表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チビ冒険者と『呼ばれた勇者』

作者: 真田 蒼生

慣れない3人称視点なので、おかしな点があるかもしれません。

日の光が届くことのない地下深く。壁に取り付けてある蝋燭の明かりだけが頼りのその広大な空間で、二つの影が向かい合っていた。一つは、真っ黒な外套をまとった人影、そしてもう一つは……向かい合う人影の何十、何百倍もある巨大な犬だった。


「……ふん、子供の割にはよくやる」


巨大犬は、感心したような様子で目の前の人影に語り掛ける。彼の言う通り人影は小さく、身にまとっている外套によって足首あたりまで隠れ、身にまとっているというより、まとわれているという印象を受ける。


「……」


少年ーー外套によって姿がわからないため少女かもしれないがーーは何も言わず、ただ巨大犬の次の攻撃に備えている。その様子を見た彼は、溜息混じりに言い放つ。


「……小僧、その年でこの迷宮の最奥まで来たことは褒めてやる。我とここまで渡り合ったこともな。だが、我を倒して迷宮の核へたどり着くにはまだ足りん」


彼はこの迷宮の守護者。彼の後ろに存在している扉を守るための、文字通り番犬である。そんな彼が、その年で一人でここまで来た少年に対し、忠告を行う。


「お前にはまだまだ時間があるだろう。今回はだめだが、力をつけてまた来い。我はいつでも相手をしてやる」


お前にはまだ早いと告げるその言葉には侮蔑の感情は一切なく、ここまでたどり着いて少年への敬意を感じる。


「……」


対してその忠告を受けた少年の返答はなく、だまって攻撃に備えているのみ。巨大犬はため息をつき、残念だとつげ、再び攻撃に移るために構える。しばし静寂が場を包み、そして巨大犬が攻撃を仕掛けようとしたとき、その沈黙は破られた。


「ーーあれ? まだやってたの?」


巨大犬が倒れぬ限り開かないはずの扉から、向かい合う少年と同じ外套を身に付けた少年が出てくることによって。


「……は?」


巨大犬は何が起こっているのかわからなかった。わからず、固まっている間に扉から出てきた少年は向かい合う少年へ向かって歩きながら、気の抜けるような声で言う。


「いやー、てっきり身代わり君もう倒されてると思ってたんだけどなぁ……」


そのまま、無言を貫いている方の少年の前まで来ると、その肩に触れる。するとどうだろう。触れられた少年はみるみる小さくなっていき、やがて手のひらに収まるほどの人形となったではないか。


「おま……なんで……」

「ん?」


驚愕しながら、とぎれとぎれに尋ねる巨大犬に、先ほどまでの威厳はない。尋ねられた少年は、振り向きながら、なんだまだいたのかというような視線を彼に向けて、言い放つ。


「あぁ、奥の部屋だけど心配しないで。宝しかもらってないから。核を弄ると迷宮攻略とかで周りがうっさいし」

「な……」


そういわれ、驚愕のあまりパクパクと口を開け閉めする。そんな様子を知ってか知らずか、少年はけらけらと笑いながら、


「いやー、あんたと戦うのめんどそうだったから隠れて忍び込んだんだけど……まさか囮にした身代わり君すら倒せてないとは思わなかったよ。これなら僕がそのまま戦った方が手間が少なかったかなー」


それで巨大犬は理解する。自分は人形と戦わされていたことを。まんまと騙され、守るべきものを易々と奪われたことを。そして騙された理由が、ただめんどくさいという理由にもならないものだったことを。


