表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

6:クリスのママ(1)

 百合(ゆり)とユリーシアが入れ替わって、一週間が経った。

 クリスとガントの世話も慣れてきた。まだまだ本物の母親たちのようには上手くできてはいないのだろうが、少しずつ手際も良くなってきていると思う。


 しかし、何もかもが順調という訳でもない。


「こんな感じで、ガンちゃんが着替えを嫌がるんですよ……」

「あらあら」


 百合の前には、膨れっ面のガントがいる。その傍には放り投げられたガントの服があり、ガント自身は上半身裸の状態である。


「どうしたら良いんですかね、ロゼフィーヌ様」


 百合は隣に立っている貴婦人を見上げる。この貴婦人はロゼフィーヌという名前で、百合にとっては記念すべき「初ママ友」というやつである。


「そういう時はね」


 ロゼフィーヌはクローゼットから子ども服をもう一つ取り出して、先程ガントが投げた服の隣に置いた。


「ガント様、どっちが良いですか?」


 ガントは二つ並んだ服を見て、小さな指で片方の服を指す。


「こえ」

「これですね。じゃあ着ますよ」


(それ、さっき自分が投げたやつ! 着るのっ?)


 百合が驚愕している間に、ロゼフィーヌはさっとガントに服を着せた。


「ええー……何それ、魔法?」

「この程度のことで魔法なんて使いませんわ」


 くすくすとロゼフィーヌが笑った。

 ロゼフィーヌは百合より一つ上の二十一歳。中位貴族の夫人だ。一歳四ヶ月になる子どもの母親であるというのに、小柄で可愛らしい雰囲気を持っている。


 ロゼフィーヌの息子はロイという名前で、これまた可愛らしい。母親とそっくりの明るい空色の髪と同じく空色の瞳を持っている。今はクリスと並んでお利口に座って遊んでいた。


「ロゼフィーヌ様って、なんでそんなに子どもの扱いが上手なんですか? 子どもはロイ様だけですよね?」

「今のところはそうね。ただ、私は甥や姪の世話もしていたから」


 百合はにっこりと笑うロゼフィーヌに、尊敬の念を抱く。貴族の親子関係は冷たいものなのかと絶望していたが、ロゼフィーヌとロイを見ていると、温かい家庭もあるのだと安心できる。

 ロゼフィーヌと知り合いになれて、本当に良かったと思う百合だった。




 この世界に来た初日はずっと部屋の中で過ごしていたので、あまり実感は()かなかった。しかし、外に目を向けてみると、今までと全く違う世界に来たことを痛感せざるをえなかった。


 まず、百合がいるのはメイフローリア王国の城だった。なんとなく豪奢(ごうしゃ)な感じがする部屋だなと思ってはいたが、城の一室だったとは。王子であるクリスが過ごす部屋なので、当然といえば当然なのだが、そこまで深く考えてはいなかった。


 それから、周囲の人の見た目に驚く。青や緑、桃色などの変わった色の髪をした人間が、普通に歩いている。魔法で染めたのかと思っていたが、どうやら地毛らしい。瞳の色も様々で、なんだか落ち着かない。


 ユリーシアという人間についても、少しずつ分かってきた。中位貴族の娘として生まれ、騎士であるギースと結婚したのは十七歳の時。魔法が存在する世界ではあるが、ユリーシア自身は魔力がないため、使うことはできないらしい。


 子ども嫌いというのは本当らしく、百合と入れ替わるまで必要最低限の世話しかしていなかったという。クリスとガントを抱っこして外を散歩しに行った時には、周囲の人が目を丸くして凝視してきたくらいである。


 ママ友という存在にも興味がなかったようで、百合の周囲には護衛騎士か侍女、メイドくらいしかいなかった。あまりの心細さにギースに相談してみると、ロゼフィーヌを紹介してくれた。子どもの相手がまるで駄目な夫が、初めて役に立った瞬間である。


 ギースという人間についてもユリーシア同様、少しずつ分かってきた。優秀な騎士として有名であり、王族の身を守る近衛騎士団に属している。若き国王とは学生の頃から親しくしているようで、その縁もあって、クリス王子の乳母の話も来たらしい。


 ユリーシアからは夫婦関係は冷めきったものだと聞かされていたが、なぜかギースは毎日百合の元を訪れる。それは休憩時間だったり、寝る前だったりと気紛(きまぐ)れなものだ。入れ替わってしまった百合を気遣うような様子もある。


(悪い人ではないんだよね)


 百合は今日も顔を出しにきたギースを観察する。ギースは息子であるガントを前に、無言で固まっていた。

 ギースは背も高く顔つきも凛々しいので、女性からの人気は高そうな男性である。それなりの地位もあるし、結婚前はさぞかしもてたのだろうと推測できる。


 しかし、子どもを前にしたギースはかなり情けない。子どもが泣きだしてしまったらどうしていいか分からなくなるらしく、百合に助けを求めてくる。百合も子どもの扱いはまだまだ勉強中だというのに。


「……まま」


 ガントがギースの傍を離れて、百合に抱き着いてきた。クリスを抱っこしていた百合は、片手でガントの頭を撫でてやる。ガントがにこっと笑顔を見せた。

 ギースは深くため息をついて項垂(うなだ)れた。ロゼフィーヌと比べると、本当に頼りない。

 その頼りになるロゼフィーヌは夕方には家に帰ってしまう。今日もガントに服を着せた後、すぐに帰っていった。


「もっと、たくさん話し掛けてあげたらどうですか?」


 百合はガントの手を引いて、ギースの前に立つ。座り込んだギースが百合を見上げて、ゆっくりと首を振る。


「何と言ったら良いのか分からない」


 背中を丸めて頭を抱えるギースに、百合は苦笑するしかない。


「まま!」


 ガントが突然声をあげ、鏡を指す。鏡はきらりと光って、異世界を映し出した。


『こんばんは、百合。今、いいかしら?』

「あ、ユリーシア。こんばんは」


 ユリーシアとは毎晩連絡を取るようにしている。元に戻った時に困らないように、情報交換しておくためだ。


『今日は飲み会というものに参加しましたわ。お友達もたくさんできましたし、毎日本当に楽しいですわ!』

「え、ちょっと待って。友達?」


 ぼっち街道まっしぐらだった百合。友達なんて一人もいなかった。飲み会なんて行ったこともない。


『今度、女子会というものにも参加する約束をしましたわ』


 女子会にも行ったことはない。なぜ、現役女子大学生である百合よりも大学生活を充実させているのか。ユリーシアの底知れない能力に震える。


「ユリーシア、やめてよ。元に戻った時に困るじゃん」

『あら、私に無断でロゼフィーヌ様と関わりを持った貴女に言われたくないわ』


 つんとそっぽを向くユリーシア。百合はそのユリーシアの着ている服に気付いて、目を丸くする。


「え、何その服? 見覚えないんだけど」

『パパさんが買ってくれましたの。似合うでしょう?』


 百合の父も母も、ユリーシアに甘い。いや、百合にもかなり甘かったのだが。百合は自制していたので、ここまで()(まま)放題にはならなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >何と言ったら良いのか分からない 下手すりゃ台本とマニュアル渡した方がええど(;'∀') いやいやいやいや(;'∀') ここまで来たらもう元に戻った時にいろいろと帳尻が合わんことになるんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