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Ⅱ 上手に○けますか。

 * * *


 坂上(兄)が、横抱きで一海を運ぶ。いわゆるお姫様抱っこだ。

 弥生はその姿を見て眉間に皺を寄せた。


「しょうがないだろ? 俺は肩を貸せないし……」と、坂上が車のロックをしながら弥生をなだめる。



「あぁ、うん……そうじゃなくて、お姫様抱っこされるのが妙に似合うので、脅迫用に証拠写真を撮っておこうかと」


「なんだそれ。やめてやれよ」

 坂上は苦笑する。



 ドアを開けた時の()()の慌てぶりと恐縮ぶりは、坂上兄弟も弥生も困惑するほどだったが、矢坂が先に連絡していたらしく、リビングに続く和室に布団を敷いてあった。


「ほんとに、ご迷惑をお掛けして……」


 それでも一海の顔を見たら安堵したのか、お茶とお菓子を出す頃にはだいぶ落ち着いたようだ。



「あの、ひょっとしてあなたが横峰さん?」

 お茶を弥生の前に置きながら、遠慮がちに李湖は問う。


「あ、はい」と弥生が頭を下げると、李湖は嬉しくてしょうがない様子で顔をほころばせた。


「こんな時でごめんなさいね。そうなの……あなたが」




 一体どのように話をされているのかわからないため、弥生は緊張していた。

 坂上がにやにやしているのが目に入り、秘かに睨む。



「みゃぁぅお」


 リビングのカーテンの側で、か細い鳴き声がする。

「やあ、可愛い猫ですね」と坂上(兄)がその姿をとらえて笑顔になった。


「うちで飼っているんじゃないんですけどね、時々遊びに来てくれる猫さんなんです」と、李湖も笑顔で答える。


「へぇ。名前とか、つけてるんですか?」

「一海は『ノラ』とか『ノーラ』って呼んでますけど」


「……まんまっすね」



 兄と李湖が猫談義で盛り上がっているのを横目に、坂上は弥生に目配せし、一海の様子を見に移動した。

 学校での状態よりはましになったのか、今は眠っているようだ。


 帰宅後すぐ検温もしたが、やはり平熱だった。



「三時限目くらいから格段に調子悪くなって来たみたいなんだよなぁ。横峰さん、なんか知らない?」

「私にわかるわけないでしょ」



「そうか……じゃあ――」


 坂上はため息をつき、リビングにちらりと視線を投げると「あの猫に訊いといてくれよ」と続けた。




「え……な、なんで……?」


 弥生は動揺する。


 一海の家に通う白猫のことは一海からも寧々からも聞いていたが、弥生が目にしたところでなんの違和感もなかったのだ。



「だから言ったろ? 俺、わかるんだって。ほんとは、横峰さんもわかるんじゃないの? 自覚してないだけでさ」


 坂上は弥生の動揺を気にも留めず、そう言った。


 * * *


「え、あの蒸かしたての肉まんがそんなこと言ってたの?」


「寧々さん……それ、さすがに言い過ぎ」



 その夜、弥生は電話で事情を説明していた。相変わらず寧々は()(きぬ)()せず――というか、時には着せた方がいいんじゃないかなぁ、と弥生が思うほどストレートな感想を口にする。



「まぁそれはともかく」と寧々は流し、「多分そろそろ来るんじゃないかなぁ、とは思ってたけど。どうしようかねぇ」と思案気な声になった。


「そろそろって?」



「ん。(へん)()だよ変化。早い子はそれこそ赤ちゃんからってか、中には猫の状態で生まれる子もいるけど、遅くても高校生くらいには現れるもんだからねぇ。これはお赤飯炊かなきゃねぇ」


