あーんしてください先輩
金曜日。
朝のHRまでの時間をスマホをいじって潰していると、後頭部に軽い衝撃が走った。
「った。なにすんだよ」
四谷にチョップされたらしい。
不機嫌な顔を見せるも、四谷はなぜか真剣な表情を浮かべている。一つ前の席に腰を据え、半身を向けてきた。
「西蓮寺。お前、双葉しずくと付き合い始めたの?」
「ああ……まぁ、そんな感じ」
厳密には付き合ったふりだけど。
「何か別の目的がある感じか」
「さすがに四谷は騙せないな」
「何年の付き合いだと思ってんだ。でさ、そのこと七海さんには言ったか?」
「真由葉に? いや言ってない」
真由葉の名前が出てきたことに釈然としない俺。
四谷は小難しい顔を浮かべ、乱雑に髪の毛を掻く。
「恋愛以外の目的で双葉しずくと付き合ってるなら、七海さんにだけはホントのこと伝えておいた方がいいと思うぜ」
「それは難しいな。俺、真由葉とはしばらく距離を置くつもりでいるから」
「んだそりゃ。何があったか知らないけど、喧嘩とかなら仲直りしろって。七海さん、心に闇を抱えてる感じっていうか……元気がないみたいなんだ。ここ最近はそれが顕著らしい。ちょうど、西蓮寺が双葉しずくと付き合い始めた頃からな」
「ただの偶然だろ。因果関係はない」
真由葉の精神状態が不安定になったのは、彼氏に浮気されたからだ。
そこに俺は関係ない。
いや、俺を巻き込まれても困る。
「それに、俺が真由葉に構うのはよくないと思ってる」
彼氏に浮気されたことで出来た溝を、真由葉は俺で埋めようとしているように感じる。
都合よく依存されてしまうのが目に見えている。
酷かもしれないが、真由葉には俺の力なしで闇を克服してもらうしかない。
「ま、忠告はしたからな。女は怖いぜ。最近、メンタル病んでる系のギャルゲーやってるから身に染みてる……」
「なんだそのギャルゲー。終わったら俺にも貸せ」
「ヤだね。彼女のいるやつにゲームは貸してやらなーい」
「お前な……」
四谷は目の下を指で引っ張り、挑発するような態度をとってくる。
何はともあれ、真由葉がまだ立ち直れていなかったのか。
あれから二週間くらい経ったし、時間が解決してくれる部分もあると思っていた。だから、あまつさえ悪化しているとは思っていなかった。
四谷の助言は記憶にとどめておくとするか。
★
「あーんしてください」
「あ、あーん……」
昼休み。
食堂のど真ん中で、俺は双葉から差し出された生姜焼きを頬張っていた。
俺と双葉の付き合っているアピールは、昨日までの三日間で十分過ぎるほど達成している。しかし、こうして食堂でもアピールしているのは別の理由があった。
昨日までの三日間がやり過ぎたのだ。
特に双葉が大胆な行動を取り過ぎた。バカップルと呼んで差し支えないレベルに。
なのに、昼休みは別々に過ごすのは不自然極まりない。
余計な違和感を持たれないためにも、こうして昼休みもイチャつく必要があった。
「おいしいですか? 悠里先輩」
「あーうん。うまい」
気恥ずかしさやら何やらで味覚が正常に機能していない。
双葉はムッと唇を前に尖らせると、俺の耳元に顔を近づけてくる。
「ちょっと先輩、真面目にやってください」
「一緒に飯食べるってだけの予定だったろ。どうしてこんなことに……」
「ただご飯食べるだけじゃ面白くないじゃないですか」
「面白さなんかいらないっての」
「このまま校内一のバカップルを目指しましょうね」
「目的を見失い過ぎだろ!」
双葉の噂への対策として行っていることだ。
校内一のバカップルを目指してなんかいない。
「はい先輩。どーぞ」
「うぐ……」
再び、双葉が生姜焼きを口元に運んでくる。
俺は頬を赤らめながらも、覚悟を決めてパクリと口の中に持っていく。
が、食べた感触がなかった。
何が起きたか理解できないでいると、双葉がクスクスと笑い始める。
「先輩ってホントからかい甲斐ありますね」
「性格悪いぞ」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
俺が食べようとした瞬間、双葉が箸を引っ込めていたらしい。
まだ双葉の箸には生姜焼きが掴まれたままだ。
「次はちゃんと食べさせてあげますから、拗ねないでください」
「別に拗ねてるわけじゃない」
再度、双葉が俺の口元に生姜焼きを持ってくる。
俺は投げやりな態度でそれを口に入れた。
双葉は上機嫌に笑みを浮かべながら。
「来週は先輩のためにお弁当作ってきますね」
「負担にならない?」
「むう。そこは、素直にありがとうですよ、先輩!」
「でも申し訳なさが先に来るというか」
「まさに先輩って感じですね。その調子じゃ女の子にモテませんよ」
「モテなくていい。今はしずくがいるし」
双葉はただでさえ大きい目を見開き、加速度的に頬を赤く染め上げていく。
恋人のふりをしている以上、女子からモテても仕方がないからな。
だが、少し言い方がよくなかったかもしれない。意図しない形で双葉の耳に入った気がする。
「先輩ってほんと先輩ですね」
「なんだそりゃ……」
双葉は俯き視線を落としながら、ただでさえ赤い顔を更に赤くした。
途端、落ち着かない空気が漂い始め、周囲の視線をビシバシと感じる。
それから昼休みが終わるまで、双葉は俺と目を合わせてくれなかった。




