えすとえむの仲
鎌李と遥が学校に着いた時にはクラスに人はおらず、カバンなどが置いてあるので他のクラスに行っていると理解する。
「莉緒はまだ来ていないみたいだな、いつも俺らより早くに来てるのに。」
「そうだね。今日の体育は何するんだろ、楽しみだなぁ。」
「ん、今日体育なんてあったか?月曜の時間割りだろ?」
それを聞いた遥は、しばらく硬直してから、鎌李のロッカーを漁り保健の教科書を盗っていく。
「おい、教科書忘れたからって俺の所から盗るな。莉緒から借りたら良いだろ。」
「やだ、鎌李が莉緒から借りたら良いんじゃない?」
鎌李はため息を吐いて、トイレに行くために教室を出る。
鎌李がトイレに入ると、中にいた恵斗が鏡を眺めている所を発見した。
「ナルシスト、朝からかっこいい自分に見とれているのか?」
「いや、寝癖直してただけだよ!?鎌李こそ、愛しの遥ちゃんの所に行かないのか?」
「黙れ・・・・あぁ、ちょうどここにワイヤレスのバリカンがあるなぁ。そうだ、俺がお前の寝癖を無くしてやろうか?」
鎌李がバリカンのスイッチを入れると、恵斗は足早に退出した。
鎌李がトイレから出ると、教室の前に遥と莉緒がいて、莉緒は鎌李を見るや否や鎌李の胸ぐらを掴んで睨みつける。何かと思い遥の方を見た鎌李は、遥が泣いている事に気付いた。
「お、おい。どうした!?っていうか、何で遥が泣いてんだよ!?」
「何でって、遥はあんたが私の教科書を取りに行ったと思って待ってたのに、あんたがどっかに行ったから寂しくて泣いてたんだよ。」
莉緒に手を離してもらい、鎌李はとりあえず遥のもとへと向かって行く。
「鎌李くん、ごめんなさい。もう悪いことしないから、許して。」
「別に怒ってねぇよ、だだトイレに行ってただけだ。そろそろみんなが来る頃だから、もう泣くな。」
遥は泣き止みはしたが、朝のホームルームが始まるまで鎌李から離れなかった。他の生徒が登校して来た頃には散々からかわれ、鎌李が不気味な笑みをからかった奴らに向けるとそれも止んだ。
鎌李はいつも通り色んな生徒に嫌がらせをしていたが、昼の休み時間には遥と一緒にいた。
「鎌李、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
「あぁ、面倒な事以外なら何でも」
遥は少し頬を紅く染めて、鎌李の腕に抱きつく。そして、遥は意を決していつもより少し大きな声でお願いを伝える。
「き、今日は、鎌李の家に泊まらせて欲しいの。昨日は、鎌李のお願いで私の家に泊まってったから。だから今日は、鎌李の家に泊まらせて欲しい!」
何をお願いされるかと思って思考を巡らせていたが、遥は鎌李の家に泊まりたいだけ。正直鎌李は拍子抜けをした。
「別に良いけど、鈴夏がいるから一緒に風呂は無理だぞ?」
「大丈夫、さすがにあれはまだ早かった気がする。それに、鈴夏ちゃんには見せられないよね」
「当たり前だ、歳とかじゃなく普通にこっち恥ずかしいわ!あぁ、でもその前に鈴夏が嫉妬しそうだな。そろそろ兄離れして欲しい。なんて言わねぇが、好きな男の一人くらい見つけて恋をしててもおかしくない年頃だ。なのに、今も男の告白とかを断っているらしいからな」
鎌李は、自分の妹の先を心配しながらも、相づちを打ちながら甘えてくる遥の相手もしてやっている。
約二時間後には放課後を迎え、二人は最寄りの駅へと向かって歩いて行く。
「そう言えば、小学校も中学校も私と鎌李の家の間にあったのに、高校に入ってからは鎌李の家からは遠くなっちゃったよね」
「・・・・何が言いたいんだ?」
「んっと、鎌李は電車で学校に来てるけど、毎日しんどくないのかな?って思って。電車の中、人がいっぱいいるでしょ?」
「まぁ、いるにはいるが、座れない程でもないな。たまに痴漢も出るけど、俺がいる時は全員警察に捕まってるな。」
鎌李が痴漢の所をおもしろそうに話すので、遥は鎌李が痴漢を捕まえているのだと見破った。
少しして駅で電車に乗り、鎌李がいつも使う駅で降りると、遥はニコニコとかなり上機嫌のようだ。
「どうした?何か良いことでもあんのか?」
「だって、今から彼氏の家に泊まりに行くんだよ?楽しくなっちゃうじゃん♪それに、鈴夏ちゃんとも久しぶりに会えるし。」
遥のテンションに少し不安を抱えている鎌李は、自分の家が見えた時、遥が走って行くその先にある信号の色を見た。今、赤に変わり、待っていた車は無いが少し先にこちらに向かって走ってくる軽自動車があった。
「遥、止まれ!!」
「え?」
遥はどうにか信号の前で止まり、軽自動車はそのまま通り過ぎて行った。
鎌李は遥のもとへと走って行き、彼女の両肩を掴む。
「ちょっ、鎌李、痛いよ」
「遥、お前あのまま突っ走って行くつもりだっただろ!?ちゃんと信号を見たのか!?」
「・・・・あ」
信号が赤く光っている事を確認した遥は、鎌李がどうして怒っているのかを理解した。
「ごめんなさい、鎌李が呼び止めてくれなかったら、私・・・・」
「・・・・次からは気を付けろよ。好きな人が目の前で死ぬなんて、考えたくない」
鎌李は遥を強く抱きしめ、焦りから荒くなった息を整えると、ポケットから飴を取り出し遥の口の中に放り込む。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「ねぇ、これ何の味?甘いけど、ちょっと酸っぱいしスースーするよぉ」
「あぁ、クールキャンディのレモン味だ。俺は食ったことは無いが、どうだ?」
遥は首を横に振り、鎌李はニヤニヤと笑って遥の頭を撫でる。
「あぁ、言い忘れてたけど、それ噛んだら中から酸っぱいジェルみたいなのが出てくるから気を付けろよ」
「ふぉうふぁんはっへうほー!」(もう噛んじゃってるよー!)