「じゃーねーワンコ。用が済んだから帰るわー」


そういって、少年は最初に入ってきた入口へ行く。その最中に言い放たれた言葉には、先ほどの巨大犬の言葉とは逆に、侮蔑の感情が満載だった。


「こ、小僧ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


巨大犬が叫んで少年を追うがもう遅い。少年は部屋から出てしまっている。守護者は自身が守護する部屋からは出れないようになっているのだ。


「ばいばーい」

「クソがぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


最後まで人、いや犬をバカにしたような少年をにらみながら、巨大犬は慟哭した。

少年が知ることではないが、その後迷宮《忠義の国》の守護者である忠犬が、しばらく殺気立っていたらしい。挑んだ者たちは瞬殺されたそうだ。


ーーーーー


ここは王都の酒場。冒険者と呼ばれる職業の人間たちが、情報交換などのために今日も集まっている。

大人たちが集まるその空間に、一人場違いな少年が入ってきた。


「ちわー」

「あらエルくん。いらっしゃい」


店員が対応する。エルと呼ばれた少年は、挨拶をしながら開いている席に座る。


「注文は?」

「なんかご飯」

「はいはーい」


そんな注文にもなってない注文を受け、店員は下がっていく。やがて食事をもってかえってきた。持ってこられた食事はサンドイッチだった。


「はいどうぞ。ちゃんとトマトは抜いてるよ」

「あんがと」


店員に礼を言って、食事を始めるエル。そんなエルの耳に、こんな会話が聞こえてきた。


「おい聞いたかよ。ついに王様が勇者呼び出したんだってよ」

「勇者? あぁ、増えすぎた迷宮処理のための戦力ってやつか」

「そうそう。それでその勇者だけど、まだガキらしいぜ?」

「ガキ? それってエルくらいのか?」

「いんやそこまでじゃない」

「そりゃそうか」

「……(勇者ねぇ……まぁどうでもいいや)」


酔っているのであろう二人組の話にたいし、エルは特に反応を示さず食事を進める。


「ぶふぉぁ!? なんだこの酒!? かっら!」

「こっちのはくそ甘い!? エルか! やりやがったなあの野郎!」

「(ざまぁ)」


馬鹿にしてきたことに対してはしっかりと報復をしている。

そしてちょうどエルが食事を終えたころ……


「ちょっといいかしら!」


4人の男女が入ってきて、そのうちの偉そうな少女が何やら話し出した。


ーーーーー


王都の王城。その一角の部屋に、二人の女性がいた。一人は美しい金髪の女性で、ベッドに横になっている。その彼女の手を握っている女性は黒髪で、こちらも整った顔をしている。


「あら、リノアったらミナちゃんを置いてっちゃったの?」

「うーん……やっぱり置いて行かれたんですかね?」


ミナと呼ばれた黒髪の少女は金髪の女性の手を握る。そうすると、ポォッと淡い光が(とも)りそのまま金髪の女性を包む。光が収まったころ、金髪の女性がミナに言う。


「……うん、楽になったわ。ありがとうミナ。うまくなったわね」

「ありがとうございます。ユリアさん」

「まだこれを始めて1週間もたってないのに……さすが勇者ね」

「そんなことは……」


ユリアと呼ばれた金髪の女性はミナをからかうように言う。言葉のとおり、ミナは召喚された勇者である。勇者とは、迷宮という存在があるこの世界で、それを処理するために異世界から召喚された存在である。迷宮とは、自然発生するモノであり、冒険者などが対応をしているのだが、今回その数が増えてしまっているため勇者が召喚された次第である。


「それにしても、争いから無縁なところから召喚することになるとは思わなかったわ」

「……いえ、こちらとしては命を救われているわけですし」


ミナは異世界では争いとは無縁な生活を送っていた。召喚された勇者は剣士・騎士・賢者・神官の四人いるーーミナは神官であるーーのだが、これは全員に共通していることである。そして召喚される対象は、異世界で命を落としている者たちに限っている。


「それにしてもリノアは……勇者に経験を積ませるためにいくのに、その勇者を置いて行っちゃだめじゃない」

「あはは……まぁ私は構わないんですけどね」

「構わないなんてことはないでしょう……」


ユリアは妹であるリノアのことを考え、溜息をつく。勇者が召喚されたはいいが、当の本人は戦闘経験がないということで、冒険者を雇って迷宮を体験させようという話になったのだが、当日になって引率役であるリノアがミナを置いていくという愚行をしてしまったのだ。


