表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大手町のゴースト  作者: 新庄知慧
35/36

大手町のゴースト 35  朝

課長の目には見える。


・・・あのゴーストが、朝倉を抱きかかえ、うつむいて、泣いていた。


やがて朝倉の身体から、小さな少女がおきあがった。ぼうっとして輪郭がはっきりしないが、それは小さな少女だった。


それは、おとうさんが、偽装自殺でビルから突き落とされた頃の、朝倉少女だった。


ゴーストのおとうさんと、同じ時代の彼女に戻ったのだ。おとうさんは娘を抱き上げて、ほおずりして笑った。少女も笑った。


二人は、うなずきあった。それからゆっくり、ゆっくり、空に浮び上がっていった。めまいのビル街を上へ上へと、のぼっていった・・・


途中で、ふと二人して、課長を見下ろした。小さな少女が課長に、


どうよ?

と、たずねてた。


何が?と、ききかえす。


あとはやれる?

え?


ちょっといっしょに、来てみる?


いっしょに?ゴーストのあなたたちと?それは無理・・・でも、課長は、この親子といっしょに、ちょっと、のぼってみることにしたい。そう思ったら、それが、できた。課長は、ゴーストたちといっしょに、空にだんだん高く、のぼっていくことができたのだ。


いっしょに、のぼった。


夜が終わりに近づいて、遠い空のはてに、明るい光が見え始めていた。








今日は曇天にはならない、晴れた一日になるだろう。


横を見ると、たくさんのビルたちが、垂直に屹立し、遠い微かな朝日、金属やガラスの面に反射させて光っている。美しいと思った。


のぼるにつれて、眼下へと遠のくビルたち。あそこでみんな働いているのだ。課長ももちろん、働いている。みんなビジネスに、めまいにうなされながら、でも、だから、働いている。なぜか、儚い。


うん。儚いよ。


小さな少女が、課長にいった。

ほら。


重たい音が静かに聞えてくる。埃かもうもうと立ち上ってくる。垂直に屹立するビルたちが、次々に、眼下へと沈んでいく。儚く垂直に沈んでゆく。


沈んでゆく?


それは、こちらが昇っているから、ビルが眼下へ遠のいているというのではなかった。ビル自身が垂直に、落下、崩落しているのだ、次々に。高層ビルたちの、自滅だ。


崩れていく!ビルが!課長は目を丸くする。


偽装建築だったからか。あの美男刑事がいっていた、このビルたちは、とんでもない耐震強度偽装の、ビルたちだと・・・そうか、それで?いっせいに?朝日の儚い光のせいで、手抜き工事の汚職ビルたちは、まっすぐに奈落の底へと、垂直に崩落・・・


ひとつ、また、ひとつ。乱開発で建設されたビルたちが、腰をぬかしたみたいに、グラウンドゼロめがけて、垂直に落下して消えていく。


それは失われてゆくものの世界、ビジネスの消失する場面、朝靄の中の不思議な静謐感。課長は目を閉じる。なんか静かだ、とっても。どうしてだろう?


すると、あの、ゴーストの声がした。


・・・あとはやれますね?まかせましたよ。


「うん。いや、いやあ、本当に、お世話になりました。特に残業の晩には。本当に助かりましたよ、あれは」


・・・いいえとんでもない。困ったときはお互いさまです。私も、あなたとお話ができて、助かったんですから。あなたは、いっしょうけんめいやってますよ。これからも、大丈夫です。


「だといいんですが」


・・・大丈夫ですよ。いろいろあると思いますが、がんばって。


「はい」


・・・部下のみなさんも、よくやっている。


ずっと目を閉じたまま、課長はうなずく。そして、つい、本音をいった。

「今だって僕は、部下のみんなを、とても好きです・・・」


部下たちの顔が、しみじみ思い浮かんだ。


・・・しかし、あれがみんな、ゴーストだったとは驚いた。そして、連中は、追っ手を相手に、暴れたが・・・やられてしまって・・・・そうだ、あの連中は、やられてしまって、それで、終わりなのか?あとの戦いは、どうなるんだ?


と、音が、急に、耳によみがえった。凄まじい音。


ガガガガガ

ががががが

どどどどど・・・


目を開けた。











もうもうと上がる砂塵。崩れていく、ビルたち。夢ではなかったのだ。あたり一帯が、朝まだきの中に、崩れ行くビルたちから吐き出された、火山の噴煙みたいな白い煙でつつまれていた。


目を開けた。


課長は、くわっと、目を開けた。


あのめまいのビルたちが、消え去ってゆく。ビジネスのめまいは、ゴーストエアーに襲われて妖しく変容し、しかし、それも吹き飛んで正体現わし、ビルたちも偽装建築の正体現わし、崩れ去ってゆく。


くわああっ。


いよいよ目を開く、すごい、目が本当に、生まれて初めて開いたみたい。


そうだ、課長は今、はじめて、ビジネスのめまいから醒めたのだ。


すべてがめまいを拒絶する、現実の眺めになった。


 ビル崩壊の現場の騒音と土埃の中に、粉塵の中に、とりかこまれ、めまぐるしく甦る。


 あるいは出勤前の悪夢。汚い世の中の悪夢、汚職、抑圧、憂鬱、ビジネスの嫌なことあれこれ。


 すべてが現実。それらが、めまいではなく、透明な目を通して、醒めたまま課長に見えた。


・・・つづく






AD


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