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金環のユースライヤ ~追放された第四王女は逃避行の末、狼男に食べられる~

 黒煙のような雲に空が包まれた夜、純白のドレスを泥まみれにさせながら、光から逃げる者がいた。


「わたしは、悪魔なんかじゃ……ないのに……!」


 年端もいかない白髪の少女は輝く瞳に涙を浮かべ、遠くなってしまった王宮を見つめる。


「居たぞこっちだ! 追え! ()()()()を逃がすな!」

「なあ、第四王女ってまだ十歳なんだろ? こんなことしていいのか……?」

「バカを言うな。あれはもう王女じゃない。お前も見ただろ? あの目を」

「それはっ、そうだが……」

「あれは魔王と同じ赤き太陽の目だ! 生かしていては、王国に平穏は訪れない。我々が仕えていた姫様は……もう居ないのだ!」


 魔法の杖を松明代わりにして、剣で武装し、重厚な鎧を着込んだ男達が元王女を追いかける。


 第四王女――ユースライヤ・ディアフェン・スティオトールはこの日、十歳の生誕祭を迎えると同時にかつて勇者が討伐した魔王と同じ『太陽の眼』を発現した。

 国民が一丸となって王族を祝う日にそんな眼を持ってしまえば、祭りを包んでいた歓声は悲鳴へと移り変わる。

 それまで楽しかった時間は壊れて、お祝いのケーキは現国王によって踏みにじられた。


「……ぅ、っあ!!」


 誰かが放った矢が、華奢な腕にずぶりと突き刺さる


「うぁ……やだ、死にたくない……隠れなきゃ……」


 屈折魔法で姿を消し、木の影に身を潜める。

 ガッシャガッシャと騒々しい鎧の擦れる音が遠のいていき、ユースライヤは震えながら息を吐いた。


「お父様……お母様……どうして」


 ユースライヤの耳には、まだ叫び声が残っていた。


「――我は魔王を育てていたのか、騙したなユースライヤ」

「――私、魔王を産んでしまったの……!? 嫌っ、嫌ぁぁ!!」


 雨音でも掻き消されない。冷たい雨が肌を刺す。妹を見捨てた姉達の真っ黒な目のように。

 やがて元王女のユースライヤは、その痛みから逃げるように目を瞑る。


 勉強漬けで、家族とも会えない日々。

 いつも言葉を交わすのは先生達だけ。言葉と言っても、するのは質問のみ。その日の勉強が終わればすぐに退室してしまう。


 誕生日だけが人の温かさを思い出せる日だったのに。

 こんなことなら産まれてこなければ良かったと、ユースライヤは絶望に呑まれながら、その意識を闇へ落とすのだった――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 窓から心地良い日の光が差し込んで、ユースライヤは目を覚ました。


