21:ガントのじいじとばあば(3)
「やっと晴れたのは良いんだけど……暑いねー!」
「ねー」
「ねっ」
できるだけ楽しく笑って過ごすように心掛けていると、ガントの調子も良くなってきた。助言してくれたメリッサとギースには本当に頭が下がる。
「クーちゃんもガンちゃんも、帽子似合ってるよ! 可愛いよー!」
「よー」
「よっ」
妙な相槌を打ってくれる子どもたちに笑みを零しながら、百合は庭を散策していた。子どもたちと手を繋いで、久しぶりの散歩である。
「百合、あたし、恥ずかしいんだけど」
後ろからついてくるメリッサを振り返って、百合はにっこり笑ってみせる。
「メリッサちゃんも、帽子似合ってる! クーちゃんとガンちゃんもそう思うよね? メリッサねえね、可愛いよねー!」
「ねえね!」
「ねー!」
今日は百合が手を掛けた特製帽子を子どもたちに被らせている。風で飛ばないようにゴムをつけたり、項が隠れるように布を足したりと工夫している。
機能性だけでなく、可愛らしさももちろん重視している。クリスには黄色い猫耳、ガントには赤い犬耳を付けている。ぴんと立った猫耳も良いが、くたりと垂れた犬耳もまた良いものである。
メリッサの帽子も同じように百合が手を掛けた。メリッサの帽子にはくるりと丸まった愛らしい角と、ふわふわの白い毛を付けてある。可愛らしい羊さんを表現する帽子である。
「その『ねえね』っていうのも恥ずかしいんだけど」
メリッサは文句を言いつつも、しっかりと帽子を被ってくれている。「ねえね」も受け入れてくれている。本当に良い子だ。
この屋敷に来て二週間。家族とは相変わらずだが、使用人とは打ち解けてきた気がする。愛らしい子どもたちの姿をこれでもかと見せているので、気が付くと皆優しい顔になっているのだ。
「ユリーシア様、おやつはどちらに準備しましょうか」
朗らかに笑う年配の使用人が尋ねてくる。隣にいる若い使用人も続けて言う。
「そちらにある四阿はどうですか? クリス王子殿下もガント様も、きっと楽しんでいただけるかと」
「ありがとうございます。じゃあ、そうしようかな」
四阿は子どもたちが座りやすいように、柔らかなクッションが置いてあった。使用人たちの温かい心遣いが嬉しい。
机の上には焼き菓子が並べられ、その甘い匂いにガントが感嘆の声をあげた。
「はい、いただきます!」
「ましゅっ」
「まーしゅ!」
さっそくガントは大きく口を開けておやつを頬張る。もうすっかり元気を取り戻したガントである。クリスもガントの真似をするように、にこにこしながらおやつを口に入れている。
「……いただきます」
メリッサも頬をほんのり赤く染めたまま、おやつを食べ始める。最初の頃は遠慮して食べようとしなかったメリッサだが、百合が強引に誘うのを続けていると諦めたのか、素直に食べるようになった。
ギースが周囲に危険がないことを確認してから、こちらにやって来た。ガントの隣に腰を下ろして、子どもたちを優しい目で見つめる。
ほのぼのとした和やかな時間が流れる。おやつに夢中で口の周りをべたべたにしているクリスとガント。二人の口元を拭いてやりながら、百合は微笑む。
そこに現れたのは、相変わらず偉そうな兄である。
「こんなところで、なぜ菓子など食べているんだ!」
何度追い返されてもめげずに顔を出す精神は凄いと思う。余程暇なのだろうか。ギースが兄を追い返そうと口を開きかけたその時。
派手なドレスを翻し、こちらを睨むようにして貴婦人が歩いてきた。暗めの茶色をした髪は、優雅に編み込まれている。目の前にいる兄とそっくりの髪色をしているところから、この女性がユリーシアの母親だと推測した。百合はごくりと喉を鳴らした。
「ユリーシア」
母の声は冷たく、怒っているような気配がする。あまりの威圧感に逃げ出したくなる。実際に、兄は顔を青くして、さっさと逃げていった。本当にあの兄は何がしたいのかさっぱり分からない。
しかし、百合は逃げる訳にはいかない。二人のママとして、弱いところなんて見せられないのだ。
「何でしょう」
できるだけ冷静に、母をまっすぐ見据えた。母はゆっくりと目を細め、百合をより厳しく睨みつけてくる。
「生意気なところは変わらないようね。まあ良いわ。来週、この家でお茶会を開く予定なの。貴女も出席なさい」
「は?」
「もちろんクリス王子殿下やガントも連れてくるのよ。皆様にご紹介しなくてはね」
話はそれだけだ、と母は踵を返して去っていく。百合はただぽかんとして、その後ろ姿を見送るしかない。
「ギース様、お茶会ってどんなことをするんですか?」
「お茶を飲んだり、菓子を食べたりしながら話をする……という感じだと思うが」
「それってクーちゃんとガンちゃん、楽しめますかね?」
「……さあ?」
首を傾げるギースの真似をするように、ガントまで首を傾げている。よく似た親子のそっくりな行動に、百合の心が少し癒される。
「貴族のお茶会ってちょっと憧れてたけど、今回のはなんか嫌だなあ……」
しょぼくれた百合に、メリッサがいたずらっ子の顔をして言い放つ。
「つまらなければ、部屋に帰れば良いじゃない」
「さすがメリッサちゃん。なんか潔い」
百合は思わずくすくす笑った。しかし、そうもいかないんだろうなと憂鬱な気分になる。
「まま?」
クリスが碧の瞳を丸くして百合を見た。ガントだけでなく、クリスも百合の様子をよく見ているようだ。ここは落ち込んだり悩んだりせず、自分なりに楽しめるように工夫するしかないだろう。
「大丈夫だよ。ママ、頑張る!」
「にゃっ」
お茶会まで一週間。クリスやガントのために、できる限りの準備をしようと意気込む百合であった。