15
蒼一郎さんはメールを見てくれただろうかとG石板を確認するが、反応はない。バックルとタップジンを入れようとしたが、仕事に行かなきゃいけないのを思い出して着替えと首斬椿を詰め込む。もう彼のカバンには一切勉強道具が入っていない。体育があったことを思い出し、さらに体操着袋を詰めカバンはパンパンである。
無音のダイニングで朝食をとる。この無音さは居心地が悪い。唯一なった音は僕の焼いたトーストのチン!って音と咀嚼音ぐらいだ。なぜこんなにも父は悠々と新聞を読めるのか、母は笑顔でスマホゲームができるのか、兄は優雅に目玉焼きを食べられるのか不思議である。
「ごちそうさまでした。行ってきます。」
「……」
無言の行ってらっしゃいを感じながらドアを開ける。
「おう、玩ちゃん!昨日は来なかったけどどうしたんだ?」
「いろいろあってな、しばらく来れそうにないんだ。」
「そうか、手伝えることあったら言ってくれよ。」
「近いうちおもちゃ買いに来るから!そんときゃよろしく!」
「なんだ?バイトでもしてんのか?高富坂内は禁止だったろう?うちを断ってどこで働いてんだ?」
「契約上簡単には言えない!というかバイトしてないよ!」
そう、バイトはしてない。正社員だもの。社員証もらってるもの。
「そうか、そのうち教えてくれよ!」
「じゃ!」
「学校頑張れよ!」
うちの家族より店長の方がよっぽど家族やってる気がする。店長養子にとってくれないかな。
とかバカなこと考えていたら学校だ。
「生茂じゃん。」
「あ、立川さんおはよう。」
「おはよう。昨日おもちゃ屋来てないって陽太と優奈が悲しんでたよ。っていうか聞いたんだけどおもちゃ屋に毎日いるんだって?」
「ま、まあ毎日いた、かな。」
「昨日どうしたの?毎日いたのにって、死んじゃったのかなって泣いてたんだよ。二人が泣いていることよりあんたが毎日来てることと来ないと死を心配される程なのかって驚いたんだから。」
「マジですか、僕死んだんじゃないかって思われてたのか…」
「うちのチビ達泣かせたってことに怒りたいけど高校生だから用事ぐらいあるよね。うちもチビ達寝るまで帰らないで一言も会話しない日とかあるからなんも言えないんだけどね。」
「ん?バイト?」
「いや、友達付き合い。」
「そりゃ高校生だもんね。いろいろあるよね。」
立川さん結構可愛いし、いい子だけどけどチャラいからな。本命は大学生のお兄さんと朝帰り、次点で社会人の多くのパパ、いやお父さん泣かせる真似はしないか。本命一本かな。
「いや、何温かい目で見てんの。女友達だよ。彼氏とかまだだし。」
「おっ、視線からするとあの坊主か、野球部なのかな?野球部エースに熱い視線を送る可愛い女子高生。うんうん、絵になるなぁ。コミカライズ決定だね!」
「うるさい。」
あたまをチョップされた。これは図星だな。私の偏った知識メンタリズムを舐めないでもらいたい。
「ま、人の恋路は邪魔せずニタニタ見守るに限りますなぁ。」
「おっ、生茂くんわかるじゃん!」
「桂花!何言ってんの!」
「初めまして、高橋桂花よ。同じクラスだけど会話したことなかったからね。ずっと勉強してるからヤバイ人だと思ってたけど生茂くんわかってるね。あの坊主は野球部エースの赤羽くん。うちのクラスだよ。」
「おお、やっぱりあいつは野球部エースですかふむふむ、ニタニタ度が上がりますなぁ。」
「でしょでしょ、恋する乙女は可愛くなるからねぇ。」
「じっくり見守ろうの会はすでに発足済みですかな?」
「いえいえ、まだでございます。生茂さま、発足の際は是非会員になってくださいますか?」
「ええもちろん。是非とも入れさせていただきたい。」
「決定ですな。ここに『立川遥の野球部エースの赤羽くんへの恋をじっくり温かく見守ろうの会』を発足します!そして会員No.1として生茂くんを迎えたいと思います。」
「恐悦至極にございます。粉骨砕身の精神で温かく見守ろうと思います。」
高橋さん、めちゃくちゃノリいいな。最高にいい。こんな人いたなら早く教えてよ。
「何二人でやってんの!温かく見守るも何もちょっかい出しまくってるじゃない!」
「「てへっ」」
高橋さんのノリの良さを確認し、立川さんの紅潮した頬にニヤニヤしながら教室に入る。ロッカーから今日の授業で使うテキストを全て取り出す。
「おい、生茂くん鞄がパンパンなのにロッカーからもあんなに教科書取り出してるぞ。」
「すげえな、やっぱり格が違うというか。」
