【4】
次の日も私はゲームにログインして、人目を忍ぶように最初の町の横の草原にコソコソと移動しながら誰かが倒しそびれた瀕死の角の生えた兎と格闘する事数分、何とか止めを刺す事に成功してドロップしたアイテムでボロボロになっていた装備を買い替える事ができたのですが、初勝利の喜びより自分の駄目さかげんばかりが気になってしまい、しょんぼりしてしまいました。
(駄目駄目ですね、こんな事で本当にまともに人と話せるようになるのでしょうか?)
そもそもゲームを始めた理由がコミュ障を直す為ですし、角兎が倒せたからと言っても何の意味も無いのですが、結局他人の視線が怖いので町の中にもなかなか入れませんし、フィールドに出て来たら出てい来たらで魔物に襲われてと流石に体も気持ちもボロボロで、もうゲームをやめようかとログアウトボタンに手が伸びます。
「なあ、お前は例のゴーレム退治…どうする?」
そんな時、不意に聞こえて来た言葉に私は顔を上げました。
話しているのはもちろん知らない人達だったのですが、何かのイベントがあるとかそういう話しをしていて、なんとなく耳を澄ましてコッソリ後をつけてみると……どうやら北の鉱山でゴーレムと戦うイベントが開催されるみたいな話しをしていました。
(イベント、ですか)
内容は「討伐」という単語が聞こえて来たのでたぶん戦うものなのだと思いますが、どうやら公式のイベントではないようで……公式ではないゲーム内のイベントってどういう事なのでしょう?
よくわからないのですが、とにかく何かあるらしいという事を小耳に挟みましたし、その人達は「まあ折角だから」みたいな軽いノリで北の鉱山に向かうようでした。
(行ってみようかな……それで駄目だったら、向いていなかったという事にしよう)
もうこの時は8割くらいゲームを止めたいという気持ちでいっぱいで、残り2割は色々と準備をしてくれた両親やお婆ちゃん達に申し訳ないなっていう罪悪感で、駄目でもともと、止めるのは何時でも出来る訳ですしと自分に言い聞かせて、よくわからないままイベント参加者っぽい人達の後を追って北の鉱山とやらを目指す事にしました。
何か行き当たりばったりな感じだったのですが、誰かの後をついて行くというのは私にしてはナイスアイデアで、襲ってくるモンスターは前を行く人達が倒してくれましたし、迷う事もなくその集合場所とやらに到着する出来たのですが……。
「っひ!?」
そうしてやって来た洞窟の中のような鉱山の奥地には沢山の人が集まっていて、つい変な声が漏れてしまいました。
(ひ、人が沢山…)
私は慌てて両手で口を塞いで声が漏れないようにしながら、おもいっきり目をギュッと瞑って屈伸運動をしておいたのですが、何かこっちを見てヒソヒソと話しているっぽい人達の視線を感じてしまい、嫌な汗が流れます。
考えてみると当たり前の話なのですが、イベントだからイベント参加者が沢山いるのが道理で、私はややパニックになりながら端の方で壁に張り付くようにして気配を消そうとしていたのですが、どうやら主催者?らしい細目の男性に話しかけられてしまいました。
「貴女もロックゴーレム討伐の参加者…でいいんですよね?」
かなり端の方に居たので確認するような口ぶりで話しかけられてしまったのですが、私は後ずさりながらコクコクと勢いよく頷くと「そうですか…」とやや残念そうな声色をされた事に背筋が凍り、その冷たい視線に「くひっ」という小さな悲鳴が漏れてしまいました。
「今は簡単な役割分担みたいなのを決めているんですけど、貴女の見た目的にはヒーラー…という事で良いんですよね?」
「は、はひ!そうっで!!」
調子の外れた「そうです」に主催者?は曖昧に頷いていたのですが、私はもう何かよくわからない言葉が口から出てきてしまった事に心臓が跳ね上がり、ドキドキしてそれどころではありませんでした。
そんなやり取りに周囲から不審そうな視線が飛んで来て、穴があったら入りたいどころか自分で穴を掘ってその穴の中に入りたくなるくらいガタガタと体が震えてしまったのですが、確認しに来た男性は笑って誤魔化す事にしたのか曖昧な笑みを浮かべたままフニャフニャと何かを言ってからどこかに行ってしまいました。
正確にはあまりにも緊張しすぎていてよく聞き取れなかっただけなのですが、とにかく漠然と言われた事を纏めると、ヒーラーや魔法職の人は大雑把に立ち位置だけを決めて自由に動いていいよという事で、PTは自由、討伐と言っても細かなルールがある訳ではないようです。
それから何か主催者の人達が集まって色々と喋っていたのですが、緊張しっぱなしの私はもう周りの人達に合わせて「おー」とか声を上げたりキョロキョロしたりしているうちにイベントが始まってしまい、気が付くといつの間にか戦闘が始まっていました。
(う、うわぁああ、ああぁ…)
ズラリと並ぶ人たちが雄叫びを上げて一斉に攻撃を始めるところはそれはもう壮観で、何かもうよくわからず私はパニック状態です。
いきなりバシュとかザザーとか弓による攻撃が始まったかと思うと、皆が大声を上げながら目の前の巨大な岩の塊……ロックゴーレムと言うらしいのですが、そんな巨大な魔物目掛けて駆け寄り戦闘が始まったのですが、自分も一緒に突撃すればいいのか、それとも邪魔をしないように後方に控えていたらいいのかすらわからず、とりあえず杖を構えてその場で前後左右に反復横跳びをしていると、周囲の人達からはまるで不審者かのように見られてしまい、私の周囲にはポッカリと人の居ない空間が出来上がってしまいます。
「うう、うぅぅぅ…」
