18:守る決意(6)
襲撃事件の後で、クリスを守るために本格的に対策がたてられることになった。護衛騎士の増員はもちろんのこと、部屋も安全性の高い場所に移される予定だ。
ただ、その部屋の準備にも時間がかかる。魔法で結界を作ったり、鍵をより複雑なものに変更したりするらしい。護衛騎士や侍女も改めて身辺調査などを入れ、徹底的に安全を確保するようだ。
「そんな訳で、一時的に城から避難することになったんですよ」
「避難? どこに?」
「えっと……私の実家ですね」
実家といっても百合の実家ではなく、ユリーシアの実家である。ユリーシアの父親がわざわざ名乗り出てくれたらしい。
「ユリーシア様の実家は裕福ですものね。城にいるより確かに安全かもしれませんわ」
「そう……なんですかね?」
ユリーシアがどんな家庭で育ったのか、百合はまだよく知らない。しかし、今までの会話を思い返してみても、ユリーシアは家族に対してあまり良い印象はないようだった。クリスの保護を名乗り出てくれたのはありがたいが、少し不安でもある。
「いつまで避難される予定ですの?」
「一ヶ月くらいです。だから、七月中はずっと実家で過ごすことになりそうで」
「そうなのね。じゃあ、しばらく会えないわね……」
残念そうにロゼフィーヌが笑う。百合はきょとんとして首を傾げる。
「遊びに来てくれても良いですよ?」
「ふふ。そうしたいのはやまやまなのよ。でも、夫が許してくれないわ」
今日お城に来るだけでも煩かった、とロゼフィーヌは顔を曇らせた。百合は城に戻ってきたら必ず知らせるので、その時にはまた会えるようにと約束をした。ロゼフィーヌもふわりと笑みを零して「是非」と答えてくれた。
「百合、クーちゃんがご機嫌斜め」
メリッサがくいっと百合の服を引っ張った。百合が振り返ると、眉間に皺を寄せた美少女が上目遣いでこちらを見ていた。あまりの可愛らしさに百合の心臓が跳ねる。
「メリッサちゃん、可愛いっ」
思わず美少女を抱き締めると、美少女はじたばたと暴れる。
「離して! あたしよりクーちゃんを見て!」
顔を真っ赤にしたメリッサは、百合の腕からなんとか逃げ出すとクリスを指さす。メリッサの指した先には、仰向けに転がってぐずるクリスの姿があった。
「ああ、眠いのかな。そろそろお昼寝の時間だもんね」
「でも、ベッドに連れて行こうとしても、暴れて泣くんだけど」
「うーん……」
百合はぐずるクリスを抱き上げる。
「今日はロイ様もいるし、嬉しくてまだ遊びたいんだろうね。でもクーちゃん、いっぱいねんねした方がもっとたくさん遊べるよ」
「にゃあっ」
ぷくっと膨らむ頬を、百合はそっと撫でる。そして、クリスを優しく揺すりながら、いつもの子守歌を歌い始めた。
「……すごい」
百合の腕の中ですやすや眠るクリスの顔を覗き込んで、メリッサは呆然と呟いた。
「ガントも寝てしまった」
ガントの面倒を見てくれていたギースが言う。ギースはぐっすり寝ているガントを抱いて、ベッドの方へ行く。百合はクリスを抱いて、その背を追った。
ベッドにクリスとガントが仲良く並ぶ。二人の寝顔はいつ見ても天使だと百合は思う。布団を掛けてやりながら、そっと子どもたちの頭を撫でた。
「ユリーシア様はどんどん乳母としての能力を上げていますのね。さすがですわ」
ロゼフィーヌが百合の隣までやって来て、微笑んだ。ロゼフィーヌに抱かれたロイが眠そうに目を擦っている。
「ロイも一緒に寝かせてやっても良いかしら」
「もちろんです! さぁどうぞっ!」
クリスとガントだけでも可愛すぎてクラクラするのに、ロイまで加わってくれるとは。二人の隣に空色の髪の幼子が並ぶと、百合の視界がじわりと滲んだ。
「ど、どうしたの、ユリーシア様? 泣いているの?」
「いや、三人があまりにも可愛くて。なにこれ、本当尊い……」
感動の涙を拭う百合に、ロゼフィーヌは呆気にとられた表情を見せた。メリッサやギースは仕方ないという顔で苦笑している。
ベッドでお昼寝をする三人の子どもたちを、百合はじっと見つめ続ける。なんて癒される光景なのだろうか。時折むずがるロイの肩のあたりをとんとんとリズム良く叩いてやる。そうしているうちに、ロイも落ち着いたのか、すやすやと穏やかな寝息を立て始めた。
窓の外は雨が降っているせいで薄暗くなっている。子どもたちが静かになったおかげで、雨音がよく聞こえてくる。
「さて、と」
雨音ばかり聞いていても仕方ない。百合は立ち上がると、手芸用の箱を出して、新たな作品を作りだす。ふわふわの柔らかな布地を前に、せっせと作業を進めていく。
「何を作っているの?」
ロゼフィーヌが百合の手元を覗き込む。百合は針に糸を通しながら答える。
「ちょっと子どもたちの寝巻きに工夫をしようかと思いまして」
クリスとガントの寝巻きを並べる。この王国では珍しくもない普通の子ども用寝巻きだ。百合はその寝巻きのフードに布で作った飾りをどんどん縫い付けていく。
出来上がったものを見て、ロゼフィーヌが感嘆の声をあげた。
「可愛いわね! ユリーシア様、いつもこんなふうに子どもたちのものを作っているの?」
「そうですね。あの縫いぐるみとかも私が作ってみました」
百合がけろりと答えるのを見て、ロゼフィーヌが唸る。
クリスの寝巻きには黄色の猫耳に猫のしっぽ、ガントの寝巻きには赤色の犬耳に犬のしっぽがつけられている。子どもたちがこれを着れば、可愛らしい猫さんと犬さんの姿を心ゆくまで楽しめることだろう。
「百合、顔が緩みすぎ」
メリッサがじとっとした目で百合を見ていた。美少女は不機嫌な顔をしていても可愛いな、と百合はますます表情が緩んでしまう。
「メリッサちゃん、大丈夫。メリッサちゃんの分も作るから」
「はあ? い、いらないしっ」
ぷいっとそっぽを向いてしまったメリッサを眺めながら、どんな動物が似合うだろうかと思いを馳せる。艶やかな黒髪に魅力的な紅の瞳もつ美少女。
(イメージとしては黒猫もありかな。でも、本人は意外とふわふわな可愛いものが好きみたいだし……)
ユリーシアの実家には、メリッサも同行してくれる。そのお礼も兼ねて、何か喜んでもらえるようなものを作れると良いのだが。
雨はまだまだ止みそうにない。暗く重苦しい空模様はずっと見ていると不安になってくる。その不安を吹き飛ばすように、百合はわざと楽しいことを考える。
早く雨が止んで、晴れてほしい。
百合は誰にも気付かれないように、小さく息を吐いた。