「痛っ――」


 気絶していたのだろう。起き上がると、矢を受けたままだった腕の痛みを思い出す。


「あれ……治療、されてる……」


 しかし、腕を見てみれば矢は抜かれ、新しい包帯が巻かれていた。

 それに、木に寄りかかって寝ていたはずなのに今はベッドの上だ。


「…………」


 辺りを見回すと、そこが小汚い小屋であることが分かる。机の上には食べかけの生肉と、開けっ放しの酒。それと、酷い獣臭が充満していた。

 冷えきっていたはずの体は、小さな暖炉の火で温まっている。


「あ、ゴミ箱……新聞だ」


 ベッド横のゴミ箱に突っ込まれていたのは、今日の新聞。捨てられたティッシュの中へ手を突っ込み、新聞を引っ張り出して広げる。


〝第四王女ユースライヤは悪魔憑き! 見かけた者は騎士団へ報告を!〟


「――ッ」


 自身を誹謗する文章が長々と綴られているのを目の当たりにして、思わず、くしゃっと新聞紙を潰してしまった。

 そんな時だ。外から軽快な鼻歌が聴こえてくる。

 カーテンに映る大きな影は鉈を持って、扉に近付いていた。


 殺される。そう直感した。


 ベッドから飛び起き、ユースライヤはすぐさま汚らしいキッチンに走ってフライパンを手にする。

 息を殺し、扉の横に立ってフライパンを構えた。

 影の大きさからして、かなりの体格差がある。

 ユースライヤが三人ほど肩車してやっと頭に届くほどだ。


 まだ……まだだ。

 この位置なら確実に一撃かませる。

 狼狽えたところで、すぐに走れば逃げられる。


「ンッン~♪ フフフーン♪」


 もう少し。

 あと、一歩。


「フンフ~♪ ンン~♪ フ――」

「やぁぁぁぁ!!」

「――いぎゃああああああああ!!?」


 随分と毛深い脛をフライパンで思いっきり殴って、ユースライヤは外に飛び出る。


「うぐ、ツぉぉぉぉっ!……こ、このガキ!」

「ひっ……! 狼……!?」


 家主は、大きな口を開いて牙を剥く。

 大人より一回り大きな体は腕が長く、ユースライヤがちょっと走った程度ではすぐに追い付かれた。

 狼の体をした二足歩行の化け物がユースライヤをひょいっと持ち上げる。


「いやぁ! 離して! 食べないで!」

「イダっ、ちょ、やめろ顔を殴るな」

「はーなーしーてー!!」

「ぎゃあああ!! 耳元で叫ぶな! 鼻を握るなァァ!」


 化け物の手の中で暴れるユースライヤ。

 狼顔の男はたまらずベッドの上に放り投げ、耳や鼻をくしくしと整え出した。


「くっそ、せっかく洗ってきたのに……おいガキ。恩を仇で返すたァどういうつもりだ」


 狼男は低く唸り、ベッドの上で縮こまる少女を睨みつける。


「だって、わたしを殺そうと……」

「あァ? なんでそんなこと」

「鉈を持ってたから……」

「これは薪割り用だ。メシを作ろうしたら薪を切らしてたからな」

「……ご飯」


 すると、可愛らしい音が鳴り響いた。


「はぁぁ~、パニクるならそう言ってくれよな。とにかくメシだメシ。火が通ったもんなんて久しぶりだから、味は期待すんなよ」

「いい、の……?」

「腹空かせたガキが居るんだ。仕方ねぇだろ」


 そう言うと、狼男は床に転がっていたフライパンを拾ってキッチンに立つ。


「俺はガル。お前は……まあ、お姫さんだろ」

「うん……ユースライヤ・ディアフェン・スティオトール……」

「なげぇな」

「もう王族じゃない、から。ユースライヤでいい……」

「それでもだよ。スラだな、スラ」

「それはイヤ」

「んだよ……ライヤは?」

「普通……」

「ユライヤ!」

「それもイヤ」

「イヤだイヤだってお前なぁ……ああ~、じゃあユラ! ユラでいいな! 拒否権はねェ」


 久しぶりと言いながら手際よく野菜を切るガルに、ユースライヤは小さく、こくりと頷く。

 あんなことがあって、こんな化け物と居るのに、不思議と恐怖はどこかへ飛んでいった。


「――へいお待ち!」

「なに、これ……?」

「なにって、チャーハンだよ。クソテキトーだけどな」


 ガルはそう言うと、皿を両手に持ってバクバクと下顎を激しく上下させながら食い散らかす。傍に置いてあるスプーンは何のためにあるのか。

 ユースライヤはスプーンを手にしてチャーハンを口へ運ぶ。


「は……ぁむん……んぐ、むぐ……」


 出来たてだから当然と言えば当然だが、あたたかかった。


「美味しい……」

「お、だろォ? シンプルイズベストってな。腹が膨れりゃちょっとは……って、おい」

「ふぇ……?」


