表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/38

28:帰る場所(4)

 目を開けて飛び込んできたのは、緻密(ちみつ)なデザインの天井。

 大きなベッドにふかふかの絨毯(じゅうたん)、キラキラのシャンデリア。そして、心配そうに見つめてくる赤毛の美青年。


「百合! 良かった……」


 ふわりと抱き締められて、百合は一瞬頭の中が真っ白になる。


(えっと、メイフローリア王国の方にちゃんと戻ってこれたってことだよね。気合いってすごいんだなあ。で、ギース様が私を抱き締めて……)


「ええっ?」


 全身が一気に羞恥(しゅうち)で熱くなる。


「百合?」

「ギ、ギース様! 近いです! 近い、近いっ」


 慌ててギースの胸を押して、距離を取ろうとする。しかし、ギースはびくともしない。それどころか、より強く抱き寄せられてしまった。


「もう、離さない」

「ひえっ」


 耳元で甘く囁かれて、百合の口から思わず変な声が漏れた。


「はい、そこまで。百合、具合はどう?」


 遠慮なくギースを引き()がしたのは黒髪の美少女である。


「メリッサちゃん! えっと、どこも痛くないし、大丈夫だよ!」

「ん、念のため、背中見せて」


 メリッサは百合の後ろに回って、背中をぺたぺた触って確認する。


「傷跡が残っちゃった……」


 しょぼんと項垂(うなだ)れるメリッサに、百合は首を振る。


「生きて帰ってこれたんだから、充分だよ!」

「百合……」


 唇を噛み締めて涙を(こら)える美少女を、そっと抱き締める。


「ありがとう、メリッサちゃん」


 メリッサがくすんと鼻を鳴らした、その時。

 扉が開いて、小さな子どもが二人、転がるように駆けてきた。


「ままっ」

「まーまっ」


 目を真っ赤にして、涙でべしょべしょの顔をしたクリスとガントである。


「ごめん、また泣かせちゃったね……」

「にゃあああっ」

「ぎゃあああん」


 二人の小さな体をそっと抱き上げてやると、二人とも百合にしがみついて大声で泣き始めた。百合の服がどんどん湿っていくが、仕方ないと諦める。


「大丈夫だよ。ママはずっと、クーちゃんとガンちゃんの傍にいるからね」


 二人の柔らかな頬にすりすりと頬擦りをする。二人の涙のおかげで、百合の頬もべしょべしょだ。

 濡れた頬に優しくハンカチが当てられる。そのハンカチからは、すっと鼻を通る清涼感のある香りがした。


「ギ、ギース様……」


 頬を(ぬぐ)ってくれているのは、ギースだ。その紅い瞳は甘く(とろ)けるように百合を見つめていた。どきんと跳ねる心臓に、またも熱くなる身体。ごまかすようにクリスとガントをぎゅっと抱き締めると、ギースが小さく笑った声が聞こえた。


「相変わらず、反則すぎ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でもないです!」


 ぷいっと横を向いて()ねる百合の額に、温かく柔らかなものが触れた。ちゅ、と軽い音を立てて離れたその正体に、少し遅れて気付いた百合はこれ以上ないほど顔を赤らめる。


(ギース様が、私の額に、キス?)


 額に思わず手を当てた百合に、クリスとガントは涙を引っ込めてきょとんとした。


「まま?」

「ぱぱ?」


 混乱していた百合が気付くことはなかったが、ギースも百合に負けず劣らず顔を赤くしていた。真っ赤になった大人たちをじろりと見て、メリッサはため息をついた。


「そういうのは、子どもの前では控えてくれないかな、もう」



 *



 百合とユリーシアの身体は、魔法と現代医療の合わせ技により、予想よりも格段に早く治った。二つの世界の医者はそれぞれ頭を(ひね)ることになったのだが、知らんふりを決め込んだ。


 ナイフで刺されてから十日ほどであっさり復活した百合は、元気にクリスとガントの世話を続けている。護衛騎士や侍女たちがなんだか尊いものを敬うような態度で接してくるようになったのには、少し困惑している。しかし、あとは大体今まで通りである。


「それで、クーちゃんを狙っていた犯人は分かったんですか、ギース様?」

「やはり、ロゼフィーヌで間違いなかったようだ。毒や覆面の男についても、自分が手配したと自白した」


 あの優しかったロゼフィーヌが犯人だとは今でも信じられないし、信じたくもない。誰かに脅されて仕方なくやったのではないかと思ったりもしたのだが、残念ながら本人の意思で動いていたようだ。


「ロゼフィーヌはずっとクリス王子の乳母という立場を狙っていたらしい。しかし、百合が乳母として王妃に認められてしまい、焦ったのだろう。王子を殺し、また新しい王子が生まれたら、その時は今度こそ自分が乳母になれると……そう思っていたようだ」


 ユリーシアは乳母としての能力が低かった。そのため、ロゼフィーヌは自分の方が適任であると信じ込んだのだ。だからこそ、突然乳母として認められた百合を殺したいほど憎んだのだろう。


「……それで、ロゼフィーヌ様はどうなるの?」

「王族の命を狙ったんだ。未遂とはいえ、もう一生牢屋からは出られないだろう」

「そっか……」


 何とも言えない気分で、百合は視線を下に落とす。もし、ユリーシアと入れ替わっていなければ、クリスの乳母は変更されていたに違いない。新しい乳母としてロゼフィーヌが任命されていたのではないだろうか。


 そうであれば、ロゼフィーヌがクリスの命を狙うことはなかったはずだ。百合が乳母として認められてしまったために、ロゼフィーヌの人生を歪ませてしまったのかもしれない。


「百合、すまない。俺がロゼフィーヌを紹介したばかりに……」

「へ?」


 ギースが深く後悔を(にじ)ませた顔で、声を絞り出す。


「それに、守ると言ったのに守り切れなかった……」

「あわわ、気にしないでください! ほら、結局無事だったんだし! それに、ロゼフィーヌ様を追い詰めたのは、きっと私なんです。ユリーシアの忠告も聞き流しちゃってたし!」


 百合は慌てて落ち込むギースを(なだ)める。

 すると、ギースが百合の手をぎゅっと握ってきた。何の予告もなく行われたので、驚いてびくりと体が揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] う~~ん。 でも結果的にはユリーシアの方がマシだったかもしれない。 確かにユリーシアは子供に対してアレな部分はあるけど、ロゼフィーヌさんはロゼフィーヌさんで、毒殺とか考えるくらい野心を持っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