 どこかふざけた口調で言う寧々だったが、弥生は心配になって来た。



「あの、一海くんのお継母(かあ)さんって、知らないんですよね? それ」

「そうなんだよねぇ……どうしよっか」



 あの状態ではどこかに連れ出すのは不可能に近いだろう。

 だからといって、連日押し掛けるわけにもいかないし、李湖の目の前で変化してしまうと大変なことになるに違いない。



「ん~、そんじゃまぁ、寧々さんが一肌脱ぎますかねぇ? 明日から連休でよかったじゃん?」


「はぁ……?」



 何か策があるらしいが、普通のヒトである弥生には彼らの生態は謎なままだった。


 * * *


 翌日。弥生は朝から呼び出され、一海の家に向かった。



「弥生ちゃぁん、こっちこっち」

 自転車で来たものの住宅地に入り込み迷っていた弥生に、寧々は通りの向こうから手を振って来た。



「すみません、遅れて――あの?」


 ようやく合流し、寧々の隣に佇んでいる男性に気付いた弥生は困惑する。

 見たことあるような気がするが、どことなく記憶と違う。



「大丈夫大丈夫。あ、弥生ちゃんは会ったことあるっけ? こいつ、(げっ)(こう)。あの雑貨屋の店長なんだ」


 そう言われて晩夏の出来事を思い出す弥生だったが、多少不機嫌そうな表情で佇む男性は、やはり記憶と一致しない。



「あぁ、ひょっとして(にっ)(こう)にしか会ってないかな? こいつ、双児の弟がいるから。ちなみにゲコちゃん朝が弱いんで、まだ半分寝ぼけてるかも」

 そう言って寧々はケラケラと笑う。


「あ、そうなんですね。初めまして」

 弥生はようやく違和感に納得できた。



「初めまして。そうですか、あなたが一海くんの彼女さんなんですね。以後お見知りおきを」


 寝ぼけてると言われた月光は右手を胸にあて、そっと会釈する。


 その仕草が驚くほど優雅だったので、弥生はどきどきしてしまう。

「あ、こ、こちらこそ」と慌ててぺこりとお辞儀をする。



「じゃあ、十時になったね、お邪魔しようか」

 寧々はニカっと笑って白い歯を見せながら、一海の家の呼び鈴を押した。


 * * *


「なんか月光さん、不承不承って感じでしたけど、大丈夫でしょうか?」


 一海の部屋に通されてから、弥生は寧々に問い掛ける。



「大丈夫大丈夫。あいつはお得意さまには弱いんだよぅ。アロマテラピーと漢方と鍼灸のアレをソレした秘術――的な説明をしてくれる予定になってんだ」


 寧々は片手をぱたぱたさせて笑う。




 一海や寧々の親戚が月光の商売上の神にも近い存在だそうで、一海にはもちろん、その継母(はは)でありお得意さまな李湖には頭が上がらないとか足を向けて眠れないとか。


 弥生が寧々から聞いた話では大体そのようなことだった。




「まぁ、ほんの二、三時間か、せいぜい四、五時間だけど、時間稼ぎしといてもらわないとね」


「二、三時間はともかく、四、五時間って」

「もーそんなそっこーで突っ込むなんてさぁ。弥生ちゃん、ちょっとカズミンに似て来た?」


「え、いえ、そんな」



 弥生の突っ込みを適当に流し、寧々は荷物から香炉を二つ取り出した。

 色の違う三角錐の香を取り出し、それぞれの香炉に入れる。


「これは、あたしらの『(から)(やぶ)り』を促進させる香でね――体力が弱ってる()や、あとは難産の時なんかにも使うんだ」


 そう言いながら火を灯し、一つを一海の枕元、もう一つを足元の床に置く。




 一海はベッドで寝ている。

 先ほど容態を確認した限りでは、ゆうべの午後九時頃に一度起きて水を飲んだきり、そのまま眠り続けているとのことだった。



「さてと、どうしようかなぁ……ほんとは猫の姿の方がいいんだけど、カズミンだいぶ育っちゃってるから」


 弥生が首を傾げると、寧々は少し困ったような表情で微笑む。

「いや、万が一暴れたりした場合、猫の姿だと吹っ飛ばされちゃうじゃん?」


 ああ、と弥生が納得し掛けると、寧々は更に困ったような顔をする。




「だから……その、ちょっと衝撃的かも知れないけど、我慢してね?」


「はぁ……よくわかりませんが、わかりました」



 何を始めるかわからないが、弥生が多少衝撃を受ける可能性のある儀式をするのだろう、ということは理解できた。


 逆に、非常にショックが大きいことならば、さすがに立ち合わせたりはしないのだろう。




 寧々は小さなタライを出し、湯を張る。そして香油のようなものを何種類か混ぜ、タオルを何枚も浸した。


「まぁ、これは普通に(せい)(しき)だと思ってくれていいよ。ほんとは全身やった方がいいんだけど――とりあえずできるとこだけ」



 そう説明しながら、絞ったタオルの山を作り保温バックに入れる。顔、首元、腕や胸元に掛け、タオルを変えながら拭いて行く。寧々の表情は真剣だった。


「えっと……やっぱお腹から下は、ちょっとあれだよね? まぁ、上半身だけでも大丈夫なんで」


 上半身を拭き終えた寧々は苦笑する。

 何を言いたいのか理解した弥生は赤面した。


 だが清拭程度で衝撃的とは言わないはずだ。


 弥生が首を傾げていると、「じゃあこれからが本番なんで」と、タライを退()けた寧々は小さな瓶を取り出した。



 蓋を開けると、部屋の中に甘い香りが漂う。


「これも殻破りの香油の一種なんだ。ほんとは全身に塗り込む方が効果的なんだけど、ベッドが大変なことになっちゃうんで――」と、手のひらに香油を取って伸ばし、一海の顔や首元に塗り込む。


 寧々の額や首元には汗の粒が光っていた。



 香油でマッサージされた一海は、時々ぴくんと反応していた。

 だが目は覚めない。


 もし今、目を覚ましたら――と、弥生の心の中にもやもやしたものが芽生えて来る。相手が寧々だとわかっていても、こんなに間近で一海に触れているのだ。





「――やっぱまだ駄目か……」


 額の汗をぬぐいながら、寧々はつぶやく。そしてまた香油の瓶を手に取った。



「あの……」

 やはり全身に塗ることになるのだろうか、と弥生は考えた。

 ならばその場面は見たくない。知らなければ知らないでモヤモヤはつのるだろうけど。



「しょうがない、アレをやるか――ん? なぁに?」


 入り込んでいたのだろう、寧々は弥生の声がして数秒後に、呼ばれたことにようやく気付く。そして不安げな表情を見て「あぁ」とうなずいた。


「カズミンの身ぐるみ()ぐようなことはしないよぅ。今は効率的な方法が確立されてるから――でも、ちょっとだけアレなんで、びっくりしないでね?」



「はい……?」と、弥生が合点がいかぬ表情をしている前で、寧々は香油を口に含んだ。


「これれはぁ、ひょっろひょうれひあ……」



 そう言うと、寧々は(おお)い被さるような体勢になり――いきなり一海の顔を舐めた。


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