 気付けば、ユースライヤの瞳には大粒の涙が溢れていた。


「……何があった? 俺は見ての通りのバケモンだが、話を聞くくらいならできるぞ」

「新聞は……読んでないの?」

「いやぁ……読むの苦手っつーか。そもそも読めないっつーか……とにかく、お前の口から聞かなきゃなんねーだろ」

「っふふ……!」

「な、なんだよ」


 口元に米粒を残しながら真面目な顔をする狼男に、ついクスッと笑ってしまう。


「ううん、ありがとう狼さん」


 ユースライヤは話した。太陽の眼のこと、誕生日が台無しになったこと、追放されたこと。

 たくさん話して、また泣いて、日が傾いた頃――


「呪いか、その体には毒だろうな……」


 話を聞き終えたガルは神妙な面持ちで呟く。


「奇しくも似た者同士ってわけだ」

「似てるの……?」

「まぁな。俺も追放された身だし、それに――」


 その時、扉が強く叩かれた。


「王宮騎士団の者だ! この近くで白い髪の少女を見なかったか!」


 昨夜聞いた声と同じだ。

 ユースライヤはビクッと体を震わせ、息を荒らげる。

 今度こそ殺されてしまう。ここには逃げ場がない。


「落ち着け」

「……ぁ」


 大きな手が優しく、頭に乗せられる。


「俺が合図したらそこの袋持って窓から逃げろ」

「ガルは……? どうするの……?」

「軽くひねったらすぐ追いかける」

「嘘つかない……?」

「安心しろ。狼男は嘘が嫌いなの」


 そう言って、ドアノブに手をかける。


「――随分と遅かったな。まさか匿っていたりなど……お、お前!?」


 ガルの姿を見るや否や、騎士は剣を抜き身構える。


「スゥーッ――――グァオオオオォォーーン!!!」


 森が揺れるような咆哮と共にユースライヤは袋を抱え、窓から飛び出して騎士とは反対方向に走った。


「集合! 集合ーッ! 奴だ! 《四人目》が居たぞー!!」


――かつて、魔王が世界を蹂躙していた頃、王国は救世主を望んだ。

 大規模な召喚術式を発動し、勇者たりうる者達をこの世界に喚んだ。その中の一人が――


「おいおい騎士サマよォ、焦ってるんじゃないか? そりゃあ情報伝達不足だぜ。俺は王国(お前ら)が異世界から召喚した、()()()()()()()()……《日喰(ひぐ)いのガル》だッ!」

「ッ! 王国の裏切り者が! お前なんかが勇者として召喚されるはずがない! 召喚初日、まだ第一王女であった現女王を抱き、逃亡したお前が! この悪魔め……!」

「そうだなぁ! そんなのもう悪魔と呼ぶべきだろうなぁ!」


 樹木の枝をへし折ると、応援に来た騎士達を振り払って、蹴散らす。


「勇者のなり損ないが調子に乗るなよ!」


 すると、木の影に隠れていた魔導騎士が姿を現しブツブツと詠唱を始めた。


「ファイヤーボール――撃てェ!」


 撃ち放たれた複数の火球は不規則な軌道を描き、ガルの小屋を焼き払う。


「おおっと、魔法使いが居たか」

「つぎ火炙りになるのはお前だぞ」


 燃え広がる火の手は留まるところを知らず、小屋は炭に変わった。

 ニタニタと笑い勝った気でいる騎士に、ガルは頭を搔く。


「面倒だな。さっさとトンズラするか」


 すると、ぴょんと一飛びで小屋だったそれを飛び越え、火の裏側に回り込む。


「――――明日へ(めぐ)る光よ、今こそ黎明に輝け」


 振り返ったユースライヤは、ガルが胸いっぱいに息を吸い込んだかと思えば、瞬く間に光が消えた真っ暗な火炎を見た。

 やがて暗火は消え、燃え(かす)だけがそこにある。


――刹那、狼の口から吐き出された光が騎士達を襲った。

 閃光が鎧を突き刺し、剣を壊し、あらゆる攻撃・防御手段を潰していった。

 騎士達はあたふたと逃げ回るが、光から逃げられるはずもなく……


 丸腰、というよりほぼ裸になった騎士達を一目見て、ガルは舌をべろんと垂らして笑い返した。


「やーいハートパンツマン~!」

「なっ!? き、貴様ァァァ!!」


 服ビリした騎士を挑発し、スタコラサッサと勝ち逃げする。


「うっし、行くぞユラ!」

「ひゃっ……」


 ユースライヤに追いつくと、その小さな体を脇に抱えてさらに速度を上げて走り去った。


「ユラ、見たかよアイツの顔! ありゃ傑作だ!」

「ふっ……あっはは!」

「そーだ笑え笑え! こんな世界笑い飛ばしちまえ!」

「……うん!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ユースライヤが狼男のガルと逃避してから、一ヶ月、二ヶ月と時が過ぎていく。

