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Ⅰ 上手に○けません。

『モノノ系はじめました。 ~ 空気系男子と屋上系女子 ~』の数日後のお話です。

 一海は午前中から体調が少しおかしかった。


 弁当はどうにか完食したが、午後の授業には集中できないほど頭がぼぉっとして、身体(からだ)が重くダルく感じられた。



 矢坂の授業だったので、見回りで近くに来た時に「先生……なんか俺、熱っぽいかも知れないんですけど」と訴えてみたが、矢坂は一海の額に手を当てて「熱はなさそうだけどなぁ?」と首を傾げる。



「まぁ、具合悪いなら寝ててもいいが……木ノ下お前、ゆうべ夜更かしでもしてたんじゃないか?」


「それ、先生(ようちゃん)の課題のせいじゃないんすか?」と、(とび)()が茶々を入れ、テキストで頭をはたかれる。後期になってから席替えをしたので、鳶田は一海の斜め前の位置に座っていた。


 ちなみに一海は一番廊下側の列の真ん中辺りで、隣に柱がどーんと控えている席だ。



「やっべー、体罰じゃん」


 鳶田は両手で頭を押さえ、大袈裟に痛がって見せるが「体罰ってかあれだよな。愛あるツッコミ」と、一海の後ろの席になった坂上が訂正する。




「なんでもいいが、お前らほんと俺のこと教師と思ってないよなぁ……」


 教室が笑い声でざわつく中、矢坂はため息をついた。


 * * *


 六時限目まである日なら保健室で休もうと思ったかも知れないが、今日の授業は五時限で終了だった。


 一海はぐったりとしたまま英語の授業を終え、帰りの(ホーム)(ルーム)の間もそのまま机で臥せっていた。





「ねえ横峰さん、木ノ下(こいつ)どうしよう」


 各自それぞれに下校して行く中、坂上が弥生に声を掛ける。



 弥生は窓際の自席に座り、静かに読書をしていたが、呼ばれて初めて気付いたという風に振り向いた。



「いや、やよ……横峰さんは家の方向も違うしさ……」と、一海は上体を起こすが、だるさのあまり、すぐ脇にある柱に寄り掛かる。


「柱の隣なんてうぜえって思ってたけど、これ結構便利だなぁ……はは」と一海は軽口を叩くが、坂上の表情は硬い。




「お前、こんな時にまで強がるなよ。ってか、家の人に迎えに来てもらうことはできないのか?」


「親父は単身赴任だし、リコさんは……心配、掛けたくない」

「お前なぁ……」


 坂上はイラついた様子で一海を見ていたが、思い直したように首を振る。



「しょーがねーや……担任(ようちゃん)に許可もらって、うちの車()()させるからよ」


 * * *


 兄の車を回してもらったと坂上が言い、一海は鳶田と矢坂に左右を支えてもらいながら玄関まで下りた。


 坂上が鳶田を含め三人分のカバンを持ち、弥生も後ろからついて来る。




「やっぱりお前ら、俺のこと教師だと思ってないだろ……」


 眉間に皺を寄せ、矢坂が愚痴る。坂上は全然悪びれていない様子で弁解した。


「すみませんね、先生。俺、背が低いから木ノ下(こいつ)のこと支えたくても無理じゃないすか。かといって、女子の横峰に力仕事やらせるわけにもいかないですし」



「まぁそれはわかるが……っていうか、横峰は先に帰っててもよかったんじゃないのか?」

「え、あ、私は、その……」



 察しの悪い矢坂に、鳶田がやれやれ、という顔をする。


「よ~ぉちゃ~ん。そんな野暮なこと言っちゃぁいけませんよぅ」



「え……え? そ、そうだったのか……?」


 矢坂は驚いて一海を見るが、当の一海はそんな会話も聞こえていない様子だった。矢坂は二重に気まずくなり、咳払いをする。



 玄関先で待っていたのは、歳の頃三十前後のワイルドな風貌の男性だ。


 一昔前に流行ったような少し長めの髪を後ろに流すような髪型で、白いTシャツに黒の皮ジャンというスタイル。



 言われなければ、この風貌で寺の長男とは誰も思わないだろう。



「よう、矢坂……あ、今は矢坂『先生』だっけ」と言って軽く手を挙げる。


「おぉ? 坂上じゃないか……あ、そうか、坂上は坂上のお兄さんだったな」



 元同級生同士、どことなく間抜けな挨拶を交わした後、矢坂は思わず似ていない兄弟を見比べる。兄は背も高い方で、顔も濃い。対して弟は背が低く、某ギャグ漫画の主人公に似ているとよく称されている。