「まったく……あの子は何がしたいのかしら。私が全快なら……」


ユリアは悔しそうにいう。ユリアは勇者召喚を行った代表者だ。そして勇者召喚は術者の魔力ーー魔力とは生命力のようなものだーーを代償にする。自身の魔力のほとんどを失った彼女は、ベッドから碌に動けない状態になっている。現在は神官の勇者であるミナに癒してもらっているのである。


「……そうだわ!」

「どうしたんですか?」


名案を思いついたとばかりに顔を上げ、ユリアはベッドに置いてある小さな机に向かい、何かを書き始めた。


「なにをしてるんですか?」

「ミナちゃんが一人でも迷宮に行けるようにするための作業」

「はぁ……?」


ミナはそれ以降何も言わず、楽しそうに手紙のようなものを書いているユリアを眺めていた。


ーーーーー


「はーい、それじゃ今から迷宮の体験会を行いまーす」

「よろしくたのむよ」

「よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「早くしなさい」


王都近くにある迷宮《始まりの道》の入り口前で、仕事着である大きな外套を身にまとったエルはやる気のなさそうに目の前の四人に向けて宣言を行う。それに対し4人のうち黒髪の3人は普通に、気の強そうな金髪の少女が高圧的に返答する。


「まったく、なんでわたくしたちがこのような子供などに教えられなければいけないの」

「(それはこっちのセリフだよ。なんで僕が……)」


どうしてエルがこのようなことをしているかというと簡単だ。貧乏くじをひかされたのだ。

突然酒場に現れた四人組は矢継ぎ早にこういった。


・自分たちは勇者一行である。

・勇者の経験のため、ともに迷宮へ行ってくれる冒険者を探している。

・報酬は要相談。

・勇者とともに迷宮を攻略できるなど、これほど名誉なことはない。


要約すると、勇者の教育掛としてただ働きをしてくれる冒険者を探しているとのことだった。

ただの護衛依頼の亜種みたいなものならばまだよかったが、ただ働きをする馬鹿な奴はいない。酒場にいた冒険者たちは全員そろって彼らをシカトした。それで終わればよかったのだが……案の定勇者一行の中の気の強そうな少女が喚きだした。それでもシカトを続ける冒険者たちのだが、だんだんと少女のやかましさが増していく。このままでは面倒なことになると、店員は手が空いているであろうエルに泣きついてきた。エルも最初は嫌がっていたが、今度ご飯食べ放題にしてあげるという店員の提案に速攻了承し、依頼を受け、今に至るのだ。


「(まぁ仮にも勇者って言われてるんだし実力もあるでしょ。多少教えて食べ放題なら安い安い)」


そう、エルは考えて4人と一緒に迷宮へ行ったのだが……甘かった。


「それじゃあ迷宮には罠があるから気を付けてーーガコン!--……え?」

「あ……」


まず、罠の可能性など一切考えていなかった騎士の勇者が罠を踏み抜き、


「壁にも罠があったりするから不用意に触らないでーーガコン!--……えー」

「……すまん」


次に、疲労のためか、戦士の勇者が不用意に壁に手をついて罠を起動させ、


「あそこに宝箱があるけど罠だからーーガコン!--……おい」

「ま、まさかこのわたくしがこのような罠にかかるとは……卑劣な!」


さらに、高そうな装備で身を守っているくせにかなり卑しい引率役の少女が迷わず宝箱を開けて罠を起動させ、


「あー……だるーーきゃっ!--……なんで何もないのにこけてんの?」

「ご、ごめんなさい」


そして、賢者の勇者が何もないところで転ぶという神業を見せたりした。


「食べ放題じゃ割に合わない……っ!」


それらのフォローでエルはかなり体力を消耗させていった。それでも勇者一行は先に進む。いったん帰るという選択肢はないのかと呆れながらもエルも同行する。やがて、一つの扉にたどり着いた。扉は開かず、ドアノブの部分には鍵穴が存在している。


