16
ゴールを持ち上げ横へ投げた。神の力ならではの技だ。男なら一度は夢見る技だろう。
広瀬くんは「えっ、そっち?」と言って、赤羽くんはポカンとしている。柿本くんは頭を抱えている。
「生茂くん、端っこからゴールポスト蹴ってキャッチするキャプテンウイングの必殺技じゃないのか?そっちができるとは思わなかったよ。
「そっちよりこっちの方がびっくりどっきり感が強いだろう。キャプテンウイングの方は古いからさ、こっちの方がみんな世代だしわかりやすいかなってさ。」
みんなポカンとしたままこちらを見ている中、柿本くんが近寄ってきた。
「生茂くん、それ反則なんだよ…」
「へ?」
「サッカー選手でもここまでじゃないけどやった選手がいてね。懲罰対象になったんだ。」
「へぇー。」
これじゃあレッドカードで退場なのか?先生はちょうど女子の方を見に行っている。今のうちにこっそり戻しておこう。点数をどうするという話になったが、「まさかあの技を再現できるとは思わなかった。いいもの見せてくれたからノーカンでそっちのゴールキックからでいいよ」と、赤羽くんが言ってくれた。やっぱりそういうところがモテる秘訣なんでしょうな。
ゴールを戻したときに先生は戻ってきた。危ないところだった。ボールを足元に置いてゴールからキックだ。景気良くゴールを狙ってしまおう。ゴブリンの頭を蹴り飛ばしたときのことを思い出しながら思いっきり蹴る。
「おー飛んでいくなー」
ボールは青空に弧を描き、校舎の屋上に落ちた。
「生茂、おまえ何やってんだ。取って来いって言っても入れないからな。授業後一緒に取りに行くぞ。」
面倒ごとが増えてしまった。その後、誰も僕にゴールキックさせたくないのか、ゴールのある辺からボールを出さなかった。シュートは何本か来たが、すべてキャッチし、投げ返す。こっちはキックほどノーコンではないのでコートの中央に落ちる。あと、柿本くんのサポートのおかげで他のクラスメイトが2本シュートを決めて勝利。授業が終わる。授業後、先生とボールを取りに行く過程でずっと説教を聞かされた。そんなこと言ったってしょうがないじゃないかと思ったが、今後任務としてもキックして球をゴールにシュートしなければならない場面が…
ないと思うのでしばらく練習しなくてもいいかな。
広瀬くんと食堂で昼食を取り、午後の授業も恙無く進む。ま、リスニングだけは普通に日本語の変な会話を聞かされるだけになってしまっていたが。
帰りのホームルームを終えると、部活の面々は着替え始め、無所属は帰り始めた。僕は個室トイレに駆け込んで着替え、G石板を起動。ピンを立てた異世界の街に転移し、蒼一郎さんと合流を図る。蒼一郎さんは近くの宿屋にいるようだ。
「ソウという人物はこちらにいますか?」
「お連れ様ですか?彼、昨日酔ってチェックインされたから一泊なのに大量のお金を渡されてねぇ。夕どきなのに降りてこなくてどうしようか悩んでいたんだよ。」
一泊5000のところ彼は9万ソルト払っている。酔って有り金全部払ってしまったのだろうか、それとも多めのチップか。うーん、彼の真意はわからない。
「さすがに僕にはわかりかねますのでお部屋の番号教えてもらえますか?」
「いえ、さすがにそれはちょっと…」
それはそうだ。もし僕が彼を殺しに来た人だとしたら教えられない。
「彼が降りてくるまでここで待っててもいいですか?」
「ええ、まあでも座って待つのであれば何かちょっと注文して欲しいなぁなんて。」
昼にラーメン食べたばかりだからそんなお腹減ってないんだよな。だがお姉さんのお願いには逆らえない。僕は紅茶と軽いサンドウィッチを頼んだ。
物流が発達していなさそうなのにシャキシャキなレタスとジューシーなトマトとアツアツのチキンが挟まれたサンドウィッチだ。パンもふわふわである。小麦の精製機も高性能なのだろうか。
「このサンドウィッチうまいなぁ。なんでこんな新鮮なんだ?」
「ああ、それね。うちの親戚の畑で採れたの使ってるの。煮物とかは別に日が経ったの使っても差がわからないけど、生野菜はそうはいかないからね。あとパンは魔道具使って作ってるって言ってた。他ではあんま食べられないよ。その分高いけどね!」
「お金は…」
「ああ、あんたを待たせてる客の分から引いとくよ。」
本人の知らぬ間に奢ってもらった形だ。午前中の仕事をほっぽった罰だ。800ソルト分、ゴチになります。しばらくすると蒼一郎さんが降りてきた。昨日の格好のままでさらに髪がボサボサである。
「あ、玩くん。おはよう。」
「おはようってもう夕方ですよ。学校行って帰ってきたんですから。」
「えっ本当?いや、そうかここにいるってことはそういうことだもんな。」
蒼一郎さんは頭を掻きながら僕の向かいの席に座る。
「それより、僕の送ったの見ました?」
「いや、見てない。どんなことわかったの?」