「まぁ、言いたいことはわかりますけどね……俺、こう見えて意外と自分のこと気に入ってんですよ?」と坂上は矢坂の視線に気付いてため息をつく。



「ん~? 何いじけてんだ(さとる)。お前ほどのいい男はいないと思ってるぞ、兄ちゃんは」

「このタイミングでそういうことを言っちゃうのが、兄ちゃんのあれなとこなんだけどなぁ」と、坂上は苦笑する。



 坂上(兄)の車は大きなRV車だった。車の後部に自転車用のキャリアがついている。

 一海を後部座席に寝かせてから、坂上兄弟は一海の自転車を手際よくキャリアにくくりつけた。



「――で、横峰さんどうする? 木ノ下(こいつ)んち、行ったことある?」


 矢坂や鳶田と共に作業を見守っていた弥生に、坂上は尋ねる。だが、弥生は首を横に振った。


「いや、あの、大丈夫……」



「横峰さん、なんか変わったよね、いい意味で。でもまぁ、ついでなんで一緒に送って行くよ。自転車、それだよね?」


 遠慮する弥生になかば呆れながら、坂上は有無を言わさず弥生の自転車を引っ張り出した。

 同じようにキャリアに固定すると、弥生を後部座席に押し込み、矢坂と鳶田に挨拶をして車は発進する。






「横峰さんさぁ、木ノ下(こいつ)のどこがいいの?」


 走り出した車の助手席から坂上が問い掛ける。



「え? どこって、あの」

 後部座席で一海に膝枕をした状態の弥生は、思わず赤面する。



「おいおい覚。女の子にそういうこと訊いちゃうのか?」と、坂上(兄)がカーブを切りながら弟をたしなめた。


「まぁ、こんな機会(とき)でもないと訊けないかなぁ、って。教室とかじゃ無理だろ。俺ずっと不思議だったんだ――こいつの良さをわかる女子なんて、そうそういねえんじゃないかって思ってたからさ。あ、褒めてんだよ?」



 弥生はなんと答えたものか、困惑してしまった。


「どこ……っていうか、一海くんとは幼稚園で一緒だったんですよね」


「へぇ――こいつ、幼馴染は男しかいねえって言ってたのに。隠してたのか」

 坂上はくすくすと笑うが、弥生は慌てて否定する。



「あ、いえ、その辺はちょっとあの」


「あぁ、なんかあるのね、そりゃあごめん」

「いえ……」




 幼馴染エピソードに関しては、一海にも弥生にもある意味黒歴史に相当するため、お互い他言無用という協定を秘かに結んでいた。


 もっとも、幼馴染エピソードをわざわざ披露するような場面も、今まではなかったのだけど。




「いや、本音言うと、木ノ下(こいつ)と横峰さんが上手く行って嬉しいんだよね、俺。そっかぁ、幼稚園かぁ」

 そう言うと坂上はにんまりし、「あ、もう少しで木ノ下んちに着くから」と言い足す。



「あ、はい」



 ふと、坂上に対して無意識に敬語を使っていることに、弥生は気付く。


 以前から時々、坂上とは同学年の男子ではなく年上の男性と話をしている気分になる時があるのだ。なんとも不思議な気分だった。






「おぉい覚、ナビだとこの辺なんだけど……どの家だ?」


 近所まで来たのはいいが場所がわからず、坂上(兄)はハザードランプを点け、車を徐行させる。



「えーと……ああ、あの角の家だ。ポーチんとこに猫が二匹座ってるだろ? そこ」


 言われて弥生もそちらを見ると、三毛猫と赤毛の猫が一軒の家の玄関先に鎮座している。



「坂上くんは、来たことあるの?」


 当然のように指示をするので、そうなのだろうと弥生は思いながら尋ねた。


 家を行き来するほど親しいような話は一海から聞いたことがなかったが、話下手で必要なこともなかなか言い出せない一海のことだ。あり得ない話ではない。



 だが、坂上は「いや? 初めてだよ」と返す。


「え?」と弥生が驚くと、頭をがりがり掻きながら坂上は思案げに続ける。



「なんていうかなぁ……俺、なんかそういうのがわかるんだよね。説明しにくいけど」

 運転席では坂上(兄)がうんうんとうなずいている。



「そう……そうなんだ。すごいね」



 弥生はそれだけしか言えなかったが、『わかる』のであれば、今までの坂上のさりげない行動に、なんとなく合点がいくのだ。



「あれ、随分あっさりと信じたね……なんて、野暮なことはやめよっか。さ、着いたよ」


 と、イケメンなへちゃむくれ饅頭が笑顔で弥生をうながした。


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