遥は唾液が溢れないように少し上を向いてしゃべるが、鎌李に笑顔で頭を撫でられているので、うまく上を向けないのであまり口を開けられない。
「ん、はぁ、ツバで溺死する所だったよぉ」
「ははは、いやぁ遥はおもしろいなぁ。いじってて飽きないよ」
二人は家の中に入ろうとするが、鍵が掛かっていてドアが開かない。鎌李は家の窓を全て調べに行くが、勝手口も含め鍵が掛かっていたようだ。
「俺は鍵持ってないし、鈴夏が帰って来るまで待つしかないか」
「え、あ、うん。そうだね」
遥は後ろに立っている制服姿の可愛らしい少女がムスッとして鎌李の背中をポカポカ叩いている。
「いやぁ、いつになったら帰って来るんだろうなぁ。かわいいかわいい俺の妹は」
「さっきからここにいるってば!」
「おぉ、鈴夏。相変わらず可愛いなぁ」
鎌李は自分の胸より低い位置にある小さな頭を撫で回しながら、鈴夏の髪を束ねているシュシュを盗った。
「わぁっ!お兄ちゃん、返してよぉ!」
「返して欲しかったら、取り返すか、今すぐ鍵を開けるかしてみろ」
「わかったよ、ちゃんと返してよね」
鈴夏は家の鍵を開けると、鎌李は鈴夏の髪を束ね直し、三人仲良く家に入って各自くつろぐ。
「お兄ちゃん、お父さんが明日学校が終わったらお店手伝って欲しいって言ってたよ?明日、団体でお客さんが来るらしいから。それも、貸し切りレベルだよ!?」
「はぁ、地味に人気だなあの店。っていうか、俺が必要なくらいならバイトくらい雇えって言ってたよな?」
「あ、まだバイトさん雇ってないんだね」
遥は大きなえびせんを美味しそうに食べており、その隣では鈴夏がえびせんにマヨネーズと焼いたイカをのせて食べている。まだ何枚か残っているようなので鎌李はそこから二枚取って、ソースとマヨネーズをかけ、サンドしてかじりついた。
えびせんを食べ終えた後、遥は姉の霞と妙に長い電話をしているので、手持ち無沙汰な鎌李は、鈴夏の読んでいるマンガを取ってパラパラと読んでみた。
「鈴夏、お前こんな趣味があったのか・・・・」
「えっ、違うよ!これは、友だちが好きでよくこの話するから、あたしだけ話に入れないのも寂しいから見てるだけだもん!あと、これ借りてきたやつだから汚さないでよね!?」
「いや、別に鈴夏も女の子なんだし、こういうのは読んでても恥ずかしくないと思うぞ?」
鈴夏が見ていたのは、どうやら恋愛もののマンガで、友だちの兄(高一)に恋した少女(小六)の物語のようだ。
鎌李は中々おもしろいなと思い、鈴夏のとなりに座って続きを読もうとするが、それは鈴夏がまだ読んでいるようなので諦めた。
「そういえば、鈴夏は今まで俺が読んでたマンガしか読んでなかったんだよな。今度、本屋で鈴夏に少女マンガとか買ってやろうか?」
「ううん、大丈夫。あたしはこっちより、お兄ちゃんが読んでた本の方が好きだから。」
そうか、と鎌李は残り少ない水筒の中身を飲み干し、つまらなさそうにマンガを読む鈴夏の頭を撫でてみる。
「ん、どうしたの?お兄ちゃん?」
「いや、別に何でもない。それにしても、いつも以上に長いな、遥の電話。」
「そうだね。確かに、遥ちゃんは電話してる時間長いけど、どうして廊下まで出るのかな?」
「ま、そういうマナーがあるからだろうな。あいつ、変なとこで真面目だからな。」