やはりイベントに参加するというのはまだ早かったのではと少し前の私に文句の一つも言いたくなるのですが、こんな状態から1人で帰る事も出来ませんし、とにかくなんとか勇気を振り絞って顔を上げると突撃する人達の先頭を走る一匹の大きな黒い犬の姿が見えて、その後ろには大きな剣を持った怖そうな人とかもいたのですが、その先頭集団の中に天使が居ました。
地球には神様が居て、精霊が居て、天使が居て、妖精が居て、今の今まで忘れていた子供時代のおとぎ話から抜け出してきたような天使が本当に地球に居た事に驚いて、私はその姿に見惚れてしまい、呼吸の仕方すら忘れてしまいました。
よくよく見てみるとむしろ角とか羽の形やらは悪魔に近かったのですが、とにかく長めのピンク色の髪と大きな胸を揺らしながら駆け抜けていく女性の美しさに見惚れていると、今までのドキドキや緊張なんかが全て飛んで行ってしまい、ただただその姿に脳が痺れます。
(うわぁ…)
やっと戻って来た思考はよくわからないため息のようなもので、バルンバルンと揺れる大きな胸は同性の私から見てもちょっと頬が熱くなるのですが、一瞬見えた横顔は意外と幼かったりと、そのギャップに一気に心臓が跳ねました。
「ふぅお、うぉおおおお!!!」
その人は本当にただ見ているだけで幸せになるような人で、眺めているだけで何か足元がおぼつかなくなり、時間差で湧き上がるドキドキにつられて歓喜の叫び声を上げてしまい、私はダンダンと足踏みをして意味もなく一緒に突撃したくなるくらい気持ちが高揚したのですが、ロックゴーレムに対して攻撃を終えたピンク髪の人はそのまま人混みの中に紛れ……ませんでした。
どんなに大量の有象無象に埋もれようとも隠し切れない光に誘われるように、まるでその人にだけスポットライトが当てられているように光り輝いて見えるくらい自信と魅力に溢れる立ち振る舞いに視線が釘付けになってしまい、その光に少しでも近づこうと私がフラフラと足を進めると……おもいっきり横から体当たりを受けてしまいます。
「っ!?な、ひ!!?」
その体当たりで気が付いたのですが、どうやらかなり長い間ピンク髪の女性を凝視してしまっていたようで、魔物が近づいてきていた事にまったく気がついていませんでした。
「君、大丈夫か!?くそ、誰かこっちに手を貸してくれ!」
「おぉぉおおおっっ!!」
今まさに私を突き飛ばすようにしてツルハシを持ったスケルトンからの攻撃を防いだ誰かが叫んでいたのですが、とにかく私はそのまま戦闘に巻き込まれてしまい、ピンク髪の女性どころではなくなってしまいました。
「は、はひぃっ!!」
何とか魔物の攻撃や人混みから逃げ回り、戦闘が中盤頃になってくると徐々に怪我をする人が出てきたのですが、ヒーラーとして参加している私は話しかける勇気もなくただオロオロするだけで、どうしたらいいのか分かりません。
それでも回復しなければとは思うのですが、怪我をした人に話しかけようとすると何を喋って良いのかわからず、何時もの冷笑や冷たい視線を思い出してしまい体が固まり、頭の中がグルグルと回り出します。
「ぐっ…もういいスコル、この傷ではどうせ助からん……悔いがあるとすればそうだな、俺が死んだら故郷で帰りを待つ彼女に伝えてくれ……俺は必死に戦ったと」
「いや、おたくはただ小石にこけたところをボコられただけでしょーが、ってな訳で、そこに居るヒーラーさん、治療をお願いしていいかしら?」
「ひっ!?」
そんな小芝居をしながらやって来たのは最初に突撃した時に先頭を走っていた黒い犬の人……人?で、お腹にザックリとした怪我を負った人の襟首を咥えて引きずってきていたのですが、そんな小粋なトークをする2人にいきなり話しかけられて私は固まってしまいました。
その黒い犬の人……スコルと呼ばれていた人の方は舌を出してハッハッと息をしながら尻尾を振っていて、その姿は本当にただの犬っぽいのですが、たぶん中は人間なのだと思います。
「おろ?ヒーラーさんよね?大丈夫よ、傷は深そうに見えるけどあんまり深くないから、適当にちょちょいってお願いね」
「いやお前、ふざけていはいるが結構本気で痛いんだが…」
本当に軽い事だというようなスコルさんの言葉に怪我をした人が文句を言っているのですが、私はとにかく言われたままコクコクと頷くと、回復呪文の詠唱を開始します。
「……祝福の一端をお見せください【ヒール】」
ちゃんと回復できるか心配だったのですが……上手くいったようで、私はこっそりと息を吐きました。
「へっ…また生き残っちまったようだな、しかたねえ、もうひと踏ん張りするとしますか」
「そうねー頑張んなさいよ」
そうして今まさに癒し終えた人が何かまた小芝居をしながら突撃していったのですが、私はそんな1匹と1人のやり取りに対してぎこちなく笑顔っぽい何かを浮かべ、内心では物凄くドキドキしながら達成感やら充実感に包まれていたのですが、それからちょくちょくスコルさんによって怪我人が運ばれてくるようになりました。
「それじゃあ次の怪我人をお願いねっと」
「は、はい!」
見た目が犬だからか徐々に普通に話せるようになり、そうしてヒーラーとして精一杯【ヒール】を唱え続けているうちに「何かゲームをしているって感じがします!」なんて充実感が湧いてきていたのですが、気が付けばいつの間にかロックゴレームとの戦いは終わっていました。
※次話は明日の8時投稿予定です、宜しければそちらも評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。