 小さな宿屋のベッドは窮屈だが、夜になるとユースライヤはガルの指を掴んでベッドに引っ張って寝かせた。


「ッ……は、ぁ……」

「また目が光ってるな……力が暴走してるのか」


 太陽の眼が妖しく輝き、ユースライヤの体力を奪っている。

 魔力が活性化しているらしく、週に一度はこんな状態になって苦しみ出すのだ。


「苦しい……よ」

「ゆっくり呼吸しろ。ほら、枕に頭乗せて、さすがに寝心地悪いだろ」

「ダメ……このまま寝る」

「やっすい宿の枕よりカタイ腕だぜ?」

「いいの」

「……(くさ)いだろ? 人の(にお)いじゃない、獣臭さだ。今日だって店主に怪しまれたんだからな? さすがにローブ一枚じゃ隠しきれねぇ」


 小さな女の子を連れた大男が来れば誰でも怪しむと思うが。


「ガルの臭いは、安心する……それとも、わたしと寝るの……イヤ?」


 腕をきゅっと掴んでくるユースライヤ。


「別にヤじゃねぇが……」

「……はっ、もしかして……わたしクサい?」

「いや臭かねぇよ。お前はちゃんとシャワー浴びさせてやってるだろ」

「うん。ガルは洗うのヘタクソ」

「悪かったなァ、この手じゃ難しいんだよ。お前がもっとデカくなってくれりゃいいんだ」

「デカくなる……」

「あぁ、いっぱい食えよ」


 大きな手に優しく頭を撫でられると、ユースライヤは少しだけ顔色が良くなる。


「ん……いっぱい食う。はぐはぐ」

「俺は食っても美味かねぇ……痛っ、んお? お前ちょっと歯ァ見せてみろ」

「……? んぁ~……」


 大きく口を開けたユースライヤを覗き込み、ガルは口の中に指を入れる。


「やっぱり、牙になってきてるな……」

「おっ、ご――」

「あ、ワリィ。突っ込みすぎた」

「けほっ。牙って……わたし、本当に魔王になっちゃったの……?」


 えずいたからなのか、涙目でガルを見つめる。


「あぁ、今はまだ大きな特徴は出てねぇけど、近いうちに」

「……っ」

「安心しろユラ。お前に憑いてる悪魔は俺が食ってやる。俺も呪われた身だしさ、全部受け持つよ」

「でも、それだとガルが……本当に悪魔になっちゃう」

「いいんだよ。お前のためなら悪魔にでも魔王にでもなってやる」


 数ヶ月、共に過ごしてそう決めた。


 異世界に召喚され、狼になる能力に蝕まれたあの日。

 助けてやると、同じ勇者候補の男と第一王女に騙され、追放されてから、ろくなことがなかった。

 体躯は大きくなり、亜人よりも不気味で恐ろしい姿になってしまったガルは、ようやく自分を見てくれる人と出会ったのだ。

 


「ダメ……ガルだけに、そんなことさせない……」


 すると、頬を膨らませて反対したユースライヤはガルの腹の上に乗っかかった。


「方法はある…………()()()()()()。正反対の力を持つ王族と勇者が契りを交わし、その力を融合……弱点の緩和と、能力向上を見込める。互いを支える契約魔法……わたしは太陽の眼、ガルは日喰い。相性は、いい……」


