00_『アトランティック・リム』
──電源起動/ポジティブ
揺りかごのようなコックピットの中。
柔らかな座り心地のシートに身を沈め、閂レオは静かに目を閉じていた。
目にかかるくらいに伸びた金髪は繊細で美しく、白い肌は滑らかで透き通るよう。同年代の女子すらも羨むような美しい顔立ちの少年は、これから待ち受ける過酷な戦闘に備えて、深く息を吸い、心を落ち着けていた。
──ブートプロセス起動/ポジティブ
──システム起動/ポジティブ
狭く暗いコックピットに緑色の光が点々と灯り出す。
レオがゆっくりと瞼を押し上げると、左右で色の違う瞳が露わになる。彼は優雅な手つきで背もたれから伸びる三点ベルトを締め、左右の操縦桿をそれぞれ握り込んだ。たったそれだけの所作であっても、レオにはどこか神々しさのようなものがあった。
──掌紋認証起動……
『コンディションはどうだ? レオ』
「問題ありません」
耳に押し込んだインカムから聞こえてくる快活なチーフの声に、レオは微笑を添えて返す。
『いつも通りってことだな。グッドグッド』
──掌紋認証/ポジティブ/搭乗者:閂・レオンハート
『それじゃ、今日も任せたぜエース』
「ええ。安心して下さい。僕は誰にも止められません」
──インターフェース起動/ポジティブ
チーフの声とマシンオペレータの声とを聞きながら、レオは必要なスイッチ類に指を走らせる。まるでピアノの鍵盤を叩くような優美な手つき。起動シークエンスは淀みなく進んでいく。
──アイセンサー起動/ポジティブ
──スクリーン展開/ポジティブ
その声と共に全周天型スクリーンが展開。薄暗かったコックピットが一転して明るくなり、空気の匂いまで変わるような開放感が生まれる。
「……相手はアメリカ海軍第七艦隊、ですか。少しだけ骨が折れそうですね」
『ふはっ……世界最強の艦隊に対して骨が折れる程度か。恐ろしいな天才児は』
展開されたスクリーンの向こうに伸びるのは130メートル超の発進カタパルト。そしてその先は、雲一つない青空へと続いている。
高度三七〇〇メートルの空に浮かぶ巨大な鉄の箱。通称、スカイ=ハンガー。
巨大ロボベルグリオンのためだけに設えられたそれは、全長150メートル、高さ43メートル、幅35メートルに及ぶ、格納庫兼発進基地である。
──各部アクチェータ起動/ポジティブ
──起動シークエンス/オールポジティブ
コックピットの外、カタパルトレーンに次々オレンジ色の光が灯り出す。
──1次ホールド。2次ホールド。3次ホールド/オールポジティブ
──発進準備/オールポジティブ
──発進権限譲渡/ポジティブ
『頼んだぞ、一騎当千』
「そのあだ名で呼ぶの止めて下さいよ。ちょっと恥ずかしいんですから」
満更でもない様子でマイクにそう言い残し、通信を切る。そして深く息を吸い、どこにいるとも知れないマシンオペレータに、全霊のコマンドボイスを投げかける。
「ベルグリオン、発進!」
最終ホールドが外れ、機体の外で重々しい音が一度響く。
直後、スラスターから青い炎を噴き出して、ロボの機体がカタパルトレーンを滑走する。
全身を襲うようなG。不安と緊張と、そしてほんの少しの高揚。
巨大ロボの機体はものの2秒でカタパルトレーンを滑走し終え、蒼穹へダイブする