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香織が勤めてた店を辞めてたと聞いて

俺から達也に、香織を来させてもいいと話を持ちかけた。

また夜の仕事でも始められたら

それこそ達也が煩く言うだろうと思ったからだ。



それまで一人で何とかやってたし

従業員なんていらないだろうと言われればまぁそうなんだけど

香織なら傍に置いておいてもいいかなと思った。

暇な会社とはいえ、取引先の人間もたまには出入りする。

女の子がいた方が何かと助かるだろうと考えた。


思ったとおり香織は気の利く女で、あっという間にみんなに気に入られた。

電話の応対も柔らかいから、男の俺なんかよりもかなり印象がいい。

俺の仕事の補佐は確かにできないけど、香織は十分に役目を果たしてた。




そして達也の言ってた通り、香織の淹れるコーヒーは絶品で

惚れた欲目で言ってた訳じゃなかったのがよくわかった。

それまではインスタントで済ましてたんだけどな。


「ノブさん、うちから豆持ってきたから美味しいの淹れたげるね」

「そりゃ楽しみだな。なんて豆なんだ?」

「これはね、モカ。今度は違うの持ってくるね」


初めて香織が淹れたコーヒーを飲ませてもらったらほんとに香りが良くて

なんだかとてもほっとした気分になった。

今までインスタントでも十分だと思ってたのに。


「旨いな。達也が言ってたのもまんざら嘘じゃないな。コーヒー豆、経費で落とすから。その変な形のコップも一緒に買ってこいよ」


香りはそのコップの底からこっちを覗いて、三つの穴から俺を見て言った。


「これ?私もうひとつ家にあるし買わなくっていいよ。もったいないでしょ。豆だって私の好きで持ってくるんだから、いいんだよ。経費節約!」


経営の事なんかきっと何もわからないでそんな事言ってる彼女が可愛くて

俺はそれ以上は何も言い返さなかった。



そんな香織を・・・・・愛おしいと思ったから。



そう、俺は確実に、香織に惹かれ始めてたんだ。

だけどその感情はきっと妹に対するものと同じだと

自分に強く言い聞かせた。

さすがに親友の女、惚れちゃまずいだろうし

ましてや香織の心の中には達也しか存在しないことはわかってた。

そんな香織はコーヒーを頼むと嬉しそうに淹れてくれて、そこで必ず言う言葉がある。


「ね、美味しい?」

「ん、旨いよ」


嬉しそうに笑う香織を見てると、ただ傍にいてくれるだけでいいと

彼女の中の俺の位置は今のままが一番なんだと、そう思えた。






知美とは相変わらずたまに会うくらいだったけど

ある時、忘れ物したから一度家に戻りたいと言い出して

そしたらいつの間にか知美の親父がでてきて

こりゃいっぱい食わされたなと思ったけど

そう言えば会社が落ち着いたら考えるとかって言った気もするし

知美にしてみれば、はっきりと何の約束もしない俺に

そうすることしか方法がなかったんだと思う。


結婚の二文字が俺に重たく圧し掛かってきた。

知美とのこと、真剣に考えてなかった訳じゃない。

このままいけばいつか結婚もあるかもしれないって思ってたし

他の女みつけてまた一から恋愛するのも正直ちょっときついしなって

恋愛に対してそんなに熱くならない俺には

知美みたいな女が一番いいんだろうとも思ってた。

だから焦らなくてもいいだろと言って納得させたつもりだった。


でもその時考えたのはやっぱり香織のことで

このタイミングでこの話が出るってことは

結局そういうことなんだなって少し笑えた。

こんな想いを持たないためにも、いい機会なのかもしれないと

こうなる運命だったんだと思うようにした。



知美は時々だけど俺の会社に顔を出すようになった。

色々話し合わないといけないとかで、前よりも頻繁に連絡があるようになった。

だから香織とも当然面識がある訳で

会社に女の子を入れたことを知美には話してなかったから

笑顔で対応する香織に、愛想のない顔で応対する知美。

少なくとも香織にとっては、知美は好印象ではなかったと思う。

いつの間に人を雇ったのかとか、給料はいくら出してるんだとか

俺の私生活に何かと口を出すようになった。

そういうのが嫌だから結婚なんてしたくなかったのに

結婚するんだから当たり前でしょって、

当然のように言う知美に、結局は何も言えなかった、


とりあえず、仕掛の仕事が終わるまで結婚は待って欲しいと頼んだ。

知美は少し不満そうだったけど、仕方ないねと言ってくれた。

今思えば、知美にも我慢ばかりさせてたのかもしれない。



今まで俺のオフィスに顔を出したこともなかった達也も

香織を雇ってからはちょくちょく来るようになった。



「お前のコーヒー飲まないと午後から働く気しねぇよ」

「またそんな事ばっかり言ってぇ。仕事サボっちゃだめでしょ」

「達也よぉ、ここは喫茶店じゃねぇぞ。分かってるのかよ」

