1話 夢が叶った?本当に?
空想が好きだ。空想の世界で生きる自分を頭の中で動かす事が、ぼくがこの閉じた部屋の中から抜け出す唯一の手段だからだ。
とはいえ物理的にこの部屋を出るということそのものに意味はない。トイレに行く事がこの部屋から出た事にならないと思っている。
本当の意味で部屋を出るってことは、もっと社会で、充実した生活を送る事だろう。でもぼくにそんな事はできない。もう随分と長い時間画面越しでしか人間を見ていない。その人間すら二次元だったり、炎上した人物、平たくいえばネット内の芸人のようなものなのだから、どうしようもない。
そんなぼくでも、空想の中でなら輝ける。都合のいい世界、都合のいい仲間たちを自分でセッティングして、その中で生きる。現実はぼくにとって、その世界を彩るパーツを集める場所でしか無くなった。
現実に居場所を見出せないぼくに、異世界モノの作品は輝いて見えた。他のジャンルとは違う、誰の身に起きても不思議ではない夢のような体験がそこにはある。他の作品を観ている時に感じる、主人公への劣等感がそこになかった。初めて異世界モノを見た夜、ぼくは異世界転生する空想をしてみた。転生したぼくは最強で、そこで素敵な女の子と出会って・・・と考えている時、ぼくはひきこもって以来、はじめて楽しいと感じた。外の事など考えたくもなかったが、別の世界なら話は変わる。
それからぼくはありとあらゆる異世界モノを見漁った。ファンタジー系、戦争系、近未来系、古代系、などなど、見れば見る程ぼくの転生できる場所も増えていく。ぼくの設定も最強、レベル99、モテない(モテる)、最弱(最強)、天才・・・と増えていく。
今日もそんなぼくと素晴らしい世界と仲間たちを頭の中で描いて終わった。こんな現実世界より、それこそ空想の世界にいる時間の方が長い。いっそのこと、入れ替わってしまえばいいのに。そう思いながら眠る毎日だった。今日も、きっと明日も、こうして終わるのだろう。明日の空想の展開を考えながら、ぼくは目を閉じた。
ドアが開く音がする。僕が現実で最後に聞いた音だった。
気がつくと、青い空が見えた。
とんでもない眩しさにまた目を瞑る。目を閉じて周囲を手で探る。パソコンのマウスがない。代わりにくすぐったい感覚が感じられた。そしてぼくはそれが全身に感じられると遅れて理解した。
さらに感覚を広げてみる。風だ。エアコンの送風とかそういう類の風ではなく、ほんとの風だ。ざあっと音がする。座っている場所が硬い。あくまでベットよりというだけで、フローリングよりは柔らかい。薄っすらと目を開いてみる。緑と青の二色だけしか見えない。しばらく薄目のままあたりを見渡す。ぼんやりとしか見えないがどこも緑か青だ。そろそろ強い光に慣れてきたぼくは目をゆっくりと開く。ぼやけた視界が徐々に鮮明になってきて、ぼくは理解する。ぼくが座っている場所は、草原だった。
今まであの空間で感じていたような疑問なんて、いかに小さなことだったかが感じられる。家への来客に誰だろうと感じたり、母親の独り言の内容が気になったり、見えない世界への疑問よりも見えている疑問の方が大きいと実感する。ただ知らない風景が辺りに広がっている。見えていることすべてが疑問だった。
パッと、ある考えが頭に浮かんだ。
ぼくは異世界転移したのではないか?
考えてみるとぼくが考えた転移にも似たようなパターンがあったかもしれない。そうだ。そうに違いない。一度考えるともうそうとしか感じられない。ぼくは異世界転移したんだ!
わくわくする。
こういう時は近くの町を探して乗り込んでみようか?
もしかしてぼくには何かの特殊能力が追加されていたり?
一通り体を探って見たが、寝る時来ていたジャージと、ポッケに入れっぱなしだったスマートフォンしか見つからない。スマートフォンをつけると圏外の文字。なにか追加された機能がないかと探したが、結局いつものぼくのスマートフォンだった。能力探しはあとにしよう。とりあえず町を探さないと始まらない。
立ち上がってあたりを見渡す。ここでぼくは自分の目が悪かったことを思い出した。遠くはぼやけてなんにも見えやしない。とりあえず歩くしかないみたいだ。
歩き出したところでまた問題が見つかる。ぼくは裸足だった。「痛い!」ところどころにある石を踏んづけてしまう。異世界に来たのにつまらないこと続きだが、少し歩いているとぼやけた視界の中に何やら青と緑の以外の色を見つけられた。町だろうか?ぼくはそこへ向かう事にした。
遠い・・・果てしなく遠い。遠くに見える町に移動なんて、たかだかワンカット程度だったろう。裸足で歩く距離じゃない。もう1時間は歩いたはずだとぼくはスマートフォンで時間を見てみる。朝の3時32分らしい。まだ15分しか経ってない。町らしきものもちょっと大きくなったかな?ってくらいだ。朝の3時って明るさじゃないし、時計としてもこのスマートフォンは役に立たないのかと、ガッカリした。音楽でもかけて歩こうか。
しばらくして、プレイリストは1周した。大体1時間くらい経ったということだろうか。プレイリストを切り替えて、ぼくはまた歩き出した。
3時間くらい経っただろうか、ようやく町が町らしく見えて来た。少し歩いた場所に道路らしきものも見えた。喉が渇いているし、早く町にありつきたい。ぼくは何度目かわからない休憩を終え、痛む足を撫でて、歩き出した。まずは水と靴だろう。仲間探しやぼくの能力探しはその後でいい。
30分ほどして、ようやく町の前に着いた。長らく運動していなかったぼくはとても疲れていた。でもそんな疲れも、町についたという安堵感のおかげでそこまで強くは感じなかった。
これから、ぼくの理想の異世界生活が始まると考えると、胸が高鳴った。
僕は、まだ理解してなかった。僕がここに来てしまった時点で、この世界は僕にとって異世界ではなく現実になってしまっている事に。