15:守る決意(3)
目を開けると、緻密なデザインがなされた天井が見えた。もうすっかり見慣れた部屋の天井である。
「目が覚めたか」
すぐ傍でギースの声がした。驚いて声のした方向へ顔を向けると、クリスとガントを抱っこして百合を見下ろすギースの姿が目に入ってきた。
「私……」
喉が少しヒリヒリして、掠れた声になってしまう。
「無理に話さなくて良い。君は昨日の昼食の時に倒れた。……毒を盛られたんだ」
「毒……」
ぼんやりとした頭で、昼食のサンドイッチの味を思い出す。ぴりりとした辛み。子ども向けとは思えない味。
でも、それは元はというと百合のサンドイッチではなく。
「ク、クーちゃん!」
「あい」
ギースに抱かれたクリスが、元気良く手を上げた。
「クーちゃん、大丈夫? 何ともない? ……げほっ!」
「百合、無理するな。君以外は皆元気だ、安心しろ」
「ギース様、あの、毒は……げほげほっ!」
毒を盛られたのは、百合ではなくクリスだ。そう言おうとして、何度も咳き込む。起き上がろうと力を入れる百合を、ギースは優しく押し止める。
「不思議なことに、君の体から毒素はあっさり抜けたと医者は言っていた。何もしていないのに、自然と抜けたらしい。妙な毒ではあるが、命に別状はない。だから、そんなに心配しなくても良いんだ」
「違うの、そうじゃなくて!」
百合はなんとか声を絞り出す。
「狙われたのは私じゃない。クーちゃんなの!」
あのサンドイッチは子ども用で、小さめに作られていた。クリスでなければ、ガントかロイが狙われていたのだろう。大人の百合でもあれだけ苦しむ毒なのだ。小さな子どもだと命に関わっていたかもしれない。
ギースの顔色がさっと変わる。
「王族の、暗殺未遂……?」
百合とギースはお互い顔を青ざめさせ、視線を絡める。ごくりと喉を鳴らす音が、静かな部屋に響く。
その静寂を破るように、壁にかけてある鏡が光った。
『百合……?』
鏡の向こうから、掠れた声が聞こえてきた。ギースが椅子を鏡の前に置き、百合の身体を支えながらその椅子に座らせる。
「まま」
「ままっ」
椅子に座った百合の膝の上に乗ろうと、クリスとガントが足にしがみついてきた。ギースが慌てて子どもたちを止めようとする。
「ギース様、私なら大丈夫です。……おいで、クーちゃん、ガンちゃん」
子どもたちを膝の上に乗せ、改めて鏡を見る。そして、鏡の向こうがいつもと違うことに目を丸くする。
「ユリーシア? そこ……病院?」
ユリーシアはいかにも病人といった服装をしている。真っ白なシーツや布団は入院患者のために準備されているものだろう。病院独特のにおいが漂ってくるような気がする。
『昨日のお昼頃、急にお腹が痛くなって。気が付いたら、ここにいたのよ』
「昨日のお昼……?」
百合が倒れたのと同時に、ユリーシアも倒れたということか。
『お医者様は何か体に害のあるものを摂取したのだろうと仰っていたのだけれど、私は何も心当たりがなくて』
時折咳き込みながら、ユリーシアは話す。声は掠れたままで、眉間には皺が寄っている。
ギースは黙って百合とユリーシアの会話を聞いていたが、ふと立ち上がり、百合の肩に手を置いた。
「魔術師団長に聞いてみよう。二人同時に倒れるなんて妙だ。呼んでくるから、二人とも待っててくれ」
百合とユリーシアはこくりと頷いた。ギースが部屋から出ていくと、ほんの少し静寂が訪れた。
クリスとガントが百合の服をしっかりと掴み、大きな瞳で百合を見上げている。よく見ると、クリスもガントも目元が赤い。百合が倒れていた間、どれだけ子どもたちは泣いていたのだろうか。
ぎゅっと子どもたちを抱き寄せると、クリスもガントも嬉しそうに笑い声をあげた。
『クリス王子もガントもすっかり懐いているのね。ギース様もなんだか雰囲気が柔らかくなってたし』
ユリーシアが百合と子どもたちの様子を見て、ため息まじりにそう言った。
『私には到底できそうにないことを、百合は簡単にやってしまうのね。……悔しいわ』
「何言ってるの、ユリーシア。ユリーシアの方こそ、私にできないことを簡単にやってしまうじゃない。友達作ったり、バイトしたり。私には無理だったもの」
なんとなく気まずい空気が流れる。百合もユリーシアもまだ体調が万全ではないこともあって、どうしても暗い考え方に引き摺られてしまう。
二人とも言葉を失って俯き、ただギースが戻ってくるのを待つしかなかった。
しばらくして、漸くギースがヒューミリスを連れて戻ってきた。軽く事情は話してあったのか、ヒューミリスは部屋に入ってすぐ結論を出した。
「同調したんじゃろうな」
今、入れ替わっている二人の身体と精神は複雑に絡み合ってしまっている。そのため、片方に不具合が起きるともう一方も不具合を起こしてしまうということらしい。
今回は、百合が毒物を摂取して倒れた。その影響で、ユリーシアも倒れてしまった。
運が良いのか悪いのか、ユリーシアの方が先に治療を受け、身体の中の毒素を抜いてもらった。百合の世界の医療技術は目を瞠るものがある。毒素が抜けたユリーシアに釣られて、百合の方もなんとか持ち直した。
「あ、じゃあこの身体から毒素が抜けたのって、自然に抜けた訳じゃなくて、そっちのお医者さんが処置してくれたおかげ?」
『そうみたいね。……というか、なに毒を盛られてるの?』
「ご、ごめん……」