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大手町のゴースト  作者: 新庄知慧
10/36

大手町のゴースト 10  ・・・ゴースト in the work そして発見!

今日は、も少し投稿します。みなさま、お読みいただければ幸いです。

翌日の夜も彼は現われた。課長ははじめは拒否したが、男が遠慮がちにパソコンを始めると、心得たように、起案準備にまわった。その日のノルマ達成とみると、男はトイレへ行くといってそのまま消えた。その夜はペーパータオルの浪費もなかった。


そして次の夜も。その次の夜も。現われては仕事を片づけ、ふらりと立ち上がると、どこかへ行き、消えてしまう。


仕事を勝手にこんな風に外注していいのか、課長は疑問なしではなかったが、背に腹はかえられなかった。男が仕事をしてくれるままに従ってしまった。


「最初も申し上げたとおり、私は自分は何者なのか、さっぱりわからない」

その週の金曜の晩、仕事も先が見えたころ、男がつぶやいた。


「仕事させてもらって、そのことは忘れることができていたんですが」

「九階の三菱の方ではないんですか」

と、総務課長。しかしこの認識は当初課長が示したところが、あいまいに否定されていたもの。課長は仕事が片付くのが優先になってしまい、この話題は無意識にか意図的にか放置されていた。


「情報システム部の方でしょう?」

課長は男を見やる。

「私も、そう思おうとしました。課長さんにいわれて。九階にも参ったのですが」

「ですが?」

「どうも違うらしい」

「・・・」

「私は、どうも幽霊か何かです」


「幽霊?」


「どうでしょう?」

「しかし足があります」

「確かに。でも存在はないようです」

「あるじゃありませんか、そこに、そうして」

「今はね。でも、随分ながらく、真っ暗だったようです。それで、自分と同じ、真っ暗な人々も見た」


彼は、話した。それは、ビル街の底を蟻の群のように日々歩き、働き、消えてゆく人間たちの見聞録だった。課長は仕事を手伝ってもらったてまえ、その話の聞き役になった。おしつけがましい感じはしなかったのだ。言葉が自然に流れ出し、抵抗もなく課長の耳に入ってくる。しかし、どうも普通の感じではないのは確かだった。が、なぜか潮騒の音が体にしみこむように、聞けてしまう。


「トイレの中で、どうしようもなくうめいて吠えていた人もいます。人間です。小さな声ですが、鋭く、鳴いていました。それはまるで動物だった」

「メンタルのひと」

「そういうんですかね。それから、ビルの高い窓から、人が降ってゆくのも見ました。何人も、何人も」

「そんなに飛び降り自殺がありましたでしょうか」

「闇から闇に消されてしまった飛び降りも多かったようです」

「・・・・?」

「あ!」

「どうしました?」

「私も、暗い中を、一直線に墜落した気がします」

「そうですか・・・」


自分はかつて飛び降り自殺した、とでもいいたいのだろうか。おかしな話だ。しかし、彼のセリフは断片的で静かながら、着実で基礎がしっかりしている経験談に思えた。


ちょっと、仕事を頼みすぎたか。それで疲れちまったか、なにかに憑かれちまったか。

「あ。いけない。つまらない話でした」彼は自嘲の笑いをもらし、首を振り、「それで、ですね。気づいたことを申し上げましょう」と、真顔になった。


「気づいたこと?」

「わりに重要なことです」

「重要?何ですか」

「御社のビル工事は、巨額の汚職につながっているようです」


「はい?」


「まず工事費。簡単な水増し操作があります。しかし、操作は簡単でも額は億にのぼります。わりと重要でしょう?処理した書類を点検すれば、すぐにわかります」


「そんな・・・」

総務課長は面食らって、手元の書類をつかむ。

「しかも、きっと談合です」

「はあ?」

「御社はたしか公社というからには、入札は厳格に法令遵守されるはずでしょうが」

「もちろん」

「これをご覧いただければ。いま、メールを送りますよ」

受信メールを見て、総務課長は青ざめた。当社の契約役と業者の談合の交信メール。

「こんなものを一体どうして!」

「他意はありません。外部の者がこんなものを絶対みてはいけない。私も見るつもりなんかなかったのに、あまりにメールのガードがいい加減で、別の書類を見たら出てきた。あまりに安易な偶然。最近の検査は絶対にメールも点検しますから、これはまずい」


そういって、彼は、検察官のような目で総務課長を見た。課長は首を振った。

「いや。違う。私は知らない。悪意じゃない。毎日書類見てたが、全く気づかなかったですって!」

「でしょうね。信じます。あなたはそういう感じだ」


褒められたのかけなされたのか不明とは、まさにこのことだろう。それには構わず、彼は遠くを見てつぶやいた。

「仕事を手伝わせてもらって、なんだか元気になった」

「元気。それはよかった。それはいいのですが、すごい発見を」

「昔も、なんだか同じことをしたような感じなんです」

彼の目は生き生きと光った。そして、課長に向って問いかけた。

「どうされます?この事実を知ってしまって」

「どうしますって・・・」

「悩みますよね」

「当然でしょう」

「そうです。よくわかる。私も同じだった気がする。おかげさまで、だんだんに、私は私を思い出してきました。もう一息かもしれない」


「あなた、まさか・・・」

課長は、彼の顔を茫然として眺めた。

「お疲れでしょう。今夜はこれで・・・」

彼は立ち上がった。そして消えた。課長の目の前で。本当に、一瞬にして、魔術師のごとくに、パッ、と消えてしまった。


「!」


課長は驚愕し、意識が吹っ飛び、心臓が停止したかのように、椅子から転げ落ちた。

悲鳴をあげながら立ち上がり、一目散にオフィスから逃げ出した。


 何だあれは!やはりお化けだったのか!それとも、私、気が狂ったか?


駆けながら、頭の中は暴風パニック状態であった。とにかくオフィスの外へ走り出た。それからどこをどう走ったかは記憶にない。気がつくと、わりとにぎやかなネオンの街だった。神田らしい。はあはあと肩で息をして、やっとのことで立ち止まった。

そこで総務課長は目撃した。


・・・つづく


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