4歳から声変り前まで看板娘を務めていた宿屋のオヤジ
「あー。お腹が空いたー。エリカちゃん何か作ってくれない?」
「はいっ。何にしましょう」
「エリカちゃんの手作り料理なら何でも」
俺の言葉に、宿の看板娘であるエリカちゃんが困ったように笑う。
小首を傾げると、長い金髪がサラサラと流れる。そんな様子も可愛らしい。
「あのー。私は単なるウェイトレスなので、料理が欲しいなら店長のものしか出せませんよ?」
「でもエリカちゃん最近、料理の練習してるよね? 俺知ってるよ」
「なら、私がまだ人さまに出せるようなものは作れないことも知ってて下さい」
ちょっと怒った様子で言う。そんな様子も可愛い。
「ああ、お前、また俺の娘にちょっかいをかけるつもりか」
店の奥から、この宿の店長兼、エリカちゃんの父親がすごみながら出てくる。
思春期前のほっそりした身体を愛らしいエプロンとワンピースで包んだ美少女と、俺より頭一つ以上大きないかつい宿屋のオヤジ。
どうやったらこの親からこんな娘が生まれるのか。
結婚適齢期はまだまだ先だけど、将来美人になること間違いなしのエリカちゃんを今から狙っているライバルは結構多いことを、俺は知っている。
「おいお前、『現』看板娘じゃなくて『元』看板娘で我慢しときなよ」
俺達のやりとりを聞いていた常連の爺さんが、ニヤニヤしながら割り込んでくる。
「元看板娘、って、……店長の奥さんとか?」
「……嫌なこと思い出させるなよ」
顔も見かけたことないけどいるの?
エリカちゃんの母親なら美人だろうけど、でも俺は人妻趣味があるわけでもない。ましてこのオヤジの奥さんになんか。
宿屋のオヤジが顔をしかめているし。なんか変な思い出あるんだろうか。
「いやこいつ、今はこんな見かけだけど、昔はとんでもない美少年でな。4歳くらいから声変りまでずっと女装してこの宿の看板娘をさせられていたんだ」
「この街一番の美少女は誰か、という話題の常連でな……それが今ではこんな姿に……」
「うるせえ。お前俺のケツを何度も揉んでいただろ」
「うっ、思い出したくない黒歴史……」
「それは俺の台詞だ馬鹿野郎」
「てんちょー。またウェイトレスの格好してみない?」
「誰がするかよ」
「いやこれが需要あるんだって」
なんかとんでもない藪をつついてしまったのか? 俺が悪かったのか?
俺の側に立ち、おろおろと問答を眺めている様子のエリカちゃん。
ふと、とんでもないことが気になってくる。
「あの……多分間違いだと思うんだけど……エリカちゃんは、その、オヤジさんと一緒じゃないよね?」
「そこはその、ご想像にお任せします」