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はじめましての人ははじめましての猫です。外伝的な話ですので人物について少しだけ補足すると、ユリエルさん=本編主人公、スコルさん=趣味の合う色々と面倒を見てくれている恩人と言う感じで、まふまふは敵です。後はもう皆さんにまったりと楽しんで頂けるような作品となれば幸いです。
『スコルさんからICS社の試乗券を貰ったのですが、よろしければ今度の日曜日にご一緒しませんか?』
色々と気まずくなる事があったので、ブレイクヒーローズというVRMMOにログインした瞬間、ユリエルさんからいきなりそんな通話が飛んできた時には頭の中が真っ白になるくらい驚いて、リアルで会うという事に一切頓着しないそのリア充パワーに圧倒されてしまいました。
『場所は千葉のメガフロートにある第一宇宙港で、交通費はスコルさんが全額出してくれているのですが…どうでしょう?もちろん急な話なので断ってくれても構いませんが』
そして喉の奥が引きつりまともに喋る事が出来ない私をフォローするようにユリエルさんが説明を続けてくれるのですが、幾らユリエルさんのお誘いでありスコルさんからのチケットだとしても不信感が先にきてしまい、私はその場でパタパタと手を動かしてしまいました。
正直に言うと「何で私を?」という思いが拭えず、ペアチケットだったとしてもユリエルさんとスコルさんの2人で行けば良い訳ですし、そんな事をする筈が無いと思いながらも最初は何かの悪戯かと考えてしまい首を傾げる事になったのですが……。
(それなのに…)
久しぶりに聞いたユリエルさんの耳障りの良い落ち着いた声に自然と口角が上がってしまい、声を聴いているだけでフワフワと幸せな気持ちになってしまって、私はやっぱりこの人が好きなんだと再認識しました。
とはいえ流石にそれとこれとは別の問題で、幾ら大好きなユリエルさんとはいえいきなりリアルで会うというのは引きこもりの私には……いえ、大好きだからこそ難易度が高すぎます。
(なので、断らないと…いけませんが!)
頭の中ではわかっているのですが、感情は喜びはしゃいでしまいどう断れば無難であり悪い印象を持たれないかなんて考えるのですが、考えれば考える程良い返事が思い浮かばず、ただただ頭の中がカラカラと空転しました。
そうして私がアワアワとしている間もユリエルさんは静かに待ってくれているのですが、そんなユリエルさんにお断りの言葉を口にしないといけないというのが本当に心苦しくて、心臓がキュっとなるようで目が回って来て変な汗が流れます。
何か言わなければと思いながら、勝手に1人で何を言っても笑われてしまい引かれてしまうような脅迫概念に襲われていたのですが、そもそもの話、ユリエルさんが行こうと言ってくれている試乗会ってどんなものでしょう?
ユリエルさんやスコルさんが勧めてくる様なイベントですし、私には想像もつかないようなパリピなイベントを想像したのですが、今度の日曜日に第一宇宙港で行われるインターステラー・コネクト・スターシップ社の試乗会というと……一つしかありませんでした!
『それってまさか!メルクリウス号の試乗会ですか!!』
まさかまさかのメルクリウス号!?あの反重力素子を使った夢の宙間商用宇宙船であり、月までの直線航路なら片道2分、商用航路でもたったの5分であり、更に夢と希望の火星開拓航路を片道7時間で走破する夢のエンジンを積んだ最新宇宙船の試乗会!?
