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宇宙人と猫  作者: 宇宙人
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【第四節 宇宙人と猫】


 僕が悠里を自宅に招いてから三日のこと。粟原町にある物騒な噂が流れ始めた。

 その噂は、「宇宙人殺害予告」なる、事情を知らない人間にとっては滑稽な、事情を知っている人間にとっては酷く生々しく恐ろしい予告だった。


 僕はその噂を、夜星悠里の通う学校で知った。


 僕の自宅たる空き地から猫の足でしばらく駆けると、町唯一の人間たちの小中一貫学校があった。

 こっそりと美味しい食べ物を分けてくれる用務員のおじさんがいる校舎裏口から建物に侵入し、生徒たちに気づかれないよう天井近くの庇を飛び移って進むと、やがて朝の騒がしい校舎入口が一望できるシャンデリアの上にたどり着く。

 そこは町の噂を最も耳に入れやすい場所の一つで、僕はこうして一年に何度かやってきては面白そうな話題を見繕うのだ。


 噂好きの学生たち、或いは小さな子供たちを送り届けた父母達が交わす世間話に耳を傾けると、情報はすぐに集まった。

 町役場が管理するWebページに何者かがクラッキングをしかけ、アクセスした住民のパソコン画面に「宇宙人殺害予告」なる文字を表示させるのだとか。


 犯人を示す証拠は何一つ残っていないらしい上、見てしまったパソコンにも文字表示以外の被害はなく、さらに今年度予算を投じて大掛かりな改修をしたばかりのWebページにセキュリティ上の大きな穴があったということにはできないという内部事情などもあって、対外的には町役場内部の小さな悪戯、ということで済ませることにはなったそうだけれど、真犯人は自明だ。


 校庭に出て、校舎を眺めまわすと、中学校校舎の5階付近――たしか、生徒指導室の部屋のあたりに目をやると、何やら肩をいからせて何かをまくしたてているらしい教師と、その向かいで我関せずとばかり窓の外を眺め続ける夜星悠里の姿を見つけることができた。


 おそらく証拠無しに決めつけてかかる形で生徒に指導だか聞き込みだかを行っているのであろうその先生。必死なのは悪い事じゃないと僕は思うのだけれど、悠里にとっては無意味というか逆効果というか、まあ間違いなく聞く耳を持たないんじゃないかな。


 夜星悠里からすれば、この企ては自分が犯人だということが露見さえしなければ誰にも迷惑が掛からない、理にかなった行為だとすら思っているのだろう。そしてそれを壊そうとする教師たちの方が意味不明、と。

 Webページの外注を受けたSE人たちとか、一応の殺害予告ということで動かないわけにはいかない警察の方々には多大な迷惑が掛かってそうな気がするけどね……。

  

 さておき、気になる宇宙人殺害予告とやらの中身だけれど「宇宙人を殺します」、以上。

 ……視聴覚室に侵入して猫の手で懸命にキーボードまで叩いて得られた成果はわずかこれだけ。思わず背中が丸まり、髭も下がってしまった。


 主語もなければ動機も期限も書かれておらず、驚くほどに中身がない。


「あれ。おい誰だよパソコンつけっぱなしで戸締りした奴は。バッテリーが痛むだろうが。」


 視聴覚室の扉が開く気配を察し、急ぎ机の陰に退避しながら僕は考えを進めた。

 僕に考えられる彼女の目的は二つほど。


 片方だったら問題ない、けれどもう片方だったなら――


 計画に早めに取り掛かった方が良いかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


予感は悪い方に当たっていた。


「あ、こんばんは。宇宙人の猫さん。また会えたね。」


 ひらひらと手を振る夜星悠里は、学生服に身を包み、学校の屋上に立っていた。

 何やら膨らんだ紙袋を片手に持ち、その背後には、本来あるべき柵網が綺麗に取り外されてその向こうには街の景色が広がっていた。

 時刻は深夜。昨日と同じ形の月が日が沈んだ後の空に明るく張り付き、悠里の後ろにはぽつぽつと並ぶ建物の明りが列を成していた。

 この時間、校門は閉まっていたはずだけれど、どうやって中に侵入したのやら。


「この前は無理なお願いをしちゃったね。あの川底のもっと下に埋められたUFOって、もう動かないんだよね。エネルギータンクに相当する部分が壊れて、中のエネルギーが散逸しちゃったんでしょ? 生物濃縮もされず、磁場にも電気にも影響を受けずにただただ拡散するだけの物を集めるなんて今の地球じゃできないし、宇宙人さんたちの中にエンジニアがいたとしてもどうしようもなかったんじゃない? 当たってる? でもたまに出入りはしてるよね、どうやってるのかはまだわかってないけど。その動作にはエネルギーを使わないの? それとも別のエネルギー? 何だろうね。気になるな!気になって気になって仕方がないけど、気にしてもしょうがないよね。」