「なにこれ?」


騎士の勇者が尋ねる。


「見ての通り鍵付きの扉だよ」

「鍵は?」

「迷宮のどっかにあるだろうね」


迷宮にはそういった仕掛けがいくつか存在している。その場合、迷宮のどこかに保管されている鍵を使わない限りあかないのだ。いつもならあれ(・・)が使えるのに……とエルはわざわざ鍵を探さないといけないことに溜息を吐きながら、四人に告げる。


「それじゃ鍵を探しにもどろーー」

「ーーこの程度の扉、吹き飛ばしてあげますわ!」

「ーーおい馬鹿やめーー」

「ーーホーリーランス!」


エルの言葉を無視して金髪少女が魔法を使う。魔法とは、魔力を使って使用する不可思議なものである。炎をだしたり、水を操ったり、様々なことが可能だ。今回は光が収束し、槍の形になって扉に襲い掛かる。それを受けた扉は木端微塵に吹き飛んだ。


「どうですか! これがわたくしの力ーー」

「ーー逃げるよ!」


少女の言葉が終わらないうちに、エルは四人に撤退宣言をする。不審に思った戦士の勇者が尋ねる。


「なんでだ?」

「迷宮のルールを破ったからだよ! 死神が出るよ!」


その言葉と同時に、あたりを嫌な雰囲気がつつむ。黒い霧が出現し、それがだんだんと収束していく。やがてそれは鎌を持った黒い人影を作り出した。


「あれが死神とやらですか? あんなのわたくしの魔法で吹き飛ばして差し上げますーーホーリーランス!」


少女が再び魔法を使う。光の槍が死神に向けて飛んでいき……すり抜ける。


「は?」

「死神には一切の攻撃が通じないの! さっさと逃げるよ!」

「に、逃げるってどこまで」

「迷宮の外まで! 死神は迷宮の中じゃどこまでも追ってくる! そんで……」


停止条件は人一人の殺害だ。


そう告げられると、4人は血相を変えて走り出した。エルも逃げ出す。死神も追ってくるが、そこまでの速さではない。このままいけば逃げ切れるだろう……が、


「きゃっ!」


賢者の勇者がまたやった。あわてていたのか、足をもつれさせこけてしまったのだ。足でもくじいたのか、彼女は動けないでいる。そんな彼女に死神が近づく。


「シノブ!」

「あぁもぅ!」


賢者のものであろう名前を叫ぶ勇者たちに対し、エルは賢者に向けて駆け出す。そしてどこから取り出したのか、白い球を足元に投げつける。すると玉から煙が噴出し、すぐに一面がおおわれた。

何も見えない状況が続き……やがて煙が晴れると……


「シノブ!」

「……」


そこには死神の鎌で腹部を貫かれた賢者の姿があった。死神は鎌を賢者から引き抜き、やがて消えていく。


「そんな……シノーー」

「ーーあー、あぶなかった……」

「ふ、ふぇえ……」

「え?」


騎士の勇者が膝をつき、賢者の勇者を呼ぼうとしたとき、突然エルが何もないところから出てきた。外套の中に賢者の勇者が抱きすくめられていた。


「い、いったい何が……」


何が起こったのかわからない様子の3人に対し、賢者を立たせながら、エルはこういった。


「帰るよ」


その言葉に反論の声はあがらなかった。


ーーーーー


「ーーあー疲れた」

「お疲れさま。食べ放題の時には期待しててね」

「食べ放題じゃ割に合わない……」


酒場にて、エルはテーブルに突っ伏しながら店員に労われていた。迷宮を出た後、案の定引率役の少女から、自分たちを危険な目に合わせたのだから報酬など払えない。罪に問われないだけ感謝しろという意味の分からない理由付けによって報酬はもらえなかった。そしてエルはそのまま4人と別れ、酒場まで戻ってきたのである。