『ええ、はい…その、メルクリウスで間違いないと思います』
『なんでユリエルさんが!?って、スコルさんでしたっけ?そんなプラチナチケットをどうやって2枚も確保したんですか!?私も応募していたんですけど落ちちゃって!』
今回は試乗会という事で月をゆっくりと周回して宇宙港に戻って来るコースという事で、搭乗時間や説明会を除けば15分の航程です。
星間移動の時間と考えるとほぼ一瞬と言って良い時間のため、色々な客層を乗せようという事で午前中には各国の有名な宇宙船企業のVIPや科学者達を乗せた第一便が出発して、一般の試乗会がお昼と午後に1便ずつというスケジュールだったのですが、その当選倍率はとてつもない事になっていました。
勿論私もすぐさま応募したのですが、結局第二便と第三便の両方に落選してしまい、自分の運の無さに落胆したものです。
『そうだったんですね、では丁度良かったですね』
ユリエルさん的には本当にスコルさんにチケットを渡されただけと言う感じの口ぶりだったのですが、それでも私がはしゃいでいる事につられたように少し弾んだ声が優しく耳に届き、メルクリウス号以前の問題としてそんな透き通った声を聞いているだけでもドキドキしてしまいました。
そうしてもうこの時の私はいきなり宝くじの高額当選したようなはしゃぎっぷりで、自分の情緒もよく分からなくなっていて、しかもユリエルさんが言うには出発は10時という事で、まさか!まさかのVIP便!?
『ふぉぉぉおおお!!絶対行きます、這ってでも行ますから!』
ユリエルさんがまだ何か言っていたような気がするのですが、その時の私は「ひゃっほー」と両手を上げながらクルクルと回って月に居るお婆ちゃん達に感謝の祈りを捧げていました。
「のぉぉおおおおおおおお!!!!」
そうしてこれから第二エリアの攻略に向かうのだというユリエルさんが通話を切ったところで我に返り、私は頭を抱えてその場で蹲ってしまいます。
(何で「行きます」って言っちゃったのー!!)
ダンダンとセントラルライドの石畳を叩くのですが、今更「やめておきます」なんて言えなくて、断った時の反応が怖くてユリエルさんに改めて連絡する勇気は出ませんでした。
「う、うぅ…うぅう…」
何か思いっきりその場のノリに流されてしまったような気がするのですが、これでも実はユリエルさんに関わるのはやめておこうと思っていました。
(全然出来ていないんですけど)
声を聞いたらやっぱり嬉しいですし、ドキドキして顔がニヤけてしまうのですが、本当は、本当にもう色々と諦めようと思っていました。
というのもユリエルさんとまふまふの2人が仲良く『海嘯蝕洞』を攻略している動画を見たからなのですが、どう見ても2人は特別な雰囲気を纏っている感じで……そんな2人を見ていると、私の感情がどうにかなりそうでした。
他の視聴者も「何か前半と後半で2人の距離が近くない?」とか「キマシタワー」とか言っている人がいて、認める事は出来ませんが、私もそう思います。
2人とも美人で格好よくて、そんなお似合いのお2人に嫉妬をしてしまう私の方が身の程知らずという事は重々承知しているつもりなのですが、ユリエルさんの隣に誰かいるというのを見ていると心の中が騒めいて、憎々して、そんな感情をユリエルさんに見せたくないと思えば思う程どんな表情をしたらいいのかがわからなくなっていきました。
(そうですよ、ユリエルさんはあんなに素敵な人なんですから、私みたいな変な子じゃなくて、もっと素敵な…素敵、な…)
一度は忘れようと思って離れてみたのですが、こうして未練がましくゲームにログインしていますし、その姿をどうしても探してしまいますし、第一エリアのボス戦の時はとうとう手を貸してしまいやっぱり好きなんだと自覚して、物凄くへこみました。
考えれば考える程落ち込んでしまい、興奮で頭に上った血が下がってくるたびに感情が溢れてきてポロポロと涙がこぼれるのですが、こんな精神状態でログアウトしたらお父さんとお母さんに心配をかけさせてしまいます。
ただでさえ数えきれないほど迷惑をかけてしまっている訳ですし、少しでもまともな精神に戻そうと、私は周囲の人達にドン引きされている事に気がつかないまま、セントラルライドの外周部を幽鬼のようにフラフラと回り続けました。
※数日は連続投稿していこうと思いますので、本日20時にもう一話投稿する予定です。出来ればそちらも読んでいただければ幸いですし、評価、ブックマーク、感想などを送っていただけると励みになり猫が小躍りします。