 濁流のような勢いで投げかけられる悠里の口調に懐かしさを覚えたのは何故だろう。

 まだまともに知り合って三日というところなのに。


「だって私、今日殺されるんだし。」


 澄み切った笑顔でそう告げる悠里。

 その言葉が、噂の「宇宙人殺害予告」が手の込んだ自殺宣言であることを知らせていた。


 僕の予想では、悠里の、「宇宙人殺害予告」は僕かほかの宇宙人仲間を呼び出すための狂言か、あるいは自分自身を「宇宙人」として殺すという宣言だった。

 ある理由から後者の可能性は低いと踏んでいたのだけれど……もしかすると、本当に手詰まりの袋小路に追い詰められてしまったのかもしれない。


「宇宙人の夜星悠里は、今日この学校で殺されるんだ。悲しむ? 人は多分いないけど、学校の運営側には後処理とかで負荷をかけるかもだから、お金を用意しといた! 今はネットが使えればお金稼ぎは誰でもできるから良いよね。元々の目的に使った分の余りだけど十分に量はあると思う。」


 まるで世間話のような調子で僕に向けて語り掛ける悠里だけれど、もし僕がここに居なかったら彼女はどうしていたのだろう。


 彼女の背後に作り出された屋上からの脱出口。

 誰に何を告げることもなく、そこをまっすぐ通り抜け、暗く冷たい地面に向けてまっすぐ進むつもりだったのだろうか。


「ねえ。綺麗、っていうのかな。ああいうの」


 屋上の、昼までは転落防止の柵があった場所を、悠里の右手が通り抜けた。

 悠里が上半身を屋上の外、何もない空間に乗り出したのだ。


「分かんないなー。高層ビルの絶景。100万ドルの夜景。大自然が産んだ大峡谷。古代の文明遺跡。見るだけで心が震えるってどんな気持ちなんだろう。覚えきれなそうな歴史の膨大さに圧倒される気持ちに近いのか、まるで違うのか。でも、そういうのを見て感動したーって言って笑えるようにならないと、宇宙人ってことなんだろうなって」


 語りながらどんどん身を乗り出していく悠里は、もしかするともう半身をあの世に捕らわれているのかもしれない。


 彼女の絶望がそれほどに深いのであれば、僕は彼女を止めるべきではないのかもしれない。

 彼女とて、人間の言葉を発音できない僕に、静止の声など求めていないのかもしれない。


「ん、何?」


 それでも僕は今日、彼女を止めるためにここに来ていた。

 声を出せないから彼女のスカートに噛み付き、屋上に戻って来いと引っ張り寄せようとする。

 声にならない鳴き声を上げ、彼女をこの場にとどめようという意志を示した。


「どうして――」


 困惑の表情でこちらに振り返りかけた悠里の言葉が途切れた。

 それは、突然地上から延びてきた光の線が彼女の顔に直撃したからだ。


 その光の線が、どこかのだれかが懐中電灯の代わりに持ってきた星空観察用の強烈な灯りであり、校門前から向けられたその光を受け、夜星悠里の目が眩んだのだという事実に気づくより前に。


「あっ――」


 不安定な体勢で屋上端にあった悠里の身体が崩れ、落下を始める。

その、ギリギリのタイミングで。


「夜星さん!」


 助けが間に合った。


 屋上入口を出てまっすぐ矢のように駆けてきた少女が、屋上から身を投げかけていた夜星悠里の足を掴み、危うく落ちそうになっていた彼女を慌てて上まで引っ張り上げた。


「あれ――貴女、確か隣の席の、望月さん?」

「死んじゃ駄目です! 私、夜星さんに居て欲しい!」

「え、突然何?」

「覚えてない? 私がクラスでいじめられかけてた時、夜星さん、庇ってくれましたよね? その後夜星さんが狙われて、そっから夜星さんが逆襲であの子たちをこっぴどく泣かせちゃって……たぶん、学校のほとんどの子が知らないけど、私はずっと覚えてた。お礼も言えなくてごめんなさい。ずっと声もかけないでいてごめんなさい」

「あ。いや、そういうことを聞いているんじゃなくて。あと私、自分がやったこと忘れないから。」


 悠里救出の勢いで床に転がった僕のところに、ナー、と心配げな鳴き声と一緒に良く知る黒猫の女の子が駆けつけてきた。


――ありがとう、ショコラ。ご主人様を連れてきてくれて。

 

