しかける勇気なんてある訳がなく、それでも何となく人混みから離れるように向かった先にはまるでこれが私の運命であるかのようにピンク髪の人が居て、ついでにスコルさんも居ました。
相変わらずピンク髪の人はそこに居るだけで絵になる人なのですが、美人と言うよりやや童顔気味の可愛らしい感じで、それなのに胸はゲームや漫画のキャラのように大きくて、そんなアンバランスさが唯一無二の個性となっているような美少女っぷりでした。
私の胸も結構大きい方なのですが、ピンク髪の人の胸はそれ以上で、しかも垂れたり変な形をしていたりする訳でも無いという、まるで「重力?何ですかそれは?」みたいな美しい形をしているのが同性から見ても羨ましい限りで、涎が出そうです。
今は戦闘後だからなのかマントを羽織っていたのですが、その下からチラリと覗く艶めかしいボディーに悩殺されかけたりしながら、とにかくもうこの運命の再会ともいえる出来事にテンションが上がってしまって、人見知りの緊張やら手順やら色々なものをすっ飛ばしてしまったように頭の中が真っ白になってしまいました。
そうして私はただただドキドキしながら見惚れたように眺めていたのですが、よくよく見てみるとピンク髪の人は戦闘中に焼け焦げたのか怪我をしているようで、そういえば攻撃している時に何か爆発に巻き込まれていたようなとその時の事を思い出し、サーと耳の裏から血の気が引くような音が聞こえてきたような気がします。
「ああのっ!?」
それからはもう「治さなければ!」みたいな使命感に頭の中が一杯になり、腕をパタパタと動かしながら咄嗟に出た調子っぱずれの裏声に自分自身がビックリして、急に話しかけられた方もビックリするんじゃないかと心配になって来たのですが、ピンク髪の人は私のテンパって裏返った声にも嫌そうな顔一つせずごく自然な様子で振り向きました。
「…はい?」
そのニュートラルな反応も私の中ではドストライクで、まるで自分の事を一人の人間としてちゃんと見てくれているような嬉しさに包まれて、鼻血が出そうです。
それに玉の転がるような甘い声というのはこういう声なのだと思いますが、その声を聞いただけで頭の中がジンと痺れてフニャフニャしそうだったのですが、とにかく変な意図で近づいた訳ではないと印象付けようと愛想笑いを浮かべると、ピンク髪の人も微笑むように笑みを返してきて、もうそれだけで今日がハッピーな一日になったように心が温かくなりました。
ただまあ幾らピンク髪の人の笑顔が素敵だと言ってもずっと笑い合っている訳にもいきませんし、何とか怪我の治療したい事を伝えなければいけないと思うのですが……何時もの緊張とは違う意味で喉が引きつってしまい、声が出てきません。
バタバタと癇癪を起したように体を揺すって何とか言葉を発しようとするのですが、そんな私達の間を取り持ってくれたのがやっぱりスコルさんでした。
「おろ?どうったの?何かあった?」
「い、いいえ、その……な、な、おしましょうか?いえ、いいんだったらいいんですけど、その…」
スコルさんはどこか人間臭い仕草で首を傾げながら用件を聞いてくれたのですが、自分でももう何を言っているのかよくわからない状態で、よくわからない事を言ってしまったという事実にパニックになってしまって、恥ずかしくて、頭の中がゴチャゴチャして、目の前が真っ暗になりかけたのですが……ピンク髪の人はそんな私の言いたい事をしっかりとくみ取りながら、フワリと笑います。
「お願いしていいですか?」
その微笑みがまた素敵で、私の言いたい事を理解しようとしてくれた事に胸が一杯になってしまって少しの間惚けてしまったのですが……スコルさんもそんな私達のやり取りを見ながらニコニコしていました。
「で、では、行きます。天におわします神々の…」
とにかくもうここで失敗する訳にはいかないと私は近年稀にみる集中力を発揮しながら【ヒール】を唱えるのですが、治療が終わった頃にはピンク髪の人の近くには筋肉ムキムキのマッチョマンがいて、ビックリしてしました。
そのマッチョマンも2人の知り合いだからか悪い人では無いようなのですが、それでもその筋肉の圧力に押されるように視線をさ迷わせると……そんな私に対してピンク髪の人が「大丈夫」というように視線を合わせてくれていて、私は緊張で引きつっていた頬を緩め、心遣いに対する感謝を込めて頭を下げます。
「ありがとうございます。少ないですがお礼に……」
そうして頭を上げるとピンク髪の人は治療のお礼としてお金まで支払ってくれると言うのですが、私はちょっとでも格好をつけようと思い、おもいっきり首と手を振って全力で受け取りを拒否しました。
「そそそんな、めめっそうもございません。スキルの練習みたいな、ものですし、その、大丈夫です」
そもそもピンク髪の人への【ヒール】で丁度スキルレベルが上がりましたし、それ以上の物を受け取るつもりはありません。
「では…折角ですし、これを」
そう思い拒否すると「これくらいなら」という感じで有名なブロック栄養食をくれたのですが、その心遣いにまた惚れ直しました。
両親が一目ぼれから結婚したという惚気話を聞いた時には「へー」なんて冷めた反応をしてしまったのですが、いざ自分の目の前に天使が現れた時にはもう「一目ぼれ」なんていう平凡な言葉では片付けられる状態じゃなくて、絶対にこの人と添い遂げる!みたいな天啓を得たような感覚とこの世の春が訪れた事への全能感みたいなものに包まれて、自然と込み上げてくるむず痒さに自然と笑みがこぼれてしまいます。
それからピンク髪の人……ユリエルさんとは色々あったのですが、知れば知る程素敵な人で、だからこそ傷つく事もあったのですが、何の因果かそんな素敵な人と今度の日曜日にデ、デ、デートに行く事になったのでした!
※スタートダッシュキャンペーン中につき本日も20時投稿予定です。宜しければそちらも評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。