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大手町のゴースト  作者: 新庄知慧
13/36

大手町のゴースト 13  尾行されて、まずいことに。

あっという間の一日が終った。


昨日の幽霊のおかげで仕事は片付いていたから、課長はその晩、残業せずにすんだ。事務所を出て東京駅へゆく地下道、東京メトロの売店で夕刊を買った。しかし部長の事件はでていなかった。たいした事件ではないということなのか。それとも、まだ公表されていないのか。そうした点に関する説明は何もなかったので、わからないわけであるが・・・


手にした新聞から顔をあげて、何気なく、後ろを振り向いた。勤め帰りの人の群が流れている。その流れの中に、何か「違う動き」をみとめたように思った。しかし一瞬のことで、すぐに無表情な、人々の流れに戻った。


丸の内線メトロ大手町駅の自動改札を通り、ホームへの階段を下る。三分とは待たずに紅色の車輌が入線してくる。人々はその車輌へと乗り込んでゆく。課長も乗車しようとする。しかし、足元にキラリと光る何かが落ちているのをみて、動きを止めた。


あら、五百円玉!


十円ならともかく、五百円というのはちょっと惹かれる金額だった、あらどうしよう。焦って腰をかがめたら、バランスを崩してぶざまにこけてしまった。いかん、手をついて起上がろうとすると、もう電車の自動ドアは閉まろうとしている、必死のカエル飛びで車輌に入り込もうとするが、間に合いそうにない。


と、そんなことをしている課長の視界横のほうに、何か「違う動き」。


ドアから半身を乗り出して、降りようか乗ろうか、いったいどうすりゃいいんだ、という動きの背広姿の人物がいる。

結局、課長は電車に乗りそこねてホームに膝をつき、その人物は電車を降りそこねた。


課長の眼前をレッドホットな紅色の車輌が通り過ぎ、その男の乗ったドアも課長の眼前を通過し、その人物がドアのガラスにくっつけたでかい顔が、課長のことを、残念そうに、うらめしそうに、にらみ、迫った。


「・・・・!」


さすがの課長も、何かを感じ、あたりを見まわした。電車が出発したばかりのホームだから、課長のようなドジを踏んだ人は別にして、つかのまだが、人はいなくなるはずだ。なのに、電車が来たのに乗りもしないで、課長から数メートルの位置に、大きな男が課長に背を向けて立っていた。ブラックに近いダークグレーのスーツを着て、手にはPC収納できるような仕様の黒いザラザラ地のビニール鞄・・・ここいら辺でよく見かけるビジネスマンスタイル。彼、今の電車を見送らねばならない何かの事情がおありなのでしょう、きっと。それが何なのか、試しに、課長は動いてみることにした。


課長はきびすを返し、改札口へと向った。すたすた歩き、階段をのぼると見せかけて、急遽、千代田線への連絡通路にコース変更した。すたすた、すたすた、早足になった。そして、気がついたような動きはよくないかと思い、またゆっくり足になったりした。


角を曲がるところで、後方の視野を横目で必死でとらえる。


いた。


ダークグレー・スーツ男。ついてくる。

「なんだ、いったい・・・」


刑事の尾行か。私はやはり容疑者ってことか。しかし、もうばれちゃって、警察にしちゃへたくそな尾行。新人か?

歩きながら、課長は今後の対応を考える。


べつにやましいこともないんだから、堂々としてればいいのだ。それを証明するためにも、きちんと尾行させてやればいいのだと思った。そうだ、そうしよう。


とたんに落着いた歩調になる。何気ない風に歩く。通路をぐるりと歩き、またもとの丸の内線ホームへと戻った。奴は後ろから尾行してきているだろうが、無視して課長は歩いた。


と、後ろから「課長!」と声をかけられた。びくりとしたが、それは聞き覚えのある声だった。振り返ると、わが筆頭部下の人生廃業の人が永らく会っていなかった旧友にでも再会したように、


「いやあ、奇遇ですな!」

「天野さん」

「今日はお早いですな」


相変わらず脳天気の笑顔。課長は、あんたがあの幽霊みたいに仕事してくれれば、いつも今日くらい早く帰れるのだ、と思ったが、それはいわず、にこやかな上司スマイルで、「おかげさまで・・・」


「いやあ、しかし今日は驚きましたな、あの事件、あの刑事の来訪」

「そうですね」

「そうですねって、いつも冷静ですなあ、課長。私しゃ、まだ興奮してますよ、まっすぐ帰れない感じですな、・・・どうです、課長、たまには。課長も仕事ひと段落でしょう?」


「いえ、今日は私はちょっと・・・」

「いつもそうですなあ、今日はちょっと・・・」そういって天野氏はまた浅草芸人風にレトロに可愛く課長をぶつまねをする、「そうおっしゃらずに・・・いえね、実は、お話したいこともありまして」

「お話?」


「熱田君のことなんです。明日事務所でと思ってたんですが、事務所じゃ、ちょっと話しにくいような、ですな。そしたらここでばったり課長にお会いしましたから、ちょうどいい機会です、と」


躊躇したが、コミカルなようで妙に有無をいわさぬ雰囲気にのまれてしまった。尾行者が気になってやや動転気味であったせいかもしれない。天野氏と二人で飲みに行くはめになった。地下鉄に乗り、銀座で途中下車。あの尾行者がついてくるのか気になったが、地下鉄の中でそれとなくなくあたりを見まわしても、みつけることができなかった。尾行をやめたのか、それとも尾行者は交代したのか・・・