「二度とやんない。勇者のお守りなんて二度と嫌だぁっ!」


そんな不機嫌オーラ満載のエルは、店員に出されたサンドイッチにかぶりついていた。

そんな時、再び酒場に響く声があった。


「え、えっと……ここにエルって人はいますか?」


声の聞こえた方を向けば、そこには黒髪の少女がいた。黒髪という時点でエルにとってはいやな予感しかしなかったが、エルの名前が出た時点で酒場にいた者たちのほとんどがエルの方を見てしまったため、逃げることすらできなかった。そして黒髪の少女はゆっくりとこちらに近づき、恐る恐る尋ねてくる。


「えっと……君がエルっていうひと?」

「……そうだけど」


しぶしぶ、エルは返事をする。それに黒髪の少女はホッと安心したような顔をした後、名乗ってくる。


「ええと、初めまして。私は黒瀬……じゃない。ミナ・クロセって言います。一応、神官の勇者ということになっています。今日はエルさんに頼みたいことがーー」

「ーーやだ」


最後まで聞く前にエルは拒否をした。先ほど勇者の頼み事を聞いてひどい目に合ったエルとしては、これ以上かかわりたくなかったのである。

食い気味に拒否されたミナは、動揺しながらも続ける。


「え、ええっと……どうしよう?」

「いや僕に聞かれても……」

「そ、そうだよね……あ、そうだこれがあったんだ」


思いついたようにミナは懐から一枚の手紙のようなものを取り出し、それをエルに渡してきた。


「……これは?」

「なんか、断られそうなときに渡してくれって……」

「だれが?」


誰がそんなことを言ったのだろうと思いながら、手紙を開き、中を見る。手紙にはこう書いてあった。


『エルへ 嫌だっていうならいろいろとばらしちゃうわよ? ユリアより♡』


手紙にはこの一行しか書いていなかったが、エルを動揺させるにはそれだけで十分だった。


「……頼みってなに?」

「え? 引き受けてくれるの?」


顔を引きつらせながら、ミナに尋ねる。それを聞いてミナは少しうれしそう、頼みごとを伝えてくる。


「えっと、私に迷宮のイロハを教えてほしいの」

「……了解」


エルは、もう一度あの苦労を味わうことを覚悟し、了承した。周囲の者たちは、気の毒そうにエルを見ていた。


しかしエルの予想はまたも覆された。


「それじゃ迷宮にはーー」

「ーー罠があるんだよね? 床だけじゃなく壁にも。どうやって見分けるのか教えてくれる?」

「ーーお、おう」


騎士のようにいきなり突撃するようなことはせず、エルに指示を仰ぎ、


「あの宝箱はーー」

「ーー罠だね。さっき聞いた特徴があるし」

「ーーせやな」


教えたことはきちんと学習している。

その後も何もないところで転んだりすることはなく、順調に迷宮攻略が進んでいた。前例もあったため、エルの評価はうなぎ上りだった。迷宮攻略をしながら、休憩時などは世間話などもした。


「今日はありがとねエルくん。また今度来たときもよろしく」

「ういー」


気付けば、くん付けで呼ばれるほど仲良くなり、次の約束も取り付けられていた。


「んー……ま、いっか」


そうして、エルは何度もミナの訓練を行った。


ーーーーー


勇者たちが迷宮攻略の旅に繰り出す日が近づいてきた。

王城内で勇者たちは各々腕を磨き、十分な力を得たとそれぞれの師匠的立ち位置の人間に太鼓判を押された。

その話をミナから聞いたエルは、いつの間にかミナと仲良くなっていた酒場の面々とともにミナを激励した。基本飲んだくれたちがバカ騒ぎをするだけだった送別会が終わり、王城へ帰ろうとするミナに、話しかける人物がいた。


