第1章・3ーB
「好きだ。好きだ。好きだ。好きだ」
‘’は?”という顔をしてしまったけれど、それはただ驚愕したからだ。
そうでしょう?
だって私の好きな人はこの人なんだもの。
喩えこの人が足を撃たれていても、這いつくばっていたままでも、告白なんてされたら、恥ずかしいに決まっている。
あの教室にはクラスメイト三十八人と立て籠り犯までいた。
空気感が重く、とても色恋沙汰など考えていられる状況ではなかった筈。
それでも私は、‘’好きだ”の四連呼でも、恥ずかしい以上に嬉しい。
あの人がそんな状況でも、私を好いてくれるなんて…。
あの人が首を撃たれて死んでしまった後に、私も好きと言った。
‘’大好き”と言った。
理由なんて言えなかったし、そもそも理由なんて無かったのかも知れない。
あの人の崩した身体を揺すりながら、四連呼どころではなく、何度も何度も繰り返し繰り返し。
そして一度だけ‘’ありがとう”と言った。
死ぬ前なら、人は家族や友達のことを思い出すのかも知れないけれど、私は、この瞬間だけは、この人だけを想って、思い続けて…。
死んだ。
学生同士の恋愛に立て籠り犯は腹を立てたのだろう。
どこを撃たれたのかは覚えていない。
でも、苦しみながらは死んでいない。
一瞬のうちに死んだのかも知れないし、苦しみ以上の強い感情があったのかも知れない。
「気が付いたら私は魔女だったんだ」
「ん?何の話ですか?」
「いや、こっちの話…」
当時、確かに魔女に良いイメージはなかった。
けれど、人を虐殺するほど邪悪だとは思わなかった。
ヌディ・テストパは、かつて大量虐殺を行った悪名高き魔女だった。
なぜ二度目の人生で、そんな人に転生してしまったのだろうと思った。
人に殺され、生まれ変わったら人を殺す存在になるなんて。
「ねぇ、リマナ。私が聖者になった時のこと覚えてる?」
「…あ、は。実はあまり覚えていません、ね。ですが、あれだけは覚えていますよ」
そう。あれというのは、‘’あれ”。
‘’なぜ人を殺すの?”という疑問。
人を殺す意味、意義、そして必要性。
私が魔女という存在になってから、十年程経って浮かんだ疑念。
「私、あんまり人を殺した時のこと覚えてないんだよね」
「…というと?」
「人を殺す理由が分からないのは、覚えてないからじゃないかなぁと思って」
「ですが…、今現在は反逆者の粛清として人を殺しているではありませんか?」
「聖者として人を殺す理由は分からなくもないの。でも、罪のない人を殺すのはどうして?」
「…魔女だから?」
「あなたは魔女。それでも罪のない人は殺さない」
「…」
困らせてしまったかな。
リマナは頭が良い方ではないし。
「あなたが優しいのは知ってる。今はそういうことにしておこう。私もあまり考えたくないしね」
ということにしておいた。
リマナも魔女としての矜恃があると思うし、人を殺す意味なんてないのだろうから、きっと人を殺さない意味もないのだろう。
「私は…どうでしょう、ね…。でも、あの人を殺す意味は分かりません」
うんうん。
ん?
うーん。
うん。
…うん…?