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17:守る決意(5)

 のんびりと散歩を楽しんで、そろそろ部屋に戻ろうかという頃。

 廊下の向こうに(うずくま)る人影を見つけた。下働きの娘だろうか、簡素な仕事着を身に着けている。その体は小刻みに震えており、顔色も悪そうだ。


「見てきます」


 護衛騎士が娘に駆け寄る。娘は護衛騎士に気付くとその腕を取り、何かを訴え始めた。

 その時、後ろに控えていた侍女が小さく悲鳴を上げて、どさりと崩れ落ちた。突然のことに驚き振り返った百合は、目の前の光景に血の気が引く。

 黒い布で顔を隠した人間が、侍女を蹴り飛ばす。そして、鋭く光るナイフを百合に向けた。


「ひっ」


 背中に冷たいものが滑り落ちていく気がした。恐怖で頭が真っ白になり、がくがくと体が震え始める。逃げようにも上手く走れる気すらしない。


「まま?」


 クリスの小さな声が耳元で聞こえた瞬間、黒い覆面の人間がナイフを持った腕を勢いよく振り上げた。


(クーちゃんは何が何でも守らなきゃ!)


 自分の体が盾になるようにクリスを抱え込む。ガントも怪我をさせる訳にはいかないので、引き寄せて(かば)う。


(ああ、またユリーシアに怒られるなあ……)


 ぎゅっと目を(つむ)り、覚悟を決めた。




 ガキン、と頭上で金属同士がぶつかるような音がした。突然の音に必要以上に驚いて、びくんと体が揺れた。


「百合!」


 名前を呼ばれ、思わず顔を上げる。そこには赤髪の騎士が百合と子どもたちを守るようにして立っていた。


「ギ、ギース様?」


 目を丸くしてギースを見ると、ギースは小さく頷いた。そして、百合たちを背中に庇ったまま、覆面と向き合う。白い騎士服がひらりと舞った。

 刃がかち合う音が二回ほど聞こえた後、床にナイフが転がった。覆面は苦々しく舌打ちをして、さっと身を(ひるがえ)す。


 ギースは覆面を追うことはせず、百合から離れないように剣を構えたままで(しばら)く周囲を警戒していた。しかし、それ以上の襲撃はなかったようで、援軍の騎士が合流してくる頃には、百合も少し落ち着きを取り戻すことができていた。


「あ、あの、なんでギース様がここに?」


 ふと疑問に思って、百合は口を開いた。クリスとガントもきょとんとした顔でギースを見ている。


「休憩時間だし、子どもたちの様子を見ておこうと思って。でも部屋にいなかったから、随分(ずいぶん)探した」


 ギースは剣を鞘に戻し、百合の前に(ひざまず)く。


「怪我はないか」

「うん、平気。ギース様が一瞬であの覆面を追い払ってくれたから、クーちゃんもガンちゃんも無事だった。ありがとう」


 百合が安堵の笑みを浮かべて礼を言うと、ギースもやっと頬を緩めた。


「そうか。無事で良かった」


 百合とギースが笑い合っている様子を見て、子どもたちも安心したようだ。一緒になってにこにこしている。


「ぱぱっ」


 ガントがぺたりとギースの足にくっついた。よく似た親子が仲良くしているのを見ると、なんだかくすぐったいような気持ちになる。百合はむずむずする心を抑えようと、腕の中のクリスをきゅっと抱き締めた。

 クリスは碧い瞳をきらきらさせて、ギースを見ていた。そして、小さな指でギースを指して、首を傾げる。


「ぱぱ?」


 クリスの一言に、ギースは固まる。


「……クリス王子、貴方の『パパ』は国王陛下ですよ」

「にゃっ!」


 真顔で答えるギースに、クリスは納得がいかないとばかりに声をあげた。


「ギース様、良いじゃないですか。私なんて母親じゃなくても『ママ』って認識されてますし」


 百合がごねるクリスを抱き直しながら、ギースに言う。ギースは困ったように頭を()いた。


「いや、しかし……」

「大丈夫ですよ。国王陛下のことは『お父様』とか『父上』って呼ぶように教えてあげればなんとかなりますって」

「うーん……」


 歯切れの悪い返事をするギースに、クリスが(とど)めを刺すかのように可愛らしい声を出す。


「ぱぁぱっ」

「ぐっ」


 顔を赤くして(うずくま)ったギースがクリスに陥落(かんらく)したのは、それから間もなくのことだった。



 *



 数日後、ロゼフィーヌがロイを連れて百合のところにやって来た。


「不審者に襲われたって本当なの? 大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ギース様が助けてくれたので」


 心配そうなロゼフィーヌに、百合は明るく笑ってみせる。


「それに、クーちゃんを守るためにまた警備が強化されることになったんです。ギース様がクーちゃん専属の護衛騎士としてずっと一緒にいてくれるようになったし、安心です!」

「そうなの……」


 ロゼフィーヌが大きく息を吐く。随分(ずいぶん)と心配をかけてしまっていたようだ。

 ロゼフィーヌは毒の事件の後、心配性の夫により外出を禁止されていたという。今日は護衛をいつもの倍は連れてきたらしい。


「あら、じゃああの子もクリス王子を守るためにここにいるの?」


 ロゼフィーヌの目線の先には、クリスと縫いぐるみで遊んであげている黒髪の少女がいる。魔術師団長ヒューミリスの弟子、メリッサである。


「うん。魔法攻撃から守るには、メリッサちゃんの力が必要だから」


 いつもの部屋の中は、ギースやメリッサが加わったおかげで非常に賑やかである。ロゼフィーヌとロイもいると、少し狭いくらいである。


「なんだか大人数になってきたのね。この部屋では物足りないのではなくて?」

「ああ、それなんですけど……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 賑やかに、なってきましたね(;'∀') それにしても城内に暗殺者……手引きした人がいたとしか思えません(;゜Д゜)
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