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番外編4:ガントとアシュード

 城の廊下はいつもより人が少なく、閑散としている。窓の外を見ると、ちらほらと雪が舞っていた。

 百合はガントを抱っこして、廊下を進む。そして、ある部屋に辿り着くと、ノックをして扉を開けた。


「ああ、待っていたぞ! 二人とも!」


 部屋の中にいたのは、ユリーシアの兄であるアシュードだ。ガントはアシュードの姿を見ると、翠の瞳を丸くして声をあげた。


「あしゅ!」

「そうだ、ガント。よく覚えていたな。褒めてやろう」


 百合はガントをアシュードに渡す。そして、アシュードがガントをしっかりと抱っこしたのを確認すると、ぺこりと頭を下げた。


「本当に助かります。わざわざ城にまで来て下さってありがとうございます、お兄様」




 さて、どうしてこんな状況になったのかというと。

 城で風邪が大流行してしまったことが発端である。護衛騎士や侍女たちが次々と高熱に倒れていった。気が付くと、城で働く大半がダウンしていたのである。


 クリスとロイもその風邪にやられてしまい、熱を出してご機嫌斜めになっている。二人の病児の世話に追われてあたふたしていると、今度はギースが倒れた。もう百合ひとりでは手に負えない。

 そこへ、噂を聞いたアシュードが手伝いを申し出てくれたのである。風邪もひかず、ひとり元気なガントの世話を引き受けてくれることになったのだ。


「ギースまで倒れるとはな。大変だっただろう」

「はい……。あ、でも、熱を出して、とろんとした顔のギース様を看病するの、なんか嬉しいっていうか! えへへ」


 百合が顔を赤らめて、照れ臭そうにへにゃりと笑った。


「ギース様ったら可愛いんですよ。食事の時とか、食べさせてあげたら真っ赤になっちゃって! 熱が上がったのかと思って、額と額をくっつけたら……」

「のろけは、それくらいにしてくれ」


 アシュードが真顔で百合を止めた。百合も、はっとした顔で口を押さえる。


「と、とにかく、ガンちゃんのことお願いしますね! ガンちゃん、良い子にしててね」

「ん。まま、しゅき」

「うんうん! ……あああ、ガンちゃんと離れたくないよー! ガンちゃん大好きー!」


 百合はガントに大袈裟(おおげさ)に頬擦りした後、(ようや)く部屋から去っていった。随分(ずいぶん)と騒がしい妹に、思わず深くため息をついてしまったアシュードであった。




「いいか、ガント。僕のことはそろそろ伯父様と呼ぶんだ」

「じーしゃま?」

「僕はそんなに年を取っていない! 伯父様、だ」

「おーじしゃま」

「いや、それではクリス王子殿下になってしまうだろう……」


 目を片手で覆い、アシュードは天を(あお)いだ。結局今まで通り「あしゅ」と呼ばれることに妥協せざるを得ないと諦めた頃、部屋の扉がノックされた。


「あ、ねえね!」


 扉が開いて、黒髪の美少女が顔を覗かせた途端、ガントが駆け出した。美少女に向かって手を伸ばし、抱っこをせがむ。美少女は澄ました顔のまま、ガントを抱き上げた。それから、ちらりとアシュードに視線を送る。


「久しぶりね、兄」

「僕はお前の兄ではないが」


 メリッサとアシュードの間で火花が散った。それを知ってか知らずか、ガントが可愛らしい声をあげる。


「おやつたべるの!」

「……よく分かったね、あたしがおやつ持ってきたの」


 メリッサはガントを抱き直して、ポケットからおやつを出した。ガントはきゃあと嬉しそうに歓声をあげる。メリッサに袋を開けてもらい、中に入っていたクッキーを口に入れてもらうと、ガントの顔が嬉しそうに(ほころ)んだ。


