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不穏な噂①

 放課後。

 俺は双葉に学生証を返すため、一年四組の教室にいた。


 昼休みの時と同様、黒板側の扉から双葉を探してみるが見当たらない。


 俺は近くの席に座っている男子に声をかけた。


「ちょっといい?」

「はい。なんですか?」

「双葉どこにいるか知らないか?」

「双葉さん、ですか。失礼ですが、どういった用件で?」


 声色を落とし、怪訝そうに見つめてくる。


「双葉の学生証を拾ったんだ。それを渡しにきた」

「なるほど。噂を聞いてきたわけじゃないんですね」

「噂?」

「あ、はい。知らないなら大丈夫です」


 男子生徒は作り笑いを浮かべて、胸の前で両手を振るう。


 俺が眉根を寄せると、彼は右手を差し出してきた。


「双葉さんはもう帰ってると思います。その学生証、僕が双葉さんの席に置いておきましょうか?」

「いや大丈夫だ。自分でなんとかする」

「そうですか。では、僕はもうこれで」


 噂、か……。

 悪い噂が立つタイプには見えないが、彼の言い方からして良い噂ではなさそうだ。



 ★



 教室に双葉はいなかったため、文芸部の部室へと向かった。

 心当たりがあるのは他にここしかない。もしいなければ、日を改めよう。


 ──トントン


 軽く二回ノックする。


「双葉いるか?」

「えっ、先輩⁉︎」


 扉を開ける。


「昼休みに双葉の学生証をひろ──」

「ま、待ってくださっ! まだ入っちゃ!」


 狼狽した高めの声が耳朶を打つ。

 けれど、その前に飛び込んできた視覚情報で俺の頭は真っ白になっていた。


 ワイシャツはボタンが閉められておらず、フリルのついたブラジャーが見え隠れしている。スカートを履きかけている最中の体勢だったため、白のパンツが露見していた。


「ご、ごめん!」


 ガタンッ、と強い音が鳴るくらい強く扉を閉める。


 時間しては一秒にも満たなかったはず。

 しかし、俺の脳裏には色濃く刻まれていた。


 三分ほどして部室の扉がゆっくりと開く。真っ赤な顔をした双葉と目があった。


「……変態」

「ご、ごめん。本当にごめんなさい。悪気はなかったです」

「取り敢えず入ってください。誰かに見られても面倒ですし」

「お、おう」


 双葉はソファに腰をつき、赤くなった顔を隠すように窓の方を向く。


「先輩はソファに座る権利ないですからね。そこの床で正座してください」

「はい……」

「一体どう責任取ってくれるんですか」

「俺にできる贖罪があればなんでもします。いや、させてください」

「じゃあ結婚で」

「は?」

「だって私の恥ずかしいところ見られたんですよ。責任取るならもう結婚しかなくないですか?」

「いやいや結婚なんて無理だろ。これからどんな仕事に就くかもわかんないし、そもそも結婚は経済的自立できてからじゃないと……。今の甲斐性でどうしたら……。大体、馴れ初め聞かれた時に答えようが……」


 顎先に手をやりブツブツと真剣に考えていると、強張っていた双葉の表情が緩む。


「ぷふっ、冗談ですよ。先輩って意外とからかいがいありますね」

「じょ、冗談か。焦った」


 どうやら責任取って双葉と結婚という話にはならずに済みそうだ。

 安堵で胸を撫で下ろしていると、双葉はいつもの明るい笑顔を浮かべる。


「でも今回の贖罪はいつかキチンとしてもらいますから、覚悟してください」

「わ、わかった」

「それで、私に何か用ですか?」

「ああ、双葉、学生証落としただろ」


 双葉は制服の内ポケットを確認する。学生証がなくなっていた事に気づいたようだ。


「あれ、ほんとだ。ない」

「これ、そこの廊下に落ちてたんだ」

「すみません。わざわざありがとうございます。でもすぐそこで見つけたなら部室に置いといてもらってよかったのに。手渡しにしたのは私に会う口実ですか?」

「あーうん、そうそう」

「うわ、すごい棒読み……」


 双葉がジト目で呆れたように言う。

 双葉の言う通り、部室に置いておけばよかったな。機転が効かなかった。


「学生証は渡せたし、俺は帰るよ」

「もう帰っちゃうんですか?」

「この後、用事があるんだ」

「そう、ですか」


 双葉は顔に影を差し込み、視線を落とす。

 どこか物寂しそうに見えるその表情が俺の判断を鈍らせてくる。


 だが……。


「今日は妹を幼稚園まで迎えに行くから、どうしても居残れない」

「先輩、妹いるんですか? それに幼稚園?」

「歳は離れてるんだ。親が仕事で忙しい時は俺が迎えに行くことになってる」

「そうなんですね……へぇ」


 俺はスクールバッグを手に持ち立ち上がると、ポリポリと意味もなく頬を掻いた。


「暇な時はここ来てもいいか?」

「あ、はい、いつでもどうぞ。まぁ、今日みたいなことはもう勘弁ですけどね」

「次からはすげー気をつける」

「そうしてください。先輩のこと待ってますね」


 双葉がパタパタと手を振ってくる。

 それに呼応するように俺も手を振り返しながら、部室を後にした。


「にしても、どうして更衣室じゃなく部室で着替えてたんだ?」


 六限が体育だったのは想像がつく。机に体操着が置かれてたし。

 でもそれなら、女子更衣室で着替えるのはベター。

 

 まぁ、細かいこと気にしても仕方ないか。

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