「もっと上いけたんじゃない?」
「家近かったからとかじゃない?」
なんかいろいろ言われているが最後のは半分正解。近くておもちゃ屋通れるところを選んだのだ。平野は個人経営の割に有名店で、店主がおもちゃ好きでイベント大好きだから量販店よりもちょっと値段高くてもあそこで買おうってなるほどの店である。僕もその一人だ。
今日も授業を真面目に授業を聞く。123限は特に問題ない。英語の教科書が綺麗に日本語に翻訳されててびっくりした。下線部もしっかり対応した部分になっている。並び替え問題も日本語通りに並べると正解だった。これは小学生の国語みたいである。英語に戻してって念じると英語に戻った。
4限目は体育。今年はサッカーである。
「おっ、生茂めっちゃムキムキになってね?腹筋バキバキじゃん。ゴールデンウィークだけでどうしたらそうなんの?」
タップジンの広瀬くんが話しかけてきた。彼はなんというか細長い。ガリガリだ。むしろどうやったらそんなに痩せられるのか、女子に講義を開いたらモテモテになりそうだ。
「いや、軽く修行させられたというか、まあいろいろあってね。」
「へえー、秀才なのに運動までできるようになったらモテるんじゃないか?」
「さあ。みんなからの評価はガリ弁だし、話したことある人からは趣味年齢6歳の出歯亀だろうしね。モテるわけないと思うよ。」
「それは言えてるなぁ。」
「勉強出来ようが運動できようが顔とコミュニケーションがなきゃモテないっていうのが僕の持論さ。」
「それは言えてるなぁ。」
「赤羽くんを見てみなよ。勉強もできる。運動もできる。坊主なのにそれを欠点としないイケメンフェイス。女子を楽しませる完璧な話術。モテる要素詰め込めるだけつめこみました!っていうテレビ通販の松前漬けみたいな感じだね。」
「例えがピンとこないけど言う通りだよ。」
松前漬けの例えは失敗したなぁ。やっぱり僕にはコミュニケーション能力が欠けているのかもしれない。
「あ、授業始まるぞ。生茂くん、あんまり落ち込むなよ!」
「あ、ああ。」
体育の授業が始まった。久々な感じである。闘神さまのところで鍛えたから運動能力が上がっていることを期待している。
「よし、まずはアップとしてグラウンド5周な。」
「「「「ええー」」」」
「文句があるなら10周でもいいぞ!」
「「「「はーい」」」」
5周か、一周300メートルだったはずだから…
全力で走るとすぐだが、ばれて部活に勧誘されたら面倒だ。とりあえず赤羽くんの後ろをピッタリついていくことにした。
「おい、生茂。速くなったな。」
「ええ、休み中に鍛えましたから。」
「それはいいことだ。だが、息が全く切れていないのはいただけないな。」
手を抜いたと思われているのか。
「本気を出すのはマラソン大会に、ですよ。今のはあくまでアップですよね?体を動かす準備運動の一つですよ。屈伸で息を切らせる人はいませんからね。」
赤羽くんに少し睨まれてしまった。そういえば赤羽くん、ちょっと息切れしてたもんな…
「まあいいや、サッカーは本気出せよ。」
「いや、サッカー下手なんでうまくできるかわかりませんよ。」
みんなが到着し始めた。そろそろ体操だ。ペアをいつも組んでいた柿本くんはサッカー部に入っている。ガタイはいいが、めっちゃ優しい人である。コミュニケーションをこちらから取らなかった上に、サッカーは下手なのでパス練習で変なところに飛ばしても特に起こることなく励ましてくれた。
ペアを組んで柔軟をする。柿本くんはめちゃくちゃ体が柔らかい。肩幅が広く、筋肉質なので硬そうに見えるのだが、関節はぐにゃぐにゃである。タコのようだ。柔らかい選手は怪我をしにくくいいプレイヤーだと聞いたことがあるので柿本くんは優秀な選手なのだろう。
今日はいきなり試合だ。パス練習のたびに柿本くんに申し訳ない気持ちになるので少し気が楽だ。
「男女別のチームだな、こっからここまでが女子A残りがB、ここで分けて前がA後ろがBな。女子はグラウンドの手前、男子は奥だ。怪我には気をつけろよ。」
柿本くんと赤羽くんは敵チーム、広瀬くんは同じチームだ。
僕はボールを蹴るとあらぬ方向に行くのでゴールキーパを所望。要望は無事通る。なんでかというと負けたらゴールキーパ1点に責任を負わせられる体。0に抑えられれば負けは絶対ない。神の力、見せてやろう。
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