大手町のゴースト 30 怪獣
「そんな!発砲命令は、まだ出ていないじゃないか!」そう課長が思っても、一斉射撃はすでに現実のものだった。きゃははは、という笑い声が聞えた、いつのまにか、あの殺人モデルどもが、このビヤガーデンに潜入していた。彼女たちが、銃撃を浴びせてきたのか。
しかしである。
銃声と同時に、またもや、あの「ズドーン」という巨大な音がしたのだ。そして同時に、強烈な縦揺れが起った、床が一メートルぐらい垂直に陥没し、激しく上昇して、またもとに戻った感じだった。そして同時に、ブルドーザーが発進するような軋みまくる轟音、切れかかった弦を持つビオラが断末魔に叫ぶような音(ヌオー、オー、オン?)が微妙に時間差を作りながら聞えてた。
当然ながら、発射された銃弾はすべてはずれ、あたりのコンクリートの床に当たって火花を散らし、弾けた。そう、全部はずれた、というのに、聞くも醜い雑巾破くかのごとき悲鳴がしたのだ、
ギビジェブブエエエ、エガアア
課長は目を剥いた。
目の前の萩野さんが、叫んだのだ、恐ろしきこの悲鳴。大きく真っ赤な口開き、手書きの眉毛逆立てて、紫アイシャドーの杏目からは、エジプト古代文明が滅亡の日のような業火が、日輪となって燃えさかっていた。
「・・・・」
目ばかりではなく、課長は、口も「ぱかあん」と開いてしまった、口蓋の蝶番がバカになった。
とたんに、萩野さんは、両手を上方ななめ外側に上げ、身体全体でブイ字をつくった。手はぴんと伸ばされていて、指の先から、レーザー光線でも発射しようかという意気込みを感じた。
レーザー光線?そうではなかったが、それは発射された。萩野さんの身体を中心にして、放射状に無数の色とりどりの光線が、美しく輝いて発せられたのだ。
恐るべき叫びをあげながら、ブイ字直立の萩野さんは、ターンテーブルの上の人形のようにして回転した。そしてまた、ひときわ大きく、叫び声をあげた。萩野さんの開いた口はやがて完全な円形になり、その円だけになってしまい、その円の中には、縦に並ぶ漢字が二文字、見えた。
しかしその漢字を読む間もなく、今度は警備員たちが銃を構えた、一斉射撃!
その銃声と同時にまた地震が起きた。今度は横揺れ、横にまた一メートル近くもブレてしまい、弾は当たらない。銃弾たちは空しくあさっての方向へ飛び去ったり、壁に当たってめり込んだりした。
警視は唸った、「ちくしょう・・・」
どうなってるんだ。激しく手を振り、発砲、発砲と怒鳴った。しかし同じことだった。殺人モデルも警備員も、撃ち続けたのだが、地震が断続的に襲い、ビヤガーデンは嵐の海に浮ぶ難破船かのように揺れに揺れて、射撃どころではなかった、そして合間に、ズドーン!ズドーン!との轟音、迫力ある奇妙な音(グロオオオオ、オ、オン)、切れた弦が、またビオラにまきついて、雄たけびをあげているような・・・それは何かの鳴き声に聞えた。
ビヤガーデンの客たちは、きゃー、とか、うわー、とか叫んでテーブルの下に隠れたり避難場所を求め、頭をかかえてコンクリートの床を駆け回ったり、転んでしまったりしていた。その動きはしかし、ちょっとステロタイプで、やはり映画のエキストラみたいに思えた。
谷さんが、情けない顔で、でたらめに走りながら課長たちの方へ近づく、
「こわいよう、おかあちゃん!」
課長もこわい、揺れが続いて立っていられない。谷さんはもう泣き顔になっている、
「こわいよう、怪獣がくるよう!」
谷さんは、ついに課長に抱きついた、べそをかいたクレージー顔が、課長の目前に迫りくる、もともと大きい顔が、どアップで迫り来る、その時、
「アアッ!なんだあれはッ!」
その叫び、それはまさに「エキストラ・目撃者A」が叫びましたという感じであった、叫んだ男は目一杯のオーバーアクトで、天を指さしていた。
そこは高層ビルの直線によって逆二等辺三角形に切断された空、ビルの窓が光っているのに、そこだけは光の死角となった真っ暗い夜空、その黒い空に、さらに黒い影が、ビルよりも背が高い黒影が、ドドドーン、と聳え立っていた!
「おお・・・」
その黒影の巨大生物は、ビルの谷間から、こちらを覗き込んでいる。
課長は、思わず、頭の中で、伊福部昭先生の音楽が鳴り始めてしまうのを止めることができない。
「なんで・・・!」
パッ、ファ、ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ、パッ、パッ、タララ、タララ、タラララ、ラララララ、タララ、タララ、タラルロラタルロララ・・・・(昭和二十九年作曲)(映像:東宝映画「ゴジラ」より)
また、ズド―――ン!
足音。それは足音だった。足音がすると、またビルは乱暴に揺れてしまう。
課長はエレベータの中で見た、遠景のビルの夜景の中にいた奇妙な巨大シルエットを思い出す。
怪獣だ、この街がまさに、怪獣だ・・・
課長がそう思った、あの遠いシルエットが、今、目の前に現われたのだ。
「お、おおお」さっきとは別のエキストラ叫ぶ。「ゴ、ゴ、ゴ・・・」
ゴジラ?
課長は闇空に目をこらす、それはゴジラか?
凄まじい雄たけび、大きく口を開けて怪獣が叫ぶ。耳が、つんざかれる。その怪獣の姿が、課長にはよく見分けられない、耳をふさぎ、目を堅く閉じてしまう。
銃声が数発。
薄目をあけると、警備員たちが、現われた黒影の怪獣めがけて銃を撃っていた。しかし、全く無駄な抵抗だろう、あんな、ビルよりも大きな生物に向って、たかがピストルでは歯がたたない。
ピキューン、ピキューンという空しい音。それをかき消すように、また、グロオオオンという叫びがして、グログロ、グググ、という変な鳴き声に変わった。人を馬鹿にして笑ってるかのようだ。
「ばかもん、弾の無駄だ、連絡しろ、援軍を呼ぶのだ!」警視が地団太を踏んで、怒鳴り散らしていた。「花火を発射させろ、花火の爆弾!携帯で指令しろ!」
それにしても、怪獣の姿は黒影のままで、どういう形をしているのかわからない。確かに花火ででも照らすのはよいことだ。
グロググ、・・・ぐわばははっは!
笑っている、どこかで聞いたような声だ。
「ぐばははははは」
なに?
課長が首を傾げる、ビヤガーデンのエキストラ群集たちも、少しずつ落ち着きを取り戻し、怪獣の姿を確かめようとしているようだ。
「なんだあれは!」
「ご、ご、ご、ご・・・」
「いや、あれは!」
「あれは、オヤジだ!」
オヤジ?
そのとき、ビルの下の方から、シュルシュルシュル、と火の弾が飛んでいった。鳴るぞ鳴るぞ、破裂するぞ!
ドーン、と鳴って、花火の、無数の火炎が飛び散り、大輪の花が咲いた。
そして怪獣の姿が見えた。課長は口を開けて、
「あ――――――!!!」
驚いたのだ、課長は驚いた、そして怪獣は叫んだ、
「人生、廃業!」
・・・・・つづく




