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大手町のゴースト  作者: 新庄知慧
11/36

大手町のゴースト 11  ・・・不倫も発見、熱くなる熱田!

投稿します。みなさんご自愛ください。

目撃した。課長はアベックを目撃した・・・


そのアベック。部長と朝倉課長だ。二人は親しげにしとやかな親密さで歩いていた。一目で、妖しいオーラがあるのがわかった。仕事の帰りに、二人で飲んだ、という以上の雰囲気だ。


遠くから、二人につられるかのように課長は歩いた。


繁華な通りもすぐに終わり、薄暗い道へ曲がると、最近できた洒落た建物が向うに見える。それはホテルである。超ビジネスホテルであり、男女がデートで使うのにも奇麗で重宝なホテルだ。そこへ二人は入った。


そういうことだったか。


課長ははじめは驚いたが、今まで気づかなかったのが鈍感だったのだと思い直した。明日は土曜日で休みか。二人でゆっくりできるな。


「結構なことだ」


課長は馬鹿らしくなった。

部長について、今夜はあの幽霊氏のおかげで談合疑惑をつかみ、今、自分の目撃によって不倫疑惑をつかんだ。収穫だった。困った収穫だった。


すると、背後で声がした。

「課長」


ぎくりとして振り返ると、そこに若い男がじっと立っている。

「あ、」


課長は声をあげた。あつたくん・・・そこには自殺未遂のメンタル新入社員、熱田君が立っていた。熱田くんは、何といったらよいかわからぬ、という曇った表情でそこにいた。


「見たか」

思わず課長はいった。熱田くんは例の無表情顔だったが、ゆっくりと、しかし、わりとしっかり頷いた。


「そうか・・・」


新人に向って、部長と前の直属上司の行状を何といって説明したらいいものか。課長は苦笑いした。何ともやりきれない気持になった。「ちょっと、そこらで一杯やろうか」課長の口から不意にそんな言葉がでた。なあ・・・と熱田君の肩をたたいた。熱田君はまたも無表情に頷いた・・・


二人は最寄りの薄汚い居酒屋に入った。



「まず、ビール飲ませてくれ」

課長はジョッキを傾け、水のようにしてビールを喉に流し込んだ。


「まったくなあ」


課長はいい澱んだ。この新人だって子供じゃない大人だ、男女二人がホテルに入ったのを見て、解説も何も必要なかろう。「あれは実は業務上の打ち合わせなんだ」とか言いつくろう根拠もないし、そんな義理もないように思われた。しかし、ああいうのと自分をいっしょにされてはかまわぬし、会社自体を誤解されても困る・・・


「私も、ああいうのは初めてみたよ、何と論評したものか。でも本当は何か真面目な事情があるのかもしれない。だいいち、アフタ・ファイブの、プライベートな時間のことだからね、そもそも論評するのは不適切だよ」


