22:ガントのじいじとばあば(4)
一週間後。お茶会は予定通り開催された。
招待客は十人ほどだ。軽くパーティーができそうな大広間には、おしゃれな机や椅子が並んでいる。香りの良いお茶と共に、見た目も可愛らしいお菓子が用意され、いかにも貴族のお茶会らしい空間となっていた。
百合はクリスを抱っこして、母の後ろに控えていた。隣にはガントを抱いているメリッサがいる。少し離れたところにはギースが立っており、周囲を警戒している。
「娘のユリーシアですわ。そして、こちらがクリス王子殿下ですの」
「あら、可愛らしい。会えて光栄ですわ」
ふくよかな婦人が、クリスの小さな手を握る。クリスは人見知りをしつつも、百合が傍にいるおかげで機嫌は良いようだ。時折はにかんだような顔をしては、客を笑顔にしている。
客への挨拶が一通り終わると、百合はさっさと母から離れた。どうやら母は王子の乳母をしている娘を利用して、王族と良好な関係であると自慢したいようだ。
しかし、母の思惑などどうでも良い。重要なのは、クリスとガントがお茶会をいかに楽しく過ごせるかということだ。
「今日のおやつはきらきらだね! はい、いただきます!」
「ましゅっ」
「まーしゅ!」
クリスとガントが小さな手をぱちりと合わせる。その様子を見ていた招待客から、「可愛い」と声が漏れた。
おやつを食べ終わっても、お茶会はまだまだ終わらない。最近はお昼寝をさせた後におやつを食べさせていたのだが、今日はお昼寝ができていなかった。しかし、子どもたちが眠くなったとしても客のいる間は寝させるなと母が言うので、とにかく子どもたちが眠くならないように気を遣う。
「ほら、クーちゃん、ガンちゃん。ボールだよ、ころころー」
「ころころー」
「ろー」
使用人が準備してくれたカラフルなボールを転がす。クリスとガントがにこにこしながらボールを追いかける。その様子にまた、招待客が「可愛い」と騒ぐ。
一歳児は同じおもちゃであまり長くは遊べない。すぐに飽きてしまう。百合はそれを踏まえて、次から次へと新しいおもちゃを取り出した。クリスとガントを飽きさせないように遊び続ける。
「まるで魔法使いねえ」
目尻に皺を寄せて、優しげに微笑む婦人が百合に話し掛けてきた。
「エルティアラ様が貴女を自慢したくなるのも分かるわ。本当に立派な乳母なのね」
エルティアラって誰だと思ったが、婦人の目線を追って母のことかと納得する。しかし、王子でなく娘を自慢というのは違う気がする。
「えっと、私を自慢というのはないと思いますけど」
「何を仰っているの。お茶会でも夜会でも、エルティアラ様はいつも息子や娘、それに孫の自慢ばかりよ」
それはただの見栄っ張りなだけではないだろうか。百合は今までの母の言動を思い返しながら、遠い目をする。しかも、ユリーシアやガントの自慢は分からないでもないが、あの兄までは自慢できまい。
「あら、信じていないわね? 最近なんて、家に娘が帰ってきていると浮かれていらしたのよ? それにねえ」
「お待ちになって!」
瞬間移動をしてきたのかという速度で、母がすっ飛んできた。婦人の口を塞ごうとあたふたしている。よく見ると、母の顔が赤い。耳まで真っ赤になっている。
しかし、お喋りな婦人の口は止まらなかった。
「せっかく孫が帰ってきているのに、どう接して良いか分からないと嘆いて。抱っこもできないと落ち込んで」
「あああああ!」
優雅だったはずの母がくずおれた。百合の中の母のイメージも大崩落していく。
(なんだ、この人。可愛いところもあるんじゃない)
噴き出しそうになるのをなんとか堪えて、百合は母と向き合う。
「えっと、抱っこしてみます? おいで、ガンちゃん」
「あい」
ガントが元気良く返事をして駆け寄ってきたので、まずは百合がそのガントを抱き上げる。そして、くずおれたままの母に近寄る。
「どうぞ」
百合がガントを差し出すと、母は赤い顔のまま、ぎろりと睨んでくる。しかし、可愛い孫を抱くという誘惑に抗えなかったらしく、恐る恐る手を出してきた。百合はガントに語り掛ける。
「ガンちゃん、ばあばだよ。良かったねえ」
ガントは自分の祖母だと分かったのか、ふにゃっと笑った。その瞬間、誰がばあばだと目を吊り上げていた母が戦意喪失した。
「あら、笑い方がそっくり」
婦人がガントと母を見てくすくす笑った。百合もその通りだとうんうん頷いた。
母はしばらくガントを抱っこしたまま、あちらこちらへ歩き回っていた。その様子を眺めながら、息子や娘、孫の自慢というのも本当にやっていたのだろうなと納得した。
「エルティアラ様って幼い頃からあんな感じでね。本当、素直じゃないわよねえ」
婦人は母を優しく見つめて笑っていた。母には良い友人がいるんだな、と百合は少し羨ましくなった。
穏やかな空気に包まれた部屋。
そこに突然、闖入者が現れた。
「お茶会に乱入なんて、どういうつもりだ!」
その姿を確認するまでもない。兄である。
「お前が言うな」
メリッサが即座に言い返す。百合もこくこくと頷いて同意した。兄は出端をくじかれて後ずさるが、今日は簡単には引き下がらずに踏み止まった。
そこに、ガントとたっぷり触れ合ったおかげで肌を艶々させた母が優雅に歩いてくる。
「アシュード、騒がしいわよ」
「母様、しかし……」
「ユリーシアと子どもたちは私が呼んだのよ。問題ないわ。それより貴方は何故ここに?」
アシュードって誰だと思ったが、会話の流れから兄のことかと納得する。顔は毎日のように見ていたのに、名前は知らなかった。知ろうとも思わなかった。
「ぼ、僕は……」
悔しそうに唇を噛んで俯く兄の姿を見て、百合はもしかして、と目を見開く。
ユリーシアや子どもたちのことが本当に嫌いであれば、毎日のように顔を出す訳はない。むしろ、顔を合わせないように避けるはずだ。
素直ではない母をちらりと見遣る。兄も母と同じなのではないだろうか。
百合はクリスとガントを呼び寄せる。二人の子どもは兄の方を気にしつつも、百合にべったりくっついて笑う。
二人の子どもの笑顔をちらちらと見ては鼻を鳴らす兄を見て、百合は確信する。
(この人、本当はずっと……)