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観光地に配置したロボットを遠隔から操作する事で家から一歩も出ずに旅行を楽しむというサービスが利用できるというフルダイブVRの技術も進んだ昨今、メタバース上でだいたいの事が出来るようになっていたのですが、日本の学業に関しては古めかしい習慣が残っているせいかわざわざ学校に通う必要がありました。
建前的には幼少期からVRを多用していると体を鍛える事が出来ないからと言われていたのですが、もしかしたら学生達が通学する事で最低限の交通インフラを支えるという意味合いもあったのかもしれません。
それにまだまだ学校教育に使われるような公共の機器だと細かな空気感が伝わりづらい事が多く、子供の頃からVR一辺倒では適切な距離がつかめずコミュニケーション能力が大きく下がるという実験結果が出ていたりして、社交性を身に着ける為にも皆仲良く学校に集まって授業を受けましょうという事らしいです。
まあネット黎明期にも文字の向こうに居るのが同じ人間だと認識できていない人がいたと言いますし、リアルで会うという経験が必要なのはわかりますが、瞳にコンプレックスがあり、人の顔を見て話す事が出来ない私からするとただただ苦痛な時間で、そう言う苦行から逃げ回って最低限のオンライン授業を受け続けて育った結果生まれたのが……超絶コミュ障な私でした。
予め予想していた質問なら問題ないのですが、少しでも予想外な質問や嫌そうな顔をされて会話が途切れるともうテンパってしまって、何か間違った事を言ってしまったのだろうか?みたいに自問自答が始まってしまい、頭がグルグル回って気持ち悪くなります。
そうして余計に変な事を言ってしまって、相手に呆れられて更にテンパってと言う悪循環に陥り、苦手意識だけが年々積み上がり引きこもりになったのですが……流石にこのままではいけないと思います。
メタバース上で大体の事は出来るので就職も何とかなると言いたいのですが、両親と同じような技術者になる場合は管理や秘匿性の関係上職場に通う事が義務付けられている場合もありますし、単純にオンラインだけやっていればいいという話ではありません。
それに研究開発となると仲間内での連携や発表の場でのプレゼンなど最低限相手の顔を見て話をする事も求められてきますしと、なんとかこのコミュ障を克服しなければと思っていた時に見かけたのがHCP社が流していたゲームのCMで、キラキラしたファンタジー世界を冒険するブレイクヒーローズのPV動画でした。
「お、お母さん!買って欲しい物があるんだけど…」
ゲームを殆どプレイした事のない私でも知っているくらいこの会社はリアル志向で有名ですし、フルダイブVRMMOならNPCと話しているだけでも苦手意識の克服になるんじゃないかと思い閃いた私は早速お母さんにゲームを買って欲しいと駄目元でねだってみたのですが、お母さんは「とうとう自分から人と接しようとしている!」みたいに感極まったように凄く喜んでくれて、ゲームをすると言っただけで喜ばれるほど心配させていたのだととても心苦しくなりました。
とにかくそうやってゲームソフトを手に入れて、最初はお父さんかお母さんのFDVR機器を間借りさせてもらうつもりだったのですが、何故かこの件は家族的にはかなり大事になっていたようで、月に居るお婆ちゃん達が私用のF D Cを買ってくれる事になりました。
この機械は結構高かったような気がするのですが、お婆ちゃん達からしたらはした金なのでしょうか?