などと、つまらぬことを課長はしゃべる、何でこんな弁護人みたいなことをいわねばならぬのか自分で自分が不快になる。熱田がぽつりという。


「ああいうのを見るのは、初めてですか、課長・・・」

「ああ。もちろんさ」

「僕は何度か見てるんですよ」


「え?」

課長は熱田を見る。熱田はまた豆腐を食っている。


「何度か見た?」

「ええ。この辺をうろついていると、何度も見ることかできます」


熱田は豆腐を口いっぱいにほうばりながらも、上手に平然とそんなことをしゃべった。

「それじゃ、熱田さん、君・・・。こんな時分までここらにいたのは・・・」

「いえ誤解しないでください。私は、課長が一人で残業だったから、つい帰りにくくて」

「帰りにくいからって、神田をうろついてたって僕の役にはたたないよ」


「いえ、しばらく事務所の端にいたんです。それで、見てたんです、お手伝いの方が仕事してたのを」

「・・・」


「それで、ぱっと消えましたでしょう、お手伝いの方。それで課長、駆け出しましたから、びっくりして、後をおいかけて来たんです」


「見たのか、君、あの、ゆ・・・」いいかけて、課長はどもった。熱田が言葉をひきとった。


「幽霊」


「見たのか、君も」

「はい。さっき・・・。はじめてですか課長、ああいうのを見るのは・・・」


「ううん・・・」課長は少し躊躇したが、いった。「あの男自体はここ何日か、現われていた。手伝っていたよ、仕事を。しかしだな、消えたのは初めて見た。目の前でね」


「それでびっくりした。やっぱり、初めてだったんですね、消えるのを見たのは」

熱田は落ち着きはらっている。課長はややいらだった。

「すると君は、初めてじゃないのか?」


「はい」

「はじめてじゃない。どこで見たんだ?」

「トイレです」

「トイレ。わが社のトイレか」

「ええ。課長に救助いただいた晩です」

「・・・・」


「課長が私を救ってくださる直前に、あの方が現われて・・・」

「ひょっとして・・・君の首にまきつけたロープを・・・」


熱田君は無言でうなずき、「ええ、切ったんです。どうやって切ったかはわからないんですが。そして、ふっと消えてしまいまして・・・・その後私は床に落下して気絶したようです」


「はあ・・・」課長は熱田を見る。相変わらず何を考えているのかわからない平板な表情、課長はその平板に問う。「・・・あの彼は、君の命の恩人か」


しかし熱田君は急に話題を変える。「課長、じつは、私のところに、よくメールが来ます」

「メール。携帯のメールか?」何だろう急に?

「はい。それが、ちょっと変なメールで。たとえば・・・」熱田はケータイをポケットから取り出した。そしてメール画面を呼び出して読んだ。


「もう死んでしまいたい」

「・・・」

「私は、もう死んでしまいたい」


「おい、」何だ。幽霊と不倫現場を見て刺激されて心が変調して、また変な具合になってきたのか?課長は何かいおうとしたが、熱田君はかまわず続ける、

「わかるでしょ、あなたも?」


ぷちっと言葉を切り、ケータイ画面眺めて感じ入ったかの様子。


異様な迫力を感じた。変に言葉をかけないほうがいいかもしれないと、課長は思った。

しばらく沈黙が続く。ケータイ画面を見たまま、熱田は彫像になってしまった。


「・・・」

何だよ。何が書いてあるんだよ。もったいつけないでください、熱田くん。質問し催促しようと思ったが、へたに刺激するのはやめよう。じっと我慢の子でいてあげよう。しかし、こういう甘いだけの上司というのが一番の害悪な存在かも。


「課長・・・」

ぼつっ、と熱田が口を開いた、


「僕、勇気します」

おい、なんだ。メールの内容の解説はしないのか?課長は拍子ぬけしたが、だまって聞いていた。


「僕、がんばりますから。明日も真面目に出勤します。安心してください。知り得た真実の手がかりをはなさずに、不正なるものと、たたかいましょう。私たちには、きっと何かができるはず。大金をつくることも、すごい事業をおこすことも、気高い思想をもつこともできないかもしれないけど、それより大切で、それより簡単に、しかもその気になれば誰でもできることがある・・・」


また。へんだよ、熱田くん。


「それは、いさましく、高尚な人生を生きること・・・」


そうか。頭の中で、何がどうなってしまったのか不明だが、心の校庭を一周駆け足終えて、最後に元気になってくれたわけだ、そう思いたい。熱田くんは、口から唾と豆腐の小さなカケラを飛ばして、「不正なるものに、たちむかいましょう!」と叫んだ。


叫んだ!こいつは叫ぶこともできるのだ、やればできるじゃないか熱田くん。


「課長、お願いします、不正を暴いてください」

「不正。暴く・・・」


課長は首をかしげた。不正って・・・、あの?


「課長にしかできないことがある。メールがそういっている。もちろん、僕は僕のすることをせよ、そうメールがいっている。最近、変なメールが来るんです、知らない世界から。しかし、それは大切な世界じゃないかと、それを無視したら、生きていてもしょうがない、もう死んでしまいたい、私しゃ死んでしまいたい、そういう気持になる、わかるでしょ、あなたも・・・っていうメールが来るんです、それは、あの方と課長に、救われた晩からでした・・・」


熱田が熱くなった。不気味なくらいだ。


課長はうなずいてやった、面倒くさそうに見えないよう、精一杯に気を使い、「そうかわかった、熱田、君は正しい、君は元気だ、僕も不正とたたかおう!」と請け負ってしまった。それが後に、とんでもないことにつながるとも知らずに・・・


しかし熱田君。きみ、ますます変な奴だ、正体不明だ。


 じきに会社辞めるかもしれん、辞めるだろうな。


 会社を辞めた若者たちのことを色々思い出す。最近はたんに脱落という理由ばかり。辞めた連中はどこへいってしまうのだろう・・・?


・・・つづく



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