あさ
三題噺もどき―にひゃくよん。
※ほんのりBLーのつもり※
「―――っかれた…」
手近にあった椅子に、どさりと体を落とし、腰を伸ばす。
後ろにそりながら、椅子も一緒に傾ける。古い木製のモノだからか、ギシと悲鳴をあげる。
「っん――、」
ぐっと、腕を伸ばす。
固まってしまったような気がしてならない、背中も伸ばして。ついでに横に倒したりして。
腰いてぇ…。
「っはぁ――」
力を入れていたその姿勢から、一気に脱力し、全身で椅子にもたれかかる。視界には、嫌という程に高い天井が映る。
ダラリとおろした腕が、やけに重い。
しかしまぁ、これでもマシになった方だ。初めのころなんか、終わった後は泥のように眠ってしまっていたからなぁ。いやはや、慣れというものは恐ろしい。
「ふぅ……」
後は何か残っていたかと、頭で考えながら。
手は無意識に胸ポケットを探す。
―あぁ、あとは出迎えだけだったと確認し。玄関まで行くのも億劫だと思い始め。
「……」
とりあえず、一服しようと決めた。
探っていた手で、ポケットの中から箱を取り出す。
どこでも買えるようなやつ―でもないのか。諸事情あって、この屋敷から出ることがないもので。こういう買い物とかは、外に出ている者がしている。ホントは自分でしたいのだが、許してくれないのだ。嫉妬深いやつなもので。
だから、この煙草は、買い与えられているという所だ。詳しい銘柄とかも知らない。ただまぁ、ものすごく好みなもので。あつらえたように、身体にしっくりと馴染むような気がして。
「……」
箱から一本取り出し。火をつける―前に。
うだる体を何とか起こし、椅子から立ち上がる。
ギーと、軋む窓を開け、ベランダへと出る。
「……」
しっかりと閉じたことを確認し、煙草の先を火であぶる。
なにで起きるかわかったものじゃぁ、ないからなぁ。油断も隙も無い。特に獣連中は。寝ていても耳はいいし、鼻は利くし。
「っふー」
東から登り始めた太陽が、目に染みる。
陽の光を浴びる時間なんて、この時しかない。毎日こんな生活をしているからなぁ。
アイツ―ここの主が帰ってこれば、そのまま一緒に寝てしまうし。
気づけば日は西に落ちている。
「……」
朝日にくゆる煙を見つめ、つかの間の。1人の時間を堪能する。
―こういうと、まるで1人が好きみたいに聞こえるかもしれないが。けしてそういうわけではなくて。むしろ賑やかな方が好きなのだが。
ここに居ると、一秒たりとも気が抜けない。だからこうして、1人でいる時間が欲しくなってしまうのだ。ここに居るやつらに、一秒でも気が緩んでしまうと、死にかねないものだから。
「……」
彼らが、好意で、じゃれているだけというのも分かっているから。
そういう、小さなじゃれあいで、死んでしまってはいけないような気がしているのだ。嫉妬深いアイツもいることだし。
―たかが人間の俺は、簡単にぽっくりと逝ってしまうから。
「―っかしなぁ……」
しかしなぁ。
アイツの、博愛主義ぶりには少々嫌気はさす。
ヒトであろうとなかろうと。何も関係なく、何も考えずに。あれこれと拾ってくるものだから。
おかげで一日中世話したり、遊んでやったりで、てんやわんやだ。世話係でもないのに。
今のところ、俺以外の人間を拾ってこないだけマシか。
んん?何がましなのか分かんないな?
「…ふぅ…」
だが、その博愛主義のおかげで救われた身としては、まぁ。感謝の意がないわけでもないのだが。それでも限度というものがなぁ。
今の自分の立場も、ほとんど不可抗力とはいえ。―なぜか拾ってくる連中がみんなして主人ではなく俺に懐くのだ。―ここまでになるとは思っていなかった。
「……」
それでも、今のこの生活が悪くないと思っているあたり。俺もどうかしているのかもしれない。
アイツに助けられて。一緒に暮らすようになって。人間以外のものと、共にいるようになって。
それが、当たり前になって。
「……」
1人だったあの頃には、考えもしなった。思いつきもしなかった。
賑やかな日々が。
存外楽しいのだ。
「……ぁ」
そんな風に、ぼーっとしていたら。
突然、ベランダに影が落ちた。
「ただいま、」
その影は、ふわりと人の形になり。
当然のように、隣に立つ。
「おかえり、」
それは、ここの主人であり。
俺の恩人であり。
ここに居るすべてのモノの父。
そして。
「子らは寝たか?」
「ねたよ。今日も元気、」
「そうか、」
皮の手袋でおおわれた掌で、さらりと頭を撫でられる。
「ありがとう、ハニー」
「それやめろよ、恥ずかしい、」
「何をいまさら」
クスリと笑うその男。
キラリと口の端から、鋭い犬歯をのぞかせて。
陽の下であれど、その影は黒々として。
「私たちも寝ようか、」
「ん…ふぁ、さすがに…ねむ…」
軋む窓を開け、部屋へと戻る。
俺の恩人で。
父で。
母で。
恋人な。
俺の愛しい、吸血鬼。
お題:煙草・不可抗力・博愛主義