30:帰る場所(6)
百合が元の世界に戻らないと宣言した数日後。
公にはなっていない、クリスの本当の誕生日がやって来た。百合は密かに二歳になったクリスを祝う。
「クーちゃん、大きくなったねえ」
五月の誕生日パーティーの時に着ていた立派な服をもう一度着せてみたのだが、なんだか服が小さくなった気がする。
「クーちゃん、最近よく食べるようになったもんね。……野菜はあんまり食べないけど」
「にゃあ?」
クリスが金色の髪をふわりと揺らし、碧の瞳をくりくりさせて見上げてくる。愛らしい姿に、百合は無意識にクリスを抱き締める。
「これからもどんどん大きくなるんだろうね。クーちゃんはどんな王子様になるのかなあ。ガンちゃんはパパみたいに騎士になるのかも。二人とも、かっこよくなるんだろうね。うーん、楽しみだけど、この天使のような姿もずっと愛でていたいんだよねえ……」
「百合、独り言多すぎ」
メリッサが呆れたように百合に視線を送る。クリスが狙われる心配がなくなったので、もう護衛はしなくても良いのだが、こうしてちょこちょこ顔を出してくれている。
「メリッサちゃんも美人さんになりそうだよねえ。あ、それ使ってくれてるんだ!」
それというのは百合お手製のポシェットである。メリッサのために、可愛らしい羊をイメージしたデザインのものを作ったのだ。
「使わないと、もったいないし」
頬を染めてぷいっと顔を背けるメリッサに、クリスとガントが近寄っていく。そして、羊さんポシェットをぐいぐい引っ張る。
「ねえね」
「ねえねっ!」
「あ、クーちゃん、ガンちゃん! 引っ張らないで! 壊れちゃう!」
困り顔でクリスとガントの相手をするメリッサ。美少女と天使のような子どもたちのじゃれ合いが微笑ましくて、百合の頬は緩みっ放しである。
「百合、ケーキはこれで良いか」
部屋の扉が開いて、ケーキを手にしたギースが顔を出す。
「うん、ありがとう! クーちゃん、お祝いしよう!」
ケーキに蝋燭を二本立てて火をつける。百合の世界では普通のこのお祝いも、この世界では珍しいようだ。ギースもメリッサも目を丸くしている。
「クーちゃん、ふーふーして火を消してね」
「ふー?」
「うんうん。ふーふーって」
「ふうー!」
火が消えて、百合が大袈裟に拍手をすると、クリスは嬉しそうに歓声をあげた。
「やっぱり百合は凄いな。君がいるだけで、周りが幸せになる」
クリスの喜ぶ顔を見て、ギースが呟いた。そんなことはないと答えようとした百合は、ギースに手を握られて言葉を失った。
「百合、俺は……」
真剣な紅い瞳に魅せられて、百合の頬が赤く染まる。ちょっと油断すると、すぐこうなってしまう。恋愛初心者の百合に、ギースの愛情表現はとにかく刺激的すぎるのだ。
握られた手が熱を持つ。心臓が煩くて、息が震える。
「はい、そこまでー!」
「ままっ」
「ままー」
メリッサの制止に続いて、クリスとガントが百合にくっついてくる。ギースが百合に迫ってくると、大体こうなる。毎回恒例になりつつある光景だ。ギースが残念そうにため息をつくまでがセットである。
「ガンちゃん、足がパパに当たってるよ。止めてあげて?」
可愛らしいガントの足が、てしてしとギースの膝を蹴っていた。ギースを庇うように百合がガントの足を捕まえると、ガントはにこりと笑って百合を見上げてきた。
「まま、しゅき」
突然のガントの告白に、百合が目を見開いて顔を赤くする。そんな百合にぺたりとクリスが柔らかなほっぺを頬にくっつけてきた。そして、クリスも可愛らしい声で言う。
「しゅき」
「あああっ! 私もっ! ガンちゃん大好き! クーちゃん大好き!」
二人の子どもをぎゅうぎゅうと抱き締めて、百合は幸せに浸った。
そんな幸せいっぱいの百合を見て、悔しそうに項垂れるギース。
「恋敵が手強すぎるのだが」




