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番外編3:だから、知りたいんだ

 少し肌寒く感じる日が多くなってきたある日のこと。

 百合はギースと一緒に街へと繰り出していた。クリス、ガント、ロイは城でお留守番である。


「クーちゃんたち、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だろう。子どもたちも慣れている侍女に任せてきたし、メリッサもついていてくれる」

「でも、泣いてたし……」


 外出する百合の足にしがみついて、クリスとロイは涙をぽろぽろ零して泣いていた。「置いていかないで」と切ない瞳で訴えられて、きゅんきゅんした。ちなみにガントは「ばいばーい」と手を振っていた。それはそれで辛かった。


「じゃあ、子どもたちに何かお土産(みやげ)でも買おう。お菓子にするか? それとも、おもちゃ?」

「……おもちゃを買ってあげたいです」

「分かった。子どもたちが喜ぶものを選びに行こう」


 ギースが微笑みながら、百合に手を差し出してくる。百合は頬が熱くなるのを感じつつ、差し出された手に自分の手を重ねた。


 ――「百合と二人っきりでデートしたい」と言われてから、早二ヶ月。(ようや)く実現した初デート。まるで普通の恋人同士のように二人っきりで街を歩けるなんて、なんだか夢のようだ。

 石畳の街通りをギースと手を繋いだまま進んでいく。背の高い赤髪の騎士は、百合を大切なお姫様であるかのようにエスコートしてくれた。


「ここが最近人気のおもちゃ屋らしい」

「わあ、いろいろありますね!」


 大きな通りを少し外れたところにあるおもちゃ屋さんに着くと、さっそく百合はどれが良いかと探し始める。柔らかな手触りの人形とか、ままごとセットとか、可愛らしいものが多くてわくわくする。


「ギース様! ギース様は小さい頃、どんなおもちゃが好きでしたか?」

「うーん、あまりおもちゃはない家だったからな……。その辺の木の枝を振り回していた」

「なんか騎士っぽい!」


 雑談をしながら店の中を回る。そして、一つのおもちゃの前で立ち止まった。


「あ、これが良いです!」

「……木馬?」


 百合の指す先には、白い木馬がゆらゆらと揺れていた。クリスやガント、ロイが乗って遊ぶのに丁度(ちょうど)良いサイズである。


「白馬に乗ったクーちゃんたち……絶対可愛いです!」


 目を輝かせてギースを見上げる百合。ギースは微笑んで頷いた。白い木馬は丁寧にラッピングしてもらい、城に配達してもらうように頼んだ。子どもたちの反応が楽しみだな、と百合は笑みを零した。




 次に訪れたのは、おしゃれな外観のカフェ。中に入ると、甘いお菓子の香りにふんわりと包まれる。窓際の席に向かい合って座り、紅茶とケーキを注文した。


「わあ、綺麗!」


 季節のフルーツが色鮮やかに白いクリームの上に飾られている。城で出される子ども用のお菓子も綺麗なのだが、このカフェのものも負けず劣らず上品で、見ていて楽しい。百合はにこにこしながらケーキを頬張る。


「百合、クリームがついている」


 ギースが百合の口元を親指で拭った。百合は目を瞬かせた後、一気に赤面する。子どものように思われてしまっただろうか。

 ギースは赤くなった百合を満足そうに眺め、クリームのついた親指をぺろりと()めた。


「ギ、ギース様……!」

「ん? これくらいクリス王子やガントには普通にやっているだろう?」

「それは、そうですけど! 私は大人ですし! 恥ずかしいです……」


 両手で顔を覆ってじたばたすると、ギースが(こら)えきれずに噴き出した。店の中の香りも、口の中も、二人っきりのこの雰囲気も。甘すぎて(とろ)けそうだと百合は思った。




 カフェを出て、近くの公園を散歩する。赤や黄色に色付いた葉がひらひらと舞っていて、歩くのが楽しい。百合はギースを手を繋いで、ゆっくりと景色を見ながら歩いた。


「あら、ギース様ではありませんの! お久しぶりですわ!」


 突然後ろから声を掛けられて、ギースと百合は振り返った。そこには桃色の髪をした可愛らしい女性と、白銀の髪をした綺麗な女性が立っていた。ギースは女性たちと知り合いだったようで、柔らかに笑顔を返した。


