大手町のゴースト 12 アッサリと部長が消されてしまって・・・騒然!
これで今日はおわりです。あしたは出勤なんです。とほほ。
翌日・・・
「不正・・・」
そう熱田君がいっていたのを考えながら、翌日も朝一番で課長は出勤した。昨晩は、机の上に書類を放置したまま事務所を飛び出してしまった。なかには機密に類する書類もあるのだ、誰よりも早く出勤して、片づけなければならない。
しかし不思議なことに、机上はさっぱりきれいになっていた。書類はあとかたも無く片づけられていた。課長はキャビネットの中をさがす。しかし、ない。あの幽霊が、疑惑の資料といった、あの書類が、そしてメールも消去されて、ない。
「?」
あの幽霊がここにあの後現われて、後片付けし、書類を持ち去ったか?それとも、昨日のことはすべて幻想だったか?いや、できあがった起案はある。起案の仕事は間に合ったのだ。めでたい。そして昨日のことは幻ではない・・・
と、事務所入口の自動ドアが開いて誰かが入ってきた。課長の席からはオフィス対角線上の遠い位置、入口カウンター前に立ったのは男二人。ここは一応金融機関なのだから、カウンターには、開店の九時前とはいえ、誰かいなくてはならないのだ。しかしこの会社はそうなっていない、八時四十五分だというのに、誰もいないのだ、自動ドアの鍵を開けたのも課長なのだ、そして、この開店前の来客へ対応しなくてはならないのも課長なのだ。
例によってのことだが、「参った」、と思いつつ、課長は入口めがけてとんでいった。
「いらっしゃいませ」
男二人はいずれも背広姿、一人はすらりと背が高く、若くて韓国俳優みたいな相当のハンサム、もう一人は、背の低いずんぐりした年配の男で、小太りで目が小さい。
その年配の方が、まだ開店前でしたか、失礼・・・といいながら差し出したのは横開きの分厚い真っ黒な手帳、縁がぎざぎざで金属製のまるいバッチのようなものがついている。その手帳が何だかわからずにいると、「警察の者です」と若い方がいい、こっちは名刺を出した。
「警視庁・・・警部補・・・」課長は少し目を丸くしたが、即座に「ここの総務課長をしています。まあ、こちらへ」と応接席へ案内した。
席につくなり、若い方が、
「総務課長さんとは、ちょうどよかった。いえ失礼。じつは。びっくりされるようなことをいきなり申し上げますが、お宅の部長様が、昨夜、撃たれて亡くなられました」
「は?」
「殺人事件です。何ともお気の毒な、とても許せない話です。それで、昨夜のうちに捜査本部が立ち上がりまして。そこから参りました。捜査にご協力いただきたいのです」そういって頭を下げた。
課長は衝撃で、一瞬、言葉もでない。やっと、
「さつじん?」と声を出し、間の抜けた顔をして、「部長が、ですか・・・?」
しかし次の瞬間、課長は忙しく考えた。こんな場合、どうするのだ、危機管理マニュアルにこんな項目があったか?それを尻目に小太りの方の刑事が手帳を出してペンを握り、「ご協力いただけますね」と課長をにらんだ。
「あ。は(い)・・・」
答える間もなく、「失礼なこともうかがうかもしれませんが、ご容赦を」とことわって、若い刑事が質問をはじめた。
「昨夜、部長は何時ごろ退社されましたか」
「六時頃だったと思います」
「いつもとかわらず」
「ええ、別段かわったことはなかったと存じます・・・」
「・・・で、課長さまは何時頃に退社を?」
「は、私ですか・・・」
私の昨夜の行動?アリバイ確認か。
「昨夜は。あのう。ここで残業しまして十時頃まで。それから、あの」
しゃべることをいちいちメモされる。課長は緊張した。若い刑事の目が光る。
「残業。お一人で?」
「ええ、まあ、一人で」
「まあ。といいますと、お一人じゃないんですか」
「そのう。誰かほかにいたようにも。仕事に夢中で、その」
幽霊のことなんかいったら気違い扱いされるだろう。課長は動揺した。若い刑事は表情を変えなかったが、年配の方は課長をじろりと見上げて何かいいたそうな顔だ。若い刑事が続ける。
「事務所を出られてからはどこへ・・・?」
「どこって・・・ああ、そうだ、神田へ」
「飲みにいかれたですか」
「はい」
「お一人で」
「まあ、一人で」
「まあって、また・・・」
「いえ、その、神田で部下にばったり会いまして、彼と・・・」
「そうですか、その部下の方はどこに」
「じきに出勤します」
「じきに・・・」若い刑事は腕時計を見た。こんな時間になってまだ出社してこないのか、どういう会社だ?という顔をしているように見えた。
課長は首をのばして事務内を見る。ちらほら社員たちが出勤しはじめていた。萩野さんの姿をみとめ、課長は大声出して、熱田くんが出社したら呼んでくれ、といい、それから、お茶を所望した。聞こえたのか聞こえないのかわからないエジプト古代文明顔だったが、やがて給湯室の方へ歩いていったから、通じたのだろうと思った。
「部下は、じきに来ます」
「わかりました」
「あの」課長はおずおずときいた、「部長は、いったい、どこで、どういう風に、やられましたか」
「申し訳ありませんが、まだお答えできません、捜査に影響がでますから」
「影響」なんだ、影響って。「ひょっとして、私も犯人候補の一人という・・・」
年配刑事が、またうるさそうに課長をにらんだ。課長は思わず答えた、
「そうでしょうね、あらゆる可能性を確かめないと。捜査とはそういうものですか」