「うっせーよ。いいじゃねーか、別に」

「なにしろ嫉妬深い男だからな。お前は・・・ったく」

「ばーか。お前の事を信用してるから預けてるんだろうが」

「はいはい。わかりました」


そんな達也を熱い目で見ながら、嬉しそうに当たり前に隣に座って

二人で並んで見つめ合いながらコーヒーを飲んで

そんなあいつらは俺から見ても本当に似合ってて

俺は改めて自分の気持ちを封印した。




香織の誕生日に二人で旅行に行くと言い出して

有給まで取った達也はまた俺に那美への言い訳を頼んできた。

俺は快く引き受けて那美には巧く作り話して二人を行かせてやった。

二人きりのバースデイは香織にとっては最高のプレゼントだっただろう。

香織のいないオフィスは静かすぎて

コーヒーだって自分でいれなくちゃいけないし。


実は俺はこの日のために、香織にある物を用意してた。

前の年は知らなくって何もしてやれなかったから。

誕生日なんだし、それぐらいは別に許されるだろう。

そう考えた俺は何がいいか懸命に考えた。

知美の誕生日には毎年ちょっといい所で食事して

欲しいものを聞いてから買ってやってた。

どちらかというと現実主義な知美が欲しがるものは

時計だったり、バッグだったりで

ちょっと参考には出来ないなって思った。

そういう感じの物は何か違う気がして

香織が喜びそうな物ってなんだろうって考えて

思いついたのがこのオルゴール。

今でもずっとベッドサイドに飾ってあるこれだった。


オネスティ・・・・・・


言わずと知れたビリージョエルの名曲で

どちらかと言えば俺も洋曲の方が好きだったから

香織と同じでこの曲のことを気に入ってる。

曲のイメージを考えて周りの木箱も俺が選んで専門店に作らせた。

本当は誕生日当日に渡すはずだったけどそれは叶わなかった。


テディベアは、本当は香織に似てるからって訳じゃない。

あれは実は・・・俺の分身みたいなもんで・・・・・

ずっと見守ってるぞっていう想いを込めてみたりした。

俺らしくもない、少女趣味だと自分でも思うから恥ずかしくて

だから一生誰にも言わない。


旅行の翌日、幸せそうな顔をして事務所に出てきた香織に

一応、達也への口止めをしてからプレゼントを渡した。

嬉しそうに受け取ってくれた香織を見て俺の方がもっと嬉しくなったけど

オルゴールを持つ香織の左手には達也が贈った指輪が光ってて

俺は平気な顔をしてたけど本心では・・・たまらなく嫉妬してた。

封印したはずの俺の想いは、行き着くところを失ってしまってた。




仕事が順調に進んでひと段落つく頃になって

俺は知美との約束を守るべく結婚の準備に取り掛かった。

きっとそうすることが自分の気持ちに蓋をする最良の手段だと

そんな風に思ってたから。



その頃、香織の様子がちょっとおかしくなってきて

事情を聞けば達也に他に女がいるんじゃないかって。

だけど女の勘はあまり当てにならないし

まさかその時の達也を見る限り他の女にって、あり得ないだろって思った。

でも、しょげてる香織を見てるとこっちまで辛くなってきて

また俺の中の隠したはずの想いが顔を覗かせてしまってて

いつまでもこんな香織を見てるとほんとにやばい気がした。

もし彼女が言うように本当に別の女がいるとしたら・・・・・。

そんな邪な思いが俺の中に生まれたのは事実だった。



達也を呼び出して話を聞いて、結局香織の思い過ごしだとわかって

きっとそんなことだろうとは思ったけど

ほっとした自分と、逆にそうではない自分がいて

あんな事、言うつもりじゃなかったのに・・・・・


“迷惑とは思えないから困ってる”


つい出てしまった言葉だった。

長い付き合いしてるだけに達也にはきっとその意味がわかるだろう。

捨て切れなかった俺の想いは思わぬところで零れてしまった。

冗談だろって言われて、マジで冗談じゃねぇぞって思った。

依りによって達也の前でこんなこと言うなんて、まったくどうかしてる。

達也のことだからきっとすぐに怒り出すと思ってたのに

溢れてしまった俺の想いは、さっさと結婚しろの一言で済まされてしまった。

さすがに婚約までしてる俺が今更手を出すことはないだろうとふんだのか

それとも香織の気持ちが俺にないのをわかってて、敵にもならないと判断したのか

達也の真意はわからないけど。


俺のこと信用して彼女を預けた達也を裏切るような真似をしておきながら

彼女の幸せ考えたことあるのかなんて

自分の事は棚上げにして、達也に偉そうな事ばかり言って

そんなこと、俺が言える立場でもないのに。


達也に、じゃあお前は考えたことがあるのかと聞かれて、答えられなかった。

きっと考えても答えなんかないと思うから。

香織の幸せは、香織にしかわからないことなんだから。





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