  どこか得意げに首を逸らして応じるショコラ。

  万が一のためにかけておいた保険が、どうやら役に立ったらしい。


「夜星さん、今日からでも友達になってくださいいいいいい。私なんでもしますからあああ。」

「待って。落ち着いて。というか落ち着かせて。感情で私を揺さぶんないでってば。」


 夜星悠里は優しい人間だ。

 そのことを僕は良く知っていた。


 まあ、法律は必要とあらば平気で破るし、いわゆる普通の人間の感情を慮ることはできないけれど。

 でも、その行動原理は基本常に善だった。


 子供を学校に通わせるのは親の義務だから、卒業は絶対にできるように、両親が義務を全うできるように行動する。

 その気になれば誰かに損をさせ、自分だけが得をする類の悪事を完璧にこなせるだけの技能を持ちながら、それは決して行わない。

 喧嘩というのはコミュニケーションの一種というのは知っていて、かつお互い対等であることが調和がとれていると思っているから、その形を整えようとする。

 そして、自分という異物が学校や町という社会を乱さないよう、「自分が宇宙人だ」という話を町に広げ、さらにそれが真実になるよう全力を傾ける。


 それが夜星悠里という少女の姿だ。

 

 宇宙人だなんてとんでもない。

 自分ではなく他の。自分の理解できる社会ものの調和のために身を捧げることのできる、この上なく上等な普通の人間である。


 であれば、いくら異分子とはいっても、いや、むしろそれ故に彼女に興味を惹かれたか、或いは好意を持っている人間がどこかにいると思って探していたのだ。

 探し始めて直ぐにまさかショコラのご主人様という身近なところにそんな人間がいたのは思いもよらない偶然だったけれど、これもめぐりあわせという奴なんだろう。


「おーい! 大丈夫か君たち!」

「さっきライトを向けた馬鹿は叱りつけてやったから! ほら! 危ないから屋上から降りてきなさい!」

 

  そして、僕が呼び出したのは一人だけじゃなかった。

  突然騒がしくなった下界が気になったのか、はたまた纏わりついてくる同級生が鬱陶しくなったのか、夜星悠里が外されていない柵網越しに地上の方を眺めた。

 

 そこには多くの人が集まっていた。

 その全員が望月さんのように悠里に好意をもってここに来たわけではない。


 けれど、その誰もが、家の飼い猫、或いは仲良くしている野生の猫が口に加えた、「今すぐ、夜星悠里という女の子を助けに来て欲しい」という言葉といきなり走り出した猫達を見て、とるものとりあえずやってきたのだ。

 その中には、夜星悠里の悪名を知っている者もいただろう。けれど、彼らはとにかく来てくれた。

 やってきた彼らの足元には、急な頼まれごとを聞いてくれた僕の大好きななかま達が集っている。


「ね、望月さん。」

「なあに? 親友の夜星……じゃなくて悠里さん?」

「んー、言いたいことはあるけど置いといて、ちょっと手伝ってもらっていい?」

「親友の頼みですもの、どんとこいですよ。あ、危ないのはNGですけど。」

「どうもありがと、対価は10万円くらいでいい?」

「友情に対価は求めないので、ロハでいいですよ。」

「んー、お金受け取ってもらった方が私は安心なんだけど。」


 と、望月さんを巻き込んで、悠里が何やらごそごそやりだした。

 

 持参した紙袋から何やら大きな鉄の輪を取り出し、その上に虹色の光を放つ粉を振りかける。


 「これ、何です? 綺麗ですね。」

 「私も詳しいことは分かんない。そっちの宇宙人さんに聞いて。あ、こんな風に均一になるように粉を均して欲しいんだけど、いけるかな。」

 「え? うちのショコラが知ってるんですか?」

 「え? さあ、知ってるんじゃない」


 彼女の作業を見ながら、僕はあることに気づいて、猛烈な恥ずかしさに見舞われていた。

 ぴくぴくとひげを震わせる僕を、ショコラが不思議そうな目で見てくる。


 彼女の「宇宙人殺害予告」の本当の意図が分かったかもしれない。

 そしてそれは、僕がいかにも深刻げに考え込んでいた「夜星悠里の自殺」などというものを目的にしたものではなかった。


「あの、悠里さん。円盤がめちゃくちゃ震え出しましたけど、これ大丈夫ですか。」

「実証実験はしたから大丈夫。このサイズは初だけど。」

「何が起きるんですか?」


 悠里は紙袋から取り出したレールを、地上の人たちからは見られないように設置し、その上に望月の調整でほど良い重力遮断空間を発するようになった円盤を配置した。


「この町から宇宙人の噂を殺しちゃう、のかな。」


 悠里の一言と同時に、銀の円盤が屋上から天に向けて飛び立った。

 虹色の光の尾を曳いて飛び立つぞれを、学校に集まった人々はまさに特等席でそれを眺めることとなり、大きなどよめきが漏れた。


「ねえ、宇宙人さん。」


 天に向けて、黒く広がる夜空に向けて、星と同じ小さな点になるまで登っていく自作のUFOを仰ぎ見ながら。

 かつてこの地に降りた宇宙人が天に帰っていったという噂を齎すだろうその光景を満足そうに眺めながら。


「私、宇宙人にはなれなかったけど、頑張ってもう一度地球人をやってみる。」


夜星悠里はそう言って、笑った。





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