僕は鳥串屋から聞いた情報を話した。魔物が少なくなっている、ゴブリンが臆病になって逃げることが増えたと言う情報だ。
「ああ、それは私も聞いたよ。これから街の外に出て調べてみようと思う。ある程度調べ終わったら王都に行く。3日ほど、この街で調べようと思ってるから。」
「確かにそれぐらいが妥当ですかね。この街には邪神関係がいなさそうですもんね。」
「決めつけるのは良くないが僕もそう思う。」
この場所には邪神に関係する者はいない。そんな空気を感じるが、あくまで第六感。信頼しきってはいけない。
「お客さん、会話中悪いんだけどさ、昨日お渡しになられたお金が多すぎるんだけど。」
「あっ本当だ!お金一銭も持ってないじゃないか!盗まれずの魔法をかけたはずなのに!え?ああ、すまないね。2日分の宿代、10000ソルトを抜いて返してくれないか?」
「わかった、すぐ持ってくる。そっちのにいちゃんは黙っていればよかったのにって顔をしているね。商人や宿屋は信頼が大事ってね。出かけている間に部屋に置いてあるものが盗まれるかもしれないという心配を抱えたくないだろう?信頼できない宿屋には止まりたくないだろう?だからこういうのはちゃんと報告するのさ。」
僕は別に黙っていればよかったのにって顔はしていない。勝手に蒼一郎さんのお金を使ってサンドウィッチと紅茶を飲食したのがばれたらどうしようって顔だ。
「はい、70200ソルトだ。」
「あれ、800足りない…」
蒼一郎さんは机の上を見て、メニュー表を見た。視線の先はサンドウィッチと紅茶のセット800ソルトだ。
「ま、待たせた分の奢りだよね。しょうがないや。」
あまり気にしてないようだ。強く咎められないでよかった。さすがにちょっと罪悪感があったので、最後の一切れをあげた。目を見開いていたので彼もこのサンドウィッチの虜担ってしまったのだろう。
宿を出て、門で冒険者証を見せて街の外に出る。
「蒼一郎さん、探知お願いできますか?」
「ああ、そうだね。」
蒼一郎さんは探知をかけた。
「魔物がどこ向かっているとかわかります?」
「少ないってよりどっかに移動しているって考えたみたいだね。どうやらそれが正解のようだ。みんな北に向かっているよ。」
北に魔物が集合し始めている。よくあることなのかわからないけれども、街の人はそんなニュアンスで「魔物が減った」とは言っていなかった。
これまた第六感ではあるが、これには邪神の意思が感じられる。
「蒼一郎さん、準備して僕らも北に向かいましょう。まずは王都に。」
「二、三日経ってからと思ったけどすぐ動いたほうがよさそうだ。」
街に戻り、屋台で鳥串を買う。
「おっちゃん、情報ありがとうね。役に立ちそうだ。」
「お、そうか。また買いに来てくれてありがとうな。」
「もう街を出ようと思うからしばらく会えないけどまた買いに来るよ。」
「ちょっと稼ぎが減っちまうな。」
「いや、昨日今日で変わるもんでもないでしょう。鳥串10本ちょうだい。」
「毎度!」
焼き上がりを待っている間、隣のサンドウィッチ屋でも買っていく。ここのより宿のほうが美味しいが、持ち歩けるように梱包してあるから今はこっちのほうが都合がいい。集合地点である門の前まで戻り、出る手続きを済ませておく。
「お姉さん、すまんが今日で引き払わせてもらうよ。お金は持っておいてくれ。」
「急にどうしたんだい。さっきまで2日調べるって言っていたのに。」
「事情が変わった。魔物たちが北に集まっている。ゴブリンが臆病になったって話は聞いたか?」
「集まってるって。ああ、うちに泊まってる冒険者が話してたよ。逃げちまうから商売にならないって。」
「臆病になったのは力量を判断できるようになった、生存本能が高まった、頭が良くなったってことだ。」
「ゴブリンがホブゴブリンになろうとしているってことか?」
ホブゴブリンはゴブリンが強く大きく賢くなっなった姿だ。こどもぐらいだった身長は大人ほどまで伸び、思考力は人間よりちょっと低いがゴブリンと比べると雲泥の差、つまり厄介な敵になるということだ。
「まあ、多分そうだ。それの調査を早くしないと厳しいかもしれない。だからいち早く北に行かなきゃならん。」
「北には王都もあるし王都の強い騎士様たちがやってくれるだろうさ。大丈夫じゃないのかい?」
「それ以上にまずいことが起きるんじゃないかって冒険者のカンが言ってるのさ。」
「冒険者のカンってあんたまだ成り立てでしょう…。ま、事情はわかったよ。残りの宿代はサンドウィッチで渡すから。ほれ。」
宿屋のお姉さんはサンドウィッチを包んだものを渡してくれた。
「ああ、そう言おうと思ってたんだ。ありがとう。」
「貰ってくれって言ってのにさ。はぁー。気をつけて行くんだよ。」
「じゃあ、もろもろ終わったら泊まりに来るよ。またね。」
蒼一郎もまた、門へ向かう。
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