「ミナさん。少しよろしいでしょうか?」

「リノアさん?」


それは、エルにきつく当たっていた引率役であり、この国の王女であるリノアだった。リノアはそばに数人の護衛をつれていた。


「ここでは言い辛い事なので……ついてきてもらえます?」

「は、はぁ……」


そばの護衛達の威圧感に逆らいきれず、ミナは半ば強引にリノアに連れていかれた。


「……」


それを、陰から見ていたものがいた。


ミナが連れていかれたのは、迷宮の浅い層だった。


「あの……ここでなにを?」


ミナは恐る恐るリノアに尋ねる。対するリノアは、ミナの方をまっすぐに向き、冷たい目を向けて、嘲るようにしながら告げる。


「神官の勇者は、自身が戦うことが得意ではなく、他の勇者の迷惑にならないように、旅立ちました」

「……え?」


突然語られだした内容にミナは困惑する。


「しかし勇者の旅には神官的役割の人間が必要です。そこで、我が国の第二王女であるリノア・A・シュタイン自らが勇者の旅に同行すると名乗り出ました」


その言葉の中に登場している自分に酔っているように、リノアは続ける。


「やがて迷宮攻略の旅は無事終わり、我が国は救われました。そして、我が国の王の座には、勇者と同行した実績により、リノアが着きました。リノアは民衆から絶大な支持を得て、この国をどんどん発展させていきました」


そう言い終えると、わきに控えていた護衛達が剣を抜き、ミナへと近寄ってくる。


「い、いや……」


ミナは恐怖を覚え、後ずさりをする。その様子を見ながら、リノアは言う。


「ミナさん……いえ、神官の勇者。あなたは邪魔なんです。いらないんです。だから……消えてください。幸いここは迷宮。死ねば死体は迷宮に吸収され、捜索は不可能となります。あとのことは私に任せて、死になさい」


その言葉とともに、護衛が持っていた剣が振り降ろされた。


「……っ!」


ミナは目をつぶり、無駄だとわかっていても、防御の姿勢をとる。


「……あれ?」


しかし、いくら待っても痛みはやってこなかった。


「な、何者です!」

「え?」


リノアの言葉に反応し、ミナは目を開ける。そこには……


「通りすがりの冒険者です」


真っ黒な外套を身に付けたエルが、自身の剣で護衛騎士の剣を受け止めていた。

護衛騎士とエルはつばぜり合いの状態から距離を取る。


「あなた、今までどこに! どれにどうやって! 気配などは感じなかったのに!」

「んー……企業秘密といいたいところだけど、こうやって」


そういうと、エルの姿が消えた。しばらくして、再びエルが現れた。


「なっ!?」

「便利でしょこれ? 『不可視の衣』っていうんだ」


見せつけるようにエルは身に付けている外套を指し示す。エルはこれを使い、巨大犬・死神の際、そして今回も姿を消してやり過ごしたのである。


「まぁそういうわけで」


エルは勝ち誇ったような笑みを浮かべて続ける。


「あんたらの悪だくみはしっかりこの耳で聞かせてもらいました」

「ふ、ふん! 知られたなら殺せばいいだけ! あなたたち、報酬は払います。やってしまいなさーー」

「ーー人の話は最後まで聞こうよ」


リノアに呆れたようにエルはいう。


「別にあんたら逆に殺してもいいんだけどね? それだと後処理とかめんどくさいわけよ。だから提案があるんだけど?」

「……言ってみなさい」


それでは、とエルはミナの手を引いて言う。


「この子、いらないんだったら僕に頂戴?」

「はい?」

「いや、旅立ったことにして殺す案だったんでしょ? でもたぶん同郷ってことでほかの勇者たちが探したりするんじゃないかな? それで下手してばれちゃったら面倒でしょ? だったらほんとに旅立たせないかって。僕もそろそろ一人旅は飽きてきたし。回復ができる神官当たりの仲間がほしいなーって思ってたんだ」

