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大手町のゴースト  作者: 新庄知慧
28/36

大手町のゴースト 28  異界パーティの谷啓さん

課長はまだ立ち眩みがしていた、頭上で花火の音がした、思わず耳をふさいで、そこにしゃがみこんだ。


「すごいね、木下大サーカスだね、こいつはイカしてるや」 ジョッキを手に、小太りの背の低いその背広姿の男は、目をパチパチ開けたり閉じたりしながら近寄ってきた、「こいつはまったくもう、まったく、イカしてるや」


わははは、と、あちこちのテーブルから笑い声が響き、また拍手の音。


「ねえ、君たち、本当にサーカスの人?」


ジョッキのビールをぐびりと飲み、信じられないという顔で眉間に皺をよせて、その小太り中年が、たずねる。


「はーい。でも、ちょっと、ちがうのよん」とアカネが調子にのって陽気に答える。課長は頭を振りながら、立ち上がる。アカネが続けた、「サーカスはサーカスでも、お空の星の国からやってきた、宇宙のサーカスなの」


ああ。何いってるんだ。やっぱりアカネだ。何を調子に乗ってるんだ、ギャグいうにしても、もうちょっと気のきいたのをやるべきだ、これじゃ全く受けないだろうと思った。しかし、

「お星様の国のサーカスかい、こいつはいいや!」


そういって、わーはは、小太りの背広は笑った、周囲の客たちも大いに受けて笑った。


・・・どういう連中だろう?酔ってすべてに寛大なのか。課長は不可解というより恐怖を感じた。恐怖の純朴と善良。課長の混乱をよそに、小太り背広男がいう、

「ときにあんた、知ってるかい?」


「え?」アカネが目を大きくあけて小首を傾げる。


「夜空のお星さまが、いくつあるか?」


「エ?夜空の、お星さま?」


「そうだよ、♪いくつあるんだ、お空の星は~?」

その男は、妙な節をつけて歌った。


「・・・・」アカネは笑って困った顔をして、また首を傾げる。


その男は課長の顔をみて、「そこのだんな、わかるかい?」いくつあるんだ・・・と、また歌った。


「・・・・・」仕方なく課長も小首を傾げるが、その笑顔は不器用に不自然である。


わからないかな?というように男はニカッと笑い、また歌った、

「♪星の数ほどあるんだよ~」


ビヤガーデンの一同が、どっと笑った。


頭が痛くなった、といっては失礼である、その場の雰囲気は、まるで昔の和製ミュージカルをみているような、稚拙であるだけに良心的な、なごやかなものだったからだ。


しかし、つい先程まで死の恐怖と向かい合っていた課長にしてみれば、あまりな落差の展開であった。ついていけなかった。・・・しかし、命が助かったのだから、ここはハッピーな場面であり、こういう展開がふさわしいのかとも思った。


そのときである。


パン!


冴えないパンクの音。何度も聞いた、それは銃声である。


銃弾はアカネの眉間にヒットした。吹っ飛ばされ、アカネはぶっ倒れた。周囲の客たちが悲鳴をあげ、どよめく。遠くビヤガーデンの入口付近から、走ってくる男の群れ。

ビル警備員の制服姿の連中、彼等に混じって、見覚えのある顔もいくつか・・・


「なんだあ!なんだ一体」


叫ぶ小太りの背広男。課長は唖然とし、内心には、またか、という苦渋の嫌悪感を抱えている。ナイフ目になって睨んだ先には、テーブルに座り、煙たなびく銃を手にした濃紺のスーツの見知らぬ男。銃口を、まだアカネに向けたままだ。


「殺人現行犯で逮捕する!」


テーブルに座った男を、制服の警備員がとりおさえ、駆けつけた美男刑事が手錠をかけた。銃を持った男は、無表情に、されるままになっていた。


別の警備員が数名、アカネを取り囲んだ。警備員の一人が課長の身体を拘束した。


ビヤガーデンの客たちは、凍りついたように沈黙したあと、人殺しだ、大変だ、と囁きあい、どよめいた。

「お静かに!犯人は取り押さえました、危険はありません!」


ビヤガーデンの群集に叫んでいるのは、警備員たちの後ろからやってきた、あの警視だ。にやりと笑って課長を見た。そして初対面のような口ぶりで、

「お宅は、この被害者のお連れの方ですな、お気の毒です・・・」


課長は言葉もでない、次から次へと、とんでもないことばかり起る・・・


「まったく、お気の毒ですが、いっしょに来てもらいますよ・・・」

警視は凄味のある笑いを浮べる。凍りついたような間。


そのとき、群集から悲鳴があがり、驚きのどよめきに変わった。

「生きてるぞ!」


見ると、アカネを取り囲んでいた警備員たちが驚き、立ちすくんでいる。彼等の背後から、あの美男刑事が、恐る恐る、近寄り、警備員たちの輪の内側を覗き込もうとしている。


「顔の、目と目の間を撃たれたのに・・・」 驚き叫んでいるのは、例の小太り背広男である、かん高い声を、頭のてっぺんから発している、「こいつはまったく、まいったねえ!」


谷啓さんだ!誰かに似ていると思っていたのだが。課長は今、気がついた。この叫んでいる男は、若き日の谷啓さんにそっくりではないか。


・・・つづく



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