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別れを切り出してから何度か知美の携帯を鳴らしてみたけど

一度も出てくれることは無かった。




親父とお袋には、知美との結婚は取りやめたいと話した。

理由を聞かれたけど、まだ香織とは何も始まってなかったから

自分の我侭なのだと、本当に申し訳ないと詫びた。


向こうの親との顔合わせも済ませてただけに

二人だけの問題とはいかなくなってて

親父には最初、考え直せないかと尋ねられたけど

俺の気持ちはもう揺らぐことがないからと答えた。

お袋は同じ女として、知美の気持ちを考えたら辛過ぎると言って泣いてた。

そんな母親の姿を見て何とも思わなかった訳じゃない。

だけど、こんな気持ちのまま結婚をしたって

きっと二人とも幸せにはなれないからと、最後には親父もわかってくれて

まずは知美の事を説得してからの話だと言われた。

お袋は、知美が納得した時には一緒にお詫びに伺おうと言ってくれた。

俺は両親に対して、申し訳ないと思うと同時に心から感謝した。



そんな中、香織の誕生日にプレゼントを用意して一緒に過ごした。

俺の渡したテディベアのネックレスは

その青い色が香織の白い肌にとてもよく似合ってて

すぐにそれをつけてくれた香織の笑顔を見るだけで

とても満たされた気持ちになった。

こいつが笑ってくれるだけで俺はこんなにも幸せを感じるんだなって、そう思ったんだ。



香織と達也がふたりで良く行ったという海に行き

達也が彼女に贈った指輪があいつの手から離れて

静かに真っ暗な海の底に沈んでいくのを見届けてから

俺は香織に自分のありのままの気持ちをぶつけた。

こんなにも一人の女のことを想った事なんてなかった。

それまで楽な恋愛しかしてこなかった俺にとって

こんなに手の掛かる女は正直言って初めてで

香織はやっぱり俺にとって特別な女なんだとそう思った。



俺の気持ちにやっと気付いてくれた香織が泣きじゃくるのを見て

達也の友達としてじゃなく、一人の男として

初めて香織の中に存在できたことが嬉しかった。


まだ香織の中の達也が消えてなくなった訳じゃない。

そんな簡単なもんじゃないってことは分かってた。

あんなに愛し合ってた二人を一番近くで見てたのは、多分俺だから。

それでもいつか香織に俺だけを見てもらえたら



達也よりも たくさん 愛したい。

達也よりも もっと彼女を大事にしたい。



香織に出会って、俺の中で初めて生まれた感情だった。

そして当然のように知美の事を気にする香織。

これは俺が解決すべき問題なんだと

このままだと誰もが先に進めないと思い

改めて知美と向き合う決心をした。




毎日のように知美の携帯を鳴らした。

とにかく話をしないことにはどうにもならない。

式場には俺から保留の申し出だけした。

勝手にキャンセルすればきっと知美を傷つけるだろう。

だけどこれ以上時間を置くことは無意味なことでしかない。


香織との時間に幸せを感じれば感じるほど

話さえしようとしない知美に、つい苛立ちを覚えてしまって

何もかも俺の身勝手から出た結果じゃないかと、自分で己を叱咤した。


時間をかけて話し合えばいつかきっとわかってもらえる。

そう信じて、俺は知美の会社の前で仕事が終わるのを待ち伏せた。

出口から出てきた知美は、俺の姿を認めると寂しそうに笑った。


「とうとうここまで来ちゃったか・・・」

「話がしたい。ちゃんと話し合いたい、頼む」

「このままって訳には・・・いかないよね。わかった」

「どっか行くか?先に飯でも食うか?腹、減ってないか?」

「今までそんな優しい事、言ってくれたことあったっけ」


知美はそう言って俺の顔を真っ直ぐに見た。

俺はそんな彼女にまともに返事をすることもできなくて

言われてみれば、知美とは知り合いの紹介で知り合って

彼女がいないなら付き合って欲しいと言われ軽いノリで付き合い始めた。

恋愛よりも仕事を優先する俺に何の文句も言わないで

それこそ想い出らしいものなんて、たぶん何一つ残してやってない。


「そんな顔しないでよね。何か私が惨めになるでしょ」

「知美・・・・・俺・・・」

「式場に連絡したらしいね。こっちにも連絡あってさ。とりあえずは待ってもらってるけど、もうキャンセルしてもいい?」

「俺から連絡しとくから。キャンセル料とかも・・・・・あるかもしれないし」

「随分と現実的なんだね。そんな簡単なもんなのかな」

「知美、分かって欲しい。お前とは一緒になれない」

「もしかして例の彼女ともう寝ちゃった?好きな子出来たって、言ってたもんね」


相変わらずのきっぱりした口調に何も言い返せなかった。

でもはっきりさせなくてはいけない。

知美も俺も、前に進んでいくために。


「これは俺と知美の問題だから、その子は関係ない」

「心配しなくてもその子に何かしたりしないよ、私」

「分かってるよ。お前がそんな女じゃないことぐらい」

「嘘つき・・・・・信之は私のこと、たぶん何も分かってないと思う。ほんとはいつだって淋しかった。会いたがるのはいつでも私ばっかりで、信之から誘ってくれたことなんてなかった。いつも仕事が忙しいって

口癖みたいに言ってて、私のこと・・・ほんとに好きなのかなって、いつもずっと思ってた。それでも結婚すれば、今までの分取り戻せるって・・・思ってたのに・・・・・」


知美の言葉を黙って聴いてた。

もっともな言い分だと思うから。

こんな俺のことを、ずっと待っててくれたのに

知美をこんな形で切り捨てる俺は最低だと思う。

何を言われてもどれだけ罵られても仕方ない。



「もういいよ。別れてあげる。」

「え?・・・」

「だって仕方ないでしょ。私のこと好きじゃないんだもん」

「そういう訳じゃなくて・・・・・」

「ごめんね。電話にも出なくって・・・もう親には話したからさ。信之はもう自由だよ。まぁ今までも散々自由にさせてたつもりだけどさ」

「ほんとに悪かった。知美の親には改めて頭下げにいくから・・・・・」

「うちの親なら大丈夫。何とか説得して分かってもらったから。一応、私が信之に愛想尽かしたことになってるから、来られても困るし・・・」

「でも・・・そういう訳にはいかないだろ」

「式場の方もね、実はもうキャンセルしといた。だから心配しないでね」

「知美・・・」

「ねぇ、想い人って・・・あの子?事務所にいた子」


俺は何も答えなかった。

無言でいることが認めることになるんだろうと分かっていても

これは香織には関係の無い事だから。


「結局・・・何も言ってくれないんだね、最後まで」

「これは俺たち二人の問題だから」

「だね・・・ねぇ・・・・・もしもさ・・・・・」

「ん?」

「うぅん・・・もういいや。何でもない」

「知美、俺が言うのはほんとにおかしいと思うけどお前、いい女だと思うから。俺よりもいい奴がきっと現れると思う」

「またぁ、最後になってそんなこと言ったら気が変わるかもよ」

「本当に悪かった」

「ん・・・じゃ、私行くね。もし彼女に振られたら声掛けてね。その時はもう一回考えてあげてもいいよ」

「送っていくから」

「いいよ。一人で帰りたいから・・・・・」



そう言って知美はさっさと背を向けて俺の横を通り過ぎていった。

そんな彼女に、何度も心の中で謝ってた。

もっと早く自分の気持ちに正直になれてたら

こんな形で知美を傷つけることもなかったかもしれない。

だけどこの時にはまだ気付かなかった。

まさかこの後、更に知美を苦しめてしまうなんて

思いもしてなかったんだ。




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