大手町のゴースト 21 あ、熱田くんの、なま首?
「・・・・・・」
部屋には違いなかった。しかし課長がいたシングルルームとはちがって、とても広くて綺麗だった。
特別仕様の、「○○の間」とでも命名されていそうな豪華な広い部屋。スイートルーム?貴賓室?目の前は応接間風になっている。つきあたりに大窓があり、バルコニーにつながっていて、東京の夜景が見下ろせる。輝く街の明りがキラキラ射し込んでいる。
それにすぐ目がいった。応接風の部屋の右奥にドアがあって開いている。その奥はまた別の部屋、寝室だろうか?そんな部屋の周囲のことにまず目がいった。そして部屋の中央である、クラシカルなリビング家具、椅子、応接机。
・・・・そして、そんなに豪華な部屋に人はいない。奥の寝室にも人の気配がない、とりこみ中のような会話をしていた初老の老人も他の誰もいない。
ただし。
部屋の中央の応接机に、何か載っている。それが信じられなかった、部屋の豪華さに目がいったのは、その信じられないものから目をそらしたい潜在意識のためだったのか?
「・・・・」
課長は口を小さく円くあけたまま、机の上のそれに目が釘付けになった。
また携帯が鳴る。電話にでる。課長はいう。
「熱田くん・・・・」
電話の向うで、―はいー、という返事。続いて課長は叫び声をあげた。
その叫びは、自分でも信じられないほどの大声!
―課長、落着いてください―
課長は頭を抱える。
「落ちつけ?何を?落着くんだ、君は一体、誰だ?本当に熱田くんか?」
―はいー
「じゃあ、机の上のあれは、いったい・・・?つくりものか?蝋人形か」
とても、そうは見えない、つくりもののわけがない、あまりになまなましい、見間違えるわけがない、それは本物の、首だ、熱田の首だ、生首だった。
首元をざっくり斬られ、やや歪んだ表情で、目を閉じ、乱れた髪が瞼にかかっている。
課長は頭が混濁した真っ白ゼリーになった。ぶるぶる震えて頭も体も何もない、白濁ゼリー人間だった。
―そうなんです、課長、それがそうなんです、首です、僕の生首です、ホラホラ、それが僕の首だ・・・―
「・・・・」
―やられちまった僕の首だ、それが僕の生首だ・・・―
しばらく、声がでなかった。混濁しきった存在となった課長は、自分の頭とは何処か違うところから考え、知らないどこかから自分のかすれた声を出した。
「いったい、何があったんだ。熱田くん」
―やられちまった-
「誰に?誰にやられちまった?やられちまったのに、なぜ話してる?」
―それがゴーストエアーでしょ? ・・・私はメンタル障害社員。
とてもおかしな欠陥社員。ときどき、何もかも恐ろしく、何もかもが許せない。本当に許せない、全部変えなきゃ許せない。すると、ますます、おかしいメンタル、メンタルが狂っちまう・・・
こんな思いがはじまったのは、いったい、何時の頃からだ?それは、きのう今日じゃない、生まれる、ずっと前からだ。一千年も前からだ。
そこにあるのは僕の首、はるかな昔にはねられて、悔しさと憎悪に燃えて、漆黒の時空を飛んできた、それはそんな僕の首。僕はそういう、歴史の首だ・・・-
「・・・?」
-ホラホラ、それが僕の首だ、はるか昔の大昔、やられちまった、僕の首だ。
ヤアヤア課長、まだ目が覚めないか、まだ目覚めないのか課長殿。目覚めよ課長!もういいかげん、目覚めて起きろ課長君、闇を切り裂き起きあがれよ!-
「熱田!何をお言いだ?」
電話の向うの熱田の声は、まだ熱っぽく語り続けていた。しかし目の前の熱田の首は、もちろん何ももの言わぬ生首、微動だにしない、死の静物だった。
と、課長は何者かによって背後から突き飛ばされた。前のめりにころび膝をつき、手にしていた携帯は床に落ち、カラコロと転がった。