銀座、といっても、天野氏が案内したのは新橋に近いガード下のさびれた和風居酒屋だった。いかにも人生廃業の雰囲気の店。


「ときどき、ここ、来るんですよ、いいでしょ、たまには」

ビールを注文し、まあお疲れさま、といい、無理やり課長に乾杯を迫る。


「で、どういう話です、熱田くんの話って」いいながら、課長はあたりに目をやる。客はサラリーマン風の男たちが数人。課長たちに続いて店に入ってきた客はいない。


「さっそくですか、気がはやいね、課長。まあ、まず一息つきましょう」

天野氏はビールを一気飲みし、ここはね、魚がいけるんです、あれとあれと、これなんかもね、といい、店に色々と料理を注文する。そして、

「熱田くんなら、豆腐しか食いませんがねえ。なんだろうね、あの新人・・・」

と、嘆かわしいかな、という表情。


「好きなんだから仕方ないでしょう。で、きかせてきださいよ、その新人の話」

「はいはい。いえね、実は今日、電話がありまして」

「彼から?」

「はい」


「それ、どうしておしえてくれなかったんです!」 彼の消息をずっと知りたかった課長は、思わず声を荒らげた。そのとき、店の引き戸が開いて、背の高い男と顔の大きい男のふたり連れが、そっと入ってきた。課長は思わず横目で彼らを見た「!」


「すみませんね!」天野氏は急に感情的な声をだした。がぶりとビールを飲み、顔が一気に赤くなった、その勢いで叫ぶようにしゃべった、

「課長のお言葉どおり、みごとやった、なんてほざいてたもんですからね、熱田くんが」


「え?やったって何を」

「課長のいうとおり、部長を殺ったと、こういうんですな、ひどく興奮ぎみでね」そういって、今度はモッキリ酒を注文し、はやくもってきて、と店の人に怒鳴った。


「はあっ?」

課長は驚きの声。と、今、店に入ってきた2人連れはすぐ後ろのテーブルに腰かけた。課長は狼狽。しかし天野氏の興奮気味はおさまらない。


「あたしゃ、びっくりした!」天野氏に負けないほどびっくりした店員が超スピードで出したモッキリ酒を、これまたスピード一気飲みして、天野氏は続ける、「何いってんだか、わかんないですよ、あんた、あんなに世話になってる課長をですよ、部長殺しの主犯だというんですよ!」


背後の席の二人が耳をダンボにしているだろうことを思いつつ、課長はいよいよ狼狽する、天野氏に懇願する、

「まあ、おちついて・・・」


天野氏は急激に酔い、ますます廃業の怒り(もう誰にも、何も望まない意識)のボルテージをあげてしまった。


「おちつけ・・・ふん。ひょっとして何ですか、課長が主犯ですか?いえ、わかります、あれだけ辛い目にあってたんですから、殺してやったって、いっこうに構わない、課長が殺ったってあたしは、もっともだと思う。ねえ、そうなんでしょう?だって、あてつけみたいに後輩の、それも女を、すぐ横の花形課長席に抜擢して、え?まるで総務課長いじめじゃないですか。わかりますよ、その気持、おまけにあの出来損ない新人を、花形課長から押しつけられて苦労させられて!」


課長は狼狽のあまり、天野氏の口をふさごうとした、

「何です!何ですか、この手は!」課長の手をはらいのけ、「私を信じてください。私は課長の気持がよくわかる!いいんですよ、殺しくらい。やってしまってバンザイだ。お人好しもいいかげんにしなさい、少しは手荒なことでもしなきゃあ、さいごは、私みたいになっちゃいますよ!」


ほとんど涙声になって、天野氏は叫んだ、「人生、廃業!」


「何をいってるんです!」課長はめまぐるしく考えた。どうしたらいいのだ。「やってませんよ僕は!何いってるんです。熱田君から変な電話があったというだけでしょう?彼はどうかしてたんです、それだけですよ」


「だって昨日、課長は熱田と飲んでたっていうじゃないですか」

「そうですよ、だからどうしたっていうんです」

「だからそこで、指示だってできるでしょう」


「何をまた、馬鹿な・・・」

「馬鹿って、なんです。私は何もいってませんよ、今日の昼間だって、刑事に何もいってませんから、安心してください」

「別にいってもらってもかまいませんよ、根も歯もないことですから」


「あ!」

「何です」

「そういえば、休みだったな、あの人。こんなことは、彼女、入社以来はじめて」


「え」

「朝倉ですよ、あの、課長の憎っくき後輩女!ひょっとして、あの女もいまごろ・・・」

天野氏は、はからずも私は次の事件の真相を解明してしまった、といわんばかりの恍惚と茫然の目で課長を見た。その目は完全なアルコール酩酊状態だった。


つきあいきれない・・・

課長は立ち上がり振り向いて、後ろの席の2人に弁明しようとした、「違います、ちゃんと調べればわかります、この天野氏は、とんでもない勘違いをしている!」そういおうとした・・・


しかし二人は知らん顔していた。何も話などきいていなかったという顔だった。課長とは視線をあわせようともしない。


「・・・・」

ここで何をいっても無駄か?刑事の尾行を知っていたなどといったら、彼らのメンツをつぶし、逆上させ、かえって不利なことになるかも・・・


「どうしました、お知り合い?」

酩酊声で天野氏がたずねた。


「いえ・・・」

振り向き、もとの席に座り、わかりました、天野さん、貴重な情報ありがとう、あした、よく検討しますから、その話はもうよしましょう、もう帰りましょうとなだめたが、まだまだ、もう一杯飲みましょうと天野氏はきかず、仕方なく課長はつきあい、面白くもない馬鹿話をした。


そのうち尾行の二人連れは先に店を出ていった。捜査本部に報告でもするのだろうか、これで話はややこしくなる・・・やけになり、課長もしたたか酒を飲んだ・・・


・・・つづく






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