かかった金額を聞くのは怖かったのですが、とにかく両親とお婆ちゃん達の好意でゲームをする準備を整えられ、私はブレイクヒーローズを始める事が出来たのですが……プレイしてみるとまずそのリアルなグラフィックに圧倒されて、人と、人と、人と、人が居る事に動悸が激しくなります。
(人が…人が沢山います…)
キャラクタークリエイトを終えて私がまず降り立った地は、精霊樹というそれはもう見上げるような巨大な大木を中心に据えた自然あふれる町だったのですが、そんな所に人が沢山いて、ガヤガヤとした騒音に眩暈がしてきました。
この時の私の姿は金髪碧眼という何処にでもいる色合にしたので風景に溶け込んでいる筈なのですが、それでも嫌な緊張に脂汗がダラダラと流れて、目線を合わさないように伏せながらキョロキョロと視線をさ迷わせてしまいます。
(大丈夫、大丈夫、私はその辺りの通行人A、通行人A…)
そう念じながらおもいっきり両腕をバッと広げ、気持ちを落ち着けようと深呼吸をしました。
因みに私の容姿はいかにも出来る女性と言う感じの優しいお姉さん風の容貌で、リアルとの大きな変更点は、厭らしい目で見られる事のある胸の大きさをワンカップ小さくした事と、自分の理想とするお姉さん像に近づける為に身長の設定をギリギリまで高くした事です。
これでもちょっと目立つかな?と思ったのですが、流石ゲームと言うべきか、これくらい弄った方が逆に紛れるみたいで、皆さんの容姿もなかなか美男美女揃いで驚きでした。
キャラクターコンセプトはヒーラーで、何て言うか笑顔の似合う心優しきお姉さん!みたいな漠然とした憧れみたいなものを体現した感じにしてみたのですが、ゲームをするのは初めてなのでこれが吉と出るのか凶と出るのかはわかりません。
「え、なに、いきなり腕を振り回したりしてどうしたの?困っている事があったら話を聞こうか?」
とにかくそんなふうにワタワタオロオロとゲーム慣れしていない私はマニュアルを確かめるように色々としていたのですが、そんな私を不振がったのかいきなり男性の方が話しかけてきました。
「うひぃっ!?だだだ大丈夫です、間に合っています、それじゃあ!」
私は話しかけてきた人に速攻で頭を下げてその場を離れると「あ、ちょっと…」と後ろからは戸惑うような声が聞こえてきたのですが、とにかくもう私は急いでその場所から離れる事しか考えておらず、ダッシュでその場から逃げ出します。
ゲームで姿形を変えたからと言っていきなり私がパリピになる訳がありませんし、駄目駄目なところが治る訳ではないのですが、この時の私はそんな事すらわかっておらず、話しかけられただけでテンパる自分が物凄く駄目な奴だと思い知らされてしまい、動悸がして、眩暈がして、足がもつれて何もない所でおもいっきりこけて顔面から地面に激突しました。
「ッ、ぁ…」
そういえば体の大きさを変えていた事を失念していたのですが、急に身長が8センチも伸びていたら色々と不都合がおこるのも仕方がありません。
そうしていきなりこけた私を見て周囲の人達がヒソヒソと何か囁いていたのですが、何かもうこれだけで体が硬直してしまい、心臓がバクバクして、目の前が真っ暗になってきました。
この時点でもうすでにゲームを止めたくなったのですが、両親やお婆ちゃん達にFDカプセルまで買ってもらった手前、開始数分で止める訳にもいきません。
(と、とにかかく、だ、大丈夫、まだこれから…さっきのはいきなり話しかけられたからビックリしただけ、直ぐに立ち上がって、ここから去る)
私はそう心の中で唱えながらピョンと立ち上がって服についた砂埃を叩くと、周囲がザワめくのを横目にギチギチに固まった足を何とか動かして、その場からスタスタと華麗に去る事にしたのですが……物凄く周囲の人から見られているような気がして気分が悪くなります。
(目が、目が合わせられません)
今は色も形も変わっている筈なのですが、それでも「化け物」という言葉が頭の中でグワングワンと回ってきて、頭が痛くなってきました。
「うっ……ッ!?」
やっと人気のない路地まで来たところで、あまりの緊張感に吐き気がこみ上げてきてしまい、その場で蹲ってしまいます。
とにかくこれ以上人のいる場所に居るのは耐えられなくて、私は『アルバボッシュ』という始まりの町から出て初めての戦闘を経験する事になったのですが……速攻で角の生えた兎に負けました。
滅茶苦茶跳びかかられて、滅茶苦茶に刺されて、物凄く痛くて、気が付けば初期位置にリスポーンしていました。
その後も何度か挑戦して、頑張って初期装備の杖でぺしぺしと応戦するのですが、引きこもりでまともな運動をした事のない私の攻撃はすべて空振って、誤って地面を叩いてしまい手が痺れます。
もしかしたら、子供の頃からちゃんと体を動かさないとこういう運動音痴が爆誕するから義務教育に体育があるのではと変な悟りを開きながらゼーハーしてしまったのですが、今更どうする事も出来ません。
とにかく兎にめった刺しにされ、踏んだり蹴ったりで泣きたくなりながら、その日の私は結局何の成果も得られずにゲームを終える事になりました。
※スタートダッシュキャンペーン中につき次話は本日20時投稿予定です。宜しければそちらも評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。