若い刑事は相変わらず無表情だったが、かすかに目がほほえみ、「よくおわかりで。さすがは総務課長さんです。ぶしつけな質問は、平にご容赦を」
改めて若い刑事の顔を見ると、まさに二枚目だった、いい男だ。昔の韓流ドラマにでていたヨン様よりもいい線をいっているかもしれないと思った。その美男の彼がたずねた。
「課長さん、単刀直入に申しますが、部長は、人に怨まれるようなことはありませんでしたか?」
そりゃあおおありだろう、あの部長のことだ。課長の心の中で誰かが叫んだ。色々のことが頭にうかんだ。しかし、課長は、やはりこういう。
「いえそんな。滅相もない、ありません、そんなこと」
「そうですか。では、またぶしつけですが、女性関係は」
「女性・・・」昨夜の朝倉嬢と部長の連れ立って歩く姿が頭に浮び、課長は言葉につまった。「それは・・・」
「それは?」
刑事は何か知っているのか?しかしいうべきではないと思った。ことは部長個人のことではなく、社に影響を及ぼすかもしれない。上と相談してからにしよう・・・「ないです。心あたりはないです」
「ない。そうですか・・・」続く言葉を刑事は飲込んだようだ。じっと課長を見る。
居心地の悪い会話。課長としては、今の段階で、立場上、どこまでいっていいのかわからない。また、自分が容疑者候補になっているのに、それをきっぱりと否定できていない・・・
すると若い刑事は、職場のみなさんにも色々と話をききたいという。これにも課長は躊躇したが、警察に協力しないわけにはいかないだろうと思い、協力します、でも業務に支障のない範囲でお願いします、あ、その前に、上司に一応話をさせてください、と、しどろもどろ口調でいって、応接席を立ち、次長のもとへ向った。
入れ代わりに、お茶が運ばれてきた。運んできたのは荻野さんではなく、アカネだった。すました営業スマイルで気取っていたが、イケ面の若い来客への好奇心と興奮で、テンションあがっているのが見え見えだった。隙あらば若い刑事に「ケバい」ウインクを一発かましそうだった。
「ふん、それどころじゃあない!」
心に思いつつ次長席の前に立つ。と、次長はすでに事件を知っていた。
「警察から連絡があったよ、うん。びっくりだ。うん、捜査には協力せざるをえないでしょ」
目をパチクリさせ、何の思考も吟味も判断もない回答だった。それは脅迫された初老の処女(次長は男性ではあるが)ともいうべき、一種不可解な天心爛漫・・・つまり、何も考えてない。
このため、その日、課長のオフィスの職員たち(特に総務課職員たち)は、ほぼ全面的に捜査協力に応じた。応じても業務に支障などでるはずがないのだ。業務には、もともと支障だらけなのだ。業務らしい業務をやっているのは、ほぼ課長だけなのだ。職員たちは、もともと業務に支障のでることばかりやってるのだ。業務以外のことに、業務以上の熱意をみせるのが得意な職員たちなのだ。
「くあっこいい(かっこいい)刑事さん!まじドキドキしちゃうう」
「いってもいいのかしら、あのこと、部長のあのこと」
「いいんじゃない、いいんじゃない。でも、あっちの話のほうが、やばいかも」
「それはやばい!それをいったら警察沙汰よ、刑事さん、喜ぶ、お手柄の、警察ざた!」
興奮に満ちたヒソヒソ話が聞こえる。その井戸端会話の女子職員たちが、刑事の待つ応接席へと次々に呼び込まれ、事情聴取される。その聴取が、一人一人いちいち長い、アカネ職員など、いったい何を話しているのか、応接席には秘密の熱気が溢れ、ときに笑い声、ときに緊張した沈黙、何度かくりかえされ、ときに得意げに手をたたいたりしている。馬鹿か。気の毒なのは年配刑事で、延々と続くメモとりに、疲労し、苦痛し、顔歪めていた。
年かさの天野調査役くらいは、この興奮にまきこまれず、平静でいてくれるかと空しい期待をしたが、やはりまったく空しい期待であった、「いやーあ、ドーラマみたいですねえーえ」とかいって興味津々の様子でいた。事情聴取にもすっかり乗り気で取り組み、しつこいほどに話し込んでいた、「もう結構です、ご退席ください」という刑事の声が遠くから聞こえたほどである。部長に係る、よほど詳細なレクチュアを、つまり、あることないこと、むしろないことばかり、ベラベラやったのだ、きっと。
実に変な一日になった。そして課長には不安な一日でもあった。不安の方が深刻だった。・・・いつまでたっても、熱田くんが出勤してこないのだ。課長のアリバイを証明してくれるはずの彼が来ないのだ。寮に電話しても、でない。ケータイもだめ。
「いったい、どうしたのだ。今日は、出勤して、不正とたたかうはずしゃなかったのか」
憤慨しても、彼は来ない。おまけに、彼女も来なかった・・・
朝倉課長。
なぜだ?
あの課長が、いったいどうしたことか、連絡もなく、出勤してこないのだ。ということは・・・何?
課長は悩んだ、これらについて、どこまで何を刑事にいうべきか、この段階で・・・?
夕暮れ近くまで捜査は続き、終業時間まぎわになって、刑事たちはやっと帰った。いかれた職員たちへの事情聴取でへとへとになっていた。それでも帰るまぎわ、若い美男刑事は、熱田職員に会えなかったのが残念、といって、課長を意味ありげに見た。そして「熱田さんのことも含め、またお邪魔します」と言い残し、去った・・・
・・・つづく