「何をひとり芝居やってんだ」
背後から罵倒された。
「結局、あなたの行動は、全部、筒抜けだったんだ」
続いて背後に溜息が聞えた。
「課長、危険思想はよくないよ。そんな一人芝居する人は、危険思想と思われるよ。熱田から電話だって、さっき言ってたが、熱田はそこにいるだろう?かわいそうに、熱田くん、首だけそこにいるだろう?切られたナマ首が電話するわけないだろ?」
課長が振り向くとそこにあの警視がいた。
「念のため、君を泳がせて、全部、防犯監視カメラで見てたんだが、熱田なんて出てこなかった、ただ課長殿は、ときどき、携帯にかじりついてただけだ。幻聴と話してただけだろ?その幻聴が聞えるというのが、危険思想になっちゃうよ」
うすら笑いする警視。
「君も大臣のようになりたいか」
課長は無言。警視がたたみかける。
「なりたいんだかね・・・」
課長が黙ったままでいると、警視とは別の変な声が聞えた。回転数の狂ったテープのような変な声。
「ぶぶぶ、・・・か、課長、電話の向うから、いったい何を・・・聞いていたんだかね。やばいよ課長、よろしくない・・・よ、ぶおおおー」
その声は、隣の寝室のほうから聞えてくる。沈没間際の豪華客船の汽笛声。
「ぶおおおお・・・・」
わかったよ、ぶおおお、は、わかったよ。課長は床にうつむき頭をかかえた。
警視は嫌な薄ら笑いをうかべ、「怪しい声がする・・・」といって、また、ほくそ笑み、「怪しいぞ課長。課長殿、そろそろ起上がったらどうだ。さあ、立ちなさい」
なおも課長が下を向いたまま、むずかっていると、別な、金きり声が叫んだ。
「はやく、来いよ!」
これも聞いたことのある声だ。白痴の子供みたいな、頭に錐を刺された気分にさせられるような、うんざりする声。
「さあ、立ち上がって、正直に対応しなさい」
いいながら、警視は課長の腕をつかみ、引きずり起した。そして、さあ、行け!と背中をどんと押した。課長はフラフラと、押された力の惰性で、隣室へと歩いていった。
その隣室には見覚えのある人々。その一人が、
「あら・・・」
その女性!
「ああら、課長」
課長は目の前でフラッシュを焚かれたかのように目をしばたたいた。女性は不敵な笑みを浮べた。
「朝倉さん・・・」
課長はそういい、間の抜けた顔をした。
「どうして、ここに・・・?」
「どうしてって?いちゃあいけません?」
「いてもいいですよ、心配してたんですから。入社以来はじめての欠勤で」
「それはどうも。ご心配いただき、申し訳ありません」
軽く頭を下げる彼女のまわりの見覚えある人々が、やっと目に認識された。あの美男刑事、そして、居酒屋の裏路地で課長を襲った変な二人づれだ。ベッドの上には、初老の男、ロビーで出会ったあの初老の男が、死んだようにうつぶせになって横たわっていた。
背後から警視が声をかけつつ、寝室に入ってきた。冷たい目で課長をにらみつけていた。
「この部屋はいったい・・・みなさんは、ここで、何を・・・?」
「顔見知りの方が多いんじゃありませんか?」吐いて捨てるように警視がいい、「特にこちらの女性なんか、よくご存知でしょう?」
「もちろん・・・こちらが、あ、朝倉課長・・・」課長はまだ驚いていた。
と、朝倉が叱るような口調で、ぴしゃりといった。
「課長!」
「へ?」課長はまた驚いて声をあげる。朝倉は課長を指差し、続ける。
「申し訳ありませんけど、全部、申し上げちゃいましたからね」
「全部?」
「はい」
「何を?!」
「申し上げにくいことをです、私の知っている、課長に関する申し上げにくいことを、すべて、です。この刑事さんたちにね!」
・・・つづく




