大手町のゴースト 28 異界パーティの谷啓さん
課長はまだ立ち眩みがしていた、頭上で花火の音がした、思わず耳をふさいで、そこにしゃがみこんだ。
「すごいね、木下大サーカスだね、こいつはイカしてるや」 ジョッキを手に、小太りの背の低いその背広姿の男は、目をパチパチ開けたり閉じたりしながら近寄ってきた、「こいつはまったくもう、まったく、イカしてるや」
わははは、と、あちこちのテーブルから笑い声が響き、また拍手の音。
「ねえ、君たち、本当にサーカスの人?」
ジョッキのビールをぐびりと飲み、信じられないという顔で眉間に皺をよせて、その小太り中年が、たずねる。
「はーい。でも、ちょっと、ちがうのよん」とアカネが調子にのって陽気に答える。課長は頭を振りながら、立ち上がる。アカネが続けた、「サーカスはサーカスでも、お空の星の国からやってきた、宇宙のサーカスなの」
ああ。何いってるんだ。やっぱりアカネだ。何を調子に乗ってるんだ、ギャグいうにしても、もうちょっと気のきいたのをやるべきだ、これじゃ全く受けないだろうと思った。しかし、
「お星様の国のサーカスかい、こいつはいいや!」
そういって、わーはは、小太りの背広は笑った、周囲の客たちも大いに受けて笑った。
・・・どういう連中だろう?酔ってすべてに寛大なのか。課長は不可解というより恐怖を感じた。恐怖の純朴と善良。課長の混乱をよそに、小太り背広男がいう、
「ときにあんた、知ってるかい?」
「え?」アカネが目を大きくあけて小首を傾げる。
「夜空のお星さまが、いくつあるか?」
「エ?夜空の、お星さま?」
「そうだよ、♪いくつあるんだ、お空の星は~?」
その男は、妙な節をつけて歌った。
「・・・・」アカネは笑って困った顔をして、また首を傾げる。
その男は課長の顔をみて、「そこのだんな、わかるかい?」いくつあるんだ・・・と、また歌った。
「・・・・・」仕方なく課長も小首を傾げるが、その笑顔は不器用に不自然である。
わからないかな?というように男はニカッと笑い、また歌った、
「♪星の数ほどあるんだよ~」
ビヤガーデンの一同が、どっと笑った。
頭が痛くなった、といっては失礼である、その場の雰囲気は、まるで昔の和製ミュージカルをみているような、稚拙であるだけに良心的な、なごやかなものだったからだ。
しかし、つい先程まで死の恐怖と向かい合っていた課長にしてみれば、あまりな落差の展開であった。ついていけなかった。・・・しかし、命が助かったのだから、ここはハッピーな場面であり、こういう展開がふさわしいのかとも思った。
そのときである。
パン!
冴えないパンクの音。何度も聞いた、それは銃声である。
銃弾はアカネの眉間にヒットした。吹っ飛ばされ、アカネはぶっ倒れた。周囲の客たちが悲鳴をあげ、どよめく。遠くビヤガーデンの入口付近から、走ってくる男の群れ。
ビル警備員の制服姿の連中、彼等に混じって、見覚えのある顔もいくつか・・・
「なんだあ!なんだ一体」
叫ぶ小太りの背広男。課長は唖然とし、内心には、またか、という苦渋の嫌悪感を抱えている。ナイフ目になって睨んだ先には、テーブルに座り、煙たなびく銃を手にした濃紺のスーツの見知らぬ男。銃口を、まだアカネに向けたままだ。
「殺人現行犯で逮捕する!」
テーブルに座った男を、制服の警備員がとりおさえ、駆けつけた美男刑事が手錠をかけた。銃を持った男は、無表情に、されるままになっていた。
別の警備員が数名、アカネを取り囲んだ。警備員の一人が課長の身体を拘束した。
ビヤガーデンの客たちは、凍りついたように沈黙したあと、人殺しだ、大変だ、と囁きあい、どよめいた。
「お静かに!犯人は取り押さえました、危険はありません!」
ビヤガーデンの群集に叫んでいるのは、警備員たちの後ろからやってきた、あの警視だ。にやりと笑って課長を見た。そして初対面のような口ぶりで、
「お宅は、この被害者のお連れの方ですな、お気の毒です・・・」
課長は言葉もでない、次から次へと、とんでもないことばかり起る・・・
「まったく、お気の毒ですが、いっしょに来てもらいますよ・・・」
警視は凄味のある笑いを浮べる。凍りついたような間。
そのとき、群集から悲鳴があがり、驚きのどよめきに変わった。
「生きてるぞ!」
見ると、アカネを取り囲んでいた警備員たちが驚き、立ちすくんでいる。彼等の背後から、あの美男刑事が、恐る恐る、近寄り、警備員たちの輪の内側を覗き込もうとしている。
「顔の、目と目の間を撃たれたのに・・・」 驚き叫んでいるのは、例の小太り背広男である、かん高い声を、頭のてっぺんから発している、「こいつはまったく、まいったねえ!」
谷啓さんだ!誰かに似ていると思っていたのだが。課長は今、気がついた。この叫んでいる男は、若き日の谷啓さんにそっくりではないか。
・・・つづく




