表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

24:ガントのじいじとばあば(6)

(ユリーシアは、本当は家族からきちんと愛されていたんだね……)


 心の奥底がじんわりと温かくなった。ユリーシアの言っていた通り、冷たい関係の貴族の家庭も確かにあるのだろう。しかし、この家族は冷たくなんてなかった。ほんの少し、擦れ違っていただけ。


「大丈夫です。ユリーシアは元気に過ごしています。もうすぐ帰ってくる予定なので、その時は温かく迎えてあげてほしいです」


 百合は詳しいことは言わず、ただユリーシアの無事を伝えるに(とど)めた。父は目を(みは)り百合を凝視した後、表情を緩めた。


「そうか……分かった。善処しよう」


 その父の言葉に、百合もにこりと笑い返す。腕の中のガントが目を丸くして、百合と父を交互に見た。


「ふふ、ガンちゃん。この人はガンちゃんのじいじだよ。怖くないからね」

「じーじ?」

「そうだよ! ガンちゃんは家族みんなに愛されているの! 嬉しいねっ!」


 ガントをぎゅっと抱き締め、頬擦りをする。くすぐったそうにガントが笑い声をあげた。


「君は私たち家族の恩人だ。……やはり名前を教えてもらえないだろうか」


 父が百合とガントを(まぶ)しそうに見つめる。百合は慌てて手を振った。


「あ、えっと、そんな名乗るほどでは……」

「お義父(とう)様、『百合(ゆり)』ですよ」


 隣にいたギースが百合の代わりにあっさり答える。なんとなく得意げに見えるのは気のせいだろうか。


「『百合』……。ユリーシアと名前が似ているな。……改めて言わせてくれ。感謝している。ありがとう、百合」

「ええっ! 私、そんな、大したことはしてないしっ」


 頬を染めて、先程以上にぶんぶんと百合は手を振った。その様子に父は不器用な笑みを見せる。


「そうだ、百合。この屋敷にいるのも今日が最後だ。お願いがあるのだが」

「何ですか?」

「いつも歌っている、あの子守歌を歌ってくれないか」


 父の頼みに、百合はびくりと跳ね上がる。


「き、聞こえていたんですか、子守歌……」

「ああ。優しい良い歌だと毎晩耳を澄ましていた。ほら、ガントももう眠そうにしている」


 父の言葉に釣られて腕の中を見ると、確かに眠そうに目を(こす)るガントの姿があった。ふとギースを見上げると、ギースは微笑みを浮かべて小さく頷く。

 百合は仕方ないと小さく息を吐いた。




 ガントが眠るまで、百合は歌い続けた。父は百合の腕の中にいるガントの寝顔を眺め、満足そうに頷いていた。


 父の書斎を出て、部屋に戻るために静かな廊下を歩く。窓から差し込む涼やかな月の光が、百合とギースの影を作り出していた。


「百合」


 ギースに呼ばれ、百合は反射的にギースを見上げた。


「何ですか?」

「俺は」


 ギースの宝石のように紅く光る瞳が、まっすぐ百合を見ている。その顔は痛みを(こら)えるかのように、ほんの少し歪んでいる。


「君と離れたくない」


 その声は(かす)れていて、油断していると聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。しかし、百合の耳にははっきりと届いた。

 届いて、しまった。


 庭の木々が、急に吹いた風に揺らされてざわざわと葉を(こす)る音を鳴らす。カラカラと何か軽いものが転がっていく音も聞こえた。


「や、やだなあ。城にはギース様も一緒に帰るじゃないですか」


 ぎこちない笑みを浮かべて、百合は歩みを遅くする。


「そうではなくて」


 ギースは百合の肩を優しく掴むと、自分の方へと引き寄せる。そして、百合に抱っこされているガントを起こさないように、ふわりと百合を抱き締めた。


 百合は急なことに目を白黒させるしかない。


(震えてる……?)


 百合の背に回された腕は、小さく震えているようだった。抱き締められているので、ギースが今どんな表情をしているのかは分からない。しかし、その手は百合に(すが)り付くように力が込められていた。


「ギース様……?」

「百合」


 なんとなく、この屋敷に来たばかりの頃のガントを思い出してしまう。不安そうにぐずってばかりで、百合に甘えていたガント。(すが)り付き、震えていた手。


「……大丈夫ですよ」


 百合はギースの胸に、こてんと額をくっつけた。


「きっと、大丈夫」


 入れ替わったばかりの時とは違うのだ。ギースとガントはたくさん触れ合って、随分(ずいぶん)親子らしくなったし、ユリーシアも向こうの世界で過ごすことで、かなり雰囲気が柔らかくなってきた。

 元に戻っても、以前よりは良い関係を築けるはずだ。


「……悪い。先に戻る」


 ギースが体を離した。

 ギースはこちらを見ず、顔を背けたまま、足早に去っていく。月の光を浴びながら、小さくなっていく背中。


 百合は眠っているガントを抱き直して、ぼんやりと立ち尽くした。

 元に戻った時に、一番寂しい思いをするのは百合だ。クリスがいない。ガントもいない。メリッサもロゼフィーヌも父や母や兄も。そして、もちろんギースも。


 この世界に来て大好きになった人たちが誰もいない世界。そこに帰る百合の方が絶対に寂しい。それなのに、なぜギースの方が辛そうな顔をするのか。


「ずるいなあ……」


 寂しくなるのでわざと考えないようにしていたお別れのこと。それを思い切り突き付けられてしまい、キリキリと心が痛む。


「本当、ギース様、反則だなあ……」


 ガントのさらさらとした赤髪に、頬を寄せて目を閉じる。

 元に戻るまであと十日ほど。約束の三ヶ月は、思ったよりもあっという間に過ぎていく。


(でも、私は最後まで泣いたりしないんだから)


 百合が悲しい顔をしていると、きっと子どもたちまで泣いてしまうだろう。そんなのは絶対に嫌だった。

 ふっと短く息を吐いて、百合は顔を上げた。そして、しっかりとした足取りで部屋へと歩きだしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こ、ここまで言われて!! ここまで愛されて……ホント最終回どうなっちゃうの(´;ω;`)ウゥゥ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