「ねえねもたべるのー」


 ガントが小さな指でクッキーを()まんで、メリッサの口元へ運ぶ。期待に満ちた眼差しでにこにこ笑うガント。

 メリッサは頬を染めながら、口を開けようとした。しかし、じっとこちらを見ているアシュードに気付くと、ぷいっとそっぽを向いた。


「ねえねはいらないから、ガンちゃん食べて良いよ」

「……ねえね?」


 ガントがへにょりと眉を下げ、メリッサを見上げる。翠の瞳が潤んで、口がへの字になっていく。


「せっかくガントがくれると言っているんだ。食べてやれば良いだろう」

「兄、(うるさ)い! ……分かった、ガンちゃん。ねえねにちょうだい?」

「ん!」


 ガントの顔がぱあっと明るくなった。そして、クッキーをメリッサの口に押し込んだ。


「おいしー?」

「うん……」


 メリッサは真っ赤になって(うつむ)き、じたばたと悶えた。そんなメリッサをアシュードは真顔で見つめた後、ガントに視線を移す。


「ガント、僕にもクッキー……」

「や!」


 ガントがぷいっとそっぽを向いた。先程のメリッサとそっくりの動作であった。アシュードはしばらくねだってみたが、残念ながらクッキーはもらえなかった。

 美少女に優しく、伯父には厳しいガントなのだった。




 窓から夕陽が差し込む頃。暖炉の前で、ガントは仰向けに寝転がり、ぐすぐすと泣いていた。


「まま、ままー……」


 アシュードがおもちゃで遊んでやろうとしても。メリッサが抱いてあやそうとしても。ご機嫌斜めになったガントは泣いてばかりである。百合のことが恋しいのか、ずっと「まま」を連呼している。


「なぜ急に泣きだしてしまったんだ? さっきまで普通に遊んでいたのに」


 アシュードは疲れた顔で頭を抱えた。メリッサもぼんやりとしながら首を傾げる。


「百合に会いたいのかなあ。それとも、眠いのかも」

「眠いんだったら寝るだろう」

「うーん、子守歌を歌ってほしいのかな……」


 メリッサの言葉に、アシュードは頷いた。


「よし、じゃあ僕が歌ってやろう!」


 アシュードは寝転がっているガントをさっと抱き上げると、ゆらゆらと揺すりながら歌い始めた。それは、百合が毎日歌っている子守歌だった。


「……意外。兄、歌、上手なんだ」

「ふっ。見直しただろう」

「いや、別に」


 ガントは涙の跡が残ってはいるが、穏やかな顔で眠り始めた。アシュードもメリッサも安堵(あんど)の息を吐く。

 もう少しすれば、百合がガントを迎えに来ると約束した時間になる。ガントをベッドに寝かせて布団を掛けると、アシュードは散らかったおもちゃを片付け始めた。


「おい。もうお前も帰って良いぞ。あとは僕ひとりでも何とかなる」

「うん……」


 メリッサがこくりと頷いて立ち上がる。しかし、歩きだそうとした途端、ふらふらとよろめいた。


「危ない!」


 転ぶ寸前で、メリッサの体をアシュードが支えた。メリッサはぼんやりとした表情で、アシュードにもたれかかる。


「……熱があるじゃないか」

「平気、これくらい」


 額に当てられたアシュードの手を払い、メリッサは不機嫌な顔をする。メリッサの頬は赤く染まり、紅い瞳も少し潤んでいる。


流行(はや)りの風邪だろう。とりあえずこっちに布団を持ってきてやるから、そこで寝ろ」

「いい、いらない」

「遠慮するな。お前もまだまだ子どもだろう?」

「ちょっと! どこ触ってるのよ!」


 アシュードが暴れるメリッサを無理矢理抱き上げた瞬間。

 ガチャリと扉が勢いよく開いて、百合が飛び込んできた。


「ガンちゃん、お迎え来たよ! 会いたかったー! ……って、あれ?」


 兄が真っ赤な顔をした美少女をお姫様抱っこしている。そんな光景をいきなり見せつけられた百合は、目を丸くしてぽかんと口を開けた。


 メリッサが奇声をあげ、兄の頬を平手打ちしたのも無理のないことであった。



 *



 クリスやロイ、ギースの風邪がやっと良くなったと思ったら、今度はガントとメリッサが熱を出して寝込んだ。百合は高熱でぐずるガントをあやしながら、メリッサの看病も行っている。


「あ、これ、お兄様から。お見舞いにって」


 そう言いながら、百合はガントとメリッサが寝ているベッドの傍にある机に花瓶を置いた。この時期には珍しい、温室育ちのピンクの花が()してある。


「なんであの兄は風邪ひいてないの……? 馬鹿は風邪ひかないってやつ……?」


 メリッサは揺れるピンクの花を見つめながら、悪態をついた。

 熱でぼんやりしているからか、その花はやけに綺麗に輝いて見えた。目を閉じると、あの日に聞いたアシュードの子守歌が脳裏に(よみがえ)る。


「アシュードの、馬鹿」


 メリッサはぽつりと呟いて、布団を頭から被った。

ガンちゃんの塩対応は、メリッサの真似かもしれない。


明日の番外編第五話は「幸せの魔法」です。


番外編もいよいよ明日で最後です!

最後まで見守って下さいね♪



メリッサとアシュードのその後が気になる方へ。

『孤独は魔法じゃ癒せない』という作品が、その後の二人のお話になります。

シリーズでまとめているので、そちらからどうぞ♪

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― 新着の感想 ―
[一言] くぅぅぅぅぅぅーーーーーー!!!! こいつぁそちらも見なければいけませんな!!!!(≧∇≦)
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