恋人ごっこ
「えぇっと、これから俺と双葉で恋人のふりをする」
双葉は時間が止まったようにその場でフリーズした。
何言ってんだこいつという鋭い視線を払いのけ、俺は続ける。
「結局、双葉が可愛いからワンチャンを期待する男子が存在している。噂はあくまでそこに拍車を掛けているだけに過ぎない。でも、いくら可愛くて変な噂があっても恋人がいるとなれば大多数は一歩踏みとどまる、と俺は思ってる」
「せ、先輩ってナチュラルに可愛いとか言いますよね……」
双葉はボッと沸騰したみたいに頬に熱を溜め、俯き加減に呟く。
「要するに、双葉に彼氏がいるって情報が広がれば言い寄ってくる男子は減ると、考えていい」
「確かに、それはやってみる価値はありそうですね!」
嘘に真実で刃向かうより、嘘には嘘をぶつけた方がいい。
一定数の効果は見込めると思う。
だが、俺は少し戸惑い気味に双葉に訊ねた。
「発案者が言うのも変だけど、これホントにやるのか?」
「やりましょう。面白そうですし」
「能天気だな……。まぁ、そのくらいの心持ちの方がいいとは思うけど」
「ですです。でもその作戦、私の彼氏役が先輩である必要はないですよね?」
俺が彼氏役をする前提で話を進めたが、その必要性はない。
誰がやってもいいポジションではある。
「もちろんだ。他にアテがあるなら誰でもいい。けど、他校から引っ張るくらいならウチの生徒がいい。彼氏役務まりそうなやつ身近にいる?」
「もう全然分かってないですね」
「は?」
「先輩が私のために動いてくれるの凄く嬉しいです。けど、それだけじゃ嫌なんです。先輩にも何かメリットがあって欲しいって思います」
双葉が俺の左手の上に、右手を重ねてくる。
不意を衝く接触に、俺は電流が走ったみたいに身体を上下させた。
「どうせなら私のことを練習台にしてください。本物の彼女ができた時のために」
「練習台……?」
「はい。私は噂に対抗するために、先輩は彼女ができた時の練習として、これから恋人のふりをするんです。それならフェアだと思いません?」
「対等って感じはするな」
双葉の提示してきた認識に合わせるなら、お互いの利のためになる。対等だ。
「ど、どうですか? ……ダメですか?」
双葉が若干の不安と心配を宿して、弱気に問いかけてくる。
「そうしよう。恋人ができた時の練習をする機会、普通ないし。俺にとって十分なメリットだと思う」
「はい。ちゃんと役立ててくださいね。私のことが忘れられなくて、本物の彼女を作れなくなっちゃうかもですけど」
「…………」
「あ、あの、ツッコんでくれません? 黙られると私が高飛車な嫌な女になっちゃいますから!」
双葉がわなわなと慌てながら、俺の肩を左右に揺らしてくる。
でも実際問題、普通にありそうだから困る。
短い時間しか双葉と接していないけど、それでも理解できたことがある。
双葉は可愛い上に、性格もいい。
性格がいいって表現は少し違うか。俺と波長が合っていると思う。
「恋人のふりは校内と登下校のみでいこう」
「それは構いませんけど……休日デートの練習とかしなくていいんですか?」
「限定的にしておかないと、本気になりかねない」
「先輩が私を本気で好きになっちゃうかもってことですか?」
「可能性の話だけどな。下手なリスクは減らした方がいい」
「……それは別にリスクじゃないですけどね」
双葉は蚊の鳴くような小さな声で何かを呟く。
「なんか言ったか?」
「いえ言ってません」
本人がそう言うなら気のせいか。
双葉はニコッと口角を上に上げると、ソファから立ち上がる。
「さてと、それじゃ早速、恋人ごっこを始めましょうか。ダーリン?」
「ダーリンは却下」
何はともあれ、これから恋人のふりをすることになったのだった。




