第2話-いい事は悪い事で、悪い事は良いこと
まずは山を下る事が先決だ。この高さだと、2時間程で降りれると思うが、しっかりとした道が作られてないので、無理に降りようとしたら間違いなく怪我をする。
「時間も無いみたいだし、骨折覚悟で行ってみるか...」
体を倒し、右足を折り曲げ、スライディングの様な体制になり、滑り降りようとした瞬間、草木を掻き分ける様な音が俺の後方から鳴ったので、少し期待をして振り返ってみた。
「おい、マジかよ...」
そこに居たのは、全長が3メートル程あり、全身を茶色の毛で覆っている巨大イノシシだった。50度はある山道の傾斜を難なく登って来れるのも納得できる筋肉の付き方だ。
「普通こういう時はさ、他の冒険者と遭遇して助けてくれるのがお約束じゃん。なんだよ、巨大イノシシ討伐の強制イベントって!マジで次あの女神、次会ったら全力で文句言ってやる!」
なんて愚痴をこぼしていたら巨大イノシシの鼻息が荒くなっていった。
(なに訳わかんねぇ事いってんだ。殺されたく無けりゃ、早く俺の居場所から出て行きやがれ!)
イノシシの口は動いていない。きっと、テレパシー的な奴だ。うん。
「あ、やっぱりこの世界の動物って喋るのね...。悪かった悪かった。俺も出て行きたいけど、降りる道が分かんねぇから、教えてくんね?」
(問答無用!)
イノシシはそう言うと同時に、勢いよく突進してきた。
牙が当たれば間違いなく死ぬ。
俺は全身に力を入れ、勢いよく山道の急な傾斜を滑り降りた。
「ウワァ〜!」
木の葉がクッションとなり摩擦は軽減してくれたものの、小枝が足に刺さり、竹や木に頭や腕がぶつかって落ちていく。意識が朦朧とする中、正気を保ち、上を見上げると、イノシシが悔しそうな顔でこちらを見ていた。
俺は、舌を出し、イノシシを挑発したが、木にぶつかった衝撃で舌を噛んだ。絶対口内炎になるだろ。ちくしょう。
意識を取り戻すと、目の前には知らない天井が広がっていた。体を起こし、部屋全体を見回してみた。広さは大体10畳くらいの部屋で、木製の椅子の上にクマのぬいぐるみが座らされており、ベットにはピンクの毛布が敷かれている。部屋の雰囲気からして女子中学生くらいの部屋だろう。
「異世界ファンタジーの神様ってどんだけお約束が好きなんだよ...」
そう呟くと同時に扉が開き、ショートヘアーの女の子が部屋に入ってきた。年齢は15〜16歳くらいで、胸の発育は悪くB〜Cといった所だろう。着ている服は、クマの刺繍が左胸の所に入っているピンクのパジャマだ。手には小さな桶と、タオルを持っていた。きっと俺の看病をしてくれていたのだろう。
「起きたんですね。おはようございます」
その女の子は素っ気なく挨拶をしてきた。
「あ、うん。おはよう。あの、どうしてこうなったか、聞いても良いかな?」
「あなたが、神猪山の麓で倒れているところを、私とパ...お父さんが見つけて、ここまで運んできました」
「そっか...迷惑かけちゃってごめんね。えっと...」
「薺です。甲斐薺」
「ナズナちゃん。ありがとう。俺の名前は三枝隼人。この借りはいつか必ず返すよ」
「いえいえ、大丈夫ですよ。 私たちが勝手にやった事なのですし」
女神様もたまにはいい仕事するなぁ。異世界最高じゃん!
「目覚めたようですので、パ...お父さんを呼んできます」
そう言うと、薺は部屋を出て行った。
異世界に来て、初めて良かったと思った。あんな可愛い子と出会えるなんて。
でも、当然、良いことが続く事なんて無い。良いことが起こると必ず悪いことが起こる。人生なんてそれの繰り返しで最終的にプラスマイナスゼロになるのだから。