 ユースライヤの目が輝く。


「俺は勇者じゃない……お前だって、もう王族じゃないだろ」

「わたしにとって、ガルは勇者……それに、わたしは王だよ。みんなが、魔王って呼んでる」

「そ、そんな屁理屈……あとお前、契りって意味分かって言ってるのか? つーかそんなことどこで……!」

「王宮で、勉強した……」

「あぁー、そうだった。第四王女様だったな……お前は」

「今は違う。魔王様……だよ?」

「……いいのかよ、俺で。こんな姿だし、見えねぇかもしれないがこの世界に来てから何十年と経ってる」

「エルフと人間の婚姻はよくあること。年の差は関係ない」

「よくあるのかよ。改めてやべーなこの世界」

「うん、やばい。だからわたしも、正気じゃないのかも……」


 ユースライヤはガルの胸板に寝そべり、完全に体を預けた。

 狼の毛はふさふさしていて、少しこそばゆいが構わず頬ずりする。


「ガル、わたし……わたしは……あなたと一緒に居たいです。ずっとわたしの、わたしだけの勇者様で居てくれますか……?」


 純粋なその瞳に、魅入られたのだろうか。


「…………あぁ、お前は嘘をつかないんだな」

「ガルが嘘をつかないから」

「ありがとう……」


 小さな体を優しく、綿毛に触れるくらい優しく抱きしめた。

 体温が高いせいか、熱が伝わってガルの体まで熱くなる。


「よろしく頼むよ、小さな魔王様」

「わたしの太陽を食べて、大きな勇者様」


――――その日、月と太陽が重なり合った。


 太陽は影を見た。


 月は光を見た。


 魔王は勇者に身を捧げ、お互いの魔力が混じり合った二人は共に夜を過ごす。


――翌朝、ユースライヤは過去最高に絶好調な体で起き上がる。


「んぅ……ガル、朝……え?」


 横で寝息を立てている狼男を起こそうと、顔をぺちぺちと叩いた。

 いつもと、感触が違う。ふさふさしておらず、ツルツルしていた。

 そう、まるで人の顔のように……


「が、ガル……!? その体……!」

「ん、ふああぁぁぁぁ……あ? は?」


 口元に手を置いて、大きなあくびをしたガルは自分の手に違和感を覚える。

 それもそのはず、狼の体は何十年ぶりに人の体へ戻っていたのだ。


「なっ、こ、これは……そうか、俺の力は日蝕……月なんだ。月である以上、狼男は人に戻れねぇ……けど」

「わたしが太陽だったから……戻ってる……?」

「そう……らしいな」


 二人は顔を見合わせる。

 ガルの顔は狼だった頃の面影を残していて、ややつり目だが優しげな表情だ。


「ん? ユラの目……なんか輪っかになってないか? 赤くねぇ、金色だ」

「輪っか? それなら……ガルもなってる」


 鏡で顔を見てみれば、二人とも金環日食のような瞳に変化していた。


「きれい……だね」

「そーだな、お揃いだ」

「これ、わたし達の……結婚指輪ってこと?」

「ぶッ――おま、子どものくせに恥ずかしいセリフをサラッと言うなよな!」

「ふふっ……ガル、顔真っ赤だよ?」

「うっ……くそっ、人の顔だと表情が出やすいな……!」

「――あ、戻った」

「なんだか便利な体になっちまったな」


 ガルは再び人の顔に戻すと、ベッドから出て背伸びする。


「さて、これで俺達は名実ともに魔王と悪魔ってわけだ」

「うん」

「王国に復讐でもするか?」

「……ううん、そんなことしてもわたしは満足できない」

「じゃあ、これからどうする? 魔王様」

「……旅を続けたい。もっと、いろんなものをこの眼で見てみたい。ガルと一緒に。嫌な記憶は……ガルが上書いて……?」

「危険な旅路、つーか逃避行になるが……」

「ガルがいる……」

「だな。魔勇者ガルは主様の忠実な犬でございますよ」

「ふふっ、変な話し方」


 ユースライヤが微笑むと、ガルは形容しがたい感覚に背筋がぞわぞわっと震える。

 どうしようもなく、彼女のことが好きになってしまったらしい。

 跪き、ユースライヤの手を取った。


「んじゃ、行こうか」

「ん……どこへでも」


 手の甲に唇を当てる。それだけでは飽き足らず、二人は黎明の中で熱い接吻を交わすのだった。


「――昨夜はお楽しみでしたね」


 宿屋の店主から、お決まりのセリフを聞き届けたガルはフード深く被る。


「あの店主め」

「バレちゃったね……」

「あぁ、だがいいことを聞いた」

「ん、東の町で祭りをするって……」

「屋台が出て、いろいろ食えるらしいな。どうする?」

「……行く。連れてって」

「よし、決まりだ」


 大きな手は小さな手を引き、共に歩む。

 狼に食べられた魔王様は、その瞳で広い世界を眺めていくのだった。



――――数年後。



「おーい、朝だぞ魔王様」

「ん、おはようガル……抱っこ」

「……ユラ、お前少しだらしなくなったんじゃないか?」

「それは、ガルがいつもお寝坊さんだったから」

「んじゃあ今日はこのまま惰眠を貪るか」

「そうしよう……来て」


 二人で一緒に、堕ちていく。


 とある辺境の地――草原が風に揺れ、花が咲き誇るそこにあるという真っ白なログハウスには、不思議な夫婦が暮らしている。


 その二人の薬指には、結婚指輪がないらしい。

ご覧いただきありがとうございます!!(´﹃ `˶)

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▼他、短編作品!

沼にハマる夏休み。クールな相棒とアツい推し活、バーチャルライフを!


【俺達は『推し』に弱いっ! ~仮想世界にログインしたらTSしちゃった男子高校生は、相棒兼嫁の〝抉られたいユキフライさん〟と赤スパ投げてめちゃつよになるようです。「推しへの愛が私を強くする」んだってさ~】

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