「ああ、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ふふ、もちろん元気よ。お隣にいるのは奥様?」

「はい」

「あら、仲が良いのね。……噂とは違って」


 女性たちはにこりと笑みを浮かべているように見えるが、目は笑っていなかった。百合を品定めするかのように、じろじろと観察してくる。なんとなく居心地が悪くなってきた。

 二人の女性は代わる代わるギースに話し掛ける。その内容は百合が全く知らない、ギースの過去のことばかり。


「これくらい奥様なら知っていて当然かしら。……え、知らないんですの?」


 得意げに話し続ける女性たちに、我慢できなくなってくる。ギースは困り顔をしながらも、なかなか女性たちとの話を切り上げられないようだ。


「ギース様、私、ちょっとトイレに行ってきますね」


 ずっと握られていた手を離して、百合は駆け出した。

 女性たちは、百合の知らないギースの姿をたくさん知っているようだった。子育てに夢中になっていたせいで、百合は出会う前のギースについてよく知らないままだった。他人の女性の方が自分の夫について詳しいなんて、認めたくなかった。


(少年の頃のギース様か……。何にも知らないんだなあ、私)


 大きな木に背中を預けて座り込む。足元の落ち葉がカサカサと乾いた音を立てた。膝を抱えて上を見上げると、何本もの枝の隙間から青い空がちらりと見えた。

 クリスの魔法でこの世界に呼ばれるまで全く別の世界で生きていた訳だし、知らないことが多いのは仕方ない。しかし、知ろうと思えばいくらでもギースのことを知る機会はあったのだと思う。それを知ろうともしないで。


(こんな私がギース様の隣にいて、本当に良いのかな?)


 あの女性たちの様子から、ギースは今でも人気がある男性なのだと分かる。もっとギースにふさわしい女性が他にいるのではないだろうか。胸の奥がずきりと痛む。百合は(うつむ)いて、目を固く閉じた。




「……百合」


 息を弾ませたギースの声が聞こえた。百合は(うつむ)いたまま、体を縮こまらせる。


「やっと見つけた。……どうした? 具合でも悪いのか?」

「……あの女の人たちは?」

「とっくの前に帰ったよ。そんなことより、百合がどこにもいないから……焦った」


 大きな息を吐いて、ギースは百合の前にしゃがむ。顔を覗き込まれそうになったので、百合は慌てて横を向いた。


「私って、本当に駄目ですね。ギース様の妻、失格です」

「なんだ、急に」

「……だって、私はギース様のこと、あの女の人たちよりも知らないんだもの」


 涙声になってしまった百合を、ギースは黙って抱き寄せた。百合は驚いて逃げようともがいたが、よりきつく抱き締められてしまう。


「……俺も、出会う前の百合のこと、あまり知らない。どんな少女だったのか、何を考えて過ごしてきたのか。きっと、向こうの世界にいる人たちと比べると、百合について知らないことばかりなんだと思う」

「ギ、ギース様……?」

「だから、知りたいんだ」


 ほんの少し、体が離される。真剣な紅い瞳と目が合った。


「百合のこと、もっと知りたい。そして、俺のことも知ってもらいたい。誰にも負けないくらい、お互いのことを理解している関係になりたい。そうやっていつか、本物の夫婦になりたいと思っている」


 知らないことが多いなら、これから知っていけば良いだけのこと。大切なのは、これから先の未来だとギースは教えてくれた。百合は何度も頷く。


「でも、これだけは覚えていてくれ。この世界に来た後の百合のことは、誰よりもよく知っている。その上で言うよ。君が好きだ」


 ギースが温かい声で囁いた。こつんと額と額がくっつく。


「……うん。私もギース様が、好き」


 はっきり言って、ギースの妻としての自信はまだまだないけれど。ギースを他の女性に取られるのは絶対に嫌だった。だから、頑張らないと、と拳を握る。

 いつの間にこんなに好きになっていたのだろう。思わず笑いが漏れた。


 ギースが百合の頬にそっと手を添えた。そして、ゆっくりと唇が近付いてくる。


 百合は目を閉じて、その時を待つ。温かく柔らかいものが百合の唇に触れたのは、そのすぐ後のことだった。



 *



「まま、みてー」


 白い木馬に乗ったクリスが、笑顔で手を振っている。百合はその様子を見て、感動の涙を(にじ)ませていた。


「白馬に乗った、金髪碧眼の王子様……! 最高!」

「がんちゃものれるのー!」

「ろいきゅもー!」


 百合の膝の上で、ガントとロイがぽんぽんお尻を跳ねさせた。百合は微笑みながら、子どもたちを抱き締める。


 子育ても、恋愛も。どちらも頑張るんだと心の中で呟いた。

 今よりもっと、幸せな未来を手に入れるために。

「ろいきゅもー!」が謎の呪文のように思えてしまう今日この頃。


明日の番外編第四話は「ガントとアシュード」です。

美少女に優しく、伯父に厳しいガンちゃんのお話です。

引き続き、お楽しみください♪

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― 新着の感想 ―
[一言] そうですよね( ´∀` ) 知らないんならこれから知っていけばええんですよ( ´∀` ) 最初から全部知ってるのは確かにいいかもしれんけど、知りたいという気持ちも好きに繋がっていくと思うの…
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