「なるほど……」

「今日中に消えれば問題ないでしょ?」

「……貴方の言うことに従うのは癪ですが……いいでしょう。こちらとしても彼女が消えてくれるならば問題はありません。では後はよろしく」


高圧的に言い放って、リノアは去っていく。やけに素直に応じたな、とミナは思ったが、実際はエルが放つ威圧感に気押されただけである。


「さてと」


リノアたちが去ったのを確認して、エルはミナの方を向いていう。


「本人に意思ガン無視だけど、ちゃちゃっと旅立っちゃおうか?」

「え、あ、うん……あ、ちょっとまって!」

「ん、どったの?」

「このまま私が言ったらユリアさんが……」


リノアの計画を聞いたミナとしては、城で療養しているユリアのことが気がかりになったのだ。


「あぁ、あのおばげふんげふん……王女のこと? それならもう対策済みだよ」

「え?」


エルが言い放ったことを、ミナはなかなか理解できなかった。


一方王城では、ユリアがなかなか帰ってこないミナを心配して、捜索隊でも出そうかと考えていた。

そんな時、ユリアがいる部屋の窓がこんこんとノックされた。


「あら?」


窓には一羽のフクロウがいた。フクロウは窓が開かれると、加えていた手紙をぽとりとユリアの前に落とし、去っていった。ユリアは手紙を開き、中を確認する。


「あらあら……」


その内容を読むと、ユリアはうれしそうな表情をする。

手紙にはこう書いてあった。


『神官の勇者はもらっていくよ これ代金』


差出人不明の手紙だが、ユリアは誰からの者かすぐに理解した。そして、手紙に同封されていたものを取り出す。


「これは……」


中に入っていたのは一つの指輪だった。ダイアのような宝石が一つだけついている、控えめな装飾の者だった。ひとまず指輪を身に着けてみる。すると、久しく感じていなかった、魔力の存在を感じることが出来た。


「へぇ、これはいいわね。ありがとうエルくん。ミナちゃんをよろしくね」


ユリアは笑みを浮かべて、フクロウが去っていた方向を向いた。

その後、勇者召喚により失われていたはずの魔力を取り戻したユリアは、リノアが旅立った間に様々な活動をし、民衆の支持を得て、国の女王となった。


ーーーーー


「ーーあの、ミナ」

「ん? どうしたのエルくん?」


次の日、馬車の中でエルはとある体勢でミナに問いかけた。


「なんで僕を膝の上に乗っけているんですかね?」

「なんとなく?」

「じゃあ放してもーー」

「ーーやだ」

「ーーさいですか……」


エルは現在、ミナの膝に上に乗せられ抱きしめられていた。体の小さいエルはすっぽりとその体勢に収まり、あまり抵抗できずにいた。


「それでエルくん」

「ん?」

「これからどこにいくの?」

「どこか」

「なにしにいくの?」

「なにか」

「そっか」


完全に目的も何もない旅だが、ミナは、エルについていくこととなった。

これからの彼らの旅路は、どうなることやら……。

アイテム紹介

《不可視の衣》:使用すると、身に付けている間透明になれる。

《影人形》:別名身代わり君、使用すると使用者とうり二つの姿となり行動してくれる。

《魔力の指輪》:宝石部分に膨大な魔力をため込んでおり、自身の魔力の代わりに使用することが出来る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 続編を是非とも―っ!!!
[良い点] とても面白かったっです! 連載版出して欲しいです( ´ ▽ ` ) また主人公がショタなのがまた良いw また程よいチート?なのがまた最高ですw というかまた言いますが連載版期待しております…
[一言] 面白かったでござる 面白すぎて連載版だしても良いのよ?って言いたくなったw 連載版出しても良いのよ?バサッ~~\(-_- )Ξ( -_-)/~~ バサッ (-人-) オネガイ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